作品タイトル不明
8巻発売記念SSーシェフvsリュカ
俺が別邸から城に帰って来て、少しの時間が過ぎた。
いつまでも泣いているわけにもいかない。みんなに心配をかけてしまうから。
表面上は、穏やかな時間が過ぎていた。
二人の姉は、それぞれ別の修道院に移されたらしい。俺には詳しいことは、教えてもらえないけど。
でもクーファルが、ちゃんと考えてくれているから大丈夫だ。
あれから変わったことといえば、シェフが城の廊下をワゴンを押して爆走していると話題になった。
以前もワゴンを押してはいたが、爆走はしていなかったらしい。俺と話すようになってからは、嬉々としてワゴンを押しながら爆走している。
しかも1日に4回。なんで4回かというと、3食プラスおやつだ。
それがカッコいいとメイドさんや侍女の中で話題になり、今や見物人までいるそうだ。
それと、リュカが俺に付くようになった。
今まではどこに行くのも、ニルと一緒だった。リュカが来て、ニルは部屋で俺の世話をするのが中心になった。他は常にリュカが一緒だ。
だから今みたいに、お庭に出る時はリュカがそばにいる。
「リリ殿下、そろそろですよ」
「うん、しょうらね」
「そんなの見てどうするんスか?」
「え、だってみたいじゃん」
「そうッスか?」
俺たちがいる皇子宮の近くの中庭で、じっと外廊下を見ている。俺の部屋に行くには、必ずそこを通るんだ。
「リュカと、どっちがはやいのかな?」
「え、そんなの俺ッス」
「しょう?」
「はい。だってシェフはワゴンを押してるんスよ? そんなのには負けるわけないじゃないッスか」
へ〜、負けるわけないね。まだまだだね、リュカ。シェフは普通のシェフじゃないんだよ。何しろ戦うシェフなんだ。甘く見てはいけない。
何をしているかというと、シェフがワゴンを押して爆走しているのを見ようと待っているんだ。
見たことがないからさ。だって俺はいつも部屋で、シェフが来るのを待っているから。
「リュカ、あれってみんな、みにきてりゅの?」
「そうみたいッスね。めっちゃ人気者ッスね」
そろそろシェフが通る時間なのだろう。みんなよく知っている。女性陣が集まりだした。
まるで観戦するみたいになっている。いや、イベントを見るファンか?
推しはシェフって? なんなら俺がウチワを作ろうか? ペンライトの方がいいかな? なんて思ったりして。
すると遠くから、ガラガラと音がしてきた。
「あ、来るみたいッスよ」
「リュカ、じゅんびして!」
「何言ってるんスか!? 嫌ですよ!」
「なんで? リュカはまけないんれしょう? しょりぇとも、じしんがないのかな?」
「そんなことないッス! 仕方ないですね、殿下はここにいてください!」
「いや」
「は?」
「ボクをだっこして、はしって」
「えー! そんなハンデ有りッスか!?」
「だって、シェフだって、ワゴンをおしてりゅじゃん」
「ええー……」
ほら、抱っこして。と両手を出す。早くしないとシェフが来ちゃうじゃん。
「仕方ないッス」
渋々、リュカは俺を抱っこして外廊下にスタンバイする。
周りに集まっている女性陣は、何? 何? リリアス殿下だわ。なんて言っている。
ふふふ、ちょっとしたお遊びだ。
すぐにシェフの姿が見えてきた。
「わ、めっちゃはやい」
「な、なんスか、あれ! 早いッスね」
ほらみろ、シェフは凄いんだって。小さかったシェフの姿が、みるみるうちに大きくなってくる。
シェフも俺がいると気付いたのだろう。
「でんかぁーッ! どうされましたーッ!? お昼ですよーッ!」
片手をブンブン振りながら叫んでいる。
ふはは、ちょっと面白い。真っ白なエプロンを腰に巻いているのに、何故か剣も差している。戦うシェフだからね。
めっちゃアンバランスなんだけど、その格好でワゴンを押して爆走だ。
「シェフー! リュカときょうそうだよー!」
「ワッハッハッハ! リュカには負けませんよぉッ!」
「俺も負けないッス!」
事情の分かった周りの人から、アハハハ! と笑い声が聞こえてくる。
これがまた名物とかになったらどうしよう?
「リュカ、まだだよ」
もう動き出そうとするリュカを止める。それはフライングじゃないか。
「もうしゅこし……」
ガラガラと音が近付いてくる。シェフが目の前を通る瞬間だ。
「リュカ、すたーとッ!」
パン! とスタート音はないけど、俺の合図と共にリュカが走り出した。
「ワッハッハッハ!」
「マジ、はえーッス!」
「キャハハハ!」
キャー! なんて黄色い声も聞こえる。
ワゴンを押しているというのに、シェフったらめっちゃ早いんだ。リュカはついて行くので精一杯だ。
俺の髪が靡くくらいのスピードが出ている。
「リュカ! はやく!」
「無理ッス!」
「キャハハハ!」
「リュカはまだまだですねッ!」
途中に階段もあるんだ。そこをどうすんだ? と思ったら、ワゴンをヒョイと持ち上げ3段飛ばしで登って行く。
「ひゃー! シェフ、しゅごい!」
「くっそ、俺だって……!」
ほらほら、リュカは余裕だったのにしっかり走ろうぜ。もう息が上がってないか? 頑張れー!
ガラガラ、ダダダダッと駆け抜けて俺の部屋でゴールだ。
「シェフのかちーッ!」
誰からともなく、見物人から拍手が起こった。警備に立っていた兵まで、拍手していたりする。
騒いでいたから、部屋にいたニルが顔を出した。
「何をされているのですか?」
おっと、呆れられちゃってる。
「だって、にりゅ。シェフがめっちゃはやいの!」
「ワッハッハッハ! 当然です! できるだけ温かいものを食べていただきたいですからッ!」
やだ、シェフったらその気持ちが嬉しいじゃないか。ちょっと感動しちゃった。
なのに集まっていた見物人が分かれて、そこから走って来たのはクーファルだ。あ、やべー。絶対に叱られるぞ。
「リリ! リュカ! また何をしているんだ! 今日はシェフもか!?」
「クーファル殿下、私はいつものようにリリアス殿下に食事をお持ちしただけです」
あ、ズリーな。シェフったら逃げたな。
「またリリとリュカか!?」
「クーにーしゃま、ボクはだっこさりぇてただけでしゅ」
「リリ殿下! それはないッス!」
「リュカ! お前は護衛兼従者見習いなんだぞ!」
「はいぃッ! 分かってますッ!」
何かしたらクーファルに叱られるって、もうオチだよね。ふふふ、仕方ない。
リュカとは、これからもたくさんクーファルに叱られることになる。俺の楽しい暇友だ。
「リリ殿下! 何笑ってるんスか!」
「ふふふ、クーにーしゃま、リュカよりシェフのほうが、はやいのれしゅ」
「そうなのか? リュカはまだまだだな。オクソールに特訓するように言っておこう」
「ええー!」
平和が一番だ。さあ、シェフが作ってくれたお昼ご飯を食べよう! いつもありがとう!