軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奴隷を借りよう

マティアスの店は大通り沿いにあった。大きな煉瓦造りの家だ。ていうか、他の周囲の店よりも圧倒的に大きく感じる。

宿屋じゃないだろうか? あ、いや、多くの奴隷が住んでいるのならこのくらいの広さは当たり前なのか。

こんなところに堂々と店を構えるあたり、本当に奴隷は世間一般に認知されているんだな。

「いらっしゃいませ、ようこそ、白狼の泉へ」

畏まってそう頭を下げたのは、男性の従業員だ。

30歳程度のように見え、首輪を付けている。

……そうか、あれが隷属の首輪か。

ダイジロウさんの本にも書いてあったな。あれを付けていると主人の命令に絶対服従になるのか。

とはいえ、目の前の男は顔色が悪いわけでもなければ、見える怪我らしい怪我はない、清潔そうな男だ。

んー、まぁ接客をしているあたり、見た目の悪い男は置かないか。

「彼は私の客です。それでは、イチノジョウ様、奥へどうぞ」

マティアスに促され、俺は奥の部屋に移動した。

奥は大きめの部屋になっており、ソファーとテーブルが置かれている。

テーブルの上には万年筆とインクが置かれているところから考えると、ここで契約をするのだろう。

だが、テーブルの前のスペースがかなり広い。

あぁ、大体予想がつく。ここに奴隷を並べられて、選べるってことか。

「イチノジョウ様、こちらをどうぞ。当店のサービスになっております」

「あ……ありがとうございます」

高そうなティーポットを持ってきたマティアスが、カップに紅茶を注いで渡してくれた。

砂糖は入っていないが、輪切りのレモンが浮いている。

「それでは、冒険者証明書を所持している奴隷を連れて参ります。こちらでお待ちください」

マティアスがそう言って去っていくのを見送り、

とりあえず紅茶を飲んでみると、ちょうどいい熱さだ。

ただ5センスを支払って奴隷を借りるだけなのに、ここまで接待してもらっていいのか? と思ってしまう。

まぁ、新規顧客が欲しいのはどこの世界でも一緒か。

今日は5センスでも、月に5回レンタルしたら、25センス、一年で300センスだから、銀貨3枚分、3万円相当の利益になるしな。

なら、これもマティアスにとっては初期投資なんだろう。

そして、暫く待つと、マティアスが戻ってきた。

――そして、俺は生まれて初めて、人の髪の美しさに腰を抜かしそうになった。

まるで髪そのものが光を放っているのかと見紛うほどの白い髪の持ち主がそこにいた。

可愛いというよりかは美しい女性。白い肌には染み一つなく、日本で見たモデルなど彼女の足元にも及ばない。

彼女が俺と同じ種族でないことは、その耳でわかった。

犬耳が生えていたから。

「彼女はハルワタートです。ハルワとお呼びください。見た目の通り、白狼族です」

白狼……あぁ、この店の名前にもなっている白い狼か。

犬耳じゃなくて狼耳だったらしい。口に出さなくてよかった。

「彼女でしたら、レンタル料は先ほど申した通り1時間5センスで構いませんが、イチノジョウ様は当店を初めてのご利用ですから、サービスで10時間5センスで構いません」

「……いや、10時間って、ただ冒険者ギルドに行ってウサギを買い取ってもらうだけなんだけど」

「必要がないと思われるのでしたら、時間内に連れ帰って来ていただいても結構です」

ま、まぁそうか。レンタルショップのDVDレンタルで2泊3日の料金と1週間レンタルの料金が同じなら、自動的に1週間レンタルになるのと同じ理屈か。必要ないのなら返せばいいんだし。

俺が5センスを支払うと、

「では、10時間の契約を致します」

と言って、マティアスがハルワタートの首輪に指を載せ、何やら呪文のようなものを念じた。

そして、俺に、彼女の首輪に触れるように指示を出してくれたので言われた通りにする。

すると、首輪に10個の光が灯った。

「これで契約終了です。1時間ごとに光が消えていき、10時間経てば光が全て消え、奴隷としてのイチノジョウ様への契約も解除され、私が主人に戻ります。また、レンタルですので、乱暴な行為をなさらないでください。怪我をしているようでしたら、治療費を頂かないといけなくなります」

「わかりました」

何度も言うけれど、冒険者ギルドに行くだけだし、危険なことなんてあるわけがない。

「よろしくお願いいたします、ご主人様」

綺麗な凛とした声とともに、ハルワタートが頭を下げた。

ご主人様か……背中がむずむずするような恥ずかしい感じがする響きだ。メイドカフェに初めて入った時のような気持ちかな。

一度しか入ったことがないけど。ミリにレシートを見つけられ、怒られてから二度と行っていない。

彼女みたいな美人の奴隷だと購入したい気持ちになりそうになるが、女性を金で買うというのはやっぱり受け入れられない。

それに、俺は未だ無職の身だ。

奴隷とはいえ家庭を持つなんてとんでもない。

そういうのは、安定した稼ぎを見出せるようになってからだ。

「そういえば、ハルワタートさんは職業は何をしてるの? 冒険者なのはわかってるけど」

「私は剣士をしています。それと私のことはハルワ、もしくはハルとお呼びください」

「じゃあ、ハルさんと呼ばせてもらうね。剣士かぁ、剣士って見習い剣士からさらに転職できるんだっけ?」

「ハルで結構です。そうですね、見習い剣士のレベルが20になれば剣士に転職できます。もっとも、見習い剣士レベル25で取得できる剣術強化のスキルが有用ですから、それを取得してから転職なさる人が多いですね。」

「剣士か。いいなぁ、憧れる職業だ」

やっぱり異世界と言ったら剣と魔法だよな。

第二職業を見習い剣士に変えるかな。

税金を払うときだけ職業を平民にしたらいいんだし。

あぁ、でもレベル1になったらステータスが下がるのかな。

後で試してみよう。

「それなら、ご主人様も剣士になられてはいかがですか? 幸いここは迷宮の町、迷宮に篭り3年もすれば剣士になれます」

「3年もかかるのか……」

俺なら3日くらいかな。

「悪い、俺は理由あって、今の職業を変えられないんだ。でも、迷宮には行ってみたいな」

「それでしたら、ぜひ私をお使いください。迷宮は慣れたものです」

ハルが俺の目を見て――お尻の尻尾をぶんぶん振っている。

うわぁ、この娘から迷宮に行きたいオーラがプンプンでている。

普段は澄ましていてポーカーフェイスなだけに、尻尾で機嫌がわかるのはギャップ萌えしそうだ。

そこまで言うのなら迷宮に行ってあげたいけれど、

「ごめん、マティアスさんから君のことは傷つけないように言われてるんだ」

「そうですか……いえ、私の方こそ無理を申して失礼いたしました」

尻尾と耳がしゅんっとなる。

罪悪感がひしひしと押し寄せてくるな。

でもまぁ、仕方ないよな。

ということで、冒険者ギルドに到着したところで、入り口でウサギを3匹渡す。

「白兎2匹と黒兎1匹ですね。畏まりました、行ってまいります」

「一緒に行かなくていいか?」

「ギルドは黙認しているとはいえ、正規のパーティー以外の人間による代理報告は決して褒められた行為ではありません。ご主人様が今後冒険者ギルドに用事があるときに不利にならないとも限りません。例え冒険者にならなくても、依頼は誰でもできますから」

確かに、その通りだよな。

カチューシャさんも、マティアスに店の中で営業はやめてほしいって言ってたし。

まぁ、ここで隷属の首輪をしている彼女が、俺が売ろうとしていた兎を売りに来たら、十中八九俺の代理だってことはバレるだろうが、1割や2割の確率で俺じゃない可能性が残ったら、ギルド側も強気には出られないってことか。

ならば、ここは素直にハルに任せておこう。

「急がないから、高値で売れるように頼むね」

「かしこまりました」

ハルが頭を下げ、ウサギを3匹持ってギルドの中に入っていった。

いくらで売れるかなぁ。

……あれ?

そういえば、やけに時間がかかってるな。混んでるのか?

まぁ、もう少し待つか。

……遅い。そろそろ1時間経過する。

……もしかして、持ち逃げされた?

いやいや、隷属の首輪をしていたら奴隷は主人に絶対服従だってダイジロウさんが書いていたし。

あ、でも隷属の首輪の契約をしたのはマティアスだから、二人がグルで嵌めたとか?

それなら十分あり得る。

いやいやいやいや、でもあのハルが嘘をつくとは――

「お待たせしました、ご主人様」

「ハ、ハル!?」

「はい」

「あ、ええと、時間がかかったんだね」

「はい、ご主人様が時間がかかってもいいから高く売るように仰ったので、ギルドの解体所を借りて、ウサギを解体していました」

「……あぁ、それで時間がかかってたのか」

「こちらが査定額の全てになります」

彼女が俺に渡したのは銀貨1枚、100センスだった。

あれ? 相場は1匹10センスだから、3倍以上?

「黒兎は通常の兎の3倍の値段で売れました」

「……それでも倍の値段か。解体って凄いんだな……あの、ハル」

「はい、どうしました? ご主人様」

「いろいろすみませんでした!」

俺がハルを疑ってしまっていたことを謝罪するために頭を下げると、ハルは顔は平静のままだったが尻尾が大きく慌てるように揺れていた。

そして、謝罪の後、俺達はマティアスの店に戻った。