軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それぞれの戦い

イチノジョウの放った 世界の始動(ビッグバン) による衝撃は、迷宮中に伝わった。

第五階層にも。

「なんだこれっ! 地面がゴゴゴゴって鳴ったぞっ! 迷宮さん、腹が減ったのか⁉」

「大変、迷宮さんがおなかをすかせているんだ。私たちを食べようとしているんだよ」

ジョフレとエリーズが顔を真っ青にして言った。

「迷宮さん、エリーズを食べるなら、まずはこのジョフレを食べろ!」

「迷宮さん、ジョフレを食べるなら、まずはこのエリーズを食べて!」

「いや、俺が先だ!」

「いいえ、私が先よ!」

「遊んでないで戦ってください!」

キャロルがふたりに大声で文句を言った。

「キャロル、大丈夫かい?」

クインスがメイスを握りながら尋ねた。

「はい、大丈夫……いえ、少し辛いです。『 聖なる結界(ホーリーミラー) 』の魔力の消費量は決して少なくないので」

夢魔の女王のMPは決して低くはないが、しかし常に魔法を展開し続けている彼女の消費は激しい。それだけでなく、敵が迫りくるたびに 魅了(チャーム) の魔法を使って敵の動きを封じているから猶更だ。

ジョフレとエリーズの頑張りもそうだが、なによりケンタウロスの奮闘がなければ、戦線はとっくに崩壊していただろう。

もっとも、そのケンタウロスとの交渉がキャロルを疲れさせた原因でもあるのだが。

「ジョフレさんたちのレアメダルと、トマト一年分で手を打ってくれて助かりました」

「私はロバ相手に必死に交渉しているお前さんを見て、育て方を間違えたかと本気で心配になったよ」

クインスはどこか呆れたように言い、一本の煙管を取り出した。

「これをあげるよ」

「クインス様、これは?」

「煙管さ。中に入ってるのは煙草じゃなくて魔力を回復させるための薬だよ。 機械人形(オートマタ) だった私は、これを使って常にMPを補給していたのさ」

キャロルはその煙管を受け取り、先端を口にするとクインスが中に入っている薬に火をつけた。

煙を吸うのは初めてだったのだろう、キャロは咽て咳き込んだ。

「ごほっごほっ……あ、でもそれほど嫌な煙ではありませんね」

「体に有害な成分はないからね。もちろん、中毒性もないから安心しな」

「でも、これ、スーギューの糞を乾燥させたものですよね?」

「知っていたのかい?」

「はい、知識としてもありましたし、実際にこの目でも見ました」

マナグラスを食べたスーギューの糞には、マナグラスが持つ毒が消失し、その薬効成分だけが残るらしい。

「少しMPが回復したようです。これならもうしばらくは大丈夫です」

「すまなかったね、キャロル」

「え?」

「誘惑士のスキルに苦しむあんたの姿を、ただ見ていることしかできなかった。本来なら、誘惑士としての経験を持つ私があんたに一番付き添ってあげなければいけなかったのに」

「……いいえ、クインス様。私はもう誘惑士のスキルを恨むことはありません。お父さんとお母さんが死んじゃったのは辛いですけど、仕方のなかったことなんです」

キャロルはそう言った。

それは、彼女にとって一つの決意でもあった。

これまで、キャロルは両親の死は自分のせいだと決めつけていた。自分がスキルに目覚めたせいで、両親が死んだことは紛れもない事実だから。

本来なら、仕方のないことで割り切れる問題ではない。

むしろ、そんな考えに至るのはいけないことだと常に自分に言い聞かせていた。

でも、それは間違いだ。

自分のせいだと思い続けるのは贖罪ではない。

ただ罪に逃げているだけだ。

「この戦いが終わったら、イチノ様と一緒にバカンスに行く約束をしているんです。その時に、キャロはイチノ様と一緒にお父さんとお母さんが死んじゃった場所で報告をするつもりです。キャロに結婚相手ができましたって」

「そうか、キャロルは乗り切れたんだね」

クインスは成長したキャロルを見て、ほほ笑んだ。

彼女は思う。

もしかしたら自分は間違えていたのかもしれないと。

もしも自分が逃げ出したら、勇者がキャロルを捕まえ魔神にしようとする。

そうならないために、自分が彼女を守らないといけない。

そんな風に考えていたが、それは間違いだったのではないかと。

もう、キャロルは自分の手を離れ、立派に成長している。

「結婚式、楽しみにしてるよ、キャロル」

「はい。クインス様、その時はぜひキャロルと一緒にバージンロードを歩いてください」

「ああ、喜んで」

クインスが笑顔で言ったその時、

「遊んでないで援護してくれ! 危ないんだ!」

「遊んでないで援護して、本当に危ないの!」

ジョフレとエリーズの悲鳴が聞こえてきたが、ふたりはもう負ける気はしなかった。

※※※

振動は、第十四階層にも伝わってきた。

「なに、この揺れは?」

「大地の鳴動か」

カノンも真里菜も、イチノジョウの 世界の始動(ビッグバン) の威力を把握していない。

天変地異の前触れか、魔神の仕業かと考えた。

「どうやら時間がないようね、マリーナ。わかるでしょ、これが魔神の力よ」

「魔神だと? ふん、これは我のこの右踝に封印されし混沌の力が目覚める音だ」

「本当にあなたの中にはいろいろな物が封印されているね、マリーナ。なら、私も封印を解こうかな」

そういうと、カノンの頭の上に黒い角が、背中に黒い翼が現れた。

これまで魔法により隠していた悪魔族の証だ。

「ふん、封印を解いたところで、カノンの職業は魔工鍛冶師、戦闘職でないのにどこまで戦えるか見ものだな」

「そういえば、マリナの前では全力で戦ったことはほとんどなかったわね」

カノンがそう言うと、その手の中にバトルハンマーが現れた。

彼女は大きく飛ぶと、そのハンマーを振り下ろす。

マリーナはそれを横に飛んで躱した。

「メガウォーター」

巨大な水の塊がマリーナを襲う。

「なっ」

これまで、カノンは一度もマリーナの前で魔法を使ったことがなかった。それが油断につながった。常にともにいた相手だからこそ、すべてを知っていると思い込んでいた。

想像していなかった攻撃に、マリーナは水の直撃を受け、壁に激突した。

「イチノジョウ君から聞いていないのね。魔工鍛冶師は錬金術師と鍛冶師を極めた者だけがたどり着ける生産職の中でも異端中の異端。物理と魔法、両方の力を併せ持っているの。そして、私の本質は嘘。こっちはマリーナも知っているはずよね。騙すのは十八番なの。降参してくれるのなら、楽に眠らせてあげるけど?」

「ふざけるな、カノンよ。それは私のセリフだ。この頭の中に封印されし力を呼び覚ましたとき、お前の負けは決まるぞ」

背中の痛みに耐え、マリーナは言う。

「封印、解けるものなら解いてみなさい。あなたはいつも口ばかりでしょ」

「そうか……なら、そうさせてもらおう」

マリーナは頭の中の封印に語り掛けた。

そして、彼女はにっと笑うと、矢をあらぬ方向へ射た。

何も知らない人が見たら、誤射だと思うかもしれないが、カノンは知っている。マリーナの大道芸としての力を。

風の弓から放たれた矢は、軌道を変えてカノンに迫った。

軌道が変わることを知っていたら、この程度の攻撃など避けるのはたやすい。

そう、カノンは誰よりもマリーナのことを、そして真里菜のことを知っているつもりだった。

だからこそ、彼女は驚いた。

マリーナが戦闘中に仮面を外した。

それだけなら、成長した真里菜が、視界を確保するために仮面を外して戦う決意をしたのだろうと思っただけだろう。

だが、そこからカノンの想像は大きく覆される。

マリーナは――否、真里菜は仮面を前方に向かって投げた。

彼女は気付いた。

このままでは、矢の軌道と仮面の軌道が重なり、仮面が砕けてしまうことに。

「何を考えてるのっ!」

カノンはそう叫び、後ろに跳ばずに前に跳び、仮面を受け止めた。

そう、彼女は想像できなかった。

その仮面、爆破札が仕組まれているなど。

仮面が爆発したとき、カノンはなにがなんだかわからなかった。

倒れる自分に対し、真里菜が馬乗りになり、風の弓を構えられても尚わからない。

「安心して、楠さんに頼んで威力をかなり弱めてもらったから」

真里菜はそう言って笑った。

笑う真里菜とは対照的に、カノンの目には怒りが浮かぶ

「……どういうつもり、マリナ。あなたはマリーナを殺したの? 自分の手で」

「違うよ、カノン。マリーナはずっと私の中にいる。マリーナは、仮面を外す前に私に語り掛けた。『我は死ぬのではないぞ、真里菜。ふたりを隔てる封印を解き、お前とひとつになる時が来たのだ』と。私とマリーナはもともとひとり。そんな一センス均一市でカノンが買ってきた、安物の仮面があってもなくても関係ない!」

真里菜のその必死な言葉に、

「ぷっ、あははあはははははは……ごほっごほっ」

カノンは思わず大笑いをし、咽せた。

「はぁ……騙してばかりの私が騙された。まさかマリナが仮面の出自を知っていたなんてね」

「実は私も一センス均一市にいって、その仮面が気になっていたから。奴隷だから無駄遣いはできないと思ってあきらめたけど」

「そっか……私たち、センスが似ているんだね。ねぇ、マリナ。あんたは向こうの世界に戻りたいんだよね」

カノンは改めて真里菜に尋ねた。

「うん、カノンはこっちの世界で世界一大事だけど、向こうにも私の両親がいるから」

「だったらさ、私を逃がしてくれないかな? 私が魔神になれば、マリナを向こうの世界に送ってあげられる。それだけの力が手に入るの」

「それ、敗者が言うセリフ? ダメだよ、カノン。私はこっちの世界ではカノンが一番大好きなんだから。カノンを犠牲にしてまで戻れない」

真里菜はそう言って、風の弓を下ろすと、倒れるカノンに重なるように抱き着いた。

「大丈夫、カノンが魔神にならなくても、私は元の世界に戻れるよ」

「それも、マリーナが教えてくれたの?」

「ううん、私が決めた。絶対に戻るって」

無茶苦茶な理論に、あれこれ策をめぐらせていたカノンは馬鹿らしくなった。

そんなこと言われたら、もう勝てるはずがない。

「私の負けね、マリナ」

こうして、第十四階層の戦いは幕を閉じた。