軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ミレミアという老婆

「私はかつて、教会であなたたちがケンタウロスと呼ぶスロウドンキー、聖獣様のお世話をしておりました」

ミレミアは笑顔で語った。

ケンタウロスが聖獣であることを知っていたのか?

「もっとも、とある失態により、教会に監禁されておりましたが」

おばあさんはそう言って屈伸運動を始めた。軽やかな動きだ。

だが、それより大きな問題がある。

「あなたは何者ですか? ……本当に人間なのですか?」

「……どうしてそう思うの?」

答えはひとつ。

彼女の職業を見ることができないからだ。

これまで相手の職業が見えない場合、三種類の可能性があった。

まずは、相手が無職という可能性。

職業が無職の場合、職業がないのだから見ることができない。

実際、これまで俺自身の職業を職業鑑定で見ることができなかったが、いまははっきりと【魔王Lv1】と表示されるようになっていた。

もう一つは、そもそも人ではない場合。

職業は人間にのみ与えられたものであり、人ではない魔物やかつてのシーナ三号のような 機械人形(オートマタ) 相手には鑑定できない。

最後に、相手のレベルが0だった場合だ。

ホムンクルス――彼女たちは神の人形という職業であり、そのレベルは0で固定されているので、職業を調べることができない。

メティアス様を封印していた聖獣――その世話をしていたというのなら、この中で一番可能性が高いのは――

「あちらで話をしましょうか」

ミレミアさんはそう言った。

「ごめん、ノルンさんは少し待ってて」

俺は一言断りを入れ、ミリと一緒にミレミアについていく。

彼女は休憩用に作られたらしいベンチに腰掛けた。ベンチは小さいので俺たちは立って話を聞く。

彼女は「何から話したらいいか」と前置きをしたうえで、まずは俺の予想を肯定する言葉を告げた。

「ホムンクルスって言葉を知っている?」

質問に対する質問、だがそれが答えだった。

やはり、彼女はピオニアやニーテと同じホムンクルスだったのか。

「はい。知り合いに三人……いや、四人います」

ピオニア、ニーテ、アルファさんの三人。一応、シーナ三号も人数に入れたほうがいいだろうということでひとり追加した。

「あら、凄い。滅多に会えるものではないのに」

「みたいですね。生み出すために女神様が百年力を注がないといけないそうですから」

聞きかじった知識をそのまま語る。

「私はマスター――メティアス様に造られた最初のホムンクルス。ミレミアというのは私が考えた偽名で、本当の名前はプリメロ」

「ラテン語で最初という意味ね」

ミリが注釈を加えた。

ラテン語か。俺は当然全くと言っていいほど知らないが、名前にラテン語を使うことができるというのは正直言って羨ましい。

俺も知識があれば、ピオニアやニーテに、ラテン語にちなんだ言葉を付けたかったものだ。

「本当に神様とか、売れない小説家ってラテン語が好きよね。そういうのがかっこいいと思うのは中二で卒業できていないからかしら」

ミリの言葉がいつもより辛辣だ。

俺の心に深いダメージを与えた。

「あら、手厳しい。でも、私にとっては大切な名前なのよ。異世界の言葉らしいから、意味まではわからなかったわ、ありがとう」

ミレミアさんはそう言って、朗らかな笑みを浮かべた

「あの、ホムンクルスは年を取らないのでは? 失礼ですがあなたは……」

前にホムンクルスのステータスを見たことがある。

彼女たちはレベルが上がらず、攻撃力が無いという制約の代わり、シェルターの外壁とタメを張れるのではないかというくらいの防御力と、不老の力を持ち合わせていた。

だが、目の前のミレミアさんは年を取らないホムンクルスとは大きくかけ離れている。

最初のホムンクルスというからには、見た目通りの年齢ではないのは確かなのだろうが、不老の力が完全ではないのか、それとも生まれたときから老婆の姿だったのか、どちらなのかと気になり、俺は尋ねることにした。

「本当によく知っているわね。でも、それは創造主たる女神が万全だった場合のみ。メティアス様が魔神となって他の女神によって封印されてから、私の体は徐々に朽ちていったの。人間から見たら気が遠くなるような長い年月をかけてね。女神様の世界から地上に降り、メティアス様を探し、ようやく見つけたのが教会で飼われていたあの聖獣だったの。どうもお亡くなりになられた司祭のお気に入りのペットとして飼われていたみたい。そして、ある日のことよ――」

事件が起きた――と彼女は語った。

おそらく、彼女の正体がばれたのだろう。

メティアス様は元女神とはいえ、魔神となり他の女神様たちと敵対したいま、教会にとっても敵だ。そのメティアス様のホムンクルスともなれば、ただでは済まない。

もしかしたら、ケンタウロスの正体もその時にバレてしまい、彼女は最後の力で逃がしたのだろうか?

「その日は、今日みたいなとても晴れた日だった。その年は豊作で、大量の新鮮な野菜が教会に寄付されたの。教会内に野菜が運び込まれてしばらくして、聖獣が教会内に入り込み、野菜を食べ始めたの。それを止めに入った僧兵十四人が怪我を負った。そして、聖獣は野菜を食べ終えると、今度は麓の町で行われている豊作祭に行き、さらに野菜を食い荒らして逃走。そのまま行方不明になったの。その責任を取る形で、私は教会に幽閉されることになった」

幽閉にメティアス様、全然関係なかった!

というか、ケンタウロスの奴、当時から滅茶苦茶だ!

ミレミアさんはほほ笑む。

「きっと、来るべきその日が近づいていることを悟ったあの聖獣は、メティアス様にエネルギーを注ぐため、食事を大量に取る必要があったのね」

まるですべてを悟っているみたいに言うけれど、全然違うと思う。

メティアス様が解放されたにも拘わらず、以前にも増してケンタウロスの食欲は止まらない。

あの食い意地はあのロバそのものの特性だ。

「なんでミレミアさんはここにいるんですか? メティアス様の封印ならもう解けたのに」

「事情は知っているわ。あなたと敵対していることも、勇者から聞いている。それにしても、メティアス様のことを様付けで呼ぶの?」

ミレミアさんは不思議そうに俺に尋ねた。

「まぁ……敵になったとはいえもともと神様なわけですから」

俺のマイワールドはもともと彼女のものだし、無職スキルだってメティアス様が用意したものらしいのだ。

敵であるが、恩も大きい。

それに、他の女神やミリから聞いた話なのだが、メティアス様はこれまで何度もこの世界を災厄から守ってきたという。

彼女がいなかったら、この世界、アザワルドはとっくに災厄とやらに飲み込まれて、人々の住めない状態になっていただろう。

メティアス様がいまどこにいるか尋ねたが、やはり彼女は今のメティアス様の居場所を知らないらしい。わかっているのは、メティアス様が生きているということだけらしい。

俺の質問が終わったところで、ミリが尋ねる。

「ねぇ、教えて。私の知る限り、メティアスは我慢強い女神だったわ。来る日も来る日も災厄の芽を潰すため、この世界の人のために未来を見てきた。なにが彼女を変えてしまったの? 少なくとも、災厄から逃れる方法が魔神になることだけだったとは思えないし、そんな途方のない作業に心が病んでしまっただけとも思えない」

そう言うミリの目を、ミレミアさんはじっと見た。

そして、小さく息を漏らす。

「そうね、あなたの言う通り、災厄の芽をひとつひとつ潰していくというのは途方もない作業。終わりも見えないその行い、普通の人間なら、いいえ、女神様たちでもあの方の作業を行うのは並大抵ではないの。テト様も相当の苦労をなさったと思うわ」

ミレミアさんは、昔を懐かしむかのようにしみじみと言った。

ずっと側でメティアス様を見てきたのだろう。

「詳しいことはわからないわ。ただ、あなたの言う通り、メティアス様は強いお方よ。きっとあの方にはあの方の考えがあって行動しているはず」

少し疲れたから休ませてほしい。ミレミアさんはそう言った。

話し過ぎて疲れたのかと思ったら、さっきの屈伸運動が膝にきたらしい。

完全防御能力も、寄る年波には勝てないと苦笑していた。

結局、何もわからなかった。

俺たちがミレミアさんに礼を言い、戻った時だった。

「お兄さん、大変!」

俺の姿を見つけたノルンさんが慌てて声をあげた。

ただならぬ予感に、俺たちはノルンさんのもとに向かった。

「ノルンさん、なにがあったんですか⁉」

「あの、ケンタウロスちゃんが、柵を飛び越えてどこかに――」

悪魔族の何人かが「聖獣様、お待ちください!」と走って追いかけたが、見事に逃げられたという。

まぁ、仕方がない。

俺だって本気で逃げるあいつを捕まえられる気がしないからな。