軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

瘴気の蔓延

通り抜けた先は――俺の知る女神テトの空間ではなかった。

山積みのようにあった本も机もなくなっていたから。

しかも、足がふわふわする。歩くことはできるが、どっちが上でどっちが下かわからない。

「アルファさんっ!?」

最初に見つけたのは、ホムンクルスのアルファさんだった。

彼女に駆け寄った。

息はしているが、意識がない。

彼女はどこか遠くに手を伸ばしたまま倒れているようだ。

症状はピオニアやニーテと同じだな。

「テト様は――くそっ、いない」

「いないはずがありません。いったいどこに――」

くそっ、ここにいるのがハルだったら匂いを追えたのに。

眷属召喚――は無理だ。いま彼女が抜けたらキャロに危険が及ぶし、なにより地上に手出しすることはできないと言っていた。逆にこの場所に召喚をすることもできないだろう。

いつも人を探すときは鷹の目を使ったりするのだが、こんななにもない場所じゃ鷹の目を使っても意味がないだろう。

「ライブラ様、ここはアルファさんの忠誠心にかけましょう」

「……わかりました。彼女の手を伸ばしている方向に行くのですね」

そうだ。どのみちどっちを目指していいかわからない以上、そうするしか手はない。

そうと決めたとき、ライブラ様の手から金色の砂のようなものが現れ、まっすぐ延びていった。

目印もなにもない世界、まっすぐ進むのも一苦労だろう。なるほど、道しるべにはちょうどいい。

俺とライブラ様は金色の砂を頼りに真っすぐ進んだ。歩くというよりかは、泳いでいるみたいな感覚だ。

宇宙に漂う巨大な水の中で、酸素ボンベをつけて進んでいる――という表現なら余計にわかりにくいか。

「ん? あれは――」

どれだけ進んだのかわからないが、この世界に来るときとは逆に、なにか黒いオーラのようなものが見えた。

「どうやら、彼女の忠誠心は大したものだったようですね」

「あれがテト様なのですか?」

「恐らくそうでしょう」

「あの黒いのはいったい」

「瘴気ですね。可視化できるほどの濃い瘴気が女神の空間に流れ込むとは……イチノジョウさんとコータさん、ふたりがマレイグルリの町にある女神像の瘴気を吸収する機能を一斉に停止させたことにより、マレイグルリ中の濃い瘴気が一気に彼女の空間に流れ込んだのでしょう」

「俺たちのせいで……」

街を守ろうとした結果、テト様を苦しめる結果になったのか。

知らなかったとはいえ、自分を責めずにはいられない。

テト様のところに瘴気を集めてはいけないというのなら、キャロに上級者向け迷宮に魔物を集めさせたのも失敗だった。

魔物は退治することで瘴気に戻り、浄化しやすくなるという。

しかし、上級者向け迷宮の前で魔物退治をすれば、当然、そこで生まれる瘴気もまたテト様のもとに一番に流れ込むだろう。

「あなたのせいではありません。これは我ら女神の責任です――メティアスと同じ過ちを避けるため、彼女に最も近い位置にいる女神テトを、瘴気の浄化する作業から最も遠ざけていたのですから。もしも瘴気の流入先が女神テト以外なら――たとえ怠け者の女神トレールールであったとしても瘴気の浄化をすることはできたはずです」

メティアスと同じ過ち。

いったい、ライブラ様とメティアス様の間になにがあったんだ?

そして、どうしてライブラ様はメティアス様の名前を呼ぶ前に、「女神」を冠しないんだ? 他の女神様の名前を呼ぶときは付けているのに。

「コショマーレ先輩とセトランス先輩なら、この倍は対処できたでしょう」

……あ、違った。「女神」を冠するのはテト様とミネルヴァ様、トレールール様の三柱だけだったようだ。女神にも先輩後輩の関係があるんだな。

少しだけ、女神の間の人間関係――いや、女神関係が垣間見えたような気がした。

セトランス様は意外とマイペースだし、トレールール様は怠け者だし、ミネルヴァ様は死にたがりだ。コショマーレ様とライブラ様は苦労していたんだろうな。

「くっ……」

瘴気は近付くにつれ、これは人間が触れてはいけないと本能的にわかる。

俺が水鳥だとするのなら、この黒い瘴気はタールだ。

これに触れたら俺は二度と空を飛ぶことができなくなる――そんな危うさを感じられた。

「ライブラ様、これをなんとかできるのですか?」

「そのために私が来たのです」

ライブラ様がそう言って右手を中に入れた。

瘴気が手を通ってライブラ様の中に入っていったのか、腕に黒い瘴気がまとわりつき、彼女の表情が苦悶に歪む。

彼女の服まで黒く染まっていく。

「くっ――思っていたより強いです」

ライブラ様が力を込めたようだ。

彼女の腕を纏う黒い瘴気が薄れていき、服の色も元の白に戻った。

そして、彼女の手が見えるようになり、徐々に瘴気の間に道ができていった。

「……ふぅ、イチノジョウさん。ついてきてください。くれぐれも瘴気には触れないように」

「わかりました。頼まれても触れませんよ」

俺は瘴気の間にできた道を進んだ。

十分通れるスペースはあるが、それでも間違って触れてしまわないか不安になる。

「あの、これ、光魔法で一気に浄化――とかできませんか?」

「瘴気の力は魔法の属性である闇とは根本的に違いますから意味はありませんよ」

「……ですよね」

ミリの闇魔法は何度か見たが、こんな嫌な感じは一度もしなかった。

「そうですね――どうしても気になるのなら、あなたが使える結界魔法の『 聖なる結界(ホーリーミラー) 』なら瘴気の浸食を防ぐことができるかもしれません――瘴気を通さないというだけで狭めることはできないでしょうが」

「『 聖なる結界(ホーリーミラー) 』?」

そんな魔法あったか?

考え、そういえば結界魔法を覚えていたことを思い出した。

あの時は××××がランクアップしたことで動揺し、それどころではなかった。

「何故自分の魔法を覚えていないのですか」

「すみません、魔法の種類も増えすぎたもので……」

管理が行き届いていない。

またスキルと魔法を徹底的に整理しないといけないな。

「では、『 聖なる結界(ホーリーミラー) 』!」

魔法を唱えると、俺とライブラ様を包み込むように淡い光を放つ球体上の結界が現れた。

ただ、瘴気を狭める効果はないようで、瘴気に触れると結界が跳ね返ってくる感じがする。

これはピンボールのボールになった気分だ。

瘴気に触れる心配がなくなっただけでも良しとするか。

「見えてきました――あそこに女神テトがいるはずです」

通路の先――そこには黒い繭のようなものがあった。

この中にテト様がいるのか。

「イチノジョウさん、ご苦労様でした。その結界の中で待っていてください」

ライブラ様はそう言うと、黒い繭に近付いていき、さっきのように瘴気の解除を試みた。

先ほどよりも時間がかかっている。

一度は肩の部分まで瘴気に侵食されかけた。

俺に手助けできないことがとても歯がゆい。

「――これで……終わりです」

ライブラ様が息を切らせて言ったそのとき、黒い繭のような瘴気がふたつに割れ、中からテト様が現れた。

しかし、様子がおかしい。

「ライブラ様――テト様の髪が――っ!?」

そう、女神テト様の髪の色は本来、ミリと同じように茶色かったはずだ。にも拘らず、今、その髪の色は黒く染まっている。

まるで、瘴気そのもののような黒色に。

「瘴気に侵食されている――急いで吸い出します」

ライブラ様がそう言ってテト様の頭に手を当てた。

その時、バチっと激しい音とともに火花が散り、ライブラ様の体が瘴気を纏ってそのまま彼女の体が俺の方に吹き飛ばされた。

俺は結界を越えてきた彼女の体を受け止める。

「ライブラ様、大丈夫ですかっ!?」

「ええ、結界を張ってもらって助かりました。結界がなければ、私は瘴気に蝕まれ、私の体を受け止めたイチノジョウさんも無事では済みませんでした」

ライブラ様が纏っていた瘴気は、ライブラ様が結界に飛ばされてると同時に結界の外に残った。結界がなかったら危なかっただろう。

そして、そのライブラ様を吹き飛ばしたテト様はゆらりと立ち上がってこちらを見た。

「テト様! しっかりしてください!」

「瘴気に支配されている――このままでは彼女がメティアスと同じように――魔神になってしまう」

ライブラ様が言った。

「魔神っ!?」

俺が叫ぶ――その時だった。

世界が揺れた。

地面もない世界で地震が起こったのだ。

「女神で無くなりつつある彼女に、女神の空間を維持する力はない。この世界は間もなく崩壊する。イチノジョウさん、すぐに脱出を」

「でも、テト様がっ!」

このままでは彼女が――そう思ったときだった。

「遅くなった、イチノスケ!」

俺の本当の名を呼ぶ女性の声が聞こえた。

と思ったそのとき、一本の光の槍が天から降り落ちてきてテト様に刺さった。

その槍と共に現れたのは、こういうときもっとも頼りになる女神――戦いの女神セトランス様だった。