軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ライブラの弱さ

なんだこれ、××××がなにかもわからないのに、スキルアップだって!?

××××が××××ってなんにも変わってないだろ!

ステータスを見ても、相変わらずスキル欄には何も表示されていないし。

これで中級者向け迷宮の問題は解決したはずなのに、もやもやが止まらない。

あぁ、そういえばこのもやもやが瘴気の原因になるんだったよな……平常心だ、平常心。

よし、落ち着いた。

そうだ、ハルとキャロに伝令を送っておくか。

「ハル、キャロ、中級者向け迷宮で魔物が湧き出る騒動は解決したから心配するな。俺は魔物を退治しながら地上に戻る」

よし、伝令はこれで十分だろう。

あとは――そうだ、ライブラ様にお祈りをしよう。

迷宮踏破ボーナスも欲しいけど、それよりテト様のことが心配だ。このままピオニアとニーテが目を覚まさないのは困る。

俺はそう言って、女神ライブラ様の女神像に祈りを捧げた。

次の瞬間、俺は白い空間にいた。

どうやら女神の間に辿り着いたようだ。

この世界に来て最初に驚いたのは、巨大な天秤の存在だろう。

秩序と均衡を表す天秤の両方の皿には、どこからともなく黄金色に輝く砂――砂金だろうか?――が降り注いでは溢れ落ち、天秤を大きく揺らしている。

神秘的な場所なのだが、どこかカレーのスパイスのような匂いがするのは何故だろうか?

「待っていました、イチノジョウさん」

「お久しぶりです――待っていた、というのは俺が来るのをわかっていたのでしょうか?」

「話は移動しながらにしましょう。イチノジョウさん、私の手を握ってください」

差しだしてくるライブラ様の手を取った。

その直後、天秤の砂が大きく傾き、空間に一つの扉が現れた。

「では、テトの元へ参りましょう。手は絶対に離さないでください」

ライブラ様にそう言われ、俺たちは扉の中に入った。

扉の中は真っ黒な空間だった。上も下もわからない不思議な場所で、さっきまで自分がいた場所までわからなくなる。

なるほど、これは手を離せば迷って戻れなくなりそうだ。

俺に手を握るようにいったのはそのためか。

「まず、訂正しましょう。私が手を握っているのは、私が迷わないためです」

「え? ええと、心を読みました?」

「いいえ、あなたの心の中は読めなくなっています。ミネルヴァになにか施されたのでしょう?」

その通りだ。

っていうことは、俺の考えていることなど心を読まずともお見通しってことか。それは少しショックだ。

「ライブラ様が迷わないためってどういうことですか?」

「私はいまから女神テトの部屋に向かいます。しかし、本来女神の空間というのは許可を得られた人間にしか入ることが許されません。あなたのマイワールドもそうでしょう?」

「はい、そうですね。女神様は自由に出入りできますが」

「私たちが自由に出入りできるのは、あなたが私たちを拒んでいないからです。あなたが」

俺が拒んでいない?

「ええ。あなたは意識的か無意識的かはわかりませんが、女神の到来を歓迎しているのです」

女神が来ることを歓迎――そんなこと考えたことはなかった。

トレールール様にせよ、ミネルヴァ様にせよ、突然訪れては去っていくから困っているんだけどな。まぁ、拒んでいるかと聞かれたら、そこまでは言わないけれど。

「話を戻します。先ほども言ったとおり、女神テトが許可を出さない限り、他の女神は立ち入ることができません。しかし、テトはあなたが訪れることに対し拒否していない――むしろあなたが来るのを待っているようなのです。そのため、私はあなたを利用することでしかテトの元へ行くことができません」

ライブラ様が言っていた、俺を待っていたとはそういうことだったのか。

もしも俺が初心者用の迷宮に行っていたのなら、ライブラ様ではなくコショマーレ様と手を繋いでテト様の元へ向かっていたわけか。

「もっとも、そのせいで空間が歪み、このような狭間の世界を歩くことになりました。もしもここで手を離せば、あなたの体は一瞬のうちに女神テトの元に赴くことができるでしょうが、私はこの狭間の世界に取り残されるでしょう」

そう言われて、手に汗をかいた。

手が滑りそうになり、ライブラ様の手を強く握ってしまう。

「そう緊張しなくても大丈夫です。形式的に手を離したらと言っていますが、手だけではなく、魔力的な繫がりも保っています。本当に手を離したところで今言ったことは起こりません」

言われて、少し緊張が和らいだ。

女神殺しの称号なんて欲しくない――いや、狭間の世界に永遠に取り残すなんて、殺してしまう以上の罪だからな。

そして、俺たちは三時間くらい歩き続けた。

「あの、ライブラ様――テト様の空間はまだ遠いのでしょうか?」

「ええ、これで半分くらいでしょうか」

やばいな、ハルたちが心配しているはずだ。

一度、伝令を送った方がいいだろうか?

「安心しなさい。女神の空間と地上との時間の流れが異なるのはあなたもわかっているでしょう? さすがに完全に時間が停止するということはありませんが、地上ではまだ数分程しか時間が流れていません。伝令を送っても、速度の違いのせいでまともに伝令できませんよ」

時間速度の違い――あぁ、すっかり忘れていた。

じゃあ、俺がハルに伝令を送っても、超高速早送りの状態で届くわけか。そんな伝令を送ったら逆に心配させてしまう。

ていうか、まだ半分か。

なら、もう少し込み入った話をする時間がありそうだ。

「あの――魔王と勇者の狙いはなんなのでしょうか」

「あなたは、デイジマでの事件を覚えていますか? 鬼族の男が瘴気を集めたことを。そして、そこで集めた瘴気はどこかに送られた後だったことを」

「……ええ」

「デイジマで集められた瘴気は、すべてこのマレイグルリに送られていました」

「……っ!?」

「正確には、マレイグルリと大聖殿の間、七十二対二十八で割った場所に送られていました。」

細かい。普通に七対三でいい気がする。

「マレイグルリと大聖殿の間には地下通路が敷かれていて、その地下通路は様々な場所に脱出路が繫がっています。中には他の大陸にまで繫がっている場所もあります。かつてその地を治めていた豪族が築き、魔王ファミリス・ラリテイが脱出路として利用していました。その脱出路に設置された転移陣が、デイジマに繋がっていたのです」

つまり、その転移陣を使って瘴気が送られてきたってことか。

ジョフレとエリーズが悪魔族を逃がしたという秘密の脱出路もそこだったのだろう。

「じゃあ、魔王の目的は、瘴気を使って魔物を大量発生させることだったのですね」

「いいえ、それは手段であって、目的ではありません」

「目的じゃない?」

「彼が望んだのは、ただひとつ。メティアスの復活です」

「メティアス様の?」

「奇しくも、それは勇者の望みと同じでした。それで勇者と魔王――本来敵同士の彼らが手を組んだのです」

「なんで……メティアス様は世界を守るために戦っていたはずです。なんで世界を破滅に導く魔王が復活させようとするのですか」

「……話が過ぎました。これ以上はあなたが知っていい内容ではありません。人には人の、女神には女神の領分というものがあります。深く入り込めば引き返せなくなりますよ」

ライブラ様はそう言って口を噤んだ。

本当にこれ以上は聞いてはダメなのだろう。

そんな状態で無言になってしまったものだから、何か別のことを話さないといけないと思っててんぱってしまった。

その結果、最も空気を読めないことを言った。

「ライブラ様は……元々人間だったのですか?」

言って後悔した。

人間だったと聞いてどうする? 人間だった頃はどんなことをしていたとでも聞くのか?

女神は無垢な女性が生贄に捧げられた結果至った存在だってミネルヴァ様が言っていたじゃないか。

ライブラ様が俺をじっと見る。

やばい、すぐに取り消さないと――そう思ったとき、ライブラ様が大きなため息をついた。

「…………はぁ、ミネルヴァに聞いたのですね。本来、これは絶対に人間に知られてはいけないことなのですよ」

「……やっぱりそうですよね。教会の信仰とか考えると」

「ええ。ですから誰にも言わないでください」

そう念を押された。

「私が人間であったか? ですね。結論から言えば覚えていません。そうであったと聞いていますが、確かめられないことは答えられません。ただ、あなたが思っているような酷い人生ではなかったそうです。元々孤児として死ぬところだった私を養母と養父に引き取られ、その二人の元で私は平穏な時を過ごしたそうです。生贄になったのも、自ら望んでのことだったそうです。正しいことをして死ぬのは正しい――そう思っていたのでしょう」

「でも、それは――」

「ええ、養母と養父のことを思ってのことでもあったでしょうが、いまならそれが恩返しなどではなく、限りない不義理であることくらいわかりますよ。いいえ、客観的に物事を判断しているからわかるのであって、当事者となればいまでも同じ間違いを犯すかもしれませんね。女神は絶対ではないのですから」

俺の前で見せた弱さ。

秩序と均衡で自分を律し続けていたライブラ様の本当の姿なのかもしれない――なんて知っているようなことを思ってしまった。

「イチノジョウさん、見えてきました」

休憩を挟むことなく歩き続けたところ、遠くに光が見えてきた。

その光は段々と大きくなっていく。

「あそこです。なにがあるかわかりませんから覚悟していてください」

なにがあるかわからないって、脅かさないでほしい。

「脅しではありません。危ないと思ったら拠点帰還を使ってください。地上に戻ることはできませんが、あなたがマイワールドと呼ぶ世界は我々女神の世界から位相が近いため、転移も可能のはずです」

「……わかりました」

俺は頷き、光の扉に入った。