軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

湯けむりの脅迫者

ハルとの練習のあとは、露天風呂でひと汗流すことにした。

普通に露天風呂に入っていても風情がないなぁ。

雪でも降らせることはできないか? と試しに空に向かって魔法を放ってみることにした。

雪見露天風呂ってわけだ。

「 細氷大嵐(ダイヤモンドダスト) !」

細かい氷の嵐が上空に巻きあがる。

吹きあがったそれらは、しばらく上空に漂ったかと思うと重力に従って落ちてきた。

「おぉ、これは風情が……いや、これは 雹(ひょう) だな」

少し痛い。雪にはならない。

我ながらバカなことをしたと思っていると脱衣所から気配がした。

ホムンクルスの誰かだろうか?

魔力の補給は十分にしているはずなんだが、ニーテあたりは魔力が足りていても俺を揶揄うためにわざわざ男湯に入ってくる。

最近、ニーテに裸を見られるのも少しは慣れてきたが、やっぱり落ち着かないんだよな。

そろそろしっかりと注意しないといけない。

脱衣所から彼女が洗い場に入ってきた。

俺は振り返り――

「おい、お前、いい加減に――」

注意しようとして言葉が詰まった。

そこにいたのはニーテではなかったから。

「なんで雹が降って来てるの?」

そう言って入ってきたのは、フルートだった。

一糸まとわぬ裸だ。

「お前、こっちは男湯だぞ! 女湯は横だ!」

「わかってるよ。あぁ、この前は悪いことしたからな、背中を流しにきたんだが……寒いな」

「そ、そうか……でも、いまは寒いから、中に入れよ」

「入るから、あまりこっちを見ないでくれよ」

「わ、悪い」

俺は慌てて背を向けた。

そういえば、こういう経験は初めてだ。

これまで、一緒にお風呂に入ってきた人は、多かれ少なかれ俺に好意を持っている相手だった。

しかし、フルートは違うんだよな。

彼女は俺への謝罪の意味で、背中を流しに来た。

そんな彼女の好意を無にするわけには――

そう思ったとき、背中に柔らかい二つの感触が――これは――

「声を上げるな……」

彼女の腕が俺の首を絞めつけた。

完全に油断していた。

「なんのつもりか聞いていいか?」

「私をここから出せ」

「なんのためにだ?」

「仲間を助け出す。私の仲間は教会の奴らに連れていかれた。私が助けないと――私を拷問した男が言っていたんだ。私の仲間は全員教会に運ばれた。そこで裁判にかけられ、殺されるって」

フルートを拷問した男……邪狂戦士になったフルートに殺されたあの兵か。

彼女の言っていることは事実だ。

血液鑑定によって発見された悪魔族は、全員教会に運ばれた。

そして、恐らく裁判にかけられ、死刑になるだろう。

「悪いが、お前をここから出すわけにはいかない。ここにいるダークエルフたちはようやく平穏の場所を手に入れることができた。彼女たちが生きていることがお前の口から広がらないとも限らない。彼女たちを危険に晒すわけにはいかない。それに、お前が生きていることが世間に知られたら、お前の死を俺と一緒に確認した鈴木の立場も悪くなる」

俺はそう言って、ため息をつき、そして言った。

「それに、言っちゃ悪いが、お前の物攻値で俺を絞め殺せるわけないだろ? かなり力を入れているみたいだが、全然苦しくないぞ」

「なっ……」

フルートは動揺し、さらに腕に力を入れた。

「だから、全然苦しくない」

前にフルートに教えたはずなんだがな。贖罪者であるフルートの物攻値じゃ、マイワールドにいる誰も殺すことはできないと。

おそらく、隙をつけば何とかなると思ったのだろう。

「というか、腕に力を入れて体を寄せるたびに、お前の胸の感触が直に伝わるんだが」

俺がそう言うと、フルートは俺を突き飛ばすように後ろに退いた。

本当は裸で一緒に風呂に入るのもかなり恥ずかしかったのだろう。

いつの間にか、雹が止んでいた。

「はぁ、そこにいるんだろ?」

俺はそう声をかけた。

風呂に入ってくる人物の中で、俺が殺されそうな状態でも冷静に対処しそうな人物は二人しか思いつかない。

ピオニアかニーテだ。しかし、ピオニアならこんなまどろっこしい真似はしない。

「ニーテ」

「気付いてたのか、マスター」

「気配がしたからな。それに、一応ホムンクルスの誰かにフルートを見張るように命じておいただろ?」

「あぁ、命じられてたな。マスター相手ならまだしも、他の子に万が一のことがあったら困るから」

そして、ニーテは右手の指を縄のように変形させ、フルートを縛り上げた。

そんな変形もできるのか。

知らなかったが、どこか悪い宇宙人みたいで夢に見そうだ。

フルートはおとなしく立ち上がり、風呂から出る。

そして、フルートがニーテの前まで歩くと、ニーテは首すじに手刀を浴びせた。

フルートは気絶する。

ニーテにしては手荒すぎる気もした。

「マスター、こいつの処分はどうする?」

「そうだな――トイレ掃除一週間とかはどうだ?」

「マスターは女に甘いな。せっかくあたしが、現行犯逮捕できる空気にしたのに。獅子身中の虫って言葉くらいマスターでも知っているだろ」

ニーテの奴、やっぱり俺が首を絞められているところも黙って見ていやがったのか。

まぁ、俺が大丈夫だっていう前提もあっただろうけれど。

「甘いって、そりゃ突然こんなところに連れて来られたら帰りたいのは普通だろ。むしろ俺が勝手に誘拐したようなものなんだし。それに、彼女には殺意はなかったからな。というより、俺を傷つけることに恐怖していたみたいだった」

「感情トレースか?」

「そんなもん使わなくてもわかるよ」

なにせ彼女は俺にくっついていたんだ。

心音が直に伝わってくる。

俺の首を絞めたとき、力はほとんど入っていないのに心臓がバクバクと震えていた。

そもそも、大切な人を助けたいと切に願う彼女が、仲間のためだからと割り切って俺を殺せるわけがない。

本当に、ただの脅しのつもりだったのだろう。

「あぁ、今回のことはキャロとララエルには話していいが、ハルには黙っててくれよ」

たとえ本気ではなかったとしても、俺を殺そうとしたことがハルに知られたら、今度は彼女がフルートを殺しかねない。

「わかってるよ。ただ、行動はかなり制限させてもらうからな。暫く要観察とさせてもらうぞ。一人では無理だからって、ダークエルフたちに妙な噂を吹聴されても困る」

ダークエルフの中から造反組を作って、 反乱組織(レジスタンス) を作るとでもいうのだろうか? ダークエルフ全員の詳細情報を把握していないが、二人か三人くらいなら俺に対し、悪感情を持っている者もいるかもしれない。

ただ、いくら悪口を広められても、 反乱組織(レジスタンス) が出来上がることはないだろう。

ララエルの規律は厳しいからな。

「別にそのくらいいいよ。他の奴らに手を出そうとしない限りは」

ニーテたちにも、万が一フルートが他のここにいる人たちを殺そうとしたらどうするか伝えている。

フルートには悪いが、俺にはここにいる皆を守る義務があるからだ。

「というか、みんな俺のことを大切にしすぎだ。少しくらい好感度調整は必要だろ」

「マスターの好感度が高いのは今更揺るがないよ。だって、マスターはそれだけのことをしてきたんだから。むしろ、マスターの悪口を吹聴したら、フルートの立場が悪くなるだろ」

「なるほど――」

俺はフルートを連れていくニーテを見て尋ねた。

「なぁ、ニーテ。教会に連れ去られた他の悪魔族を助け出すことって――」

「なんでもかんでも抱え込むなよ。領分を考えてくれ。頼むから」

「……わかった」

俺はそう言って露天風呂の岩にもたれかかった。

空気はこんなに冷たいのに、どうやら俺の頭は全然冷めていなかったようだ。