作品タイトル不明
査察官の依頼
俺は剣を手放し、倒れた本棚を起こす。
本棚から本がバラバラと抜け出て、査察官の上に降り注いだ。
「いたいいたい、もっと丁寧に起こさぬか」
文句を言う査察官は、立ち上がり、
「うむ、准男爵にしてはよくやった。陛下に報告しておこう。ありがたく思え」
「……はい」
「まったく、見張りにつけていた騎士はどうしたのだ」
騎士が死んだことは査察官は知らなかったらしい。
恨みがましく、「陛下に報告して断罪してもらわなければ」と言い出した。
そうか、知らないのか。
「彼は死にました」
「そうか、死んだのか。それで?」
「それで? とは」
「 文言(ワード) だ。聞かなかったのか?」
……騎士を慈しむ言葉はないのか。
まぁ、俺も期待していなかった。
「世界のきゅう……と。それ以降は聞き取れませんでした」
「世界のきゅう……?」
すると、査察官はなにやら考え、
「すぐに報告することができた。私はここを出る」
「あの、私への褒美ですが……」
「なんだ、褒美なら後でと」
「彼女を埋葬する許可をいただけたらそれ以上の望みはありません」
「そうか、それだけでいいのなら許可しよう」
そう言って査察官は出ていく。
代わりに鈴木が入った。
「楠君、手伝うよ」
「そうか、助かる」
俺がそう言うと、眷属召喚スキルを使った。
ハルとキャロが召喚される。
「ご主人様、お待ちしておりました」
「他の皆も、彼女を受け入れることに賛成です」
ハルとキャロが言った。
そうか、ララエルたちも受け入れてくれたか。今回は事後承諾にならずに済んでよかった。
「楠君、どういうこと?」
「なに、彼女を助けるんだ」
俺はそう言って剣を抜いた。
「メガヒール」
「待って、楠君。彼女の傷は心臓まで達している。即死だ。だから回復魔法は――」
「鈴木、ここは優しい世界じゃないが、ファンタジー世界だ。地球ではバッドエンドな事柄でも、ハッピーエンドに塗り替えられる」
俺はそう言って、彼女の体温を確認する。
覚悟を決めて正解だった。
「まだ生きているな」
「そんな……いったい、どうやって」
「お前が教えてくれたんだろ? この剣の使い方」
俺は倉庫から取り出した剣を見て言った。
札を入れることで剣の力に与える。
「回復札を使ったら、斬った相手を回復させることができるんだろ?」
「まさか回復札を入れて斬ったのか……でも、心臓を斬ったんだ。即死だった場合、回復できないんじゃ」
「確かに、回復札のトリックだけだったら分の悪い賭けだったが、即死にならなければいいんだろ? それなら、俺にはもう一つのスキル――ピコピコハンマーがあるからな」
ピコって可愛い音が鳴らないように、剣に 沈黙の部屋(サイレントルーム) を纏わせる必要があった。
「そんな、剣で切り裂いてハンマーって言い張るなんて、君はなんて……ははは、なんて無茶をするんだ」
鈴木は笑い、そして、尋ねた。
「それで、僕はなにをしたらいいんだ?」
「なに、彼女の死体をアイテムバッグに入れて運んで、一緒に埋葬したことにしてくれたら、そしてここでなにも見なかったことにしてくれたらいいさ」
俺はそう言って、ハルに頼んで、マイワールドへの扉を開いてもらった。
そして、ハルから一枚のシールを預かる。
マイワールドに入るための許可を出すためのシールだ。
そのシールを、ボロボロになっている彼女の腕に貼った。
俺は悪魔族の少女を追いかけている最中、ハルとキャロに伝令を送り、今回の計画をすべて伝えていた。
ハルは眷属スキルを使ってマイワールドに移動することができる。
「ハル、キャロ、頼んだ。一時間は目を覚まさないと思うが、一応拘束してくれ。これで縛ったら暴れても解けないはずだ」
俺はそう言って、二本の帯を渡した。
「昨日、ニーテとシーナ三号から剥ぎ取った帯だ」
「え? ニーテさん? それにシーナ三号さんは魔王竜との戦いで……」
鈴木に余計な情報を与えてしまった。
ニーテはもう旅に出たことになっているし、シーナ三号は鈴木の前で自爆している。
彼女たちの情報は、俺の無職スキルにもつながることになるので知られてはいけなかった。
「イチノ様、気が緩んでいるのではありませんか?」
「……悪い」
キャロに怒られて俺は謝った。
本当に悪魔族の少女を助けることができてホッとしていたようだ。
ハルたちは悪魔族の少女を連れてマイワールドに入った。
「はぁ……」
その場に残った俺は、とりあえず 浄化(クリーン) でカーペットを綺麗にした。
別に、あの査察官のためにじゃない。
出血量から彼女が生きていることがバレるのが嫌だった。
心臓を斬りながら傷を塞いでいたため、出血量は多くない。
あの査察官は気付いていなかっただろうが、専門の調査員が来たら絶対にバレるだろう。
査察官が適当な男でよかった。
殺された騎士は、この施設の職員が丁重に埋葬してくれるらしい。
悪魔族の少女を拷問していたことには思うところはあるが、それでも俺は彼の冥福を祈った。
俺と鈴木はふたりで保護施設の外に出た。
外に出たところで、剣を持ってきてしまったことに気付いた。
「この剣、もらっていいかな?」
「泥棒はダメだと思うよ」
「だよな。返しておくか……」
頭をポリポリ掻き、返しに行こうとした。
「イチノジョー殿ぉぉぉ、イチノジョー殿ぉぉぉっ!」
査察官が帰ってきた。思わず「げっ」とのどを絞って拒絶の声を出す。
もしかして、悪魔族が生きていることに気付いたのか?
「イチノジョー殿! これからどちらへ?」
「あ、いや、この剣間違えて持ってきてしまったので返しに行こうかと」
「それは保護施設の剣? そのようなものどうぞどうぞ、お持ち返りください。ぶひひひひっ」
「査察官殿。あなたはこの町の査察でいらしているのであって、保護施設の備品を自由に扱う権利はないはずですが――」
「スズキ卿は黙っておれ。わしがいいと言えばいい。時間がないのだ」
査察官が鈴木に怒鳴りつける。
今回は鈴木が言っていることが正しいのだが、査察官に逆らってはいけないと言っていたのは鈴木自身だ。
これ以上逆らってはいけないということがわかっているのだろう。
「実は、イチノジョウ殿にお願いがあるのです。あなたに倒していただきたい魔物がいるのです」
「倒してほしい魔物?」
「はい。ここより南東にある、王家ゆかりの祠に魔物が巣くっていて、いますぐそれを退治していただきたいのです。勿論、報酬は支払います」
査察官はそう言って、俺に袋を渡した。
袋から中身が見えた。
金貨が数十枚入っている。
「……こんなに……あの、冒険者ギルドか傭兵ギルドに依頼をなさったほうが早いと思うのですが」
「冒険者ギルドに向かったところ、イチノジョウ殿は上級者向けダンジョンのボス、カネーシャをたった三人で倒したとか。そして、傭兵ギルドに問い合わせたところ、魔王竜を二頭も屠ったという報告も受けております、ぶひひひひ」
その笑い方をやめてほしい。背筋に悪寒が走る。
それに、魔王竜、二頭のうち一頭を倒したのは鈴木たちとシーナ三号だ。
「私が倒した魔王竜は一頭だけです」
「一頭も二頭も同じでしょう」
全然違うと思う。
鈴木が「すっかり有名人だね」と言いたげにこっちを見てきた。
残り一頭にダメージを与えたのはお前もだろ。一緒に有名人になりやがれ。
「査察官殿、魔王竜は私だけでなく、スズキ卿も一緒に戦いました。彼の実力があってこその勝利です」
鈴木が横から余計なことを言わないで、という目で俺を見てきた。
面倒な仕事、ひとりでやってたまるか。
そういう思いだったのに、
「いえ、この仕事、イチノジョウ殿ひとりで十分でしょう。馬車を用意しています。どうぞこちらへ。ぶひひひ」
……マジか。
本当に俺一人で仕事をさせるつもりなのか?
「それとも、まさかイチノジョウ殿。お金を受け取っておいて仕事をしないというわけではありませんよね」
「え? このお金は……」
あんたが勝手に渡してきたんだろう。
そう言いたいが、もうダメのようだ。
まぁ、悪魔族の少女から意識を逸らすことを考えても、祠の魔物退治を引き受けよう。
「……わかりました。仲間を呼んできますから、しばらくお待ちください。鈴木、この剣、頼む」
後で問題になるのは嫌なので、返しておいてもらうことにした。
「わしは今すぐと言ったはずですよ。馬車は用意しています。わしもついていきますから道に迷うことはございません」
マジか……いくらレベル99とはいえ、絶対戦ってくれないし、俺の実力がバレたら余計な仕事が増えそうだから来てほしくないんだけど。
まだジョフレとエリーズのほうがまだマシだ。
……そういえば、ジョフレとエリーズ、まだ行方が見つかっていないんだったっけ?
んー、まぁ、たぶん大丈夫だろう。
あいつらが死ぬところは想像できない。
「……査察官殿自ら出向く必要はないと思います。高貴なあなたには魔物退治の現場は不似合いでしょう」
とりあえず、おだててひとりで行けないか試してみよう。
「ぶひひひひ。イチノジョウ殿の仰る通りですね。では、護衛をお付けしますから」
「いえ、ひとりで大丈夫ですよ?」
「魔物退治をした現場を確認する必要がありますから、二度手間でしょう」
俺が退治したって報告したら大丈夫だと思うんだけど、全然信用されていないんだな。
まぁ、俺もこの査察官のことはあまり信用できないんだけど。
俺たちの前に馬車が停まった。
一応、護衛をしているのは衛兵たちか。
俺は馬車に乗った。
どうやら、貴族が乗る馬車らしく、乗り心地はかなりいい。
「それでは出発します」
御者がそう言って、馬車が出発した。
俺が走るよりはるかに遅い馬車は、門をほぼフリーパスで通り抜け、南東へと向かった。
はぁ……暇だ。
とりあえず、パパっと終わらせるために、職業を魔法系に変えておくか。
「ん?」
いま、気配がひとつ増えた気がする。
窓から外を見ようとするけれど、うまく見えない。
ならばと鷹の目を発動させた。
上空から地上を見下ろす。
護衛の馬の数を数える。
やはり、ひとり増えている。
衛兵とは違うローブを着ている者が乗っている馬が一頭。
しかし、衛兵たちと並走していて戦う様子がないということは、敵ではないのだろうか?
俺は増えた気配を気にしながらも、目的地に着くのを待ち続けた。
街道から逸れて荒地に入ったらしく、座り心地がいい馬車でも尻が痛くなってきた。
再度鷹の目で上空から見ると、進行方向に大きな白い建物が見えた。
あれだろうか?
ようやく目的地だな――と思ったら、その祠を通り過ぎた。
え?
と思っていたら、さらに南東に蔦が生えている汚い小さな建物が見えてきた。
コンビニくらいの大きさの建物だ。
まさか、この建物が?
「イチノジョウ様、到着しました」
まさかだった。
俺は馬車から降りて、アクラピオスの杖を持ち、祠の前に立つ。
中は暗くて見えない。
「本当にこの中に魔物がいるのですか? 敵の気配がまるでないんですけど」
魔物がいる気配がまるでない。
「はい、この中で間違いないと伺っています」
「少し前に綺麗な建物の横を通り過ぎましたけど、そっちじゃないんですか?」
「いいえ、ここです」
衛兵はここだと言い張る。
妙だ。
思考トレースを発動させる。
嘘をついているのではない。しかし、動揺はある。
この衛兵、なにもしらないのではないだろうか?
ただ、査察官に命じられるがままにここに案内されたのでは。
「……何度も言いますが、この中に敵はいません。私は戦闘能力はありますが罠の解除ができません。魔物がいない古い遺跡なら罠がある可能性があります。どうしてもというのなら、あなたたちが先に入ってください」
俺がそう言ったときだった。
後から合流した、ローブを着た人が俺に斬りかかってきた。
意表を突かれた俺は、横に躱すこともできず、後ろに跳ぶ。
ローブの人と一緒に。
建物の中に入ってしまった。
「なにをするんだ」
俺がそう言ったとき、神殿の入り口が閉じた。
と同時に、足下が淡く赤い光を放つ。
「……やっぱり魔物はいないな。ここから出してくれないか?」
俺はそう言って杖を構えた。
素直に出してくれるなんて思っていない。
思考トレースを使った結果、相手は戦いに興奮していることがわかる。
「戦いたくて、うずうずしているようだが、あんたの目的はなんだ? 俺は普通に平和に暮らしてウナギを食べたり就職したり好きな女の子とイチャイチャしたり、たまに妹のゲテモノ料理を食べさせられそうになってヒィヒィしたいだけなんだけど……」
そう言ったとき、相手は動いた。
問答無用ってわけか――ならこっちも――
「手加減できないぞ――ファイヤー」
杖からファイヤーを放とうとするが――魔法が発動しない!?
俺は杖で剣を受け止めようとした。
「なっ!」
杖が真っ二つになった。
いままでずっと世話になっていたアクレピオスの杖が。
「なにしやがるんだ、チクショウ」
俺は投擲スキルで杖を放り投げようとした……が、普通に杖を投げた程度にしか飛ばない。
魔法だけでなく、スキルが発動しないのか。
「気付いたようだな。この場所では外に発せられるスキル及び魔法はすべて封印される」
ローブの人が言った。
その声には聞き覚えがあった。
いや、薄々と気付いていた。
さっき、思考トレースを行ったときの感情、以前の感情とまったく同じだったから。
「なんのつもりか聞いていいか? あんたにはいろいろと感謝していたつもりだったんだけどな」
俺が言うと、彼女はローブを脱いた。
そのローブの下から現れたのは、ともに魔王竜と戦ったタルウィの姿だった。