作品タイトル不明
キャロとキッコリ
ダンジョンに行けなくなった俺たちは、買い物や観光巡りで時間を潰していた。
幸い、ダンジョン探索で解除した罠や魔石などを買い取ってもらって、かなりの金が手に入った。カネーシャの魔石なんて、五万センスで売れた。かなり強い魔物だったからな。
三日くらい経過したところで、ニーテから連絡が入り、マイワールドに戻りたいと言われた。スイートルームに飽きたんだとか。一週間分の料金を鈴木が前払いしていたらしく、勿体ないと思ったけれど、本人が望むのならそのほうがいいだろう。
鈴木には、彼女は次の旅の目的地が決まったのでこの町を去ったと伝えておいた。
連日の観光地だったけれど、ニホン街はまだまだ観光の見所があるようだ。
「ご主人様、見てください。あれは幻の鍛練器具、コンダラではありませんか? 魔王様の書庫の書物で読んだことがあります」
「いや、あれは人力車だよ。馬車の、馬の代わりに人が牽くものと言ったほうがいいかな? 観光地などではゆっくり町の中を見て回りたいし、説明も聞きたいからちょうどいいんだ」
決して、重いコンダラ――整地用手動式ローラーではない。
「ご主人様、あの赤いものはなんですか?」
「あれは鳥居だな。稲荷神社って書いているから、稲荷神を奉っているんだろう。俺たちのいた世界では稲荷神社は産業全体の神様だからな。多くの場所で奉られていたんだ。俺が住んでいた家の近くにもあった。稲荷神では狐を神の使いとして敬っているから、狐の置物とかあるかもな」
「イチノ様は詳しいですね」
キャロが関心するように言った。
詳しいのは当然だ。就職の成功を祈願して何度も祈りにいったし、七度くらい厄払いもしてもらったことがある。
五度目の厄払いを行ったときは、「またダメだったんですね」と神主さんに言われるくらい顔馴染みになったものだ。
「でも、稲荷神社の存在がこんな堂々とあっていいのか? 宗教的に」
そう思って神社の中に入ると、神殿の中に飾られていたのは女神像だった。
狐耳と狐尻尾をつけたトレールール様の。
「おいっ!」
思わずツッコミを入れた。
これを作ったの、絶対、迷い人だろ。
そもそも、この世界には本物の茶狐族がいるはずだ。フロアランスで冒険者ギルドの受付をしていた人がそうだった。
こんなもの作って、女神教会は怒らないのか?
「あ、説明がありますよ。ええと、迷い人がダンジョンをクリアしたとき、クリア報酬として許可をもらったみたいですね。直筆のサインを添えて。女神様が自ら許可を出したのであれば、教会も文句を言えません」
一応、その説明には、「獣人族と人間族とが手と手を取り合える願いを込めている」とあるが、絶対に迷い人の趣味だ。
……トレールール様も、適当だなぁ。
この方も、元々は生贄として神に捧げられたのだろうか?
まったく仕事をしなかったから、その罰として……とかそういう理由かもしれない。
とりあえず、俺たちは三人でお賽銭を入れ、神社らしく、二礼二拍手一礼をして祈りを捧げた。ダンジョンの女神像ではないので、女神の空間に意識が飛ぶことはない。
「へぇ、ここが狐耳のトレールール様が奉られている教会か」
「教会じゃなくて、神社だって言ってたぞ」
「……女神の住まう地か」
あれ? なにか知った声が聞こえてくる。
振り返ると、そこにいたのは、キッコリ、インセプ、チュートゥの傭兵トリオだった。
「イチノジョウさんじゃないか! え? もしかして俺たちより先に町に着いてたのか?」
チュートゥが喜び声を上げた。
「ああ。ハルたちは初対面だったな。こいつらは一緒に仕事をしたことがある傭兵の三人、キッコリ、インセプ、チュートゥだ」
俺が名前を呼ぶと、キッコリとチュートゥは軽く頭を下げた。
そして、次にハルとキャロを紹介しようとしたが、インセプが割り込んできた。
割込み君、再来だな。
「あ、その子がイチノジョウさんが言ってた妹ですか?」
「紹介するって。彼女はハルワタート、そしてこの子はキャロルだ。一緒に旅をしている。ニックプラン公国とシララキ王国では理由があって別行動していたけれど、ゴーツロッキーで合流したんだ」
俺が紹介すると、ハルとキャロが頭を下げた。
それを聞いて、キッコリがニっと笑った。
「やっぱりそうか。ファイルの娘か。親父さんと目がそっくりだ」
「はい、ファイルは私の父です」
キャロがキッコリを見つめてそう言う。
「ファイルと俺は友人でな……あぁ、なんて言ったらいいのかな。あんたのことはファイルからの手紙に何度も書かれていて、読んでいるうちに自分の娘のように……ははっ、目にゴミが入りやがった」
キッコリが目元を押さえて、キャロとの出会いを喜んだ。
キッコリとキャロがとりとめのない会話をしている間、境内でハルはインセプとチュートゥの模擬戦が行われることになった。
境内で暴れていいのかと思ったけれど、戦いを女神に奉納するのもまた戦う者の役目らしい。それで喜ぶのはセトランス様だけだと思うけれど。
勿論、武器は三人とも木刀だ。
ハルは二刀流を得意とするが、今回は二人に合わせて一本の剣で勝負する。安全性を考慮し、スキルの使用は禁止にした。俺でも手刀でスラッシュを使って魔物を殺すことができる。木刀とはいえ殺すことは容易だろう。
三人それぞれ武器を持ち、間合いを取りながら相手の出方を伺う。
先に動いたのはインセプとチュートゥだった。
左右から同時に攻撃を仕掛ける。
連携を取れている。左右同時からの攻撃、確かに一本の剣で防ぐのは難しい。ただし、ハルが動かなければの話だ。
ハルが先にインセプと距離を詰め、先にその木刀を弾いた。その間にチュートゥが攻撃を仕掛けるが、同時ではなくなった攻撃を防げないハルではない。彼女は木刀でチュートゥの攻撃を受け止めた。
その後も、カンカンカンと木刀同士がぶつかる音が聞こえてくる。
ハルらしくない動きだ。
ハルは基本、攻撃を受けることはない。その速度で目にもとまらぬ早業で倒すか、もしくは敵の攻撃を躱し、カウンターの一撃を喰らわせる戦い方を得意とする。
しかし、今回、攻撃を受け止めるか弾くかのほうが多く、そしてハルの攻撃もギリギリインセプたちが受け止めるか躱せる速度に抑えている
楽しんでいるのか。
上級者向けダンジョンではトラップドールが出てきたせいで序盤は急ぎ足で攻略をしたし、魔象カネーシャはハルと相性が悪かったからあまり戦えなかった。
その後、三人の剣の打ち合いは十分間、キャロとキッコリの話が終わるまで続いた。
「はぁ、はぁ、さすがイチノジョウさんの仲間です……まったく勝てる気がしない」
「僕とインセプのふたりでここまで戦えるとは……戦いの女神セトランス様の加護を受けているかのようだ」
インセプとチュートゥが荒い息でハルを褒めたたえた。
はい、セトランス様の加護は受けています。
「お二人の動きも悪くありません。今度は三対一で戦いますか? それなら、私も二刀流で相手しましょう」
呼吸が僅かに乱れているが、ハルはまだまだ余裕そうだ。
インセプとチュートゥは笑って首を横に振った。
【イチノジョウ様、ララエルです。ハルワタート様とキャロル様の服ができあがりました】
脳に直接声が響く。
レベルが上がったときのメッセージを聞く感覚に近いけれど、無機質なメッセージと違い、女性の声が来るというのは、耳元で囁かれる以上にゾクっとした。
ハルが俺からの伝令を聞いて喜んでいたのがわかる。
「ほら、ハル、水を飲め。ついでにスタミナヒール、 浄化(クリーン) 」
水分補給を促し、スタミナヒールで体力を回復させ、 浄化(クリーン) で汗を綺麗に落とす。
生活魔法はクールタイムがほとんどないので、そのままの流れでインセプとチュートゥにもスタミナヒール、 浄化(クリーン) のセットをかけてやった。
「ふぅ、気持ちい。ありがとうございます」
「……感謝する」
インセプとチュートゥが礼を言った。
「悪い、キッコリ、キャロ。話はまた今度でいいか? 用事ができたんだ」
「いや、話したいことは大体終わった」
「キャロもお父さんの話がいっぱい聞けて嬉しかったです」
キッコリは少し話したりない感じだったけれど、キャロはとても満足そうにしていた。
キッコリの方は娘離れできない父親みたいだな。
思考トレースを使えば、喜び半分未練半分といったところだろう。
泊まる宿は聞いたし、また今度遊びに行こう。
キッコリたちを境内に残し、俺たちは人気のない場所に向かった。
その途中、俺はキャロに声をかける。
「……あぁ、キャロ……」
父親のファイルさんのこと、どう言えばいいだろうか?
そう思って言葉に詰まっていたら、キャロが俺を見上げて言った。
「お父さんは私のことをとても愛してくれていました。生まれる前も、生まれてからも。それがわかっただけでもキャロはとてもうれしいです」
彼女が嬉しいこと確かめるのに、思考トレースを使うまでもない。
だって、その笑顔が物語っていたのだから。