作品タイトル不明
優秀なリリアナ
「イチノジョウ様、これが没食子で作ったインクです」
以前依頼してあったインクをリリアナが持ってきた。
小さな小瓶に入っている。
「これだけか?」
「すみません、半分しかできていません。あと、一回分はルリーナさんに使ってもらいました」
一回分なら誤差の範囲だろう。パーティ設定をするときに使ったんだろうな。
しかしたとえ半分だとしても、かなり少ないと思う。
没食子も結構大きかったし、この小瓶十本分はできると思っていた。
あと、没食子を渡してからかなり時間が経っている気もするが
「魔記者の札作成用のインクは手間がかかり、普通のインクより精製できる量が少ないんです」
「そうだったのか。てっきり小説を書いていて作業ができなかったかと思っていた」
「……休憩中にちょっと書いていただけです」
書いていたのか。
ちなみに、リリアナが使っているインクは、煤と油を使って作ったインクらしい。油は森の中で採取した実を使って作ったそうだ。
「でも、ルリーナさんも一緒に手伝ってくれたので、かなり進んだんですよ」
「ルリーナの魔記者のレベルが上がっていたのはリリアナの小説を手伝ったからか……」
でも、僅か数週間でレベル10まで上がるって、いったい何冊分の本を書いたんだ?
小説家に転職した方がいいと思う。
「そういえば、インクを作る油はなんでもいいのか?」
「いえ、なんでもいいというわけではありません。いまはこの世界で採れる木の実を中心に油を作っています」
木の実? 森では果物が実る果樹は少なかったはずだ。
果物以外に油が採れる木の実といえば……あぁ、どんぐりか。船を作る時に樫の木等をいっぱい植えたので、そこから油を作ったのだろう
「種類が必要なら用意できそうだな」
俺はアイテムバッグの中から、空のペットボトルを取り出す。
「オイルクリエイト」
魔法を使い、油を作った。
最初は一種類の油しか作ることができなかったが、いまはマッサージ用の油やサラダ油、発電機用のガソリンと、いくつかの種類の油を出すことができる。
「これは凄いですね。これとか色といい粘り気といいインクみたいです」
「タールだな」
刺激臭の強い油なので、あまり出したくない油だ。でも、インクの色と一番近いので、試しに出してみた。
「ありがとうございます、イチノジョウ様。これでインク作りの研究がはかどります」
「ちょっと待ってくれ」
いまにも走り去ろうとしているリリアナの首根っこを掴む。
「なんですか?イチノジョウ様」
「魔記者の札を作ろうと思うんだが、作り方はわかるか?」
「紙を短冊状に切って、レシピ通りに文字を書けばいいだけですよ。これが筆です」
リリアナはそう言って、羽ペンを俺に渡す。
新品ではなく、結構使い込まれているようだ。
「新品の筆は使いにくいですから、私が使っている筆を使ってください。予備がありますから」
「ああ、助かるよ――ところで、この黒い羽は」
「はい、鶏の羽です。ピオニアさんにも作るのを手伝ってもらいました」
あぁ、鶏の羽か。一瞬、カラスの羽かと思った。
本来なら、大型の羽を使えばいいって聞いたことがあったけど、鶏の羽でもできるのか。
「そうだ、ナナワット。リリアナを森の家まで送ってやれ。乗り心地はいいからな」
俺がそう言うと、象の肉を食べ終えたナナワットは、リリアナの股の間に首を突っ込んで力尽くで彼女を持ち上げると、自分の背に乗せた。
「あ、待って下さい、油が――」
「ほら――」
俺は大きな布で油の入ったペットボトルを包んで渡した。
「一番使いやすい油が見つかったら言ってくれ。ガロン単位で補給してやるよ」
俺は冗談っぽく言ったが、一ガロンってどのくらいの量だったっけ?
よく覚えていないが、大丈夫だろう。
「ありがとうございます。あぁ、ナナワット、もっとゆっくりお願いぃぃぃいっ!」
速度だけは速いからな。
でも、ナナワットは人を乗せることには慣れているから、間違っても振り落とされることはないだろう。
「あの、ご主人様」
ハルが申し訳なさそうに尋ねた。
「なんだ?」
「イチノジョウ様は乗馬スキルがあるからナナワットに乗るのも問題ないでしょうけれど、リリアナさんは乗馬スキルがないのに大丈夫でしょうか?」
「……あ」
そういえば、俺には乗馬スキルがあったんだ。
乗馬は、馬だけでなく、デザートランナーのような人間が乗るのに向いている魔物に乗るときも自動で発動している。
「……ハル、見に行ってもらっていいか?」
「はい、すぐに追いかけます」
ハルがナナワットを追いかけた。
うん、まぁ大丈夫だろう。
ナナワットは俺の命令をよく聞いてくれるし、十分餌を上げたから、鶏や亀を追いかけることはないだろう。
俺は近くにあったログハウスに入った。武器を作ったりするときは作業小屋で行っているが、
とりあえず、ログハウスに入ってベッドの上で眠っているシーナ三号の頭にチョップを喰らわせ、テーブルの前の椅子に座る。
「ふぁ、敵襲ですっ!」
シーナ三号が寝ぼけて起き上がった。
「敵じゃねぇ。あと、お前、いま語尾が訛ってなかったぞ」
俺はそう言って、アイテムバッグの中のコピー用紙をハサミで切って、短冊状にする。
「敵襲デス」
シーナ三号が言いなおす。
敵じゃないって言ってるだろ、キャラ付けのためにわざと訛りやがって。
寝るなら自分の部屋で寝ろよな。
「マスターの布団を洗って取り入れたら、太陽の匂いで眠ってしまったのデス」
「マイワールドに太陽はないぞ」
「太陽の匂いは死んだダニの臭いなのデス」
シーナ三号がとんでもないことを言い出した。
こいつの頭の中はどうなってるんだ、一回分解して取り出してみたい……いや、俺が拾ってきた竜核があるんだったな。
「それ、俗説で嘘だからな。本当は汗や皮脂が分解されて発散される匂いらしい。リラックス効果がある香りなのだ」
「マスターは物知りデスね!」
「あぁ、昔、寝具メーカーに就職しようと思って、面接に備えてそのメーカーが出している布団についていろいろ調べたことがあったんだ。太陽の匂いの正体はその時に覚えた」
「それで、面接には受かったのですか?」
「いや、書類審査で落とされた」
筆記試験がないから面接の訓練をしていたのに、まさか書類を送っただけで落とされるとは。
「履歴書一枚で俺の何がわかるっていうんだよ」
「まぁまぁ、いいじゃないデスか。そのお陰でマスターはハルワタートに出会えたのですから」
「その通りだが、お前がハルを呼び捨てにするな」
「そのお陰で、シーナ三号のマスターになれたのデスから」
「あのとき、 どんな手(ミリのコネ) を使っても就職しておくんだったって心底思ったよ」
俺はそう嘯いた。
最終手段が妹のコネだというのも情けない話だけど。
「それで、マスターはなにをしてるのデスか?」
「これだよ」
俺は短冊状に切った紙を見せた。
「七夕デスね! シーナは蟹の缶詰が食べたいデス!」
「七夕じゃない。あと願い事が夕食の献立ってどうなんだ? それに、どうせなら缶詰じゃなくて蟹一匹丸々食べたいって言えよ。あぁ、もうツッコミが多いなぁ」
俺は羽ペンを使い、サラサラと札に文字を書く。
レシピのお陰か、見たこともない文字を書くのにも躊躇しない。
それに、速筆スキルのお陰でかなり速く書ける。
「よし、できた。通信札だ」
通話札は二枚セットで遠くの人と話すことができる。
声を一方的に届ける眷属伝令と違い、一定時間会話することができる。
ちょうどいい、シーナ三号で試すか。
「シーナ、この札で通話可能か実験するから、隣の部屋に行ってもらっていいか?」
「わかったデス! マスターのために 実験体(モルモット) になるデス!」
言い方を考えろ。
まぁ、こっちが頼んでいる立場だから文句は言わない。
シーナ三号が隣の部屋に行ったので、通信札を使用する。
「シーナ、聞こえるか?」
『「聞こえるデス」』
壁が薄いためか、隣の部屋のシーナの声も一緒になって聞こえてくる。
よし、最初の実験は成功だ。
次、俺は魔法を唱える。
「 沈黙の部屋(サイレントルーム) 」
音を遮断することができる生活魔法を使った。
これがあれば、外部からの音を完全に遮断できる。
「シーナ、聞こえるか?」
『はい、まだ聞こえるデスよ』
部屋の外からの声は聞こえなくなったが、シーナ三号の声は聞こえた。
問題ないようだ。
次に、 沈黙の部屋(サイレントルーム) を解除して、マイワールドから出て、迷宮の最下層に潜った。
「シーナ、聞こえるか?」
尋ねたけれど、返事がない。
「シーナ、聞こえないのか?」
やはり反応がない。
これは、アザワルドからマイワールドへの通信ができないのか、それともダンジョンの中からダンジョンの外への通信ができないのか。
俺はマイワールドに戻った。
「シーナ、こっちに来てくれ」
俺はシーナ三号を呼び、三回目の声が聞こえたかどうか尋ねた。やはり、シーナ三号に声は届いていなかったらしい。
シーナ三号からも声をかけていたそうなので、相互に通話はできないようだ。
「マスター、マイワールドの扉を開けたまま通話はできるのでしょうか?」
「そういえば、それは試していなかったな」
早速、マイワールドの扉を開けたまま通話札を使えるか実験しようとしたが、札のインクが焼け焦げて使えなくなっていた。
使えるのは三分くらいか。
「通信スキルは一方的に声を届けるスキルか。まぁ、世界をまたいで声を届けるのは無理だろうな。設定札っていうのは?」
「パーティ設定を使うために使う札デスね」
「あぁ、そうか。これがパーティを変更するための札なのか」
ルリーナが作ってくれた札だな。
「範囲札っていうのはなんだ? 札の中で一番意味がわからないんだが」
「これは魔記者の表裏一体スキルのときに使う札デスね」
「あぁ、そうか、そんなスキルがあったな」
表裏一体は、札の表と裏に文字を書き込み、使うことができるスキルだ。
消音札は音を消す札で、拡声札は声を大きくするために使う札だよな。
シーナ三号に聞いたところ、消音札を破った空間ではすべての音量が十分の一になり、拡声札を使ったものが声を発すれば声量が十倍になる。
録音札は、声を録音して再生できる札らしい。
「発信札と受信札ってのは? 通信札とは違うのか?」
「発信札と受信札は二枚一組の札で、発信札がある方角を受信札が探知できるのデス。これは作ってから一週間くらい効果が持続するデス」
「使い捨ての発信機と受信機ってことか。盗聴札があればストーカー大喜びだな」
「通話札でできると思うデスよ。複数枚仕掛けておけば、聞きたいときにその回数聞くことができるデス。札は高いから、そんな使い方をする人はいないはずデスが」
「え? 札は高いのか? 売ってる店がないなって思ってたけど」
「原材料費もそうデスが、インクが高いのデス。魔記者用の薬を調合できる薬師はかなり高レベルで、しかも一回分のインクを調合するのに一日もかかるそうデスから」
「そうなのか……」
じゃあ、昔、ダキャットの国境町で魔記者の札を大量印刷しようとしていた人はかなりの金持ちだったのか、大量に薬師を雇っていたんだろうなぁ。
「ん? ていうことは、実はリリアナって優秀なのか?」
「ダークエルフデスからね。基礎魔力も多いから、調合も 人間族(ヒューム) より大量にできてレベルも上げやすいのデス」
あぁ、そういえば俺も錬金術系のレベルを上げる時、魔力枯渇になりかけたことがあった。キャロもレベル1の薬師のときはそれで苦労していた。そうか、ダークエルフはMPが多いから調合のレベルも上げやすいのか。
「ご主人様、戻りました」
「ハル、おかえり。リリアナは大丈夫だったか?」
「はい、大丈夫だったようです。家の前で目をまわして倒れていたので、部屋に運んでおきました」
それ、大丈夫じゃない。
さっきまでリリアナを見直していたのに。
その後、俺は回復札や攻撃札など、使えそうな札を数種類作った。
キャロの自衛にも使えると思うし、いざというときにハルたちのポーション代わりにも使えそうだ。ほら、お腹がいっぱいになっているときにポーションを飲むのって苦痛だろ?