軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鈴木の家

鈴木から聞いた住所、そして鈴木という表札(当然、アザワルドの文字で書かれている)。

それを頼りに辿り着いた先にあったのは竹垣に囲まれた日本家屋だった。

いったい、どこの高級旅館だ? ってくらいに広い。

「本当にここが鈴木の家なのか? 同じ名前ってだけのオチじゃないだろうな」

「しかし、ご主人様。スズキという珍しい名前がそうそうあるとは思えません」

「……あぁ、まぁな」

佐藤や鈴木、田中といった名前は日本じゃ珍しい名前じゃないんだけど。

男爵の家ともなると、このくらいの家が普通なのだろうか?

俺は准男爵だけど、いまだにこの世界には自分の家がない。

准という言葉が付いているのが原因か、それとも無職が原因か。

ま、まぁ大丈夫だ。

この世界には確かに俺の家はないけれど、でも俺にはマイワールドという家がある。

こっちは星ひとつが家なのだ。負けてはいないというか、むしろ勝っている。

俺は自尊心を取り戻し、門をくぐった。

遠くから鹿威しの音が聞こえてくる。

呼び鈴がないので玄関の引き戸をノックし、

「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」

と尋ねると、引き戸が開いた。

中から現れたのは和服美人だった。赤髪に碧眼のため、恐らくこっちの世界の人だと思う。

職業は【料理人:Lv3】と平凡なものだった。

「これ、鈴木から預かったんだけど」

「これはこれは――クスノキ様ですね。遠路はるばるようこそお越しくださいました」

「ありがとうございます」

俺は礼を言って彼女の後についていく。

俺は玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。

「――?」

「あぁ、ハル。この家では靴は脱がないといけないんだ。ジョフレもエリーズもケンタウロ――」

当然のように家の中に入ってくるケンタウロスを見て、和服美人が顔をひきつらせた。

「あ……あれ、馬は隣の馬小屋に案内するように言われているけれど、ロバはどうしたらいいの? 馬小屋? ロバなのに馬小屋? そもそも、町の中って許可のない魔物は入れないはずなのに――あれ?」

突然、和服美人の様子がおかしくなる。

「こんなのマニュアルにない――緊急事態よ、どうしたらいいの? そうだわ、確か旦那様から伺ったことがあります。旦那様の故郷では、馬の肉はサクラ肉と呼ばれていたと。ロバも馬も似たようなものだし、食材のお土産ね。うん、それならマニュアルにもあるわ。食材を頂いた場合は――」

彼女は眉間に皺を寄せてぶつぶつと妙なことを呟くと、明るい笑みを浮かべて言った。

「ジョフレ様とエリーズ様ですね。肉は焼いた方がいいでしょうか? それとも煮込んだほうがよろしいでしょうか? 旦那様から聞いた話では生で食べるのもお勧めとのことです」

「肉か!? 肉ならやっぱり焼いた方がいいな」

「うん、こんがり中まで火が通っているくらいね」

ジョフレとエリーズが肉の焼き方について要望を出す。

ここはなんの肉か聞いた方がいいのだろうか?

そう思ったとき、鈴木が帰ってきた。

「待った、ラナさん! このロバは食べ物じゃない! そのケンタウロスは馬と同じ扱いだ。馬小屋に案内してさしあげなさい」

「旦那様、お帰りなさいませ。馬と同じ扱いですね、かしこまりました」

ラナという名前らしい女性は、満面の笑みでケンタウロスを馬小屋へと案内した。

「鈴木、なんなんだ? いまのは」

「ごめん、久しぶりでラナさんの性格を忘れていたよ。彼女はこの家の留守を守ってもらっているんだけど、なんというかマニュアル人間でね。逆になんでもマニュアルに当てはめるせいで、ときどき変な事件を起こすんだ」

なるほど――彼女のマニュアルにはロバが訪問したときの対応はなかったから、ケンタウロスを土産の食材と認識し、それを夕食に出そうとした。土産が新鮮なお肉で、宿泊客の場合、その肉を夕食時に出す――みたいなマニュアルがあったのだろう。

「客がロバを連れてきた場合、馬小屋に案内するように接客マニュアルを書き足さないと」

鈴木がため息をついた。

きっと、こんな具合で分厚いマニュアルができているのだろう。

「マニュアル外の出来事が起こったとき、上司に連絡するってマニュアルを作ればいいんじゃないか?」

「携帯電話がない世界だから連絡は簡単に取れないよ。それに、木綿豆腐が売り切れていたから絹ごし豆腐でもいいですか? って連絡されても困るでしょ?」

「確かに、そりゃ厄介だな」

俺は苦笑し、この町に豆腐が売っているのか――と思った。

俺たちはスリッパに履き替え、鈴木に家の中を案内してもらった。

「綺麗な廊下ですね。まるで鏡みたいです」

「やっぱりこの廊下は鶯張りで、歩いたら物音が鳴ったりするのか?」

「そんな仕掛けはないよ。忍者や暗殺者のスキルがあれば、鴬張りにしても物音を立てずに歩けるだろうしね」

「だな――俺も 沈黙の部屋(サイレントルーム) があれば無音で歩ける」

廊下を歩いていると松の木が生えている庭園があった。庭には池もあり、さっきの鹿威しの音はここから聞こえてきたようだ。

「綺麗な庭だな」

「うん、ラナがよくやってくれているよ。彼女はこういうきっちりしたものが得意だからね。あと、料理も絶品なんだよ。特にお菓子作りが得意でね」

あぁ、確かにレシピ通り料理を作ってくれそうだ。

変にレシピを変えて失敗しようとはしないだろう。

「エリーズ、知っているか? ショーワ通りの家の庭のことを枯山水って言うんだぞ」

「枯山水? どういう意味なの?」

「水のない庭って意味でな。水がない庭の中で水を表現するんだ」

「そうなんだ! あれ? でもジョフレ、あそこに水があるよ?」

「なんだとっ! うーむ――そうだ、あれは水とみせかけてお湯なんだ!」

「お湯を使って水を表現するんだ。枯山水ってすごいね。じゃあ、あれは露天風呂だね」

「そうだ、露天風呂だ! これがニホンのワビサビって奴なんだな」

ジョフレとエリーズの奴、ダイジロウさんにでも聞いたのだろうか、中途半端な日本の知識のせいで凄い勘違いをしている。

ハルが横で納得しているようだ。あとでしっかり訂正しておかないといけないな。

そして、俺は和室に案内された。

和室なのだが、座布団や座椅子ではなく、ソファが用意されている。

「応接間にはソファを置いているんだ。こっちの世界の人に正座を強要するのもね」

「良い心遣いだな」

俺はそう言ってソファに座った。

ラナがケンタウロスを連れて馬小屋に行っているため、鈴木が自らお茶を淹れてくれる。

ちなみに、ジョフレとエリーズはお茶を飲むと、屋敷を見て回るといって出ていった。

鈴木がいないときに話していたが、隠し扉や吊り天井を見つけたいらしい。

忍者屋敷と勘違いしているんじゃないだろうか?

「ところで、鈴木。魔学捜査研究員って、毛髪鑑定もできるんだったよな?」

「うん、そうだよ。どうしたの? 興味があるなら勉強を手伝うけど」

「いや――あ、うん、そうなんだ。ちょっと興味があってな。教材とかあれば見せて貰えば助かるんだが」

「勿論いいよ。ちょっと待っていてね」

鈴木はそう言って本を取りに行ってくれた。

思っていた通り、うまいこといきそうだ。

「これだよ」

「――凄い量だな」

テキストは五十冊はあった。

毛髪鑑定に関する本だけで七冊はある。

「まぁ、種類が多いからね」

「えっと、結果一覧はこれか」

俺は本を広げ、前から気になっていた項目を調べる。

それは、危険度だ。

俺の危険度は、【危険度:0・3・4・0】。

これが何を意味するのか?

なになに――危険度の数値は四種の状態異常の耐性について?

危険度が0の場合はもっとも耐性が低く、危険度が5の場合は耐性が高い。

ちなみに、その四種とは、【混乱・麻痺・毒・魅了】らしい。

精神系の耐性は皆無で、毒に関する耐性は高いということか。

病気とかそういうものじゃなくてよかった。

次に、ノートを広げて書き記した項目の中から、ミリの【欲求】について調べた。

その結果、ミリの【欲求】とは――

「……あぁ、楠君。欲求っていうのは英語でいうとコンプレックス――つまりね」

「あぁ、言わなくてもわかる」

しかし、この結果を見れば、あの時調べた髪がミリの髪なのかどうか疑わしくなった。

だって、欲求の項目を見たら、こう書いてあったのだから。

【52:ブラザーコンプレックス】

いやいや、まさかミリがブラコンだなんて。

そりゃ、 拠点帰還(ホームリターン) の魔法にもミリの名前が挙がっていたけれど、それは――いやいやいや。

俺が頭を抱えて本気で悩んでいると、鈴木がノートをチラ見して、急に顔色を変えた。

「楠君! そのノートの結果、もしかして誰かの髪を鑑定したものなのかいっ!?」

「ん? あぁ――まぁ、ミリの手がかりがあるかと思ってな。でも、これは全然使えない」

「この結果、誰のものかわかるかい?」

「この結果? あぁ、これって変わってるよな」

鈴木が興味を示したのは、【毛根寿命:0】の項目だった。

まぁ、確かに印象深い内容だよな。

「変わってるってもんじゃないよ。これは大変危険だよ」

「危険だけど、こういうのはどうしようもないだろ」

「いや、まだ間に合うよ。これが誰のものか調べないと」

ん? 異世界には俺には想像もつかない育毛剤でもあるのだろうか?

鈴木は真剣な表情で、俺に言った。

「呪い項目42……狂乱化の呪いが発動するまえに解呪しないと」