軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

教会の商人とハルのスキル

ランドウ山に行くための旅の準備を行うことにした。

今日は一日、街を見て必要なものを買う。

「まずは――」

「イチノ様。教会に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「教会? 転職をするなら――自分でできるだろ?」

周囲に人がいないことを確認し、俺はキャロに尋ねた。

実際、キャロの職業は【夢魔の女王】から【行商人】に戻っていた。

「薬を作るための道具を購入するには、薬師であるという職業証明書が必要なので」

職業証明書か。確かにそれなら教会に行く必要があるな。

薬を作る道具だったらミリが持っている可能性もあるが、でもどうせなら新しい物を買ってあげよう。

「よし、教会に行くか――はい、キャロ。これを使っていいぞ」

俺はそう言って、札束をキャロに渡した。

「これは?」

「おっ、さすがのキャロも知らなかったか。これはお金だよ。ゴーツ札って言って、この国では貨幣の代わりに使われているんだ」

「紙がお金になるのですか――」

ハルが不思議そうにゴーツ札を見つめる。

日本にいた俺としては、お札のお金のほうが高価なものだというイメージなんだけど、やっぱりこの世界では紙のお金は信用できるものではないらしい。

「……イチノ様、これはいくらなんですか?」

「一万ゴーツ札二十枚だから、二十万ゴーツ。二千センスくらいだな」

ベラスラでキャロが転職したときは百センスだったが、あの時は平民から別職業への転職の代金なのでその金額で済んだ。

平民と無職以外の職業から転職する場合、千センスという話だから、これで十分だろう。

「二千センスですか……あの、イチノ様。キャロはもうイチノ様の奴隷ではありません」

「ん? あぁ、そうだった。あれ? でも隷属の首輪をつけてるけど?」

「これはアクセサリーとしてそのまま使わせていただいているだけです……あの、それで、お金なのですけれど……」

「……ん?」

キャロのやつ、何を言いたいんだ?

二十万ゴーツじゃ足りなかったのか?

「それで、キャロが持っているお金もイチノ様からお預かりしたものです」

「あぁ、そうだったな。でも、そのお金はこの国では使えないから」

「――キャロには、現在、この二十万ゴーツの代わりにイチノ様にお渡しできるものがなにもないのです」

「……ん?」

はて、キャロはなにを言っているんだ?

キャロに渡せるものがないって、え?

「…………………………………………あ、そういうことか」

俺はようやく気付いた。

そうか、そうだよな。

俺がいままでキャロの食事代や転職のお金を払ってきたのは、キャロが俺の奴隷だから。つまり、キャロが俺の奴隷でなくなったいま、本来は自分の転職代は自分で払わないといけない。彼女はそう言いたいんだろう。

「……キャロ、別に俺はキャロの主人だからキャロの食事代を出したり、転職費用を出したりしていたって思ってないぞ?」

「……え? ですが――」

「一緒に旅をする仲間だからな。ていうか、そもそもキャロは俺との関係性を変える気、全然ないだろ?」

だって、彼女は俺のことをいまだにイチノ様と呼ぶ。奴隷じゃなくなっても、俺を様付けで呼ぶ。

拠点帰還(ホームリターン) の魔法にしてもそうだ。

ハルもキャロも、拠点として登録されているのはいまだにマイワールド。

彼女たちにとって帰るべき場所は俺のいる世界であり同じ家なのだ。

「それは、隷属の首輪がなくてもキャロを奴隷として置いてくれるということですか?」

「隷属の首輪があってもなくても、ハルもキャロも俺の家族と思っているということだ。というか、同じ家に住んでいて一緒に美味しい物を食べ、同じ物を見て笑う。それってどう考えても家族だろ」

「……家族……それはつまり、キャロと結婚してくださるということですか?」

「結婚っ!?」

思わぬ告白に、俺の心臓が鷲掴みにされる。

「冗談です、イチノ様。ありがとうございます、本当に嬉しかったです」

キャロがそう言って俺に微笑みかけた。

冗談――冗談か。

不意をつかれたせいで本当にびっくりした。

「ご主人様、キャロも少し変わってきているようですね」

ハルが俺に囁いた。

「そうか――キャロってああ見えて、結構吃驚するようなことを平然と言ってくるぞ」

俺の周りにいる女性陣の中で、一番の肉食系女子は実はキャロなのかもしれない。そう思える。

「とりあえず、教会に行こうぜ。場所は――」

「イチノ様、教会はあちらです」

キャロが西の方角を指さした。

……なんで、この町に来たばかりのキャロが俺よりこの町の地理に詳しいんだろ。

そこは思っていたよりも小さな教会だった。なんでも、この国には教会が三カ所あり、ここは一番小さな教会なのだとか。その分、値段も安いそうだ。

ということで教会に入ったのだが、残念なことに神父様は取り込み中だった。

身なりのいい、商人らしき男が神父に取引を申し出ているところだった。

俺たちが教会に入ると、神父は「少々お待ちくださいね」と言った。応接間もないくらい小さい教会だから、仕方がないか。

「この純金の女神像を五千万ゴーツで売っていただきたいのです」

教会には、金色のライブラ様の女神像が置かれていた。大きさ的には実物の十六分の一くらいで、女神像というよりかはフィギュアを見ているみたいだけれども。

女神像をお金で買う……それは信心深いのか罰当たりなのかよくわからないな。

「キャロ、五千万って――」

「破格といえます。あの女神像、芸術的な価値を考えても半額の二千五百万ゴーツくらいです。もっとも、教会が女神像を売るというのは体裁的にあまり褒められた行為ではありませんので迷っておられるのでしょう」

なるほど、やっぱり高いのか。

「ですが、やはり教会の女神像を売却するというのは許されることでは――」

「そんなことはありませんよ、神父様。このお金を使い、新たな純金の女神像を彫金家に作っていただけばよろしいではないですか。さらに立派な女神像を。そうすれば信者も喜びましょう。さらに残ったお金は教会の修繕費に使えばよろしいではありませんか」

「……し、しかし」

「断るのなら構いませんよ、私は――」

そう言って商人は鞄の中から、五千万ゴーツの束をテーブルの上に並べていく。

神父の目が五千万ゴーツに釘付けになるのが見て取れた。

あぁ、こりゃ売りそうだ。 でも(・・) ――

そう思った直後だった。

ハルが動き、商人の腕を捻りあげていた。

「いっ、いたたたたたっ! なにをする、この獣人がっ!」

「神父様、騙されないでください! このお札は全て贋作です」

「贋作っ!? 偽札かっ!?」

俺は思わず声をあげていた。

「な、なにを言う。これは紛れもない」

「騙されません。イチノ様、すぐに衛兵を呼んできてください。外に仲間がいるかもしれませんからキャロはこの場に残ってください」

「わかった」

「わかりました」

俺とキャロは同時に頷き、俺は教会を出て近くの衛兵の詰め所に駆け出した。

衛兵たちはすぐに偽札を見破る魔道具を持って、教会にやってきてくれた。

そして、調べたところ、ハルの言う通り商人が出したお札がすべて偽札であることが判明。自称商人は連行されていった。

「しかし、ハル。よくわかったな、あれが偽札だって」

原材料に特有の匂いでもあるのだろうか?

そう思ったが、違ったようだ。

「贋作鑑定ですね?」

キャロがハルに確認するように尋ねた。

なるほど、そういうことか。

「はい。トレールール様にいただいたスキルです」

ハルが返事をする。

ベラスラの迷宮でハルが手に入れたスキルだ。

ハルはトレールール様にいただいたと言ったが、実際のところ、トレールール様が仕事をサボっていたため、俺が代わりにルーレットをまわして手に入れたスキルである。

「でも、なんでスキルを使おうだなんて思ったんだ?」

「ご主人様が気付かれたのではないのですか? あの取引はおかしいと。だから贋作鑑定を使いました」

あぁ、なるほど。

ハルはあの商人が怪しいと気付いたわけではなく、俺があの商人が怪しいことに気付いたことに気付いたのか。

「イチノ様はあの商人が怪しいことに気付いたのですか? キャロも一応注意をしてみていましたが、怪しくても証拠は何も見つけられませんでしたが」

「ん、まぁな。俺には『思考トレース』っていうスキルがあってな。相手の感情が自分に流れ込んでくるようなスキルなんだ。あの商人にあった感情は、誠実さなんて程遠い。あの神父さんを嘲り笑ってた。騙す気満々というかさ、そんな感情だったよ」

「それは便利なスキルですね。交渉や賭博などでは特に」

賭博か。

ルーレットやスロットマシンでは意味はないが、ポーカーではこのスキルは無敵といってもいいかもしれない。

いくら相手がポーカーフェイスで表情を取り繕う名人でも、感情を抑えるのはかなり至難だからだ。

「まぁ、ベラスラの賭場で以前やらかしたから、当分あそこに行くことは――ハル?」

ハルの尻尾が申し訳なさそうに萎れていた。

まるで、悪戯がバレた犬のような。

「実はベラスラの町で三度ほど……」

「賭場に行ったのか?」

「申し訳ありません」

「いや、別にいいぞ。どうせ、無茶な遊び方をしたわけじゃ――」

さらに尻尾が萎れた。

……ハルさん? どうしましたか?

「ご主人様。ハルさん、ルーレットでゴルサ様相手に百二十戦五十勝なさっています」

なんだ。遊んだ回数こそ少ないが、勝率五割切っているじゃないか。

ならば別に問題ない――ってちょっと待てよ?

「まさか前みたいに五点賭けでか?」

だとしたら、プロディーラー相手に勝率四割越えてるのはヤバイ。

「いいえ、そうではありません」

キャロが否定した。よかった、違った。

そりゃそうだよな。いくらなんでも、あのゴルサさん相手に五点賭けは――

「一点賭けです」

「一点賭けっ!? 一点賭けで勝率四割超えたのかっ!?」

「申し訳ありません。お恥ずかしい限りです。本来なら最低でも五割は成功させないといけなかったのですが。ゴルサ様もイカサマは一切使わなかったのに」

「いやいや、もうそれ人類の限界越えてるだろ」

「魔お――ミリ様は一点賭けでも確実に成功させたそうです」

「あいつはとっくに人類の限界を超えているから参考にしてはいけません」

お母さん口調でハルに注意した。

ていうか、ミリの奴、なにやってるんだよ。

そりゃ、ノルンさんと一緒にいたってことは、フロアランスから真っすぐ南を目指してきたからベラスラは通っただろうが、賭場荒らしなんてしてやがったのか。

……大丈夫かな、ゴルサさん。

「ちなみに、いくら稼いだんだ?」

「いえ、景品と交換はしていません。メダルは――まぁいっぱいありますが、最初から換金しないことを条件に遊んでいましたから。ただ、ゴルサ様もそれでは納得できないということでゴルサ様の個人のコレクションからいろいろといただきました。ゴルサ様も楽しまれていたようですので、気になさらなくてよろしいと思います」

気にしなくてもいいって言われてもなぁ。

やっぱり、今度会ったら謝っておこう。

「キャロル殿、転職の準備が整いました。どうぞ、転職の間へ」

「はい! では、イチノ様、行ってまいります」

キャロが頭を下げ、奥の部屋に行った。

俺とハルはふたりで残った。

「やっぱりコショマーレ様は迫力があるな」

小さい教会ではあるが、ライブラ様の純金の女神像だけでなく、石造りの女神像が六体置かれていた。

これまで、多くの女神を見てきたな。

最初に会ったのは、コショマーレ様とトレールール様だった。マイワールドを作ったときにライブラ様が来星し、ダキャットでセトランス様から加護を賜った。ミリと一緒にミネルヴァ様と会ったときはさすがに度肝を抜かれたな。

あと、俺が会っていないのは。

「テト様……か」

トレールール様と同じくらいの大きさの、ボブカットヘアの少女の姿の女神像を見て俺は呟くように言った。

「そういえば、どことなく雰囲気がピオニアに似ているな」

「もしかしたら、ピオニアさんやニーテさんたちホムンクルスの製造にテト様が関わっているのかもしれませんよ?」

「え? そうなのか?」

「あくまで可能性の話です。ですが、テト様は生命の、そして命の女神。ホムンクルスという生命を生み出す力に携わっている可能性があります」

「そういえば――」

考えてもみなかった。

ホムンクルス――新たな生命の創造。

いくら自分が楽をするためだとはいえ、そんな めんどくさそうな(・・・・・・・・) ことをあのトレールール様がするだろうか?

「トレールール様がテト様に頼んで作ってもらったのかな」

そういう推論に辿り着いたところで、キャロが戻ってきた。

職業は無事【薬師:Lv1】になっている。

「お待たせしました、イチノ様」

「そんなに待ってないよ」

「あと、神父様から今回の謝礼として、転職の費用を半額にしていただきました」

「そりゃラッキーだ」

どうせなら無料にしてくれてもいいと思ったけれど、その半額は教会本部に送らなくてはいけないので、そこまで値引きすることはできないらしい。

「じゃあ、次は薬作りの道具か……えっと、どこで売ってるのか――」

「薬作りの道具でしたら、南通りの薬品店で購入できますので、そちらへ参りましょう」

だから、なんで知ってるんだっ!?

いつの間にそんなに調べたんだよ。