軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ベラスラの隠し迷宮

「おや、返品はお断りだって言い忘れたかね」

かつてのように煙管を吹かせている奴隷商館の妖艶な女主人――クインスは、キャロルの姿を見てそう言った。

煙管の灰を叩き落とした彼女は、ハルワタートとキャロルを見て納得したようだ。

「なるほど、少し事情はわかったよ。委任状は持っているかい?」

委任状――キャロルが奴隷から解放されるためにイチノジョウが用意した書類のことだ。

「はい、こちらに」

アイテムバッグから、手数料として必要な金銭を取り出す。

「……これで十分でしょうか?」

「これだけあれば問題ないよ。暫く準備の時間がかかるから、町でも散歩しているといいさ」

クインスはそう言って、書類の準備を始めた。

キャロルがそわそわし、天井の方を少し見上げた。

天井は、煙管から出る煤のせいで黒く変色している。

「部屋ならそのままにしているから、見てきてもいいよ」

クインスは書類になにやら書きながらそう言うと、キャロルはパッと笑顔になり、

「ありがとうございます」

と礼を言って、階段を上がった。

小さな部屋には子供用ベッドと、明らかに失敗作と思えるぐらついた、だが、部屋に似つかわしくないほどに大きな本棚が置いてあった。

四角く小さな窓は窓枠が釘で打ち付けられ、決して開かないようになっている。

「いろいろな本がありますね……百冊以上あります」

「これはクインス様の私物です。もともとここは物置として使われていたらしく、荷物は他の部屋に移したのですが、本だけは置く場所がなかったそうでこの部屋にそのまま置かれることになったそうです」

キャロルはそう言ったところで、くすっと笑った。

懐かしそうに本を捲った。本といっても子供向けの本はまったくと言ってもいいほどない。一番子供が興奮して読むのは、おそらくは分厚い旅行記だろう。

キャロルの知識はこの本から仕入れたものが大きい。

「ここは、キャロにとっては牢獄も同じでした。レンタル奴隷として仕事をすることもありましたし、昼間は商館のなかならある程度自由に動くこともできます。裏にある施設に行けば、他の奴隷の子供と一緒に遊ぶこともできました。でも、仕事のない夜はキャロはここでひとりでした。決して扉を開けることも窓を開けることも許されず、窓から月を見るだけがキャロの夜のすべてでした。そんなひとりの夜から救い出して下さったイチノ様にはいつも感謝しています」

しかし――とキャロは部屋を見て言った。

「いまならわかります。クインス様がどんな気持ちでこの部屋を用意してくださったのかを。だから、キャロはこの部屋にもクインス様にも感謝しています」

明らかに置く場所に困ってではない、キャロルの退屈を紛らわせるためであろう大量の本がキャロルのことをどれだけ大切に思っていたのかを物語っている。

「素敵なお話ですね。私もマティアス様にはよくしていただきましたし、お互い素晴らしいご主人様に買っていただきましたが、それと同時に素晴らしい奴隷商様に買われていたんですね」

「はい」

はにかんだような笑みを浮かべ、キャロは頷いた。

そして、アイテムバッグから掃除道具を取り出して部屋の掃除を始めた。

普段は旅をしているので掃除をする必要はない。

マイワールドでの掃除はピオニアがしており、しかもいざとなればイチノジョウの生活魔法、 浄化(クリーン) があるため掃除道具はあまり持っていなかった。しかし、ミリが日本から持ち込んだアザワルドの技術の数段先に行く掃除道具が現在のハルワタートのアイテムバッグに入っており、それらのお陰で放置されていたこの部屋もみるみる綺麗になっていった。

「綺麗になったね。奴隷解放の準備が整ったよ」

クインスはそう言うと、本棚から一冊の赤い本を取り出した。

それはラコント教会が発行している聖書だった。

「その前に、話しておかないといけないことが山ほどあるね。魔王ファミリス・ラリテイがどうして異世界の少女として転生していたのか? ダイジロウの目的はなんなのか? ダイジロウが今更ミリを連れ出した理由はなにか」

「「――――っ!?」」

それは、まさにイチノジョウが必要としている、そしてハルワタートたちが知りたいと思っていた情報だった。

「期待させたのなら悪いね。私ももう魔王軍を離れて長いからね。今でも情報は入ってくるが、それでもすべてを知っているわけではない」

「本当に――クインス様は魔王ファミリス・ラリテイと一緒にいらっしゃったんですね」

「いろいろとあってね。場所を変えよう。話をする前に見てもらいたいものがある。私も聞きたいこともあるしね。ついておいで」

クインスはそう言うと、ふたりを町の外へと誘った。

※※※

町の外を北へと進む。

結構険しい道ではあるが、ハルワタートやなんだかんだ言ってレベルの高いキャロルは兎も角、クインスもまた楽々と歩いていた。

むしろ、登山といってもいい道を歩いているというのにどこか優雅ささえある。

「ここは――」

ハルワタートが岩壁を見て呟いた。

「……この崖の向こうから、なにかインクのような臭いがします」

「……? 確かにこの崖の向こうが目的の場所だけど、インクのような臭い?」

クインスは煙管の煙を吐きながら、崖に手を触れた。

すると、手が崖のなかに入っていく。

「これは――幻想壁ですか」

フロアランスで山賊に誘拐されたノルンを助けるときに見たことがある幻の壁に似ていた。

「そう、ダンジョンにはこのように見えない壁がいくつかあるのは有名だけど、なかにはこういう風に入り口が隠されていることもあるの」

そう言ってクインスは幻想壁のなかに入った。

ハルワタート、キャロルもあとに続く。

次の瞬間、クインスの口から煙管が零れ落ちた。

なぜなら、迷宮の壁に見たことのない文字がインクのようなもので書かれていたのだから。

【ケンタウロス迷宮へようこそ!】

クインスは落とした煙管を拾う。

「これは、どういうことだい? ケンタウロスといえば、千年以上前の種族で、獣人というよりかは 合成獣(キメラ) に近いと言われている……」

クインスはなにやら考え出したが、ハルワタートとキャロルはこの文字の秘密に気付いた。

「あの、クインス様。この迷宮はもしかして、ベラスラにある迷宮――しかも女神像の間に繋がっているのではありませんか?」

キャロルがある推測を持って訪ねた。

「……ん? わかるのかい? ここに刺さっている剣を引っ張ると落とし穴が開いて、運がよければ女神像の間に行くことができるのさ」

「なるほど……」

キャロルとクインスのやりとりによって、二人にとってどうでもよかった疑問――即ち、かつてジョフレとエリーズがどのようにベラスラの女神像の間に入ることができたのかという答えがわかったのだった。

「クインス様。私たちに見せたかったのというのは、この剣でしょうか?」

「いや、そうじゃない。そっちは別の仕掛けがあってね。まぁ勇者がいろいろと仕掛けていたんだけど、私が見せたかったのはこっちだよ」

クインスはそう言うと、落書きがある場所とは反対の壁の前に行く。

そして、跳躍した。

三メートルは跳ぶ――天井にぶつかると思った次の瞬間、彼女の姿は天井へと吸い込まれるように消えた。

「あそこにも幻想壁があったのですか。クインス様、私もそちらに跳んでもいいですか?」

ハルワタートが尋ねると、

「待ってな。いま縄梯子を下ろすからそれを使っておいで」

と言って、天井から縄梯子が降りてきた。

ハルワタートは登っていく。

広い空間に出た。

後に続いてきたキャロルに手を伸ばし、彼女を引き上げる。

そして、ふたりでその空間の中央にあった女神像を見た。

「……これは……メティアス様の女神像ですよね」

そこには、かつて見つけた七柱目の女神――メティアスの女神像があったのだった。