軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

七柱目の女神

ルー・カンガの遺品であるボクシンググローブをアイテムバッグに入れると、ボス部屋の奥――女神像の間に通じる扉が、重い音を立てて開いた。ステラは迷宮クリアボーナスは貰えないと言っていたけど、これなら何の問題もなく女神様と謁見できそうだ。

そんな思いとともに、奥の部屋に行き、俺は少し眉をひそめた。

「…………」

ここで口を開くのが憚られた。

女神像がそこにあった。たしかに、どう見ても女神像だ。

だが、俺はそれをどう表現したらいいのかわからない。女神像として立っていたのは、眼鏡をかけた知的な女性の像だ。

手には本を持っていて、不覚にも二宮金次郎の像みたいだなと思ってしまった。

これは余談であるのだが、全国の小学校から二宮金次郎の像が撤去されているらしい。歩きスマホを誘発するだとか、児童労働を賛美しているだとか、そういう理由だそうだ。そういえば、日本にいたころに読んだ小説の中に、歩きスマホが原因で死んで異世界に転生するという話もあったくらい、歩きスマホは危険視されているからだそうだ。

そのことをミリに話したら、「おにいは二宮金次郎の像の撤去に反対なの? もしも反対なら私が手練手管を使って、日本全国の学校に二宮金次郎の像を設置させるように頑張ってみるけど?」と冗談としか思えないようなことを、その小さな両手を広げて言った。両手で、手練手管を表現しているらしい。

その後、とある学校に、「座って勉強をする二宮金次郎」の像ができたのを聞き、時代の変化についていく彼の姿に感動したとミリに話して、我が家の二宮金次郎の話題は終わった。あの時の話は冗談だと今でも思っているのだが、たまに、ミリは実は本気だったのでは? と思ってしまう。そんなわけないのに。

なぜ、俺がそんな余談を切り出したのか?

それは、誰かが言うのを待っていたから。

「……誰、ですか?」

「そう、ハルの言う通り、誰だ? 女神様は六柱、その全部の女神像を俺は見たことがあるが、こんな女神様はいなかっただろ?」

女神は、俺に成長チート能力を授けて下さったコショマーレ様とトレールール様。俺の世界に現れたライブラ様。鈴木に天恵を与えたセトランス様。あとライブラ様から聞いた、女神ミネルヴァ。もう一人の名前はわからない。

「ご主人様の仰る通り、女神様は、セトランス様、コショマーレ様、トレールール様、ミネルヴァ様、テト様、ライブラ様の六柱のはずです」

ハルはいつも俺の疑問の答えをくれる。最後のひとりはテト様と言う名前らしい。

「このお方の 名前(にゃまえ) は、メティアス様。未来と知識の女神ニャ。ケット・シーに知識を与えたのもメティアス様であると言われ、ケット・シーは女神信仰の中でもメティアス様への一神教だったニャ」

「待ってくれ、メティアス様? も女神様なのか?」

「そうニャ」

「なら、なんで伝わっていないんだ?」

「わからにゃいニャ。でも、メティアス様は 七(にゃにゃ) 百年前までは確かに存在したニャ。学問を学ぶ全てのヒュームたちも信仰していたはずニャ。にゃのに、 七(にゃにゃ) 百年前を境に、ヒュームや他の種族たちはメティアス様のことを忘れてしまったニャ」

「……七百年前に何かがあって、もともと七柱いた女神様が六柱になったってことか?」

「違うニャ。メティアス様が抜けて、トレールール様が新たにゃ女神様ににゃったニャ。メティアス様の迷宮もほぼ全てトレールール様の迷宮へと変わってしまったニャ」

「……じゃあ、なんでこの迷宮だけメティアス様の女神像があるんだ?」

「わからにゃいニャ。でも、魔王が関わっていたことはわかってるニャ」

「魔王が?」「魔王様が?」

俺とハルが同時に声を上げた。

「そうニャ」

……ここでも魔王か。

いや、むしろここで魔王の話が出てくるからこそ、ステラは俺をここに連れてきたのだろう。

メティアス様とトレールール様が代わったということも気になるが、それは本人に聞いてみたらいいか? とも思った。

でも、あのズボラの女神様なら、答えてくれないかもしれないな。

そして、俺とハル、ステラははじめて見たメティアス様の女神像に祈りを捧げた。

当然、祈りが届くわけもなく――

※※※

そこは、女神の間だった。だが、ハルとステラがいない。

代わりにいたのは、ひとりの女性だった。

彼女は俺に気付いていないのか、それとも気付いていながら反応していないのか、メティアス様の女神像を優しく撫でていた。

「憐れね、女神メティアス……知識の女神と言われる貴女の最期とは思えないわ。それでもあなたは、こうなることもわかっていたと言うの?」

黒色の長い髪の女性が、メティアス様の女神像に声を掛けていた。

とても美しい女性だが、何故かとても懐かしいように感じた。

「あなたの遺言により、あなたの力は私が貰った。でも――それでも私の心は満たされなかった。私の未来に待っているものなんて……」

メティアス様の像の顏から手を離し、その拳を握りしめた。

彼女がこの時、何を思い、何を考えていたのか、俺にはわからなかった。

だが、何か吹っ切れたように彼女は微笑んだ。

その目には、悲しみと優しさが込められている……俺はそんな気がした。

「でも、約束よね。ちゃんとあの子たちは私が護ってあげる。魔王ファミリス・ラリテイの名前にかけて……ね」

彼女はそう言うと、漆黒のマントを翻し、去っていく。

そして、誰もいなくなり、俺は――

※※※

目を開けると、そこには変わらずメティアス様の女神像があった。

「…………」

横を見ると、ハルとステラはまだ祈りを捧げている。

さっきの光景が何だったのか、俺にはわからない。

だが――あれをただの夢だと思うほど楽観的にはなれなかった。

もしも……もしもメティアス様の念みたいなものが俺に今の光景を見せたのだとしたら――そう思うと、俺は急に恐ろしくなった。

だから、俺は再度手を合わせる。

(……迷わず成仏してください)

自分でもバカなことを言っているなぁと思いながらも、心のどこかで「悪霊退散」と念じている自分がいて、もしもメティアス様にその心を読まれたら、本当に呪われてしまうんじゃないだろうかと思っていた。

俺達は地上へと戻った。

そして翌日。

本当にメティアス様の呪いじゃないだろうか? と思うような出来事が俺達に降りかかることになる。