軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ミリの冒険⑫

まるでプロレスの試合みたいに、鐘の音を合図に試合は始まった。

斧を構えた大男が走り、

「兜割り!」

とスキル名を叫びながら、斧を振り下ろした。カノンは剣を横に構えた。斧を受け止めようとしている。

会場にいたほぼ全ての人が、細い剣で重量のある斧を受け止めることなど無謀だと思った。だからこそ、次の瞬間、多くの人はその目を疑った。

男の斧が動かなかった。カノンの剣によって。

男の額に汗が浮かぶが、カノンの顏はいたって余裕だ。

さらに、男は力を籠める。顏がゆでだこのように真っ赤になり、そして腕が痙攣を起こしたようにプルプルと震え出した。

それでも、カノンの構えた剣は微動だにしない。

「凄いわね」

ミリがぽつりとつぶやく。

「本当に凄いです。あの細い体で斧を受け止めるなんて」

「そうじゃないわ。私が凄いといったのは、あの剣のほうよ――あれは魔剣ね」

「魔剣って……特別な効力がある剣ですよね。ミリちゃん、あの剣が何の剣かわかるんですか?」

「反重力――とまではいかないけれど、剣を交えたものの重さを奪う剣のようね。制限時間はあるんでしょうけど」

「重さを……奪う? そんなことがわかるんですか?」

半信半疑、とまではいかないものの、ノルンにはどうしてミリがそんなことを知っているか不思議なようだった。

でも、その答えは単純だ。ミリが魔王だったころ、似たような剣を作る刀匠に出会ったことがある、それだけだ。もっとも、その刀匠が打った剣と比べてしまうと、カノンが使っている剣は見劣りしてしまうが。

ミリはノルンの質問には答えず、横に立つゴルザに向かって尋ねた。

「ゴルザ。あのカノンっていう子が戦う理由は何?」

「それはお客様のことですから、私共が申しあげる内容ではございません」

「そう……なら直接聞くことにするわ。そろそろ試合も終わる頃だし」

ミリが言った直後だった。

カノンが斧を跳ね除けると、彼女の剣が男の右足を斬りつける。と言っても致命傷には届かない、小さな傷を作る程度。だがそれで十分だった。重さの一部を奪われた男は普通に動こうとするだけで頭から倒れそうになり、その結果カノンに無防備な背中を晒すことになる。

男にとって、今の状態は月といった低重力の場所で歩行しているのと同じ。訓練していない人間がそれとわからずに歩ける訳がない。

そして、男の無防備な背中を無視し、彼女は男の脹脛を見た。治療された痕跡がある傷――そこを彼女は斬りつけた。

「そこまで! 勝者カノン!」

舞台の上から試合の審判をしていた男が叫び、試合が終わった。

これで、男の十連勝への挑戦は零からのスタートへと戻る。

男が担架で運ばれていくのを見たあと、ミリはゆっくりと前に歩くと、闘技場への低い壁を乗り越え、舞台の横に降り立った。

「どうしたの、お嬢ちゃん。ここは子供の来る場所じゃないわよ」

「私と勝負しなさい! あなたが勝ったら、ここの黒メダル504枚、あなたにあげるわ」

「冗談にしてはきついと思うけどなぁ」

「冗談じゃないわよ。さっきルーレットで大勝ちしてね」

ノルンが「ミリちゃん、一割は私のものって言ったじゃない!」と抗議の声を上げるが、ミリは無視する。

もっとも、それでカノンは、メダルは本当にあると確信した。

それでもカノンは試合に応じるのを渋っている。

「お金の問題じゃなくて、ここは闘技場よ? どう見てもお嬢ちゃんが戦えるようには見えないけど」

「負けたら私の奴隷になりなさい」

「お嬢ちゃん、私の話聞いてるの?」

「勝負を受けるのか、受けないのか、聞いているのはこっち。安心しなさい、手加減はしてあげるから」

不敵な笑みを浮かべるミリを、カノンは睨み付ける。

だが、その目は本気ではない。

「いいわ、勝負を受けてあげる」

闘技場の周りで、観客が大騒ぎをはじめた。素晴らしい余興が始まった、そんな騒ぎだ。

賭けも始まっている。そして、オッズが発表された。

【カノン:1.5倍、ミリュウ:2.1倍】

賭けにしてはそれほど開きがでなかった。どうやって名前を調べたのかは知らないが、この世界での本名が表示されている。

ミリに賭けたのは大穴好きのバカか。もしくはミリの実力を知っている者くらいしかいない。

ノルンだ。

彼女は全てのメダルをミリへと賭けていた。

「どうするの? お嬢ちゃんの友達、メダルを全部お嬢ちゃんに賭けたみたいだけど……私が勝ってもさっきの話は有効よ。あなたたち、借金奴隷になるわ。それでもいいの?」

「私が負けるわけないでしょ。ふふ、はじめてノルンを褒めてあげたいと思ったわ」

そして、試合開始の鐘がなる。

と同時に、ミリが動いた。

「 闇霧(ダークミスト) !」

闇の霧が闘技場の上空を塞ぎ、客からの視界を塞ぐ。

ここから見せるものは、観客には刺激が強すぎた。

「出て来なさい!」

ミリが生み出した空間から、巨大な白い毛の前足が現れて、カノンに殴り掛かった。フェンリルの前足だ。

闇の中で何も見えないはずなのに、カノンは先ほどと同じく重力を操る剣を使い受け止めた。上からではなく横からの攻撃に威力はそれほど減少されない。にもかかわらず、彼女はその巨大な一撃を受け止めていた。

その結果に、ミリは苛立つように叫んだ。

一撃を受け止められたことにではなく、命令に従わないフェンリルに対して。

「もう一度言うわ。出て来なさい!」

すると、フェンリルは渋々といった感じで、前足から先を出した。

「くぅーん」

とても嫌そうに鳴くフェンリル。それも仕方がない。何故なら――

「とんでもないものを出して来たわね……えっと、どうして……なんで頭が剥げてるの?」

フェンリルの頭が剥げていた。

「ストレス社会だもの。銅貨禿のひとつやふたつできていても不思議じゃないわ」

「どう見ても銅貨禿っていう大きさじゃないんだけど……もしかして、その子の毛を削いでギルドに売ったとか?」

「いい値で売れたわ」

「……悪魔ね」

「悪魔? それはあなたでしょ?」

ミリがそう呟くと同時に、影から闇が伸びた。

「闇の刀匠ギルバインの弟子、悪魔カノン」

ミリがそう告げた。その声は、頭上の闇の霧に飲み込まれ、観客席の誰にも届かない。もしも声が筒抜けなら、今頃二人の耳には観客からのブーイングが騒音になって届いているだろう。何しろ、戦いが見えないのだから。

そして、カノンは自分のことを知っているミリに対し、警戒心を高めながら言った。

「……どうして、私のことだけでなく師匠のことまで知っているか教えてもらっていい?」

「そうね、教えてあげてもいいわよ」

ミリは「月並みの台詞だけど」と胸中で呟き、カノンに言った。

「私に勝てたらね」

そう宣告したミリの背後から、闇の触手が伸びた。

カノンは笑う。

「悪魔の私に闇魔法が通じると思って――」

カノンが余裕ぶって話すが、触手の一本が彼女の顏を目掛けて伸びた。

それを避けたのは本能だった。カノンには、悪魔族のみが持つスキル「闇吸収」があり、一定の威力までの闇魔法なら吸収できる。闇攻撃は避けるものではなく受けるものなのだが――

「えっ」

カノンの頬に一筋の傷ができた。彼女がその傷を指でなぞり、指先についた血を確認し、彼女は改めて恐怖した。

フェンリルを操ることよりも、魔族よりも高純度の闇を操るミリを、化け物として認識したのだ。

そして、彼女は悟った。

自分が戦っている相手は、決して喧嘩を買ってはいけない相手だったのだと。

※※※

「よろしかったのですか? 全額賭けて。怒られますよ」

会場の隅で、ゴルザは隠れるようにノルンに尋ねた。

「いいんですよ。ミリちゃんが負けるところなんて想像できませんから。それより、ゴルザさんこそ会場に行かなくていいんですか?」

「……ええ、疲れるんですよ。貴族様の相手は」

苦笑してゴルザは言った。

会場では客が大騒ぎしている。試合会場が闇に包まれて試合が観戦できない状態になっているため、賭場の従業員が対応に追われている。

なんとか闇を払おうと、会場に落ちたものを拾うための棒を持って闇を払おうとしている従業員がいたが、そもそも棒が闇の中に入っていかない。

「何者なんですか? ミリュウ様は。冒険者ギルドに問い合わせたところ、闇魔術師ということですね。あの若さで闇魔術師ということだけでも驚きですが――」

「……いつの間に問い合わせたんですか?」

「 闇霧(ダークミスト) は本来は薄暗くなる霧を発生させるだけの魔法――完全に視界を塞ぐほどの効果はないはずなのですが」

「まぁ、ミリちゃんですからね」

ノルンは苦笑して呟き、頬をポリポリと掻く。

(お兄さんのほうも、最初はコボルトに苦戦していたはずなのにいつの間にか中堅冒険者よりも強くなっていた、その成長能力には驚かされたけど、ミリちゃんのお兄さんだって言うのなら納得かな)

あの兄にしてこの妹あり、ではなくこの妹にしてあの兄あり。

ノルンの中でひとつの結論が導き出されようとしていた時、会場に闇の霧が溢れだした。

※※※

ゴルザとノルンが話している頃、ミリとカノンの戦いもクライマックスを迎えようとしていた。

ミリの影から生み出された闇の弾を、カノンは背中から生えた翼によって空を飛び上下、前後、左右、様々な方向に躱していた。

「ミリュウさんでしたね……あなたの力は確かに脅威に値しますが、弱点はもうわかりました」

カノンはもうミリをお嬢ちゃんとは呼ばないし、侮ることはない。カノンにとって、ミリは恐ろしい敵であったから。

だから、卑怯ではあるがカノンが狙ったのは、ミリのエネルギー切れだった。

カノンには相手のMPを見るスキルがある。彼女はそれを使い、ミリの弱点を割り出したのだ。

それならば、攻撃を避けることに全神経を研ぎ澄ます。

それがカノンの策であった。

光の遮られた空間も、悪魔であり闇に生きる自分には変わらないとわかっていた。

「もちろん、あなたのことは忘れていませんよ」

背後から静かに巨大な爪を振り下ろして来たフェンリルの攻撃を躱し、ミリの作り出した 闇霧(ダークミスト) を背に下を向く。

それが、カノンにとっての最大の失敗だった。

「え?」

闇の霧からのびた黒い腕が、カノンの体を握ったのだ。

「そんな…… 闇霧(ダークミスト) が実体を持って動くなんて――そんなことできる人なんて、私はひとりしか――」

カノンの口を 闇霧(ダークミスト) の手が抑えた。

そして――ミリの手のひらから狂気ともいえる巨大な闇の球が現れた。

(そんな、もうそんな魔法を使うMPなんて残っていないはずなのに)

カノンのMP把握スキルによると、ミリのMPは残り2。立っているのがやっと、もうこれ以上魔法を使えないはずだった。

なのに――

「確かにMPが少ないことは否定はしないわ。でもね――」

と、ミリはそのスキルを解除した。

【ステータス偽造】

他人から見られるステータスを偽造する力。

それを解除したミリのMPは、現在、110。

そこから121へと数字が増えた。

「幸い、MPの回復手段は持っているのよ」

ミリの手から放たれた闇の球が、カノンの意識を容赦なく奪った。

そして、闇の霧が晴れ――立っているものは誰もいなかった。

ゴルザとノルン、そしてミリを除き。

闇の霧が観客の意識を根こそぎ奪い取ったのだ。

MP吸収スキルを使い、MPを回復させるために。

倒れて動けなくなっている司会の男が――小さく呟く。

「……勝者……ミリュウ」

プロ根性とも思えるその宣言は、残念ながら意識を失った他の観客の誰にも届かず、ミリの耳の中にだけ落ちていった。

「……さて、後始末をどうしたものか」

ゴルザは頭を抱えながらも、笑顔でそう呟いた。