軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ミリの冒険⑩

ミリとノルンは、ゴルザに連れられてVIPエリアへと上がった。ミリとノルンが持っていたメダルは、三人に付きそうように一緒に歩くふたりの女性、賭場の従業員が持っていた。ミリは全く気にせずに歩いているが、ノルンは何度も自分のメダルを確認していた。

曇りひとつない金色の手摺を僅かに見下ろしながら、螺旋階段で二階へと上がる。

そこが、VIPエリア。

選ばれた人間にしか入ることが許されない場所である。

「お飲み物をどうぞ」

煽情的な服を着た女性が、ミリとノルンに飲み物の入ったグラスを差し出す。

ミリは無言でグラスに手を伸ばして、中身に口をつけた。

赤色の液体の中身はオレンジのような酸味と甘みの混ざった果物のジュースだった。ノルンがジュースを受け取るかどうか迷っていると、

「VIPエリアのサービスの飲み物です。ご自由にお取りください。アルコールは入っておりませんので」

ゴルザが笑顔でノルンに言ったので、ノルンは緊張しながらも葡萄ジュースを手に取った。

そして、ミリは周囲を確認する。

VIPエリアと言うだけあり、二階にいた人間は従業員を除き、ほぼ全て上流階級の人間ばかり。しかも、成り上がりの貴族や商人ではなく、数世代に於いて財と権力をほしいままにしてきた、つまりは生まれながらに成功を約束された人間ばかりのように思える。

ミリはそういう人間を、魔王だったころ、いや、遥か昔の日本にいたころから見てきたからよくわかる。

賭け事に興じている客も多いが、彼らは勝敗を気にせず楽しんでいるように思える。もちろん、勝てば嬉しいし、負ければ悔しいのはあるが、どこか他人事なのだ。お金を失っても痛くないというか、負けることも楽しまないと損をする、そんな雰囲気を漂わせている。賭け事としてはそれが正しいのかもしれない。ギャンブルはあくまでも遊び、のめり込むのはよくない。そんなことはわかっているが、ミリはどこか、彼らが人間らしくないと思っていた。

特に――賭け事に興じることもなく、一階を見下ろしている彼ら――恐らくは一階の客の様子を見て、まるで神にでもなったかのように、特に人々の絶望を楽しんでいる貴族を見て、ミリは小さく息を漏らした。

これでは誰が人間で、誰が悪魔かわかったものではない。

「VIPエリアの仕組みはわかったわ。それで、勝負方法は何? カードゲーム? ルーレット? まさかスロットだなんて言わないわよね?」

「ご希望とあればご用意しますが、ルーレットでいかがでしょうか?」

「親はあなた?」

「はい、私が致します」

「そう……ならいいわ」

ゴルザは笑みを浮かべ、ふたりをVIPエリアの奥のルーレット台に案内した。

そして、ミリは言った。

「勝負だけど、ルールは一回勝負。それ以上はしない。私は儲けたメダル全額賭ける。そして、勝負を受ける条件として、ひとつだけ条件があるの。ちょっとだけ耳を貸して」

ミリの申し出に、ゴルザは屈んでミリの言葉を聞いた。ゴルザは一瞬だけ眉を動かしたが、それ以外はポーカーフェイスを貫き、

「かしこまりました。ご案内することをお約束します」

「それともうひとつ。さっきも言ったけど、私は全額賭けるけど、ノルンのメダルは私のものじゃないから、彼女の好きにさせてもらうわよ」

「はい、それも問題ありません。あと、全てのお客様に対して申しますが、今回の勝負において、助言の類は一切禁止させていただいてもよろしいでしょうか?」

「わかったわ。でも、私に助言なんて必要ないわ」

と、ミリはメダルを全部受け取り、二カ所にベットした。

本来は、玉が投入されてから一定の時間まで賭けることができ、ミリは相手が玉を投げてから賭けていた。彼女は知らないことだったが、つい最近も彼女と同じような賭け方をした白狼族の女性が大金を稼いでいたこともあり、ゴルザはそれと同じことをしてくるとばかり思っていたのだ。

「お客様、これは一体」

「勝負をしたいんでしょ?」

ミリが賭けたのは、黒の28と黒の2の二カ所。当たれば36倍。

そこに、黒メダル35枚、正確には17枚と18枚に分けて賭けたのだ。

それを見てゴルザはミリの意図、いや、挑発を理解した。

なぜなら、黒の28と黒の2の間にある数字はひとつしかなかったから。

緑の0。

このルーレットの中には1~36の数字の他に、緑の0、00というふたつの例外の数字がある。

もしも玉がその緑の中に入った場合、赤や黒、奇数や偶数、アウトヘッドやサイドヘッドといった場所にメダルを賭けても無効となり、それらは全て親の総取りとなる。これが、ルーレットで胴元が勝つ仕組みである。

赤に賭けた場合の勝率は50%ではなく、約47.4%なのだ。

だから、ミリは挑発した。

入れられるものなら、その緑の0に入れてみなさいと。ゴルザが、玉を好きなところに入れる技術の持ち主だと見抜いたうえで。

だが、ゴルザが確実に勝とうとするのなら、緑の0の対角線上にある緑の00を狙えばいい。それならひとつやふたつずれてもミリの負けは確実となる。そうなった場合、ミリに勝ち目はない。

「……それでは勝負いたしましょう」

ゴルザは小さく息を飲み、回転を加えて玉を放り投げた。

いつの間にか、周囲にはギャラリーができていた。

どよめきが巻き起こる。

「そこまで――」

ゴルザがメダルベットの締め切りを宣言。

そして、玉は回転を続け、ある緑の場所をめがけていく。

そこは――

「ダブルゼロか!」

誰かが叫んだ。そう、玉は緑の0ではなく、00目掛けて落ちて行こうとした。

その時だ――ゴルザがかけた鋭い回転が弾け、玉が盤上の虚空へとはじけ飛んだ。

そして、玉はそのままゆっくりと、まるでそれが宿命であるかのように落ちていった。

緑の0と黒の2の間の仕切りへと。

玉が仕切りに弾かれ、そして、勝負は決した。

ルーレットの回転が停止し、観客たちから大歓声が巻き起こる。

ゴルザが奥歯を噛みしめ、宣言した。

「……緑の0」

そう、玉は緑の0へと落ちていたのだ。

それを見て、ミリは小さく微笑んだ。

「負けたわ。ピンポイントで緑の0になんて入れられたら勝てるわけがない……あと少しだと思ったんだけどね」

ミリはそう言いながら、ノルンの肩を叩いた。

だが、ノルンは心ここにあらずと言った感じだ。

それも当然だ。

この宣言により、ミリは黒メダル35枚(350万センス)を失い、そして――

「配当金……黒メダル504枚か」

誰かが計算して呟いた。

そう、ノルンはその全てのメダルを緑の0に賭け、黒メダル504枚を手にしたのだから。

ノルンが緑の0に賭けたのは、ゴルザが玉を投入した直後だった。

ミリは言った。ノルンのメダルは好きにさせてもらうと。つまりは好きに賭けさせてもらう、そう言ったのだ。

ゴルザは決してノルンのメダルについて失念していたわけではない。それどころか、ノルンはルーレット台についてから、常に大事にメダルを握りしめていたので、何かする可能性はあると思っていた。

それでもゴルザがミリとの一対一の勝負に集中してしまったのは、ミリがノルンに対し、一度もコンタクトを取らなかったからだ。

ノルンがメダルを手にしたのは偶然であり、そのメダルを利用した賭けを行うなら、ミリは何らかの合図をノルンに送ると思っていた。だからこそ、彼は助言禁止をルールに加えた。それにより、ミリがノルンに対し、メダルの賭けの誘導をできなくするために。

ゴルザは予想もしていなかっただろう。

ミリはこうなることを全て予想し、ノルンがスロットをはじめる前から既に指示を出していたことに。

そして、ミリは言った。

「じゃあ、案内してもらおうかしら? 私は勝負には負けたけど、約束は守ってもらうわよ」