軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

依頼キャンセル

ある程度進んだところで、小川が見えてきたので馬車の速度を緩めた。ここまで逃げたらもう追ってはこられないだろう。すでに太陽が昇り始めているので、少し馬車を休めることにした。フユンには無理をさせ過ぎたからな。

ハルは荷車からフユンを外し、水を飲ませるために小川に向かった。

「そういえば、ケット・シーとダキャットって国の名前と関係あるのか?」

荷台から降りて、車輪に不具合がないか確かめながら、俺はふとそんな疑問を口にした。

ケット・シーが住む国がダ・キャットというのはどうもよくできていると思ったからだ。

「ダキャットのダはデカの略で、大きい猫、つまり少し大きな猫さん、ケット・シーたちのことだと聞いたことがあります。ケット・シーがよく姿を見せるからダキャットという説が有力ですね」

出ました。キャロの豆知識のコーナー。さすが博識だな。

つまり、ダキャットができる前からケット・シーはこの土地に住んでいたということか。

そう思ったら、

「それは違うニャ。この国の 名前(にゃまえ) は、先々々々々……えっと、 何代(にゃんだい) か前の王が人間に国の領土のほぼ全てを渡す条件に 名前(にゃまえ) だけは残したのニャ」

ステラがそんな話を差し込む。

「本当なのか? それは」

「そのような話は聞いたことがありません」

キャロは否定的なようだが、ステラは首を振った。

「本当だニャ! ケット・シーの常識ニャ!」

ステラは胸を張って言った。これは、どっちが本当なのか、ここで論争しても結果は出ないだろうな。歴史なんてものはどこでも自分の国に良いように改竄されているからな。そして、自分にとって都合の悪い情報はなかったことにされるのも世の常だからな。俺が唯一わかるのは、この国の名前が決まる前からケット・シーがこの国に住んでいたということくらいだ。

うーん、もしも俺が権力者になったら、“一之丞”は日本では多くの職場から引く手あまただったが、それを振り切り異世界に旅立ったと歴史に残すことにしようかな? ……いや、それはそれで虚しいな。経歴詐称はやめておこう。

「ところで、ステラ。ケット・シーの村はまだ遠いのか?」

「……もう少しニャ。あの森の中にあるニャ」

ステラの言う森――ここからだと良く見えないが、確かにうっすらと森が見える……気がする。

「でも、村に行く前に寄ってほしいところがあるニャ」

「あぁ、特別なマタタビの木が生えている場所だっけか?」

俺の受けた依頼の内容はあくまでも採取の間の護衛だからな。もちろん忘れてはいない。

「そうニャ。私達ケット・シー族の聖地ともいえる神聖な土地ニャ」

「ちょっと待て」

俺は「聖地」と「神聖な土地」ってほぼ同義じゃないか? とかそういう疑問よりもまず先に聞かなければいけないことを尋ねた。

「そんなところに俺達が入って問題ないのか?」

ケット・シーの聖地というのなら、よそ者の立ち入りは禁ずる! とか言われるだろ。入るには特別な許可、たとえば国王の許可がないと入れないとかはないのか?

まぁ、聖地=観光地と化しているのなら話は別だが。

「問題ニャ。でも、問題ないニャ」

なにその矛盾は?

「そもそも、ここ数百年、誰もその聖地に入ることができていにゃいのニャ」

「……どういうことだ?」

「聖地の入り口にドラゴンが巣を作ってから誰も入れにゃいのニャ」

なるほど。

マタタビの採取のための護衛と魔物退治の依頼だったが、うん。

「よし、帰ろうか」

「にゃんでニャ!?」

「バカかっ! ドラゴンって言えば凶暴な魔物だろ! たかがマタタビ採りにそんな危険を冒せるか!」

もしも俺がRPGの勇者だったら、それこそただのリンゴのためだろうがドラゴンを退治しないといけない。それがフラグとなるからだ。でも、これは現実だ。俺は勇者でもなければ英雄でもない。そういう仕事は最初にコショマーレ様にしたくないと断っている。鈴木にでも任せておけばいい。

「イチノ様でも敵わないのでしょうか?」

「そんにゃことにゃいニャ! ハルさんの剣の腕、そしてそれ以上に強いというご主人様の腕があればかにゃわにゃい敵なんていにゃいニャ!」

「かにゃわにゃいかどうかが問題にゃんじゃにゃい!」

「イチノ様、口調が移っています」

「敵わないかどうかが問題なんじゃない! 危険を冒すにしては対価が少ないんだよ。依頼料として支給されるのも現物支給だしな」

ハルが戻ってきたので、事情を説明すると、彼女はステラの顔を一瞥し、逡巡しながらも俺の意見に賛同した。ステラには申し訳ないが、人情でハイリスクローリターンの仕事をするほど、俺は人間ができていない。

「ちょっとあっちにいってマリーナを連れてくる」

そろそろあいつもMPが回復しただろうと思い、少し離れた場所に行き、マイワールドへ移動した。

そもそも、俺はだんだんとこの仕事を受けるのが怖くなっていた。

にゃんと六星だの、ケット・シーの王だの、悪魔だの。きな臭い単語ばかり出て来てどうも楽な仕事という感じではない。依頼内容に不備があった上、そもそも依頼キャンセルによる違約金は無しの条件だったしな。

そう思いながら、マイワールドに入ると、マリーナではなく、マリナが、ピオニアといた。

何故か、ピオニアは俺の渡した綿の服ではなく、メイド服を着ている。

「そうなんですよ。私の昔飼っていた猫にそっくりで。私、友達が猫と人形さんしかいなかったから、興奮しちゃったんですよ」

「そうなのですか、マスターマリナ」

「うん、そうなの、ピオニアちゃん。やっぱりピオニアちゃん、やっぱりこっちの服も似合うと思うよ」

「では、着替えます」

マリナがゴスロリ衣装を前に出すと、ピオニアは無表情のままスカートに手をかけ――

「ちょっと待った! 俺がいる、俺がいるから!」

呼び止めた。どうやら、マリナの奴、ピオニアを文字通り着せ替え人形にして遊んでいたらしい。

いったい、どこでそんな服を用意したのかと思ったら、ログハウスがすでに完成していて、ログハウスの前に紡績機のようなものや機織り機のようなもの、さらに染料のようなものが入っている桶まで用意されていた。仕事が早いな、ピオニア。

一晩でこれだけ作り上げたのか。

「イ、イチノしゃん……いらしてたんですか」

「おう、今帰った。ちょっと依頼で南西に向かっていたんだが、依頼を断ることにしてな。フェルイトに戻ることになった。帰りに厄介なバカが来るかもしれないから、マリナも来てくれ」

「か……かしこまり……ました。あの、私よりマリーナのほうがいいですか?」

「いや、敵が出てくるまでは今のままでいいよ。俺の索敵スキルと鷹の目、ハルの鼻で警戒にあたるから」

マリナは最近、仮面を外している時間が長くなった。この調子でいけば、いつの日か、俺達にもピオニアと話しているように……までは無理かもしれないが、日常会話くらいなら詰まらずに言えるようになるかもしれない。

じゃあ、行くか。

「ピオニアも一緒に来るか? 外の空気も吸いたいだろ」

「いえ、私は外に出ることはできません。外に出ると、体から魔力が抜け、一時間程度で動けなくなります」

「……そうなの?」

「はい」

ピオニアが無表情で語った。

……それは知らなかった。

フラスコの中の小人、ホムンクルス。

彼女にとって、この世界そのものが巨大なフラスコというわけなのか。

俺は……本当にピオニアを作ってよかったのだろうか?

僅かな時間、静寂が流れる。

「イ……イチノさん」

その空気に耐えきれなくなったのか、マリナが口を開いた。

「ピオニアちゃんは……その、葡萄を食べるとですね……あぁ……嫌そうな顔をした……んです」

「え?」

何、そのプチ情報。葡萄が嫌いなのか?

「この葡萄……ワイン用のもので……美味しくな……です」

「……えっと」

「でも、その後……リンゴを食べるとほんの少し嬉しそうな顔をして」

「そうか、じゃあ今度アップルパイでも作ってみるか」

「……ピオニアちゃん……ここでも幸せになれます」

マリナのその言葉に、俺は自分が思っていたことがとんだ的外れなことであり、彼女のほうが俺のことを、そしてピオニアのことをきちんと考えているんだと知った。

勝手にここから出られないのが不幸だと思っていたことが情けなく思えた。

「そうか、そうだな。悪かった。ピオニア」

「……マスター」

ピオニアは俺を見て、

「アップルパイ、楽しみにしています」

「おう、任せろ。その代わり、竈を作ってくれよな」

「かしこまりました」

帰り道、話し相手としてキャロにこの世界で待機してもらおうか。

そう思いながら、俺とマリナが外に出た。

そして、

「「あ」」

マリナとステラが顔合わせをした、次の瞬間――

「ステラちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

「悪魔ニャ! 悪魔が出たニャァァァァッ!」

謎の化学反応が起き、マリナが全力で逃げるステラ相手にタックルをかましていた。