軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハルの役目

無理矢理依頼を受けてもらったお詫びにと、ケット・シーの村付近で採取可能で割のいい仕事を多数用意してくれた。今回に限り、依頼の取り消しがあってもキャンセル料が発生しないそうなので、とりあえず全部受けておいた。

「いやぁ、困っていたんですよ。彼女、朝からずっとあの調子で」

依頼の手続きをしつつ、ギルドの受付の男は 微笑(わら) いながら言った。

「事情が事情だけに協力してあげたいんですが、依頼を受ける受けないは冒険者の自由じゃないですか。だから困っていたんですよね」

「困るのはこっちもですよ……平穏無事に過ごしたいと思っていたのに。まぁ、暇だからいいですけどね」

あまりに強く断れば、ハルが責任を感じてしまう。

あとでしっかり注意はするけれど、だからといって責めすぎることはしたくない。

「あ、こちらにサインをお願いします」

この中で冒険者ギルドに所属しているのはハルだけなので、彼女がサインをした。

「すみませんね、無理矢理依頼を押し付けたみたいになってしまって」

「謝るのなら、依頼を断ってもいいですか?」

「すみませんがそれも勘弁してください。なにしろ私、猫好きなんですよ」

受付の男は、キャロと握手を交わすケット・シーの女性を、まるで飼っているペットを愛でるような瞳で見ていた。……猫好きだからケット・シーに良いように取り計らうって、明らかに職権乱用だろ。

たしかに猫好きには、あの種族は可愛らしく見えるかもしれない。小さいしな。でも俺は犬派だからその愛らしさに騙されることはない。

それに、事情を聞いてしまえば、この受付の男が大きな失敗をしていることにも気付いた。

「……そうですか。でも、俺達が依頼を受けたらあのケット・シーがここに来る理由がなくなりますね」

俺はニヤリと笑って言うと、男はハッとなった。

「すみません、やはり無理矢理依頼を受けさせるというのは冒険者ギルドにあるまじき行為ですね。依頼の取り消しを――」

「いやいや、構いませんよ。剣を抜き攻撃をする行為は、例え相手を怪我させなくても最悪の場合、除籍処分になるそうじゃないですか。それに、依頼といってもたかが森の中の特別なマタタビの採取だけなんだし、構いませんよ」

「そうですか……その、彼女には今後もぜひうちの冒険者ギルドに来るようにお伝えください」

受付の男は少し落ち込んでそう言ったので、少し溜飲が下がった。

※※※

「というわけで、改めてよろしくな、ステラ」

「よろしくニャ」

俺はそう言うと、屈んでケット・シーのステラと握手をかわす。

肉球がプニプニして気持ちいい。

「あまり肉球を押さにゃいでほしいニャ」

「おっと、悪い」

「別にいいニャ。それより、馬車を持っているって本当かニャ?」

「ああ。ケット・シー達の住んでいる村って馬車で行ける場所にあるのか?」

隠れ里にあるって聞かされたが、馬車も通れないような獣道だと困る。

「もちろんニャ。ケット・シーも馬車を扱う者はいるからニャ。助かるニャ。私の足で歩けばにゃにゃにちはかかるけど、馬車なら遅くても明後日には着くニャ。ケット・シーはあまり歩くのが得意にゃ種族じゃにゃいからニャ」

ケット・シーは歩くのが遅い。二本足のせいだという。たしかに、あまり速そうではない。

危ない時は四本足で逃げるそうだが、普段は二本足なのだという。ケット・シーのプライドなのだとか。

「久しぶりにフユンの出番か」

俺達は厩に行くと、フユンはこちらを見て嘶いた。興奮しているのだろう。暫く会えなかったからな。

この町に来たときはいっぱいいたはずの馬たちも、今ではその数を半分以下に減らし、とても寂しく見えた。

「まぁ、馬追祭がはじまるころにはまたこの厩もいっぱいになるさ」

本来なら今頃行われているはずの馬追祭であるが、今年は魔物大量発生の騒動のために延期となった。

それでも一部の牛はすでに解体されて市場はそれなりに賑わっている。

内臓系の肉(ホルモン) をこの世界ではじめて買うことができたのは大きい。

アイテムバッグの中に入れておいたら腐ることもないしちょうどいいな。

「ところで、キャロ。ケット・シーの村に行くのにマタタビ樽はひとつでいいのか? もっと買っていってもいいと思うんだが」

俺は馬車の上にマタタビ樽を乗せた。

本来ならアイテムバッグに入れたらいいのだが、マタタビは関税対象の商品らしい。

密輸は犯罪だし、なにより関税を支払えば平民のレベルが上がるかもしれないからな。

「マタタビには関税がかかりますから。それと、ケット・シーの村には通貨の概念はほとんどありません。あるのは一部の商人が他の町に買い付けに行くのに使う程度で、村の中は物々交換が主流です。あまり多く持って行っても損をするだけになります」

「そうなのか?」

「そんにゃことにゃいニャ」

俺が訊ねると、キャロに代わってステラはきっぱり否定した。

どういうことだ? キャロの情報が古くて、実はもう通貨制度を導入しているのだろうか?

「みんにゃでマタタビ酒を飲んで大騒ぎするとみんにゃとってもハッピーニャ」

つまり、キャロが言っていることは正しいということか。

うん、マタタビ樽はひとつで十分そうだ。

下手に数を増やして、某猫使いみたいにケット・シーに馬車を襲われても困るからな。

俺とキャロとステラが荷台に、そしてハルが御者席に乗り、厩のおっちゃんの先導で大通りまで行き、そこから門へと向かった。

門の入り口はいつもよりも空いていて、すぐに通ることができた。

その時、マタタビに関税がかかり、2500センスを支払った。

第二職業を平民に設定してあったので、平民レベルが75まで上がった。

「なんでマタタビの関税はこんなに高いんだ?」

まぁ、お金には別に不自由していないので関税は平民の経験値と割り切ってるから別に構わないんだが。

そういえば胡椒も塩も関税はかからないのに、なんでマタタビだけ関税がかかるのか?

なにより、関税って普通は国を出る時に支払うもののはずなのに、どうして町を出る時に払うのか?

それらの疑問を纏めてキャロに尋ねた。

「マタタビ酒がフェルイトの特産品だからです」

「マタタビ酒が特産品?」

「はい。そして、お酒を作ると酒税を国に納めないといけません。ですが、ケット・シーがマタタビを買って自分達の村でマタタビ酒を造る分には酒税がかからないのです。ケット・シーの村はフェルイトの領内にありながら、国王の元、自治政治を行っている種族ですから。ですが、そうなると、入ってくるはずの酒税が手に入らなくなります。そこで120年前に、国内で採れたマタタビは一度全てフェルイトに集めること、フェルイトから外に持ち出すのには関税をかけること、という法律が作られたんです」

「……へぇ、なるほどな」

「迷惑にゃ 話(はにゃし) ニャ」

ステラが目を閉じ、二回頷いて言った。

フェルイトを出て、南西に進む。

道中ではほとんど魔物を見かけることもなく、平穏無事に進んだ。

ケット・シーの村に着くのは早くても明日になるということなので、夜になると草原で野宿をすることにした。

木の枝を集めてくると言って、俺とハルは馬車を離れることに。

一瞬、ステラとキャロをふたりで残しても平気かと考えたが、

「にゃぁ、今夜は 魚(さかにゃ) にゃのかニャ?」

「はい、イチノ様が料理してくれますよ」

「 魚(さかにゃ) 料理にゃら、私に任せてほしいニャ!」

うん、あのふたりなら大丈夫だろう。

職業把握のスキルで、彼女の職業が【料理人:Lv9】だということもわかっているし、大丈夫だな。

むしろ、プロの料理人の食事が少し楽しみなほどだ。

「ハル、ふたりっきりになってから言おうと思ってたんだが」

俺は振り返り、後ろを歩く彼女の目を見て言った。

「冒険者ギルドでのことだ」

俺の言葉に、ハルの尻尾がしゅんとなる。

「申し訳ありません、ご主人様」

「ハル、お前にひとつ、重大なことを言う。お願い……いや、命令する」

「なんなりと受けます。どのような罰であろうと」

ハルが言う。自らの命を失っても仕方がないという目をしている。

「ハルは俺のために怒ったよな。フロアランスの冒険者ギルドで俺のことをバカにした拳闘士……あぁ、名前は忘れたが、あいつに対してもハルは怒ってくれたよな。そして、たぶん俺も同じだと思う。ハルやキャロ、もしかしたらマリナも。三人がバカにされたら俺は怒ると思う。あの時、拳闘士に決闘の約束をしたように、自分らしくない行動に出ると思う」

「……勿体ないお言葉です」

「でも、それはダメだ。誰かが常に冷静に対処しないとパーティーは成り立たない。だが、その役目はキャロがするには力不足だし、マリナも仮面を着けていないと自分の事で精いっぱいだろ。だから、その役目をハルに頼みたい」

俺は立ち止まり、ハルを見て言った。

「ハルにしか頼めないんだ」

俺がそう言うと、ハルは俺の目を見つめ返し、

「謹んでその役目をお受けいたします」

そう答えてくれた。

これでよかった……よな。

下手に怒るよりもきっと。彼女は俺の気持ちをわかってくれている。

今はそう信じたい。

俺は前に向き直り、木の枝を集めることにした。

「……ありがとうございます、ご主人様」

背後から聞こえたそんな言葉に、俺はハルに背中を向けたまま笑顔で頷いた。