軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ

ファミリータイプのマンションの一室。

兄妹二人で暮らすには過ぎた広さのある部屋。

テーブルの上に紙の束が積み重なり、ケータイのメール受信BOXもそれに関連したメールで埋め尽くされていた。

「ミリ、兄ちゃん、神にでもなったような気分だよ」

今日届いた郵便物とメールを見て、俺はそんな愚痴を、中学生になったばかりの妹であるミリに告げた。

何故なら、俺は今、日本中の人から祈られているから。

もう祈られすぎて、御利益を与えたいくらいに祈られているから。

「あぁ、今日も来たんだ、お祈りメール」

身内贔屓を除いても、俺の妹とは思えないほど可愛い、妹であるミリは、牛乳を飲み終えると茶化すようにして、ツインテールをいじりながら言った。

ミリは口周りについた牛乳を舌で舐めてこすり取り、残りの牛乳を冷蔵庫にしまう。年頃の娘が牛乳パックから直接牛乳を飲むな、とか言う気力もなく、俺は項垂れてしまった。

お祈りメールとは、所謂、

『残念ながら今回はご希望に沿えない結果となりましたが、今後 楠一之丞(くすのきいちのすけ) 様のご活躍をお祈り申し上げます』

という就職の不採用通知のことだ。不採用通知には必ず、「お祈り」が入っているからお祈りメール。なんともわかりやすい皮肉だ。

「いいじゃん、就職なんてできなくても。おにい、お金いっぱい持ってるでしょ」

「これは俺のじゃねぇ。元は親父とお袋の遺産と生命保険だし、それを増やしたのはミリだろうが」

3年前、両親が交通事故で死亡。事故を起こした相手も死亡しており、どちらに責任があるかは最後までわからず、慰謝料などが手元に入ることはなかった。そして、生命保険によって、俺達には命の値段としては僅かばかりの、だが普通に使うには大金と呼べるお金だけが残された。

当時17歳になったばかり、高校3年生だった俺は迷うことなく高校を中退。

バイトをして生活費を稼ぐことにした。両親の残した預貯金と生命保険の受取金は、当時小学生だったミリの今後の学費に使おうと思ったからだ。勝手に高校を辞めてきた時はかなりミリに怒られた。

それでなんとか生活をやっていける……と思ったら、3年後、俺が20歳になると同時にミリが株式投資に凝り始めた。しかも、俺の名義を勝手に使って。

そして、僅か3ヶ月で一財産を築いていた。

中学生の妹が、億単位のお金を動かしているのである。

なんとも信じられない話だ。てか、名義貸しは普通に犯罪なんだけどなぁ。

もちろん、俺の名義の口座の中にあるとはいえ、あくまでもこれは妹が稼いだお金。俺が使っていい道理がない。

妹の生活費の心配はないので、就職しようとバイトを辞めてまで就職活動を頑張ったのだが、あえなく100連敗、現在も記録更新中である。

「そうだ、介護士ってどう? 意外と男性の介護士って需要があるみたいだよ」

求人票を見ながら、ミリは俺が今まであまり考えていなかった職業を提案してきた。

「それに、おにいって面倒見いいから絶対に介護職員に向いてると思うよ」

介護士になった自分を想像してみる。いまいちぴんとこない。

「あれって、資格を取ったりするのが面倒だろ……ホームヘルパー2級だっけ?」

よく通信講座のCMを見ていた気がする。やっぱり資格社会なのかね。

学歴も大事だけど。

「今は、介護職員初任者研修ね、平成28年現在。初期投資よ、初期投資。結構年を重ねても雇ってもらえるし、介護福祉士の国家資格だって、3年働いて勉強すれば取れるんだし、そうなったら仕事の幅も広がるよ」

「……詳しいな、妹よ」

「おにいのために一生懸命調べましたから」

できた妹を持つと幸せだけれども、自分が情けなくなるな。

バイトで貯めたお金もそろそろ底を尽きそうだし、そうなったら本当に妹にお金を借りないといけなくなる。

「……おっと、そろそろ出かけないと、今日の面接の時間だ」

鏡の前で、天然のパーマ毛を軽く整え、リクルートスーツを確認。

茶色と赤色を基調としたストライプ柄のネクタイをきっちり締め直す。

「あ、あ、うん。失礼します!」

とりあえず大声で面接の練習をした。

いつも面接まではなんとかいけるんだけどな、何故か面接で落とされる。

本当に何故なんだろうな。

一応、面接に関する本は全部読んだし、いろいろと勉強もしているのに。

玄関で、最早履き慣れた革靴を、靴ベラを使って履き、玄関の扉のノブを握った。

「おにい、帰りにスキヤキアイス買ってきてね」

ミリがリビングの扉から顔だけを出して買い物を要求してくる。

「あんなゲテモノアイス、もうどこにも売ってねぇよ」

「駅前のファミリーイレブンに売ってるから」

「わかったよ。売ってなかったら昆布出汁湯豆腐プリンだな」

「さすがおにい。ミリのことわかってるねぇ」

あぁ、お前が真正のゲテモニスト(造語)だってことは知ってるよ。

昆布出汁湯豆腐プリンなんて、もはやカラメルソースの入った茶碗蒸しだしな。

一度でいいから、ミリVSシュールストレミングみたいな対決を見てみたい。

シュールストレミングは観戦するほうも被害が出る。俺も覚悟をしないといけない。

って、なんでシュールストレミングを買うことを前提で話してるんだよ、俺。

買わないよ。ミリに頼まれたら買うけれど、ネタで食材を買うほど、金銭的な余裕はないからな。あれ、ア○ゾンさんで買ったら5000円以上するし。

電車を乗り継ぎ、目的の会社のビルの最寄り駅から徒歩で移動する。

面接の時間まであと少しだ。面接時間の5分前に会社に着くのがベストだと聞いたからな、急ぐとするか。

横断歩道の信号を確認する。間違えても信号無視をしているダメな社会人であるところを試験官に見られるわけにはいかない。どこに敵が潜んでいるかわからないからな。

信号は青、問題なし!

と思ったら、クラクションの音が俺の鼓膜を揺さぶった。何事かと思ったら、真横から暴走トラックが突っ込んできた。

このままでは死ぬっ!

運転手を見ると、ブレーキが効かなくなったのか、とても焦った顔になっていた。

あぶないっ!

俺は咄嗟にバックステップで暴走トラックを躱す。目の前をトラックが通り過ぎた。零コンマ数秒の差で助かった。本当に危なかった。

ふぅ、危うく異世界にトリップするところだった。なんてな。

暴走トラックで跳ねられたら異世界に行くというのは、最近のネット小説じゃありきたりだからな。

とはいえ、まぁ、現実でそんなことがあるはずないんだけど。

暴走トラックは、交差点の向こうの電柱にぶつかり、煙をあげて止まった。

車の整備不良かな?

と、本当に時間がない。

事故現場に出くわしたら証言をするのは義務のようなものだけれど、自分のことが一番だ。幸い、現場には俺以外にも人がいるから、その人が証言してくれるだろう。

歩行者用の信号は青点滅。

よし、これならまだ渡れる、そう思った時だった。

「大変だ! トラックから暴れ馬が逃げ出したぞぉぉぉっ!」

え?

鼻息を荒くした馬がトラックから大勢逃げ出してきた。

その馬は嘶き、俺へと向かってきて……そして、俺はその暴れ馬に巻き込まれて――意識を失った。

痛みを感じる間もなく、俺は死んだ。

いや、やっぱりすんげぇ痛かった。