軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

食事

「そういえば……非常に今更なんだが、ブロワ」

「な……なんだ?」

ようやく多少落ち着いた俺とブロワは、レインに促されるままに隣に座り、手を重ねていた。本当は握ってほしいそうだが、ブロワ的にはこれが限界らしい。

というか、これでも相当嬉しいようである。いいのだろうか、彼女はもうちょっと踏み込んでも許されると思う。

「お前の実家の人は、俺やレインの事をどこまで知っているんだ?」

俺とレインは、お世辞にも普通ではない。俺の場合は五百年以上生きていることがそうであるし、レインの場合は滅びた帝国の皇族最後の生き残りということになる。

もちろん俺が五百年生きていると言っても、この世界に干渉することになったのはここ五年程度なので、それこそ師匠と顔見知りである八種神宝以外とは因縁などない。

レインの場合も、既に危ない橋は渡り終えている。レインの娘や孫が、お隣の国へ嫁入りないし婿入りするという予定があるだけなのだ。

その辺りは、ソペードだけではなくカプトや国王も気を使ったらしい。おかげでレインを抱えて他所の国へ逃げるという不義理なことはせずに済んでいた。

「概ねの問題は解決しているとはいえ、その辺りの事を話していいのかは判断がつかないんだが……」

「ああ、そ、そんなことか……先代様と当主様からは、既に連絡が行っているはずだぞ。おおよそすべて、伝えるべきことは伝えているはずだ」

それはそれで凄い話だな。

俺の師匠が二千五百年以上生きている仙人だとか、その辺りの事も伝えているとしたらいくら相手が本家だろうとも権力者だろうとも、そうそう信じられるものではあるまい。

「ねえ、ブロワお姉ちゃん。お姉ちゃんのパパとママは、どんな人?」

「うむ……私の両親は……偶にしか会わないし手紙でやり取りをしている程度なのだが、先代様に言わせると……『鷹を生むトンビ』らしい」

凄い表現もあったものだ。

褒めているのか馬鹿にしているのか、その辺りの事がさっぱりわからないぞ。

「サンスイには既に話したと思うが、私の両親はソペードの領地の一部を治める地方領主だ。ただ、私がお嬢様の護衛に取り立てられたことで、領地が交換されてよい条件の場所を割り当てられたのだ。そこでは特に問題を起こしていない、起こしていれば、流石に先代様や当主様が取り上げているだろう」

話を聞いていると、特に有能でもないが極端に馬鹿というわけでもないらしい。

この間のヌリやらハリやらの亡命貴族や、逆にお父様やお兄様を知っている身としては、どうにも極端な相手しか思い浮かばなかったが、大抵の人間はそういうもんだろう。

「パパとママはやさしい人なの?」

「優しい、とは思う。そもそもレインやサンスイに悪感情はないだろう。変な言い方だが、先代様や当主様のように溺愛されていたわけではないからな。私が嫁ぐ……結婚……恋愛……することも、そんなには……そんなには不満がない筈だ」

あの二人はお嬢様を溺死させる勢いで愛でていたからな。一般的に異常だったと思う。

溺愛していたらわがまま姫の護衛に差し出さないと思うので、ややブロワには申し訳ないがその通りだとは思う。

「政治に関わりがなかった私には今一実感が薄いのだが、当主様がお前に与えるであろう地位は、外国の者には過分なものになる予定だそうだ」

「それと、お姉ちゃんとパパが結婚することに、関係あるの?」

「もちろん、ある。こう言っては何だが……私の両親は『普通の貴族』だ。ソペードの当主が全面的にサンスイを保証している以上、仮に私やサンスイが何かをしでかしたとしても、ソペードに借りを作ることになるだけだ」

なんか俗っぽい話だが、娘が権力者に気に入られている、という一点だけで誰と結婚しても文句はないという事だろう。

護衛を命じられている時点で、命ごと差し出しているようなもんだしな。

貴族としては普通の感覚だとは思うし、ここはお兄様に感謝しておこう。

「それに、私には姉も兄も、妹までいる。私一人がサンスイの……お、お、お嫁さんになっても、その……文句なんて、無いだろう……」

というか、俺たちってお互いどれだけ相手に興味がなかったんだろう。

五年も付き合いがあるのに、ブロワの口から家族の話題が出たのは今日が初めてだぞ。

「家督は兄が継ぐことが決まっているし、なんの問題もない……そ、そんなことよりもだな、サンスイ! お前、空腹ではないか?!」

「……空腹……空腹……」

五百年ぶりに食事をしないかと誘われた。

改めて、俺は五年間ソペードに仕官しているのに、一度も食事をしていないし、誰からもその辺りの事を尋ねられたことがない。

こっちとしてはありがたかったのだが、誰もが俺に興味を持たなすぎだったのではないだろうか。

普通に考えて、五年間一度も食事をしない人間など想像できないだろうが。

「まあここ五百年ぐらいなにも食べてないが……」

「そうだろう! ではだな、私がその……サンドイッチを準備してきたのだ!」

「お~~!」

ブロワの発言に対して、レインのテンションが上がっていた。

そうか、ブロワが俺のためにサンドイッチを……。

確かに嬉しいのだが、そこまで盛り上がることができない。

おかしいなあ、五百年前、この世界に来た時はまさにこういう展開をこそ望んでいて、実際に結構嬉しいのに、レインやブロワほど喜べていない。

自分でもわかっていたが、枯れすぎだろう。この状況なんだから、もうちょっと喜んでテンションをあげてもいいだろうに。

もうちょっと前世で頑張るべきだったなあと思うと、どうしようもなくやるせない。

仙人の修行をする前に、もうちょっと俗世を楽しむべきだったのではないだろうか。

「パパ、嬉しくて泣いているの?」

「さ、サンスイ?! そんなに喜んでくれたのか?! お前が泣くなんて、よっぽど嬉しいのだな!」

これがジェネレーションギャップか……。実際にはセンチュリーギャップが存在するので、これも当然かもしれない。

五百年前の人間って、普通に異星人みたいなもんだしな。

異世界に転生してから五百年経過して、ようやく現地の人とのギャップを実感するとは。

もちろん、師匠には感謝しているけど、正直自分が情けない。

「いや、改めてペラペラの浅い人生だったんだなあと思って……いや、嬉しいよ。みんなで一緒に食べよう」

少なくとも、五百年前の俺はこれをやりたかったのだ。祭我ほど数をそろえたかったわけではないが、それなりに長い付き合いのある女性と恋愛関係へ発展して、手料理を食べる。そんな恋人のいない若者の妄想を実現するのに、五百年も素振りをする必要があり、その後に五年間意地悪な貴族に奉公しなければならないのだ。

費用対効果的にどうなのだろうか。修行を始める前の俺に向かってエールを送るとしたら、なんといえばいいのだろうか。

今の俺は結構幸せなのだが、これを本当に心の底から望んでいた昔の俺は、そんなに苦労してまでこれがしたかったのだろうか。

昔の自分が哀れ過ぎて涙がこぼれている。

「そ、そうだな! さあこれを!」

そう言って、ブロワは俺にサンドイッチを手渡してきた。布ではなく、植物の茎を乾燥させたバスケット的な物から、ふんわりとしたサンドイッチが出てきた。

五百年ぶりに触る、食パンの感触。耳は切り落とされており、ふんわりとした触感が指に刺激を与えていた。

凄いな、絶食して五百年経過すると、サンドイッチを指でつまむだけで衝撃が脳を駆け巡るぞ。

柔らかいパン生地の奥には硬い葉菜の手応えもあった。これは、キャベツとかレタスだろうか?

「……サンスイ、サンドイッチを触っただけでそんなに感動しないでくれ」

「ああ、すまん……」

感動が顔に出ていたのか、ブロワは少々焦れていた。

確かにサンドイッチの食感ではなく触感で感動する人間は、見ていて不気味だろう。

俺の事情を理解しているだけに、ブロワとしてはさっさと食べて欲しいところだ。

しかし、よく考えてみるとこの世界で初めての食事が、婚約者の作ったサンドイッチなのだ。これは五百年前の俺だったらもうちょっと感動してリアクションをするところだろう。

そして二人はそれを期待しているに違いない。もう帰ってこない青春が、今の二人を包んでいるんだなあ。

強さと引き換えに捨てたものを噛みしめながら、俺はサンドイッチを食べようとして……。

「ダメだよ、ブロワお姉ちゃん! そこはこう、あ~んをしないと!」

「そ、そうだった!」

いや、サンドイッチはあんまりそれに向いていないような気がする。というか、今俺がつかんでいるサンドイッチは、結構大きい。一口サイズの大きさに切らないと、その行為はちょっと難しい気がするな。

完全に無理というわけではないし、その辺りに野暮なことを言うのはどうかと思うのだが。

「そうだな、それじゃあ食べさせてくれるか?」

「あ、ああああ! ああ! ああ! 任せろ!」

お嬢様のいないところだと、ブロワはこんなに愉快な子なんだなあ。

そう思いながら、俺は渡されたサンドイッチを震えるブロワに渡していた。

緊張で手が震えているブロワは、物凄い荒い呼吸のままで俺の口元へサンドイッチを運んでいく。

「ブロワお姉ちゃん、頑張って!」

「ふ、ふふふ! この程度、造作もない!」

レインも頑張ってるし、ブロワも頑張っている。ものすごい全力で青春だった。

ブロワもそうだけど、レインも大変だったんだなあ……。

なんか、御者台で御者の人が涙で前が見えなくなっている気配がしてくる。ちゃんと前を見て運転していただきたい。

「あ~~ん、と私が言ったら口を開けろ、あ~~んと言ったらだぞ?!」

「そうだよ、パパ! ブロワお姉ちゃんのサンドイッチを受け止めて!」

可愛いなあ、俺の娘も婚約者も。

五百年前の俺だったら祭我のハーレムと見比べて『五百年努力してもこんなもんかよ』とか失礼なことを言い出しそうだが、今の俺は幸せだった。

二人を見ながら、涙を切って口を開ける。

「だ、駄目だレイン……すまないが……目を閉じてくれ!」

「わ、分かったよ!」

「さ、サンスイ、お前も目を閉じてくれ!」

「ああ、わかった……」

「ダメだ、私も目を閉じる……!」

もはや、『あ~~ん』という言葉さえ言えなくなったブロワが、俺のほほにサンドイッチを押し付けてくる。

なんだ、この二人羽織りみたいなコントは。古典的過ぎて逆に新しいぞ。

こうなるとサンドイッチで良かったなあ。もしもスープ系だったら、相当悲惨である。

「ど、どうだ!」

「そこは頬なんだが」

「な、なにい?! じゃあこっちか?!」

「そこはずれてるぞ、耳の下だ」

「あああああ! あああああ!」

「ブロワお姉ちゃん、頑張って!」

しかし、ブロワが目を閉じているのだから、俺は目を開けてもいいのではないだろうか。

レインはともかく、俺は律儀に目を閉じている意味はあるのだろうか。

でもまあ……もうちょっと付き合うべきだろうとは、俺も思っていたわけで。