軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

疑惑

「おおおおお!」

「あああああ!」

さしあたり、祭我とランが最初にやったことは、狂戦士たる燃え上がった銀髪の状態で戦闘することだった。

双方素手のまま、ひたすら打ち合う。互いの速度域が機をとらえるものであり、だからこそ互角の殴り合いが成立していた。

「遅い!」

「なんの!」

当然、単純な狂戦士として資質は、ランに及ぶものではない。

しかし、祭我には今まで積み重ねた力がある。

法術で身を守り、神降ろしで肉体を獣に近づけ、更に占術で攻撃を予知する。

もちろん、ランは生まれながらに機の住人。彼女は山水同様に、予知を元に祭我が動き始めれば、それに対応した行動ができる。

だが、今の祭我には変化する未来に応じて行動することができる。

足を止めての打ち合いではあるが、互いの攻撃を見切りながらの攻防が成立している。

つまり、体重差で圧倒された神降ろしとの戦いではなく、技量で遥か上を行かれた仙人との戦いでもない。

ほぼ互角と言っていい戦いが成立していた。

「あ、あの……もう止めていいですか?」

「やめい、それは我が判断する故、お主はまだ控えておけ」

それを観戦している面々には、狂戦士同士の凄惨な戦いを見守るという苦行が待っていた。

呪術によって両者を拘束する役割を持ったツガーは気絶することが許されないのだが、その彼女は今すぐにでも止めたいところだった。

それほどに、見ていて緊張が走るのだ。なにせはた目にはどっちも狂っているのだから。

「先ほども言ったが、まずは怪我を負わせずに力を使い切らせねばならん。それができるのはサンスイぐらいじゃが、奴はランを殺すべきだと言っておる。そんな男に任せることはできまい、であれば……まあ我が主が凶憑きの状態に慣れることも含めて、ああして殴り合うのが望ましい」

お互い、極度の興奮状態であり、良くも悪くもお互いに集中している。

とても楽しそうに、全力で殴り合っている。

その表情とは裏腹に、両者は丁寧な防御を行っていた。

動作そのものは完璧な狂戦士である、それ故にクリーンヒットは避け合っていた。

なにせ、片方に天秤が傾けばそのまま一気に攻防が終わってしまう。

狂気のままに押し倒し、馬乗りで殴り続けるだろう。

それを分かってしまうからこそ、防御が丁寧なものになっていた。

「それに……辛いばかりの修行では、何時か心が倦怠する。仙人ならば時間が解決するが、あの二人にそれはない。楽しく殴り合う時間も必要であろう」

その光景を見て、スナエは歯がゆい思いをしていた。

この状況を望んでいなかった訳ではない。事実として、自分の男は更なる境地を目指している。

さらに言えば、ランに関しても今の自分では及ばぬほどの実力者になっていた。

そして……今の祭我にも自分はまるで勝てなくなっていた。それが、悔しかった。

「惚れた男が強くなる。それは嬉しいが、遠くへ行ったようで寂しいな」

「……いいわよ、腐っているよりは」

スナエの愚痴に、ハピネは賛同しない。

ある意味では、最初から釣り合っていなかったのだから。

自分以外の女といちゃついていることはどうかと思うのだが、とりあえず楽しそうだ。

それはとても大事なことである。

「……ランと殴り合えるなんて」

「凄い……」

「これが、この国の切り札」

「楽しそう……」

テンペラの里の面々も、その戦闘を見て驚きつつ喜んでいた。

ある意味では、一番見たかった光景はこれなのかもしれない。

圧倒的な強者であるランが、対等の相手と戦い、ぶつけあえる。

それが嬉しかった。

「まあケガを治しながらではない分長引くであろうが、それぐらいが良かろう。当然ではあるが、凶憑きが悪血を最も消費するのは自己治癒故な」

はっきり言えば、被弾を抑えながら戦えるようになるだけで狂戦士の『寿命』は大幅に伸びる。

自分の限界を知らずに戦い、自分の限界に至ったときにはそのまま死ぬ彼らは、怪我の治療に力を割くことに気付いてすらいない。

だからこそ、今この時点でさえ、ランは歴代の狂戦士を越える強者へ成長していた。

「楽しい相手と長く戦うために、丁寧に防御する。それを日常の稽古で行えば、防御や待ちに徹する際の抵抗感も薄れる。サンスイも言っておったが、嫌なことをしようとするから体が硬直してしまうのであるからのう」

理想を言えば、好き嫌いなく行動できるのが一番だ。しかし、それには膨大な時間を要するだろう。

であれば、防御を好きになって日常的にそれをこなせるようになる、というのはとても近道だった。

「予知に対応できるものと戦わねば、予知が破られた時に対応が遅れる。そういう意味でも、良き相手と言えるであろうな」

悪血の運用を覚えた段階で、今の祭我はエッケザックスを抜きにしても圧倒的な力を得た。

そしてそれを御さなければならないと、本人は強く思っている。

楽しいばかりではなく、辛い時間もあるだろう。だからこそ、今は没頭しなければならない。

すなわち、悪血、時力、王気、聖力をフル回転させてようやく対等に戦える化け物を、軽々とあしらい痛めつける、達人を越えた『剣聖』と同じだけの力を得るには。

「……そろそろよかろう。ツガーよ、止めるが良い」

「はい! お二人とも、狂戦士を解除してください!」

涙目のツガーが叫んでいた。

そして、それでようやく二人は石化していく自分に気付き、何とか収めようと同時に座り込む。

祭我は法術と神降ろしは即座に解除できるものの、銀色に染まった髪の色が解除されるには少々の時間を必要とした。

その一方で、まだ自制の仕方を学んだばかりのランは、地毛への転換が更に遅れている。

悪血を大量に消費した状態でこれなのだから、充実しきっている時はどれだけ危険なのか、想像するまでもない。

「ふぅ……ありがとう、ツガー」

「凄い怖いんですよ! 狂戦士になったお二人は! 見ているこっちが死ぬかと思いました!」

一足先に復帰した祭我はツガーをねぎらう。

やはり、今の狂戦士には自分を抑える技術がない。呪術の抑制が必要不可欠だった。

少なくとも、自制の技の開発が待たれるところである。

「……よし、髪が染まったな」

長い自分の髪を見て確認するラン。

未だに自分の中の悪血があふれそうだが、そこは心地よい疲労によって補われている。

狂戦士として疲労の回復が早いなら、それはつまり悪血はそれに使用されているという事でもある。

「髪が染まった、のではなく本来の色に戻っているのじゃがな」

「そういうな、生来銀だった髪が茶になればそうも思う」

少々穏やかになったランは、改めて立ち上がり祭我と握手をしていた。

とても楽しい時間を過ごせた、これからも過ごせる。その事実に感謝して。

「ありがとう」

「いいって、こっちも楽しかった」

握手に応じる祭我だが、流石に疲労が濃い。

あらゆる力を宿すと言っても、悪血の量に関してはランに遠く及ばない。

だからこそ、他の力と複合で挑んでもランより先にばてるのは当たり前だった。

おそらく、もうしばらく戦えばそのまま力尽きていただろう。

「俺の場合は悪血の量を増やすためにも、頻繁に狂戦士にならないとな……このままだとそっちに悪い」

「ふふふ……そう言うな。ここまで多彩な拳法を併せ持つ使い手と戦えるとは思えなかった。多少待つことも……修行なのだろう」

修業とは無縁だった、充実とは無縁だった人生。確かに意味がなかった、空しい人生だった。

あの時山水に殺されていれば、味わうことができない日々を、今送っている。

少なくともランは、今の日々を気に入っていた。

「それはそうと、こちらの世界にもいたのだな。『星血』を宿す『亀甲拳』の使い手が」

雑談交じりに、ランはテンペラの里で戦った、戦おうとした相手の事を思い出していた。

正直とても退屈な相手で、どうでもいい存在だったのだが。

「そうだね、ラン。あれは亀甲拳だった」

「里の外にも亀甲拳の使い手がいたんだね」

「そりゃあいてもおかしくないしね」

「亀甲拳も、他の拳法と合わせると強いんだね」

ほんのしばらくぶりに、全く聞いたことのない単語が飛び出てきた。

星血も亀甲拳も、バトラブの面々は聞いたことがない。

それが何を意味するのかは、概ね見当がつくのだが。

「亀甲拳……希少魔法の事か」

「そうだぞ、サイガ。こちらではどう呼ばれているのか知らんがな、我が故郷では敵の動きを先読みして立ち回る拳法が存在した。お前もそれができるのだろう?」

「時力と占術のことか? 確かに使えるけど……実は書物ぐらいしか残ってないんだ」

「ほう、断絶した流派を復古したのか。大したものだ……正直、私には退屈の極みの様な流派だったが、他の拳法と合わせるならば脅威と言っていいな」

朗らかに語り合う両者。割とあっさり言葉の違いは埋まり、理解されていく。

テンペラの里では拳法と呼ばれるものが、アルカナやドミノでは希少魔法と呼ばれる。

その程度の差で、占術と亀甲拳は隔てられているのだろう。

まあ、占術の使い手が格闘をしていたとは限らないのだが。

「星血……亀甲拳? なんじゃそれは、テンペラの里にそんな使い手がおったのか?」

他の誰がそう言っても、何とも思わなかっただろう。

だが、他ならぬ生き字引たるエッケザックスがそう言ったことには、誰もが驚いていた。

「長い年月で流派の名前が変わったにしても、時力の使い手が予知を組み込んだ体術を生み出したなど聞いたこともないのう。二千年の間に新しく生まれた流派か?」

およそ、底は知れたかという秘境、テンペラの里。

もはや知るべきことなど何一つないか、という伝説の隠れ里に関して、ようやくわからぬことができていた。

それはつまり、時力を完全に制御するために、いずれ祭我がその地を訪れなければならないことを意味していた。

「いや、もしや……テンペラの里が残っているということは……そういう事であったか?」