軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

脱皮

山水とランの公開試合を見て、山水から指導を受けている面々は無心で試合をしていた。

あの戦いの中で、師と仰いだ男が証明したものを、その熱を逃がしたくなかったのだ。

ある者は必死に剣を振るい、ある者は必死に布を巻いた棒で誰かと試合をし、ある者は山水の行動をなぞらえていた。

その光景を、山水は見ていた。

少なからず、彼らが何かをつかんでいたと感じていたのだから。

「熱狂しているな、サンスイ。お前の道場は活気がある」

「そうですね、それはとてもいいことです」

ソペードの元当主は、山水の傍らでそう評していた。

それに応じる山水ではあるが、余りいいことだ、とは思っていなかった。

もちろんやる気がない事よりはいいのだが、あんまり熱中しすぎると波が生まれてしまう。

剣の理想としては、どんな時でも同じ調子でなければならない。

試合の前だろうが戦争の前だろうが、同じ調子で修行できなければならない。それが常在戦場というものだ。

まあ、そんなことを言って彼らに水を差すことも、憚られたのだが。

「……よくやった」

短く、元当主は部下をねぎらっていた。

少なくとも、あれ以上はやるべきではないし、逆にアレよりも抑えることは良くなかっただろう。

彼は好ましくない仕事であっても最善を尽くし、周囲にそれを知らしめたのだ。

これで仮にランが暴れ出したとしても、それは山水やソペードの責任にはならないだろう。

「光栄です」

その言葉だけでも十分だった。

山水には分かってくれる人が一人いて、それが自分の上司だということが嬉しかった。

「それで、実際どうなのだ。あの娘は今、どれほど強くなった」

「近衛兵を壊滅させて、尚余力を残すほどに強くなりました。もはや、神降ろしさえ敵ではないでしょう。それこそ、圧倒的な数で潰すしかありません。引き際を覚えてしまえば、いよいよ手が付けられなくなるかと」

山水との戦いで、ランは自分に限界があることを思い知っていた。

その上で、自制という自分に無いものが、どれだけ戦闘に影響を与えるのかも理解していた。

ただそれだけで、彼女は獣から人間に近づいた。

山水が示したように、自制は戦闘能力を大幅に向上させるのだから。

「それでも、ご命令とあれば問題になりません。その程度の向上なら、彼女の首を落とすことの障害にはなりえません」

自分の身の丈を知っているからこその、絶対的な自負。

その言葉には、自信がみなぎり、一切の不安が感じられなかった。

殺そうと思えばいつでも殺せる。どれだけ強くなったとしても、物の数ではない。

「そうか……憧れる言葉だな」

狂戦士さえ相手にならない、絶対的な技量への自負。

それはまさに、山水が望まない信頼感そのものだった。

実際、山水が危惧したように、狂戦士は歴史の舞台に幾度か現れ、多くの被害を出してどうにか止めることができた相手だ。

それを山水はあしらい蔑み、貶め説き伏せる。彼我の実力差を教え込み、身の程をわきまえさせる。それが、一人の男子として羨ましく思える。

「それで、お前の弟子はどうだ? 今回の試合はいい奮起の材料になったと思うのだが」

「そうですね、なんだかんだ言って彼女は派手でした。その動きをある程度客観視できるようになっていましたから、そこから得るものも多いでしょう」

強さの絶対値としては、ランは山水の敵としては最強だった。

少なくとも、山水の速度域に達していたのは彼女だけだったのだ。

だからこそ、そこから先に立つ山水の強さを露出させたと言っていい。

つまりは、山水が普段から言っていることが、武術の上でどれほど重要で難しいのかを皆に教えていたのだ。

「……お前は、あの試合の時に自分の弟子の事を感じていたのか?」

「仮に、あの場でお嬢様が何者かに狙われれば、その妨害ができました。それができるからこそ、試合をお受けしたのです」

元当主の質問に対して、山水はなんのこともなさそうに答える。

即ち、彼が立つ場所のでたらめさを示す言葉だった。

「彼女はとても集中していました。ですがそれは、私の一挙一動にだけ全神経を割いていたと言えます。だからこそ、彼女は私が視界からなんの前触れもなく消えた時に対処が遅れた」

単純な対人戦に限定するならば、スイボクに限りなく近いと称された男の、遠すぎる境地。

それを聞く当主は、改めてこの男やその師が目指すものを畏れていた。

ある意味当たり前だ、偶々生まれた天才程度が、この化け物に対抗できるわけがない。

「木を見て森を見ずといいます。なんでもそうですが、本当の達人ほど視野が広がり、多くの情報を取り入れて行動できるものです。そういう意味では、今の彼女は問題外、と言わざるを得ませんね。これでは単純に、遠くから狙撃された場合に対応できない」

目の前の敵に集中しすぎる余り、周囲への警戒がおろそかになっている。

それは理屈であり、戦争においても良く言われることだった。

別に奇抜でも突飛でもない、ただ普通の事を言っているだけだ。

だが、そのレベルが違いすぎる。

「彼女は面白くない、ただ人間が強くなっただけです。彼女の希少魔法、拳法は、あれで頭打ちです。あんなもの、修行すればたどり着ける境地でしかない」

動作の最適化、集中力、身体機能の活性化。達人の無形を、獣の速度で再現できる。

そんなものは、山水にしてみれば修行すればたどり着ける境地であり実際にたどり着いている。

それが魔法の効果だというのなら、彼女にはなんの期待もできない。

再生能力など無意味、頭を潰して終わりだ。

「少なくとも、トオン様はそれに近づきつつありますね。流石に、元が良いです」

その言葉を聞いて、元当主はトオンを探した。

そして、その視線の先に見つけた時、彼の尋常ならざる気配に驚いていた。

山水に鍛えられている剣士達、その面々はいずれも強者と呼んでよいレベルだった。

その彼らが、十人単位で地面に寝かされている。それを成したトオンの体からは熱気があふれていた。

「今の彼はとても調子がいい。見本を見て、奮起して集中力が増している。骨子をつかめば、おそらく修行では可能になるでしょう。実戦で生かせる段階ではまだないですがね」

機をつかんでいる者同士の戦い、幾度も交わされた攻防。それを見て、彼は確実な何かをつかんでいた。

普段の修行が、何のためにあったのかを体感していたのだ。

機を完璧なものにしつつある。つまり、山水の境地に近づきつつあるのだ。

「先ほども申し上げた通り、どんな精神状態でも出せるようにならなければ、それは修行が足りているとは言えませんからね」

そのトオンと戦い、地面に倒れていた者たちも立ち上がり、再度挑んでいく。

彼らも体感した何かを、自分で表現したくてたまらないようだった。

自分の体が、ああ動かないことがもどかしいとばかりに、何とか追い付こうと無心で挑んでいく。

剣術に没頭し、邪念が晴れていく。

山水からすれば、邪念が晴れなければ使えない未熟と断じられたとしても、それでも彼らは今まさに成長していた。

「それで……あの狂戦士にはどんな修行を付けるつもりだ?」

「まさか、彼女の指導は私の手に余ります。祭我様にお任せしますよ」

仙気を宿す仙人である山水に、悪血を宿す狂戦士のランへ指導することはできない。

彼女はまず自分の才気を、拳法として制御する必要があった。それができるのは、他でもない祭我であろう。

「彼女は我慢を覚えねばなりません。慣れないことは鬱憤を貯めますが、だからこそそれを克服するために慣れなければならない。その上で、狂戦士の状態にならないまま戦闘できるようになり、狂戦士の状態で戦闘しつつ判断できるように養う。それを一緒にできるのは、彼だけですからね」

この場に祭我はいない。きっと、ランを口説いている所だろう。

彼女が高みを目指すなら祭我が必要で、祭我にとっても意味があることになるだろう。

「大丈夫ですよ、少なくとも祭我様は既に私に勝てるだけの力を持っている。今の彼なら、ランを少々荒い形でも拘束できます」

「お前がそういうのなら、そうなのだろうな。正直、そこまでとは思えないが」

「彼にはエッケザックスがついています。彼女の戦闘経験は、それこそ我が師以上。それを思えば、心配の必要はない筈です」

元々、ランは奇襲するタチではない。そういう意味でも、祭我なら対応できる相手だ。

「私にできることがあるとすれば、その先でしょうね。この場にいる面々の中に、数人悪血を宿す者がいます」

「……そうか、意外ではないがな」

「ええ、魔法を使えない人間の中の何人かは、悪血を宿していて当然ですから」

当然、爆毒拳を使うための浸血を宿す者、酒曲拳を使うための酔血を宿す者、四器拳を使うための玉血を宿す者、霧影拳を使うための幻血を宿す者もいる。

山水が発勁を使うように、彼らも剣術の副兵装として素手の技を覚えることに意味があるだろう。

もちろん、習得難易度にもよるだろうし、彼らの希望もあるだろうが。

「とはいえ、妥協が怖いのも事実です。仮に私を目標にすれば自制を学ぼうと思えますが、それ以外に対してはほぼ無敵ですからね。自制を覚える必要がない。程度はともかく、狂戦士を大量に生むことになってしまう。ですから、正直危険だと思います」

「お前の懸念ももっともだ。同時に、勝手な判断であの娘を殺さなかったことも正しい。仮に何か問題が起きたとしても、それは今お前に殺すよう命じない我らの過失であって、お前の未熟さではない」

責任は我らがとる、と俗世に偶々いるだけの男を慰める。

この国は自分達の国であり、それで被害が生じても、それは山水に非があるわけではない。

「ただ一つ言わせてもらえば、やはり狂戦士の現物を見たからこそ思うのだ、あの力が欲しいとな。例えあの娘の劣化品であったとしても、超人的な強さに憧れる。それが武門というものだ」

山水の懸念ももっともであるし、もしもの時に失われる命は余りにも多いだろう。

だが、それを山水がどう思っているとしても、今しかないのだ。

偶々偶然、完全に自分を制御している仙人がいて、その彼でなければ抑えられない狂戦士がいる。

狂戦士を新しい国家の力にするには、今という好機を逃すわけにはいかない。

「危険があるとしても、見返りがあるのなら賭ける価値はある。元々、軍隊とはそういう危険をはらんでいるものだ。力を恐れて目を背けては、国は守れん」

「……その大器に、敬服いたします」

狂戦士を兵科にしたい。その欲求を満たしたい。その為なら、危険も承知で懐に入れる。

別に民衆を軽く見ているわけではなく、国家の成長のために向き合おうとしている。

だからこそ、自分はここにいる。山水は自分の主に敬服を示していた。

「当然、狂戦士が危険極まりない者であれば、その時は系統だたせることはない。そう判断した時は、バトラブの許可を取った上でお前を投入する。例え、犠牲が出なかったとしてもだ。その点に関しては、我らに見極めを委ねろ。もっとも、命じるまでもないと思うがな」

「そのお言葉に感謝を」

「……お前の事は信頼している。重荷に思うだろうが、だからこそお前の懸念を軽く見るつもりもない。お前も、我らを信じて欲しい」

語り合う彼らの目の前で、トオンは殻を破ろうとしていた。

祖国では敵なしと語られていた彼は、自分の限界にぶつかっていた。

そして、だからこそ今までの彼の日々が彼を支えている。

彼が祖国で過ごした日々が軽いものではないからこそ、彼は機を認識し、その中で行動できるようになっていた。

きっかけを得たとしても、それを物にできるのは、結局それまでの日々を濃密に過ごしていた者だけなのだ。

速度で勝る狂戦士に、一太刀浴びせる。それが可能な境地へ、彼は達しつつあった。

「弟子の成長とは、嬉しいものですね」

「……そうか」