軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神獣

「そ、そんな話は信じない!」

「お前達の流派を言い当てようか。浸血を宿す爆毒拳、酔血を宿す酒曲拳、玉血を宿す四器拳、幻血を宿す霧影拳。違うか? まあ二千年経過しておるので名称は違うやも知れぬが、服装や体格からして術理は継承していると思うがのう」

無造作に明かされる自分達の流派を聞いて、四人は硬直した。

話の真偽はともかく、彼女は確実に自分達を知っている。

「なんだ、じゃあ弱いのね?」

「何をほざくか。弱いわけがなかろうが」

ハピネの能天気な言葉に対して、エッケザックスは呆れた顔を向けていた。

もちろん、拳法を継承しようが希少魔法を使用できようが、必ずしも強いとは言い切れない。

特に、エッケザックスにとっては二千年前の情報だ。

だが、他ならぬ山水が、先ほど戦って強かったと言った相手である。少なくとも、一定の水準には達しているのだろう。

殊更に、ランと呼ばれている凶憑きは恐ろしい。燃え立つようにわずかに色を変化させ続けている銀髪は、あふれ出る生命力の表れだった。

「サンスイが我が主に戦うなと言ったことも正しいのう。下手をすれば死んでおったな」

山水とスイボクが戦い勝利した相手。

それを聞いて、テンペラの里の少女たちも含めて、誰もが物事を軽薄にとらえかけていた。

正体不明の一団ではなく、術理の明かされた存在であり、同時に既に負けたことがある存在だと知られた。

しかし、それでも尚、彼女たちは山水が認めた強者なのだ。

「今サンスイは首の弔いに行っておる。アヤツは夕方までには間に合うであろうが、待つか?」

「待つのは、当たり前だ。だが……ここまで侮辱されて、私がのんびり待つと思うか?」

お前が隠れ里で行われた『血』の淘汰の果て、というのは勘違いだと彼女たちは言う。

偶々偶然生まれただけの天才でしかなく、世界の歴史の中では良くある存在でしかないという。

「呆れるのう……少なくとも一度完膚なきまでに叩きのめされて、その始末とは。サンスイがお主らの首を落とそうと思っておれば、この世にいないことなど明白であろうに」

五人まとめて気絶させられた。その事実は決して消えない。

彼女たちは生きているのではなく、生かされている。生き残っているのではなく、見逃されている。

この場の面々が多く痛感したその事実を前に、彼女たちは尚も猛っている。

「だが生きている!」

それでも、彼女たちは生きている。

だとすれば、まだ負けていない。

それはそれで、エッケザックスが好む気質の人間ではある。

「それもアリと言えばアリか……食べてすぐに戦うというのもアレではある。少し待てば、スナエ。お主が相手をするのが良いと、我は思うぞ」

「当然だな、と言わせてもらう。相手が凶憑きなら、戦うのは神降ろしの使命だ」

他の四人の事は知らないが、凶憑きに関しては知っているスナエ。

加えて、狂っていると言わないまでも好戦的な彼女は、銀髪の鬼と向き合っていた。

「腹が落ち着いたのなら、戦え。『人間』の限界を超えている者が誰なのか、教えてやろう」

「……面白い!」

ある程度腹が膨れたからなのか、ランは速やかに立ち上がっていた。

そのまま広い草原で、広く間合いをとって構えている。

その光景を、祭我は心中複雑そうに見ていた。

「ねえ……エッケザックス。スナエは昔サイガに勝てなかったのよ。そのスナエを、どうして狂戦士にぶつけるの?」

狂戦士。それに関して細かいことを知っている者は少ない。

逸話自体はとにかく派手なのでよく知られているが、原理としては『希少魔法の使い手なのでは』と疑われている程度だった。

細かい原理を確信をもって説明したのは、それこそエッケザックスが初めてだろう。

「確実に勝てるからじゃ。はっきり言って、相性は極めて悪い。逆に言って、当時の時点でも我が主とスナエは極端に相性が悪かったともいえる」

改めて、トオンを見る。スナエ同様に広い世界へ飛び出した、ある意味でテンペラの里の四人の先輩ともいうべき二人だった。

その二人は、どちらもこの国の切り札によって倒されている。それは、ある意味では彼らの望んだ結果だった。

「大丈夫……ランが負けるわけがない……」

ただ一つの実績として、テンペラの里で彼女に敵う者は一人もいなかった。

それどころか、二十年も生きていないはずの彼女は、里の実力者が総出でも相手にならなかった。

彼女こそが最強である。その幻想は、四人の少女には未だに守られていた。

「武器は使わないのか?」

「私は使わない。マジャンの王になる者は、爪と牙で敵を討つのだ」

ランとスナエ。双方ともに昂っているが、どちらも勝利を確信していた。

お互い、相手が強いと分かっていて戦おうとしている。その上で、自分が勝つと信じて疑わない。

どちらが正しいのか、それはわからない。やってみればわかることであるし、やらねば納得できないだろう。

しかし、ここで確実に確かなことがある。

「……知っている目だ。私の事を、甘く見積もっている、思い上がった目だ。その眼をした輩は、全員叩きのめしてきた。それが私の喜びだ!」

「私もお前の目を知っている。自分の強さを信じて疑わない、思い上がった小娘の目だ」

「くくく……誰もが同じことを言うな! だが、違うのだと証明しよう! 私が今までそうしてきたようにな!」

ランはスナエを知らないし、スナエもランを知らない。

しかし、ランは神降ろしを知らず、スナエは凶憑きを知っているということだ。

「我が王家を守護する偉大なる獅子よ、我が身をもってこの地にその威光を示したまえ!」

王気を身に宿す者が使用できる希少魔法、神降ろし。

その魔法の発動と同時に、スナエは巨大な獅子に身を変えていた。

二足歩行から四足歩行へ、人間という形からライオンという形へ。

見上げるほどの強大な雌獅子。それを始めて見たテンペラの里の四人は、驚愕で開いた口がふさがらなかった。

「フハハハハ! そうか、そうか! それがお前の力か! お前の拳法か!」

しかし、戦いによって脳が浸されているランは決して臆さない。

単に的が大きくなっただけだと言わんばかりに、猛烈な速度で駆けだしていた。

その速度は、縮地で高速移動に慣れてきたアルカナ王国の面々をして、驚嘆に値するものだった。

「デカくなった分、殴り甲斐がありそうだぞ!」

単純な高速移動の理合い。それが集団に対してどれほど意味を持つのか、彼らは師匠からよく聞かされていた。

単純に人間として早く移動できる、それを見ただけで、彼女の強みを理解していた。

『臆さぬか……無謀だな!』

体毛で身を守っているスナエは、自らも躊躇なく走り出していた。

その速度は、自らの体の大きさもあって、ランよりもさらに速く見える。

しかし、それを見ただけでランは相手の弱みを理解していた。

「はっはっは! 獣並みにバカだな!」

幻覚でもなんでもなく、実体として巨大化している。それは分かった。だが、その巨体が命取りだった。

巨体で速く動ける、それは確かに強いのだろう。

だが、大きいということは重いという事。重いものが高速で移動した場合、急な方向転換ができないという事でもあった。

確かに相手の方が早いとしても、目で追えないわけではない。であれば、何の問題もない。

巨大化した獅子の前足が、体を引き裂こうとしてくる。それを余裕で見切って回避すると、腕を掻い潜る形で腹部へ全体重を込めた拳を叩き込んでいた。

「これなら、村の大人たちの方がまだ殴り甲斐があったぞ!」

『……そうか』

全体重を拳に込めた。最大速度で、カウンター気味に急所へ叩き込んだ。

その手応えがあったのにも関わらず、スナエは自分の腹の下を薙ぐように前足を振るった。

『思い上がるな、凶憑き。人間と同じ感覚で、獣と同じ感覚で、神降ろしを語るな』

「く……クハハハ!」

その一撃を受けて、ごっそりとランの体は抉られていた。

皮は引き裂かれ、肉はそがれ、骨さえ見えて、草原へ血を流して転がっていた。

その姿を見て、誰もが試合の終了が脳裏をよぎった。

しかし、テンペラの里の四人は違う。その狂った笑いがある限り、負けるわけがないと信じていた。

「私の一撃をもろに喰らって、立つどころか反撃してくるとはな! 面白い……面白いぞ!」

『なるほど、語られている通りの狂気だな』

死ぬ間際の錯乱、ではなかった。

見る間見る間に、ランの体が修復されていく。

皮が、肉が、血が。何もかもが、元通りに復元していた。

引き裂かれた薄手の服だけが、彼女が怪我をしていたことを伝えていた。

「ははは! この程度で、私を倒せるものか!」

『ふん……遊んでやる!』

戦闘は一方的だった。

機動力と防御力で上回るスナエは相手の攻撃を受けつつも反撃し、俊敏性と回復力で渾身の一撃を叩き込み続けるラン。

その戦いは、一見して終わりがないように思えた。

「……スナエ」

その姿を見て、トオンは改めて神降ろしの強さを痛感していた。

自分が決して手に入れられない力を、そのすさまじさを見ていたのだ。

「勝ったな……この戦い、ランの勝利だ」

テンペラの里の四人は、遂に勝利のパターンに至ったと確信していた。

今朝の戦いは、一撃で意識を刈り取られていた。しかし、今は違う。相手の攻撃を喰らいながらも、しかし意識を保っている。

それならば、自分達の象徴が負けることはないのだ。

「な、なんなんですか、あの人は……! あんなに血まみれになっても、笑ってるなんて!」

ツガーは泣きそうだった。如何なる拷問や処刑でも、あそこまでの痛みを受けることはあるまい。如何に怪我が治るとはいえ、苦痛の上に苦痛を重ねる戦いを笑いながら続行するなどあり得ない。

しかも、勝ったところで何もない野試合で。これは彼女の常識を上回っていた。

「ちょっと、これってヤバいんじゃないの? いくらあいつがでかくなって、頑丈になったからって、あんなに殴られていたら……」

ハピネも不安そうになってきた。

彼女は神降ろしの事を知っている。神降ろしは身体能力を強化することはできても、体の怪我を直せるわけではない。

凶憑きは自分の怪我だけなら法術以上に治療できると聞いている。であれば、ダメージの蓄積はスナエの方が深刻に思えた。

「……凶憑きを術理として見た場合、その効果は純粋な身体能力の強化になる。これが厄介でのう、反射神経や集中力も底上げされるため、見切りが異常に鋭敏化されておるのじゃ」

二度戦えば負けない、という言葉もそれなりには正しい。

恐怖を知らぬがゆえに相手の動きを観察できる凶憑きは、一度見た技や動きを学習して、対処できるようになる。

そういう意味では、長期戦が不利ということもあながち間違いではない。

「相手の動きを見抜き、それでは対応できない攻撃をする。それが凶憑きの戦闘というものじゃ」

しかし、エッケザックスは相変わらず冷ややかだった。

神降ろしと凶憑きが戦った場合、この試合運びになると知っていたからに他ならない。

「疲れを知らず恐怖を知らず、戦えば戦うほど強くなり、相手を越えていく。およそ、対人戦でこれほど厄介な相手もそういまい。が……それは対人戦の話でしかないのじゃ」

「ああ、そうだ。凶憑きと神降ろしが戦って、凶憑きが勝ったという記録は何処にもない」

エッケザックスの言葉を、トオンが肯定する。はっきり言って、この戦いは最初から勝ちが決まっていたのだ。相性が悪すぎる。

「確かに、学習能力があれば相手の動きを見極めることができる。それは事実だ。凶憑きが戦えば戦うほど強くなるということは誇張ではない。しかし、それは相手の動きを見切れるようになっていくだけなのだ」

強くなる、というのは今回の場合最適化である。

最小限の動きで相手の攻撃を回避し、最大限の反撃を相手に入れる。それがランに限らない凶憑きの強さだった。

しかし、言ってしまえばただそれだけなのだ。

「はっきり言う。このまま戦えば、力尽きるのはそちらの方だ」

「な、何を言うんだ! ランが負けるわけがない!」

抗議の声が上がるのも当たり前だった。

二人の戦いは、一切変化がない。互いに打ち合っているだけだった。

これで、片方が不利というのは納得できない。

「あのランという娘は確かに強い。凶憑きとは、悪血を身に宿す者の中でも、極端に強い資質を持つものだけが到達する存在。つまりは、天才中の天才じゃな。対するに、スナエは別に天才というわけではない。王気を宿しているが、ずば抜けた才があるわけではない」

悪血の天才と、王気の凡才。

その激突の先に何があるのかと言えば、必然の決着に他ならない。

「だが……才能で戦いの決着がつくというわけでもない」

お互いにダメージを与えあっている。

その上で、ランに変化が表れ始めた。

髪の色がじわりと茶色に染まり始めてきたのである。

「はっきり言うが、凶憑きは身体能力を強化できるが、それは一定以上を越えるわけではない。どれだけ戦闘が長引いたとしても、筋力そのものは底上げされぬ。当然、体重もな」

単純な話である。

一番強力な打撃は何か。全速力でつっこみ、全体重を込めて、一点に叩き込む。

発勁の様な特別な打撃があるならまだしも、彼女は強い打撃ができるだけなのだ。

そして、それ以上がない。

つまり、神降ろしを倒すには攻撃力が決定的に不足しているのだ。

「無論、神降ろしにも急所はある。そこを正確に突きこむことができれば、逆転の芽もある。しかし、如何に俊敏且つ正確に動ける凶憑きとはいえ、相手は巨大な獣。それも、理性をもって行動できる獣じゃ。まさか、無防備に急所へ一撃を当てさせると思うまい」

全体重を込めた渾身の一撃、それを正確に急所へ叩き込む。

凶憑きは反射神経も強化されているため、相手が人間ならそれも可能だろう。

だが、反射神経が強化されているのは神降ろしも同じなのだ。

流石に回避することはできないが、わずかに体をずらすことや力んで堪えることはできる。

「そして、如何に悪血を膨大に宿すとはいえ、それは常識の範疇。カプトの切り札ほど無茶苦茶というわけではない。身体能力の強化程度ならともかく、神降ろしからの一撃をもらい続ければ……その回復に要する力は膨大なものとなる」

もちろん、凶憑きがその気になれば神降ろしの巨体から出す攻撃を防ぐことはできる。

しかし、全力で攻撃を放った直後を狙われれば、如何に相手の動きを見切ることができたとしても回避できるわけもない。

そして、狂気の戦士である凶憑きは攻撃に傾倒してしまい、そうした判断ができなかった。

「本来なら、巨大な獣の姿になり続けることは神降ろしの使い手にも負担じゃ。そういう意味では、持久力では凶憑きの方が本来上手。凶憑きが俊敏さを活かして回避に専念すれば、数値的には負けはないじゃろう。しかし、身を捨てて攻撃をし続ける凶憑きは……」

二人の少女が真っ向からぶつかり合い、互いに痛みを与え合った。

その結果先に倒れたのは、弱い方ではなく間違えた方。

生まれた時から満ちていた悪血を使い切り、生来の銀色から本来の茶色へ変化して。

人生で初めて疲労と苦痛を感じたランは、世界の広さを思い知りながら自分の限界を突きつけられていた。