軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

断頭

「切り札か……」

あらゆる魔法を操りうる資質と、その力を増幅する神剣エッケザックスの所有者。バトラブの次期当主とみられている瑞祭我。

彼は空を飛ぶこともできない自分の未熟さを呪いながら、空を仰いでいた。

「ふん……悩ましいか」

「ああ、悔しいよ」

トオン、スナエ、ブロワ。三者三様の使い手ではあるが、いずれもこの世界における最高水準の実力者なのだろう。

いずれも、他人に指導できるだけの実績があるのだろう。

だが、今の自分には何もない。これからの自分もそれを想像できない。

最強とは理想であり、目指すべき場所だという。

果たして自分はどんな最強を目指すべきなのか。その最強は、誰かに憧れてもらえる最強なのだろうか。

「俺は一人じゃ何もできない。みんなと協力しても、大したことができない。少なくとも、山水や正蔵の様にはできない」

正蔵自身、一人では何もできない。しかし、その一方でその有用性はあまりにもわかりやすい。

山水に関しては議論の余地もないだろう。この場の全員が、彼の強さを知っている。

「なあエッケザックス……俺はどうすればいいと思う?」

「それを見つけるのが、最強を目指すという事じゃ」

神剣エッケザックスは、静かに語り始めた。

つまりは、自分が最高の主と思っていたスイボクとの日々と、別離の先で邂逅した山水にみた最強を。

「ダインスレイフの奴は言っていた、最強を目指すことは不毛だと。まして、不老長寿の仙人が目指すには余りにも辛いと」

そうだろうとは思う。

例えば山水がエッケザックスを手にしていれば、それこそ誰でも殺せるだろう。

正蔵であっても、まだ見ぬディスイヤの切り札も、全く相手にならないのだろう。

二千年前のスイボクはそういう状態だったのだろうと、その場の面々は思っていた。

「ダインスレイフは血族を殺し絶やす復讐の剣。それはつまり、復讐の対象を『制限』するということでもある」

一人殺しただけでは飽き足らず、一族郎党皆殺し。確かに度を越えているようにも思える。

しかし、それでも果てはある。数人なのか数十人なのかはわからないが、それでもキリはあるのだ。

復讐に終わりはある。少なくとも、ダインスレイフの所有者には果てがあるのだ。

「しかし最強にキリはない。特に、我の所有者が目指す最強に果てはない」

スナエはある意味、生まれた時から最強だった。最強の希少魔法とされた神降ろしを操る王気を宿していたのだから。

トオンは既に最強である。最高の奥義を習得し、更に国内では敵なしと言われていた。

ブロワも十分最強である。アルカナ王国の最精鋭である近衛兵に入隊できるほどの実力があると認められている。

スイボクが言うように、何かの大会で優勝することが目標なら、それも十分困難で十分達成する意義のある最強なのだろう。

「なまじ、数多の魔法を覚えることができるお主には、何をどうしていいのかわからぬのかもしれぬ」

しかし、祭我にはまだそれがない。

形のない最強に憧れる一方で、山水の様になりたいと思ってもいない。

いいや、或いはすべての魔法をある程度習得して、それを機に応じて使い分けるという発想はある。

だがそれは、達成したとして満足できるようなものなのだろうか。

「何を目指すべきなのか、自分で見つけなければならないのじゃ。スイボクがそうだったようにの」

この世に自分より強い者はいない。口にするだけなら誰にでもできることだった。

だが、実際にそれになった者は、そこから先どうするのか。

名声をほしいままにして、酒や女に溺れるのか。それはそれで、労力の報酬にはふさわしいだろう。男の夢かもしれない。

しかし、切ないほどに高みを求める男は、どうすればいいのか。それは前にも聞いた話だった。

「我と出会う前のスイボクはのう、数多の仙人に弟子入りし、その仙術を学んでいたそうだ。この世の仙術、すべて我が掌中にありとよく言っておった」

全員声もなく驚いていた。山水やスイボクに直接会ったことのある面々ゆえに、その驚きはすさまじかった。

トオンや祭我の良く知る『仙人』像とは開きがありすぎるし、本人もそう見えなかった。

「実際数多の術理をもって我を使っていたしの、それはもう強かった」

それが他の神宝と出会った時期なのだろう。

その時点でダインスレイフは、エッケザックスとスイボクの関係が遠からず破たんすることを見抜いていたのだ。

「寿命があれば、老いがあれば、後継者を育てるという方向で諦めることができる。しかし当時のスイボクには己しかなかった」

憶えられるすべての魔法を習得し、最強の剣を手にして、それでもっと強くなりたいと思ってどうすればいいのかわからなくなった。

それはまさに、祭我が危惧している自分の到達する姿だった。

「スイボクは、捨てることを選んだ。我だけではない、必死で習得した仙術の多くを捨てることを選んだ。本当に必要な物だけを残し、その先を目指した」

それは別に、本人に聞いたわけではあるまい。しかし、山水を見るにそれが正しいのだろう。

「おそらく、スイボクは自分の習得した仙術のほぼすべてを弟子に伝えておらん。縮地と発勁、軽身功と気功剣ぐらいしか教えず、他の技に関しては存在さえ教えておるまい」

それが自分と別れた後の千年だったのだろう。

今までの自分を否定して、新しい道を探ること。

それが彼を、結果的に正しい仙人へ導いていた。

「我は、最初に山水の縮地を見た時本当に驚いた。縮地とは確かに一瞬で移動する技ではあるのだが、事前の予兆が多少はあるものだ。それがまったくなかった、スイボクは使う技をどこまでも限定し、研ぎ澄ませたのだと理解できた」

その研ぎ澄ませた技だけを、彼は弟子に託した。

対人戦闘に特化した、剣術を支えるための仙術を彼に教え込んだのだ。

「とはいえ、何が必要なのか不要なのか。それは基本ができてから、ある程度技を覚えてからすることであろう。サンスイも剣の指導をするときは、機をいきなり教えず、素振りの矯正から始めるであろう? 至ってみなければわからぬことなど山ほどあろう」

それはそうだった。

確かに山水の元で修行している面々も、最初からある程度の技術や経験はあった。

素振りの矯正が必要のない相手にだけ、機を教えていった。

いきなり子供へ機を教えていったわけではないのだ。

「焦る気持ちもわかるし逸る気持ちもわかる。目の前に完成された剣士がいれば、嫉妬する気持ちもわかる。しかし、スイボクでさえ目指す『最強』は二転三転しておった。目標が決まらぬことはわかるが、まだまだやるべきこともできることも多かろう。悩むことも悪い事ではない、むしろ安易に甘んじぬことが好ましく思う」

修行に終わりはなく、ただここでいいと思えば何もかもが終わってしまう。

悩んでいるのは今の自分に不満があるからで、嫉妬するのは他人の事を尊敬しているからだ。

そういう人間にしか、エッケザックスは力を貸さない。

「それにここまで言えばわかるとは思うが、お主らの知るサンスイはスイボクが紆余曲折を経て至った最強を引き継いだが……その紆余曲折を知らぬ」

結果は知っていても、そこに至るまでの過程は知らない。

まあそうかもしれないが、だから何だというのだろうか。

「……ピンときておらんな。良いか、サンスイは確かにスイボクから剣を引き継いだが、そこには決定的に欠けているものがあった」

攻撃力の不足以外に、彼に欠点があるようには思えない。

それほどに、この場の面々には山水は絶対的な存在だった。

「経験じゃ、あの男は素振りしかしておらんかったのだろう。確かに素振りをすれば正しい体の動かし方を覚えることができ、ある程度の筋力も付く。仙人ゆえに気配を色濃く感じるようになり、視野が広がっていくのであろう。しかし、実際に戦闘経験があるわけでもないし、今のお主の様に考え得て戦うこともなく、師をなぞらえているだけじゃ」

確かに、長い時間戦い続けた後で山にこもったスイボクと、最初から稽古だけをしていた山水では経験が違うのだろう。

だが、はっきり言って山水から経験不足など、感じられたことが一度もない。

「……わかった、はっきり言うぞ。つまり……サンスイさえ、急速に成長しておる最中なのだ」

「殺し方の指定、か。それも良し」

月光の下で、少年は主を背に敵を見据える。

その表情に強張りはなく、立ち姿には芯が通っていた。

腰に差している木刀にすら手を伸ばすこともなく、無防備に襲撃者たちへ歩み寄っていく。

虚を突かれた、不意を突かれた襲撃者は困惑して周囲を見渡していた。

数百人で襲撃した身ではあるが、はっきり言えばソペードという家から見れば小勢もいいところである。

仮に襲撃を予測していたのであれば、何千という軍勢を隠していてもおかしくない。

四方八方から騎兵隊が突撃してくるのでは、と怯え戸惑っていた。

しかし、それがない。蹄が大地を踏み荒らす音も、軍馬の叫びも、軍勢の気勢も聞こえてこない。

当然だろう、そんなものを準備などしていない。

ここに山水が一人いる。たかが数百の雑兵には、過剰すぎる戦力だった。

「さて……どうさばくか」

粗末な服を着ている少年が歩み寄ってくる。その先に、貴人らしい女性がいる。

余りにも情報が少ないが、確実なことは一つ。あの女を確保しなければ自分たちはなすすべもなく殺されるという事。

その認識は正しい、彼らは誰となく走り出す。少年の事を無視して、命綱となる可憐な花を目指して。

当然、山水もこの状況を剣術一つで乗り越えることはできない。

敵が全員自分に殺到してくるならその限りではないが、敵が目指すのは自分以外の女性。

であれば、サンスイがするべきことはおのずと決まってくる。

「邪魔だ、どけぇ!」

山水の目の前にいるのは、斬りかかることもなく片手でどかそうとしてくる傭兵だった。

その対応は正しい、と思いながら山水はさらわれることを避けながら、浮いている足を着地直前で払う。

それだけで全力疾走していた彼はバランスを崩し、握っていた剣をスリ取られていた。

そして、別に仰向けになったわけでも空中で一回転をしたわけでもなく、ただ片膝をついて片手で地面に触れて、転んだ姿勢になっていた。

そのまますぐ立ち上がれるはずだった。はずだったが、混乱する彼は気づかなかった。

「良し、いい姿勢だ」

自分が、とても首を斬られやすい姿勢だと気づかなかった。

「あ……」

「中々いい剣だ、使わせてもらう」

ごろりと首が落ちて、それを追うように胴体も崩れる。

余りにもあっけない最初の犠牲者に、夜の闇や興奮もあって誰も気付く余裕がなかった。

そして、気づいたとしても意味がなかった。

山水はその場から速やかに縮地で移動し、前進する軍勢の側面を取っていた。

「流石に、この数は気功剣無しでは斬れないか」

山水は最前列を走る男たちに、横側から斬りこんでいく。

月明かりがあるとはいえ、夜の中で灯りのともされた陣地を凝視する傭兵たち。

その彼らが、小柄な山水が横にいるとしても気付けるわけもない。

その虚を突いて、山水は飛び上がりながら横薙ぎに気功剣で首を一閃する。

そのまま崩れ落ちる傭兵の体を踏み台にして、次の敵へ斬りかかっていく。

気功剣で強化された鉄の剣は、霞を斬るように雑兵たちの首を落としていく。

当然、飛び石を踏むように死体の上を走っていく山水は、その脇腹を無防備にさらしており斬りかかられれば抵抗できるものではない。

しかし、前の相手の背を追う形で走っている男が、目の前を少年が通り過ぎたとして、とっさに攻撃できるかといえば否だろう。

彼らが認識できたことといえば、目の前を走っていた男がいきなり倒れて、地面に大量の血を流しながら首を転がしていることに気付いた程度だろう。

ただ転んだだけではなく、誰がどう見ても致命傷である首のない死体。

それがついさっきまで自分の前を走っていた男たちと知って、どうしてそれ以上前に進めるだろうか。

「ひぃっ?!」

「な、なんなんだよ?!」

改めて気功剣を解除して、山水は彼らの前に立つ。

激しさも重厚さもなく、彼はただ全員と敵対していた。

夜の空の下、明かりを背にしていることもあって、何とも言えない不気味さを醸し出している。

ここで彼らには、逃走という選択肢が存在していた。

いいや、正しく言えばその選択肢が脳裏をよぎったということだろう。

目の前の、返り血も浴びていない子供。その姿を見て、恐怖を感じていた。

その一方で、矜持がそれを許さない。単なる子供を前に、自分が逃げるなどあってはならない。

そう思ったとしても、さほど不思議ではない。山水が、もう少し派手に強ければそれができたかもしれない。だが無関係な話だった。

山水はドゥーウェに皆殺しにしろと命じられていた。彼らに活路はない。

「「「おおおあああああああ!」」」

破れかぶれだった。

奇声を発して、大上段から斬りかかる。

言ってしまえば恐怖からくる無様な一撃であり、殺意さえなかった。

とにかくこの状況が変わってほしいという、浅ましい期待を込めた一撃だった。

それを、数人が行う。数人が、タイミングをずらしながら斬りこむ。

その全員が転ばされて、前のめりに膝をついていた。

そして、その場の全員が山水の殺傷を見る。

首を斬りやすい姿勢にした山水が、その剣を振り下ろして首を転がしていく様を。

「……首を切り落とす、とはこういう事か」

痛んでしまった剣を捨てると、自分が切り伏せた男たちから剣を取る。

そして、改めて構えた。先ほどまでと何も変わらない構えだった。

「次は立ったまま切り落とすか」

この、想像外の怪物を前に襲撃者たちは硬直していた。

散発的に威嚇の声が上がっているが、どれもまとまりに欠けていた。

おそらく、剣の訓練をするとしてももう少し勢いというものがあったはずだ。

気力を発するはずだ、激しい筈だ。なぜそうではないのか、まるで分らない。

「あ、相手は一人だ!」

「そうだ、何をビビってやがる!」

「殺せ、どのみちそうしないと駄目だろうが!」

自分をごまかし周囲を鼓舞する。

得体のしれない子供も恐ろしいが、それよりも確実に訪れるソペードの軍勢が恐ろしい。

前に進むしかない、敵を殺すしかない。そうなのに、なぜそうできない。

「もういい、俺がやる!」

どうか怖気づいてほしい。どうかひるんでほしい。どうか見た目相応に泣き叫んでほしい。

実はとんでもなく強いとか、実は自分達がどうあがいても勝てない敵であってほしくない。

祈るように、願うように、自分の中を恐怖を怒りに見せかけて斬りかかってくる。

山水はその彼に向かって、軽く横に振るふりをした。

「っひ!」

その所作に、大の男がひるんでいた。周囲も、その剣から魔法でも噴き出すかのように委縮していた。

山水の前に立っていた男は、自分の正中線を守るように剣を構えていた。それで、自分を守ろうとしていた。

その脇を、山水は駆け抜ける。その上で、彼の背後の男の膝を蹴って反転し、がら空きの首へ一閃した。

彼の首は、自分を守ろうと置いていた剣にぶつかって、ごろりと地に落ちる。

「駄目だな……確かに斬れているが、これでは寝込みを襲うのと変わらない。どこを切っても殺せる状態だった」

誰もが、もはや等身大の山水を見ることができなくなっていた。

小柄で粗末な服を着ている山水を、誰もが異次元の怪物の様に見てしまっていた。

そして、それは皮肉にも事実だった。

「やはり、正面から……首を落とす。自分よりも大きい相手の、首を落とす……それも、技か」

救いがあるとすれば、この場の彼らは苦しまずに即死するということだろう。

「う、うわあああああああ!」

悲鳴が、月夜に轟いた。

襲撃者の誰もが、狂騒に身をゆだねるしかなかった。

この怪物を殺さなければならないと、もう生きていることに耐えられないと、思考することを捨てて斬りこんでいく。

つまり、すべての意識が山水に集中していた。

「……『雷切』」

王女は不愉快そうに山水を見ていた。

我が国最強の剣士でありながら、王家の意のままにならぬ絶対の強者。

それが、再び自分の前で武を披露している。

荒くれ者たちが首を落としていく。その光景は政治にかかわるものとしてはどうでもいいことだったが、しかし彼女には荒くれ者たちの首が自分を守る近衛兵に重なって見えた。

あの日、近衛兵の名誉が地に落ちて、代わりに『童顔の剣聖』の名が知れ渡ったあの日。

山水は、近衛兵を皆殺しにすることができたのだ。そうしないように気を使っていただけで、彼から見れば雑兵も精兵も変わりはない。

等しく弱者であり、全員殺すことも全員生かすことも、労力としては何の変わりもないのだ。

そう思ってしまう。

「……王女様、統括隊長の言葉を覚えていらっしゃいますか?」

山水に指導を受けていた近衛兵達は、涙が止まらなかった。

目の前で行われている無慈悲な殺戮を前に、感動で涙があふれていた。

目の前で行われていることが、どれだけ凄いのかわかってしまうからこそ泣いてしまうのだ。

『何故今現れるのだ。あと十年早く、私の前に現れてくれなかったのだ』

首を斬れば人は死ぬ。

首には太い血管があり、加えて呼吸をするための喉もある。

そこを斬られれば、致命傷になりうる。

だが、首を落とすとなると容易ではない。首の骨は太く、鉄の剣でもそうそう斬れるものではない。

だからこそ、その隙間へ処刑人は刃を降ろす。動けないように固定されても、難しい人体の急所の急所を狙って重い剣を精密に振り下ろす。

それを、山水は動く相手に行う。四方八方から狙われながら、気功剣を使わずとも、それこそ自分の生徒たちでもできるように切っていく。

どう教えればいいのか、試しながら殺していく。

仙術を使うこともなく、剣術だけで断頭を行い続ける。

「私は……自分が恥ずかしい。相手が憎い相手と知りながら……彼の指導を受けられる幸運が震えるほど嬉しいのです」

練習の時の様に戦わなければならない。

実戦でも試合でも、合戦であっても練習通りに剣を振れなければならない。

その理想像が、そこにある。

千年かけて仙術を修め、千年もの間俗世を彷徨い、そこからさらに千年かけて剣を振るった男がいた。

その男が、五百年かけて自分の剣を託した男がいる。それが、自分の前にいる。自分に指導してくれている。

「奇跡です……私は、涙が止まりません」

まるで素振りを数百回やったか、という程度の時間で月夜の草原には首を落とされた死体と、恐怖で動けなくなっている残党。そして山水だけがいた。

「た、助けてください」

残党の一人が、そんなことを言う。

この屋敷で何をしようとしていたのか、忘れたように命を乞う。

「いやだ、死にたくない!」

自分達の首を刈り取る死神に、命乞いをする。

「お、お母ちゃん……」

今更のように故郷が恋しくなり、今までの所業を忘れて祈る。

「……」

顔色一つ変えずに数百人の首と胴を別けた山水は、殺すことに快感を覚えない。

殺さない理由があれば、殺さないだろう。

彼の目的は、屋敷の中で眠っている娘と、屋敷の前でこちらを観戦しているお嬢様の護衛。

それは変わらない。変わらないからこそ、これからすることに変わりはない。

「最後の言葉がそれでいいんだな?」

五百年間、命を見てきた。

多くの命が、森の中で生まれて消えていった。

それは俗世でも変わらなかった。

人の命も一つの命。

決して、死ぬことは特別ではなく、不自然でもない。

山水の剣で首を落されるとしても、それは普通なのだろう。

「ねえサンスイ、貴方の腕は見事だったわ」

「お褒めに預かり恐縮です」

「でもね、これだけの技も目撃者がいなければそれまでよね?」

「そうですね、嘘と思うかもしれません」

「ああでも王女様が目撃してるわね、じゃあやっぱり要らないわ」

「承知しました」