軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

月夜

当然だが、百メートル前にいることと百メートル上空にいるのは全く別の話である。

「追い詰めたと思ったらこれか! これだから魔法使いは!」

「そう嘆くな妹よ。当然の優位を保とうとしているだけだ」

首脳のいる宮殿内部の敵を駆逐していた三人は、ほとんどの敵を倒し終えていた。

その一方で、追い詰めた敵に逃げられてもいた。

おそらく主犯であろう五人は、全員が宮殿の上空に退避していた。

その上で、引くべきなのか続行するべきなのか悩んでいた。

「まさか……アレだけの刺客をほぼ全員片付けるとは……」

「どうする、引くべきか?」

「退いてどうするというのだ!」

「そうだ、これだけの好機、二度三度あるものではない!」

「王国内の混乱を利用できる最後の機会だぞ!」

宮殿襲撃の指揮を執った五人も、国家の首脳が揃った宮殿内の警備が少なすぎるとは思っていた。

少なくとも彼らは、それが自分達にむけた罠だとは思わなかった。

むしろ、王国内にいる潜在的な自分たちの味方が援護をしてくれているのだと思っていた。

ありえない話ではない、そもそも戦争の続行が完全に不可能なドミノ共和国とは違い、アルカナ王国は戦えば勝てるのだ。

そこで、『戦って勝ち取りたい』と思う派閥が『戦っても損をするだけだ』という派閥への妨害として、護衛をあえて減らしているという見方が自然だった。

国王とカプトの当主が、自分の身の安全が保障できない状況を意図的に作り出すとは考えなかった。

とはいえ、いずれにしても二度三度訪れる好機ではない。ここで結果を出さなければ、憎い反逆者を討ち取ることができなくなってしまう。

「しかし、どうする……」

飛行している五人は、魔法使いとしては一流だった。

風であれ火であれ、魔法で空を飛ぶのは一流である。

とはいえ、引くべきか続行するべきか、安全圏とはいえ敵の前で議論をするのは、余りにもお粗末だった。

「どうしたらいいと思う、エッケザックス」

『何もするな、今の主があれを打ち落とすことはできん』

あらゆる『魔法』の資質を持ち、それを増幅するエッケザックスの所有者である祭我だが、当然できることとできないことがある。

習得が容易な技を組み合わせることはできても、専門家でも難しいことを実行するのは無理だった。

火の魔法を覚えてはいるが、飛行するという繊細な作業はまだできなかった。

正蔵ほどではないが、エッケザックスで増幅された魔法で飛ぼうとすると、制御がどうしても大雑把になってしまうのである。

『飛んでいる相手に対処するとなると、速度が速く精度の高い熱や雷の魔法で撃ち落とすか、自分も飛んで接近戦を仕掛けるかだ。まあ他にもないわけではないが……少なくとも、今のお前にはどちらもできぬ。仮に我が増幅させた広範囲の攻撃魔法を使ってみろ、外せばどうなるか想像したくもあるまい』

流石に正蔵ほどでたらめではないが、エッケザックスによって強化された祭我が広範囲を攻撃する火の魔法を、上空に向かって撃てばその結果は眼に見えている。

ここが宮殿の屋根の上ということもあって、火災になることは確実だ。

「……くそ!」

『焦るな、お主の役割はなんじゃ』

「わかってる、俺の仕事はあくまでも護衛だ。こうしてここにいるだけでも意味はある!」

確かに刺客を皆殺しにするか拘束することが望ましい。

しかし、重要なのはあくまでも右京が無事なことだ。であれば、ここで上位の魔法使いを抑えることは正しい。

少なくとも対処できないなら、無理をするべきではない。

「でも……悔しい!」

多くの希少魔法を扱える祭我でさえ、この状況では文字通り手も足も出ない。

ましてや、神降ろしや影降ろししか使えないマジャン兄妹には何もできなかった。

とはいえ、敵も敵で、宮殿内部に降り立つことはできなくなっている。こうして対峙してれば、どちらが勝つのかなど考えるまでもない。

「護衛の者たちめ、流石に手が出せぬと見える」

「そうとも、空を飛ぶ者は才能に恵まれ、厳しい訓練を越えた精鋭」

「如何なる希少魔法といえども、そうそう届かれては困る」

とはいえ、今現在この場の彼らは主導権を握っていた。これから如何なる戦闘になるとしても、それを決めるのは襲撃者を指揮した上空の五人にある。

敵の手が届かぬ安全な位置で、味方と共に会話ができる。それは彼らに精神的な安定をもたらしていた。

「とはいえ……相手は法術を使う。我らの魔法では守りを突破できん」

「どうにかして分断できないだろうか」

最悪、このまま飛んで逃げればいい。

そう思っていた彼らは、自分の背後で起きる風に最後まで気付かなかった。

「阿呆が」

風の刃が音もなく一閃していた。

トオンもスナエも祭我も、空を飛ぶ敵には対処が難しいことなど、それこそ素人でもわかること。

であれば、トオンが死んでは困る女性がなんの手も打たないわけがない。

「飛べるのは、お前達だけではない」

男装の麗人、刺突剣を持つ風の魔法使い。

ドゥーウェ・ソペードの側近にして、山水の相方であるブロワ。

その彼女は、なんのためらいもなく空中に浮かんでいた五人を背後から切り裂いて、そのままバトラブの一行の所へ降りてくる。

流石に山水ほど無茶が利くわけではないが、彼女もまたドゥーウェが信頼を置く剣だった。

「やはり……お嬢様が近くにいないと楽だな」

山水もしきりに言っているが、背中から刺せば人は死ぬのである。

態々名乗りを上げて真っ向から戦うよりも、油断している相手に備えさせずに刺す方が簡単なのだ。

もっと言うと、一々危険なところに立ち入るべきではない。

誰も聞いていないから言える、可愛い愚痴である。

「これはこれは……ブロワ殿。実に見事な一太刀でしたな」

「お嬢様からは、貴方をお守りするようにと仰せつかっておりましたので、屋外にて待機を。どうにも手詰まりの様でしたので、差し出がましい真似をさせていただきました」

おそらく、背後から魔法を受けた五人は自分達が死んだことにも気づいていなかっただろう。それほどに見事な魔法の冴えだった。

トオンはその見事さに感嘆し、惜しみない賞賛を送る。その一方で、若い二人は嫉妬していた。やはり自分達が手を出せない相手を、あっさりと片付けられると心中複雑である。

「貴方には、死なれると困りますので」

「いやあ、耳が痛いですなあ! 既に尻に敷かれてしまっている気分だ!」

敬愛する師匠の、妻になる女性に助けられてしまった。これでは、ますますドゥーウェに頭が上がらない。

やはりソペードには人材がそろっていると痛感していた。

「……貴方が死ぬと、本当に困るんです」

「二度言わずとも……」

当人にとっても重要らしく、ブロワは二度も同じことを言っていた。

「ありがとう、ブロワ。君のおかげで助かった」

「ふん……まあありがたかったぞ」

正直ドゥーウェには色々と思うところがあるのだが、彼女の護衛であるブロワに恨みはない。

二人は恩を忘れぬように、改めて礼を言っていた。

その一方で、ブロワにしてみればこの二人が微妙に嫌だった。

この二人がくっついていなければ、お嬢様もバトラブと縁続きになることを気に病まずともよかったのに、と思ってしまう。

とはいえ、目上なのできちんと応じていた。気遣いのできる騎士である。

「それはそうと……もしや、今サンスイ殿はお一人でドゥーウェ殿の護衛を?」

「完全に一人、というわけではありません。ですがどちらにしても問題はないかと」

「それもそうだ……要らぬ心配をしたものだ」

要らぬ心配。その言葉を聞いて、改めて彼我の実力差を感じる祭我。

実際、彼がドゥーウェの傍にいるのならば、レインの傍にいるのならば、何を心配することも無いのだろう。

何が起きても問題ない。その信頼が、とても羨ましかった。

「……五年前、あの皇帝が即位した時期だな。つまりあいつの政敵か」

「そうなるな」

「あいつが殺したがっていた娘だけが、唯一の生き残りになると……!」

心底愉快そうに、右京は笑っていた。

結局のところ、彼が皇族を皆殺しにしようとしているのは、自分から宝物を取り上げようとして強硬手段にうってでた皇帝への復讐である。

皇帝の親族、家族を皆殺しにすることが、帝国を統べた皇帝への否定になるからだ。

「俺個人としては、文句はない。しかし、国家としては返事に窮するな」

一つ、当然のことをいうならば、右京が皇族を探し回り全員を殺して回っていることは、この世界では特に咎められることではない。むしろ、当然の事として扱われていた。

前政権の権力者、その親類を皆殺しにする。老若男女を殺し絶やし、反抗の芽を摘む。

それ自体はしなければならないことであり、故に奇怪な行動ではなく必要な後処理の一環だった。

「俺の故郷では源頼朝って男がいてな。子供だからって見逃されてたら、大人になって復讐して国をとったのさ。サクセスストーリーだとは思うが、こっちとしてはたまったもんじゃない」

「その懸念はもっともだな」

もちろん右京も、亡命貴族が全員殺せるこの状況で、大人になったレインがどう立ち上がっても、ドミノを己の物にすることはできないだろうと思っている。

だが、一応念のため、殺しておこうかとは思っている。というよりも、見逃す理由がなさすぎる。レインは確かになんの罪もない子供だが、そんなことは他の皇族も貴族も同じことだ。

「小娘一人見逃すのはわけはない。だが、その小娘を見逃して後々……なんてことになるかもしれない。その不安を、俺の国は抱え続ける」

「レイン本人か、その子供をお前の子供と結婚させる。そうすれば角は立つまい」

「それはそうかもしれないが……なぜそうまでしてレインとかいうご落胤を生かそうとする。その理由を教えてくれ」

はっきり言って、亡命貴族を全員差し出すこの状況で、如何にソペードに養育されていたとはいえ皇族の娘にそこまで気を使う理由がわからない。

まさか、皇族の血を絶やすわけにはいかない、と思っているわけでもあるまい。

「レインという娘は……この国最強の剣士、サンスイという男が義父として育てているのだ」

「……もしかしてそれは」

「うむ、おそらくお前の同郷だろう」

怪訝な顔をする右京。確かに自分の境遇から言って、特別な力を持っている可能性は高い。

しかし、いくら何でも気を使いすぎているようでもある。

「ダインスレイフ、ヴァジュラ、ウンガイキョウ、エリクサー。そちらの面々にわかるようにいうならば、以前にエッケザックスの所有者だったスイボクという仙人の、その弟子だ」

その言葉を聞いて、それまで黙っていた神宝たちは一度に人間の姿へと転じていた。

その顔には、驚愕と困惑が見て取れる。エリクサーだけは嬉しそうだったが。

「スイボクの弟子、だと? あの剣の鬼だった男が、弟子?」

「スイボクが弟子をとる……あの男がそんなまともな仙人のようなことを……」

「剣をボキボキ折っていたあの男が……」

「おお! それは素晴らしい! スイボクもまだまだ生きる気力にあふれているのか! 良し!」

何やら、人物を知っている一方で認識に違いがあるらしい。

まあ二千年以上会っていない人間が、今どんな性格になっているかなど誰にもわかるまい。

「スイボクの弟子であり自らも仙人として五百年間修行した方だ。正直、なぜソペードに忠義を誓っているのかもよくわからないほど、心穏やかで自制のできる欲のないお人だ。その一方で、剣士としてはこの上ないと思えるほどの実力をもっている」

カプトの当主は宗教家としての面も持つため、彼を誉めていた。

少なくとも、自分の切り札よりはよほど安心できる。

「この国最強の剣士か……二千年以上生きている仙人の弟子で、五百年ぐらい生きている剣士……想像できない世界だな」

右京の顔からは興味が失せていた。

ありていに言えば、勝てない相手の札を知っても今更意味がないというだけで。

「この国を襲ったのは、戦争の口実があったからだ。その口実である亡命貴族に熨斗を付けて返してくれるなら、それに勝るものはねえ。そっちの王女様を嫁にするっていうのも、アリっちゃあアリだな」

最初から、この男に選択肢などない。

一人の為政者として、ここまで譲ってもらってここまでおぜん立てしてもらって、この上反故にするなどあり得ない。

「俺の国の教科書には、今回の戦争はどう書かれるかね」

国を乗っ取って調子にのった若造が、勝ち目もない相手に挑んであしらわれ、お情けまでかけてもらった恥ずかしい戦争。あるいは、今後不平等条約でも押し付けられるのかもしれない。

なるほど、さぞ格好悪い男として描かれるのだろう。

「上等だ、歴史の教科書が書けるぐらいには存続できそうだしな。そこから先は子孫に期待するとしよう」

幸か不幸か、今回の敗戦で多くの働き盛りが世を去った。

逆説的に言って、彼らの分の食料は不要になった。

来年以降の収穫も期待できないが、死んだ人間をどうにかできるわけでもない。

「アルカナ王国国王陛下、その話お受けさせていただきます」

若き建国者は、襟を正して深く頭を下げていた。

自分の国が続くために、隣国の王へ感謝を示していた。

とはいえ、それも結局他の場所の二人の安全が確保されての事だった。

幼い皇帝の後見人になる。

およそ、貴族に生まれた者としてはこの上ない栄誉であり、多くの利益を得ることができる地位だった。

これから先、どうやって帝国を復権させるのかなど考えたこともない。

しかし、きっとそのうちどうにかなる。その時に、自分達が最も利益を得る。

その為に、最後の皇族を確保しなければならない。

「ソペードめ……散々馬鹿にしてくれたな」

加えて、ソペードに対して亡命貴族は恨みを抱いていた。

意図的に冷遇していたので当然と言えば当然なのだが、ともかくソペードに対して復讐する好機でもあった。

現当主の妹であり、溺愛されているドゥーウェを殺すことになる。それがとても楽しみだった。

亡命貴族は私兵を変装させ、数合わせで傭兵を雇い、王国領内にあるソペードの屋敷を襲おうとしていた。

ここから王都は近いと言えば近い。その一方で、自分達が今から襲撃してその成果を得るには、十分な時間があった。

慌てて駈け出しても、囮として館を荒らすであろう傭兵たちを置いて行けばいい。

とにかく『皇帝』だ。皇帝さえいれば誰もが自分達にひれ伏す。

今まで自分達がそうだったのだから、これからは自分がそうなるのだ。

「いいか、幼い子供だけは殺すな。若い娘がいたら、好きなだけ犯してから殺せ」

捕らぬ狸の皮算用ではあるが、しかし現実的だった。

目と鼻の先に、草原に建つ塀もない屋敷に、皇帝になりうる最後の子供がいるのだから。

「くっくっく……俺が、俺が『宰相』か!」

荒くれ者たちを率いて、亡命貴族は夜の闇に紛れて館に進んでいく。

丁度、まぶしいほどの月は雲が遮ってくれている。

松明を燃やすことではない明るさは、夜襲にはもってこいだった。

そして、武装した数百人は上空の雲の動きを、大地の明暗で感じていた。

ゆっくりと、自分達の眼前にそびえる屋敷が、はっきりと見えてきたのだ。

誰もが生唾を呑んでいた。叫びだしたい気分を抑えていた。

手を伸ばせば届く場所に、無防備な宝が存在しているのだから。

「あらあら、夜分遅くにご苦労様ね」

月の明りが、大地を完全に照らしていた。

同時に、館の前に設置された灯りがともされていた。

そこでくつろぐのは二人の淑女、ソペードと王家の令嬢が野外に置かれた椅子に座っていた。

その脇を王家直属の近衛兵が十名で固め、切っ先としてこの国最強の剣士がたたずんでいた。

「武門の貴族であるソペードにこんな気の利いたお客が来るなんて、迎えてあげなければね」

ソペードの我儘姫は、自分の絶対的な安全を疑いもせずに笑う。

敵が何人いたとしても恐れるに足りない。自分が手にしているのは、この国最高の名刀なのだから。

「サンスイ」

「はっ!」

生かすも殺すも自由自在、剣に身を奉げた剣士は主の命令を待っていた。

「首謀者以外、全員の首を落しなさい」

「ご命令とあれば、造作もなく」