軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

海原

「こうして海を見ることになるとは……」

同行することになっていたフデは、目の前の光景に対して神妙な顔をしていた。

空に浮かぶ大八州で生まれ育った彼女にとって、海も陸地もそう変わるものではない。

雲よりも上から見下ろせば、色が違うという程度の認識しかなかった。もちろん海に水があり、陸に谷や山があることは知っているのだが、実感など湧きようが無かった。

予め海に行くと言われていて、実際に海を見る。同じ高さで、水平線を眺める。

感動うんぬんよりも、一種の奇妙さが先に立っていた。

なにせ彼女にしてみれば、海が広いなんて当たり前すぎて、驚くことが無かったのだ。

むしろ視点が低い分、狭苦しく見えるほどである。

「下界の民はこれを見て楽しいのか? よくわからん……」

周囲の誰もが海を見て興奮しているので、逆に冷ややかになってさえいた。

とはいえそれは彼女だけに限った話ではない。おそらくこの場にほかの大八州の者がいれば、同じような反応をしていただろう。

「というか、なぜ秘境の民まで大喜びしている?」

そして、秘境セルからやってきたという巫女道の使い手たちが大喜びしている姿を見ると、一種の困惑さえいだく。

大八州以上に長い歴史を誇り、この世界から半分はみ出しているとさえ言われている秘境で暮らしている人々からすれば、この大海原も特に気になるはずはないのだが。

「海だ!」

「南の海だ!」

「凄い、夢みたい!」

大いにはしゃぎながらいそいそと何やら準備を始めている。秘境の民である彼女たちが持ち込んだものなら、何かの宝貝なのだろうか。

気になったフデは、こっそりと彼女たちの輪に入った。

「あ、お侍さん! 手伝ってください!」

「早く準備をしないと、間に合わなくなっちゃいますよ!」

「こんな機会、滅多にないんですから!」

彼女たちが準備をしていたのは、なんのことはない金網と木炭だった。

もちろん着火用に宝貝らしきものも準備しているのだが、やろうとしていることは明らかである。

「味噌とお醤油もばっちりですよ!」

「どっちも大八州から買った高級品です!」

「あ、お料理用にお酒も持ってきました! お料理用です! ほかの使い方なんてしませんから、しませんから!」

「間違えちゃうかもしれないけどね! 間違えちゃだめだけどね!」

文化圏が非常に近いので当たり前だが、調理器具や調味料はフデが知っているものばかりが並んでいる。

というか、調味料は秘境産ではなく大八州産ばかりだった。まさか下界に来てまで、味噌と醤油を見ることになるとは思わなかった。

こうなると、お米が食べたくなる。しばらく食べていなかった……ではない。

「その、なんだ……巫女道のご婦人方……今から漁をなさるのか? いくら何でも間に合わないと思うのだが……」

剣術を修めている彼女だが、実家が特に裕福というわけでもないので、料理に対して常識ぐらいはある。というかこの場合、漁の常識だろう。

この海岸に今来たばかりではあるが、花火大会にも行くのなら日が沈むころにはここを出るはずである。少なくとも、翌朝までいるということはない。

であれば今から調理器具を準備して、店で買うのではなく漁をして、それで食べるのが間に合うだろうか。

いや、絶対に間に合わない。そんなお手軽な話ではないはずだ。

「大丈夫ですよ、これだけ巫女道の使い手がいるんですから!」

「ね~~~!」

フデが知らなかったとしても不思議ではない。

大八州の者たちにとって巫女道とは、怪我人や病人の症状を詳しく調べるというものなのだから。

だが巫女道も人数や使い方次第では、食料採集に役立たせることができるのだった。

「よし、みんな行くよ!」

「お~~!」

秘境の民にとって、海とはたまに訪れる観光地である。

大天狗がたまに海へ出口を作り、迅鉄道や巫女道の使い手たちを放って遊ばせるのだ。しかし普通に遊ぶのは子供ぐらいで、ほかの大人たちにとっては食道楽である。

人の手が入っていない海は、海産資源がとても豊富で取り放題。たまにしか食べられないごちそうを楽しむのが、秘境の民の海遊びであった。

それで一役も二役も買うのが、巫女道の使い手たちであった。

精密に調べることに特化した巫女道ではあるが、安全な場所に人数をそろえて周囲を感知させれば獲物の場所が手に取るように分かるのだ。

一度接続してしまえばどんな保護色をもってしても逃れることはできず、追いかけられて捕まって食われる。野生動物にとっては、およそ最悪の追跡者であろう。

「あ、貝みっけ!」

「やった! 群生地を見つけたよ!」

「よし、みんなで捕りに行こう!」

これが魚なら逃げることで多少は時間稼ぎができるのだが、貝類となると絶望的である。

彼女たちが放った運命の糸につながってしまえば、本当に美味しくされるしかないのだから。

「ほら、お侍さんも!」

「アルカナの人の分も取らないと!」

「……そ、そうですね!」

切腹を選ぶほどに恥を知っているフデである、まさか自分が海で遊ぶわけにもいかなかったのでどうしようかと思っていた。

ここで貝を採取して食べたら遊んでいるような扱いであるが、自分が食べないのなら償いという形になるだろう。

そう判断した彼女は、巫女道の面々についていくことにしていた。

さて、ソペードの面々である。

海と言えばディスイヤにある港周辺ぐらいしか知らない彼らにとって、広大な南の海はまさに新世界だった。

まさかこの世に、ここまで輝かしい場所があろうとは。

絵にも描けない美しさを前に、しばらく呆然としたあと、首をひねった。果たして自分たちは、ここで何をして過ごせばいいのかと。

海で遊ぶという文化を持たない彼らは、海原と砂浜を前に冒険心を持て余していた。

「う、うう……」

誰よりも先に海へ近づいていったのは、やはりというかファンだった。

とことことと歩いていく彼女は、砂浜に足跡を残しながら波打ち際へ進む。

穏やかに寄せては返す波、それが自分の足元を濡らすところまでくると、びっくりして硬直してしまっていた。

あまりにも新鮮な状況過ぎて、びっくりして何もできなくなっている。

どすんと尻もちをついて、驚いた顔のまま姉であるレインを見ていた。

「ファン~~ほらほら、海だよ~~!」

そんな彼女を重そうに抱えると、浮かれているレインはざぶざぶと海に入っていく。

とはいえ腰の深さどころか足首までつかる程度の深さしかないのだが、それでもファンは泣き出してしまった。

「あ、ああ! ごめん、ごめん! 怖かったよね!」

「まだ少し早かったみたいですね……ファン嬢は砂浜で遊ばせてあげましょう」

慌てて波打ち際から離れるレインを、ジョンが支えていた。

本当はレイン一人でも海に入りたいだろうが、そこをこらえるのはさすがのお姉ちゃんである。

そんな彼女を補佐するように頼まれていたジョンは、当たり前のように二人が倒れないようにしている。

「うぐぐぐ……」

「うぬぬぬ……」

そして、そんなジョンを見ているトリッジとカゼイン。

二人とも『親戚のお兄さん』的な立ち位置にいて、レインと親密な彼が羨ましくてしょうがない。

もちろんそれだけならかわいいものだが、トリッジは火尖鎗の梱包を解きかけているし、カゼインは髪の色が銀に染まりかけていた。

全く可愛くなく、むしろ危険信号である。

「おい、ステンパー。なんとかしろ」

「デトラン、お前結構調子いいよな。俺が丸く収めたら、それはそれで疑ったり難癖付けるんだろ」

「流石に今日ぐらいは勘弁してやる。なんとか丸く収めろ」

「何様だお前」

狂気は誰にでもあり、抑えることは難しい。

悪血を宿し銀鬼拳を学ぶ面々はそのことを良く知っているので、ちゃんと対策は練っている。

具体的には、できる奴に任せる、である。

できる奴、ステンパー・ソペード。

デトランから指示を受けた彼は、カゼインやトリッジではなくレインやファンに近づいていった。

「レインちゃ~~ん! ファンちゃ~~ん! ほら、こんなきれいな貝殻を見つけたよ~~!」

そこいらへんに転がっていた、中身のない巻貝。

それを適当に拾った彼は、やや大げさに振り回しながら二人に見せた。

この島では珍しくもないであろう品だが、アルカナ王国の民にはそれこそ新発見の代物である。

「わあ……これ、宝石ですか?」

「いやいや、貝だよ! 二枚貝とかじゃなくて巻貝だけどね! いや~~こんなきれいなのは俺も初めてだよ~~!」

「貝なんですか? へえ~~、こんな貝もあるんですね~~」

軽く、固く、色鮮やか。

子供のおもちゃにしてはやや尖っているが、それでもファンやレインはとても喜んでいた。

「これ、そこいらに落ちていたんだよ。探してみれば、もっときれいなのもあるかもね」

「本当ですか? それなら私もファンと一緒に探してみます!」

「そうしなよ、俺もそのつもりだからさ」

にやり、と露骨に悪い表情をするステンパー。

「この貝殻を持ち帰れば、高値で売れるぞ~~」

「そ、そうですね……」

「それに、ご婦人にお渡しすれば一瞬でコロッといくに違いない。くくく……こういう時のために、サンスイ殿の元で修業をしてきたんだ……元をとらないとな!」

女性を口説く算段を聞かされて、気分が良くなる少女はいないだろう。

正直嫌そうな顔をしているが、それでも渡された貝殻をいじってしまう。

それがただの『貝』だと知っても、彼女からすれば宝石に等しい

「でも確かに、こんな素敵なものをもらったら、好きになっちゃうかもしれませんね……」

「だろ? それじゃあこの際どうだい、俺と競争をするのは」

「競争、ですか?」

「どっちが素敵な貝殻を見つけるのか、勝負ってことで!」

「わかりました、それじゃあ私も……」

ちょっとしたお遊びだろう。そう思って頷いたレイン。

しかし、それをお遊びと考えない二人の少年がいた。

「坊ちゃま! どちらが素晴らしい貝殻を見つけるか勝負です!」

「いいだろう、カゼイン! ソペード家次期当主の力を見せてやる!」

ある意味意気投合したトリッジとカゼイン。

特にレインへ何かの約束を取り付けたわけでもないのに、大急ぎで砂浜に穴を掘り始めていた。

「よくやった」

「何様だお前」

無害化した二人の少年を見て、デトランはステンパーを褒めていた。

なお、その顔に称賛も尊敬もない。毒も使いようで薬だな、という程度の認識である。

もちろんステンパーもそれを察していたので、さっぱり嬉しそうではない。

「あ、あの、ステンパー様……もしかして、あの二人を止めるために?」

「ん? まあな」

必死で貝殻を探し始めた二人だが、結果としてはレインにもファンにも迷惑はかけていない。加えて、危険そうなこともしていなかった。

これに誘導したかったというのなら、ステンパーの策は成功しているということになる。

「なんだかんだ言って二人も楽しそうだし、俺達も楽しくやろうじゃないか」

「……そうですね!」

少しだけ、いいのかなあ、と思わないでもない。

しかし考えるのはやめた。普段は遊びたいとさえ思っていない己の父が、こうして連れ出してくれた遊び場である。

まさに野暮、楽しまないと損である。

「それじゃあ私はファンと一緒に貝殻を探しますね!」

「ああ、残り物があったらくれよ。俺とデトランは、あっちの二人を見てないといけないからな」

そう言って、レインとファンの傍にいるジョンに目配せをする。

楽しんで遊ぶためには、なによりも安全が大事である。それには遊んでいる人間を、見守る誰かが必要なのだ。

ステンパーとデトランは、ジョンと同様に保護者に回るつもりである。

「わかっていて何よりだ、ステンパー。もしもの時は、サンスイ殿の手を煩わせないようにしなければな」

「へいへい。昨日も言ったけどよ、こういう時に細かく点数を稼ぐのが、大人としての信頼を稼ぐことになるんだぜ。俺だってそのあたりはきっちりわかってるさ」

「信頼を点数扱いするな、まったく……」

穴を掘っている少年たちを監視する体勢に入った大人たち。

改めて、レインは鼻息を荒くした。

「よし、それじゃあファンはお姉ちゃんと一緒に貝殻を集めようね!」

きっと素敵な思い出になる。

熱心に砂浜を走って、砂まみれになっている妹と一緒に、レインは貝殻を集め始めていた。

「やれやれ……なんとかなったな……」

普段から気を使っているレインが、落ち着いて楽しみ始めた。それを見てジョンも一安心である。

ジョン自身はそこまで熱心に遊びたいわけではないし、むしろレインが無邪気に遊べるかどうかが気がかりだった。

彼女が妹と、年相応に楽しそうにしている。それだけでも、彼にとっては十分嬉しいことだった。

「あの~~」

「……あ」

そんなジョンに、水着姿のアラビが訪ねていた。

全力で遊ぶつもりだったが、遊んでいいのかわからなくなっている少年アラビ。

誰からも指示を受けていない彼は、不安そうに質問する。

「私は、どうすれば?」

「あ、遊んでてていいと思う」

「そうですか! よかったあ!」

遊んでいいと言われた彼は、大いに安心して海に走り出す。

せっかく溺れない宝貝の水着をもらったのだ、泳がないと損である。

真水よりも浮かびやすい海水、その上をしばらく不格好に泳いだ彼は、それなりの沖に出ると一息にもぐり始めた。

ある意味誰よりも危険な遊びをしているのだが、宝貝の水着を着ていることもあって誰も心配していなかった。

『うわあああああ!』

それに何より、危険こそ最高の刺激物である。

透明度の高い海の中は、南の太陽の光を深く差し込んでいた。

色鮮やかな色彩の魚たちが群れを成して泳いでいる姿を、海中のアラビは感動しながら見つめている。

口をぽっかりと開けて、そのまま口の中の空気を出してしまう。それでもまるで、呼吸が辛いということはなかった。

百年ほど生きている、仙人としては半人前のゼン。

常人の枠から言えばありえないほどに鍛錬を積んでいる彼でさえ、そこいらの池でおぼれることがある。

その彼からすればありえない話だが、二十年も生きていないアラビは仙人の如く自然と一体化し、海中に適応しきっていた。

これが悠久の時を生きた大天狗の技だというのなら、まさに世界最高の宝貝職人であろう。

風火輪という空を飛べる宝貝も素晴らしかったが、この水着も同じぐらい素晴らしい。

水中でも寒さや呼吸の辛さはなく、水圧にさえ屈することはなかった。

それでも、一切不自由がないというわけではなかった。とても単純に、アラビは泳ぐのが苦手だったのである。

というか、海で泳ぐこと自体が初めてだった。まさか悪血で活性化させるわけにもいかず、不格好に手足を動かして何とか進みたい方向に進んでいた。

足の ひれ(・・) でも装着してくれば別だったが、流石にそこまで準備されてはいなかった。

とはいえ、酸素の残量を気にするということもなく、ただ自由気ままに泳ぐ彼はただ楽しかった。

南の島そのものも美しかったが、南の海は同じぐらい美しい。

『ん?』

そう思っていた彼は、途中で『あること』に気付いた。

途中までは海面近くを泳いでいたのだが、思うところがあったのかどんどん深く潜っていく。

そして……絶叫した。

『な、なんなんだあああああああ?!』

この島に隠された秘密、それを見た彼は海中で大いに混乱していた。