軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出発

すっかりと夜も更けていた。

翌朝になればいよいよ山水が人生の総決算と位置付けそうな勢いで尽力した、既に結婚して子供もいる相手との初デートである。

国家の最高権力者や人類最高齢の長命者、世界最強の荒ぶる神に力を借りて行う一大作戦。

それを目前に控えている状況で、同行するソペードの分家二人、ステンパーとデトランは静かに話をしていた。

普段は反りの合わない二人だが、仮にも貴族であり同じ悪血を宿す身。少々気に入らない相手でも、腰を据えて話そうと思うこともある。

「なあデトラン、フデって人のことを聞いてたか?」

「ああ、聞いている。既にトリッジ様が治めてくださったそうだ。流石はソペードの次期当主、見事な手腕だったと聞いている」

「そこはまあいいんだよ、どのみちそう悪いことにはならねぇんだから」

確かに大八州には大きな恩義はあるが、違法に入国した剣士が貴族の屋敷で剣を抜いたのだ。殺しても文句は言わせないし、大八州の人も仕方がないと諦めるだろう。

もちろん悲しいことなので避けたいところではあるが、下っ端からすればどうでもいいことである。

「フデって人はほら、サンスイさんに不満があって切りかかったんだろ?」

「そうらしいな?」

「お前はどうなんだよ」

フデ本人とステンパーに面識はないが、フデの主張を聞いた時に真っ先に思い浮かんだのはデトランのことだった。

ステンパーにしてみれば、デトランも似たようなことを考えていそうだったのだ。

「なあデトラン。最近のサンスイさんに何か思うところがあるんじゃないか」

「ふん」

ステンパーが真剣な顔をしているので、デトランは彼の言いたいことを察していた。

馬鹿にされたものだと思ってしまうが、実際自分が馬鹿な発言をしたこともあったので反論できなかった。

「まずはっきりさせておくが、私はソペードの分家だ。トリッジ様もおっしゃっていたように、本家の直臣であるサンスイ殿が当主様に許可を得ている以上、文句を言うなどありえない」

「そりゃそうだ」

とてもまっとうな、筋道の話をしている。

しかしステンパーは、本題に入っていないという顔をしていた。

デトランに聞きたいことは、そんな建前ではないのだから。

「ただ、フデ殿の気持ちもわかる。言われてみれば、少し残念に感じてしまうな」

尊敬している先人が、デートを前にして浮かれている。

それに対して複雑な心境になるのは、決して不自然なことではあるまい。

「だがそれは、サンスイ殿の気持ちを考えない場合だ。あの落ち込みようを見れば、とてもではないが反対などできない。フデ殿が怒っていたのは、そのあたりを見ていない部外者だからだ。つまり自分の気持ちしか考えていないからだな」

トリッジがスイボクから火尖鎗を得た話を聞いた時、あるいはそれ以降の山水の落ち込みようは酷かった。

内容が理解できるものであるだけに、誰もが彼に同情したものである。だが流石に、その場にいない人にそれを期待するのは傲慢が過ぎるだろう。

山水がデートをするという話は有名でも、その原因までは噂になっていないのだから。

仮に知っても、なお腹を立てる者もいるだろうが。

「私はサンスイ殿を尊敬しているし、同時に恩義も感じている。私自身の気持ちよりも、サンスイ殿のお気持ちの方がよほど大事だ。それに既にご結婚している奥様と逢引をすることに、一々腹を立てるのはどうかと思うしな」

「……おい、一応言うけど俺はお前が想像するようなことはしてないぞ」

「どうだかな」

空気は緩んでいた。ステンパーの懸念は、ここにぬぐわれていた。

デトランに不満がないわけではないが、山水の気持ちを大事にしているのなら気にすることではない。

「それで、ステンパー。お前は明日の逢引がうまくいくと思うか?」

「うまくいかなくてもいいと思っているぞ?」

どうでもいいというよりは、既に意味は達成されていると言わんばかりだった。

夫婦仲が悪くなることはないと、ステンパーは確信している様子である。

「お前まさか、デート本番でなんか諍いが起きるとでも思ってるのか? あの二人が?」

「それは……確かにないな」

山水とブロワは、自他ともに認める『似たもの夫婦』である。

自己主張が控えめで、あまり主導権を握りたがらない。

ドゥーウェが言うところの、面白くない人間である。

「デートの予定をサンスイさんがたてて、一生懸命頑張ってて、それをブロワさんが楽しみにしていることが大事なんじゃねえか。そういう意味じゃ、もう大成功だぜ? なんか問題が起こっても、あとで笑い話にすればいい。途中であれをすればよかったとかこれをしたいとか思っても、またデートの予定を立てればいいじゃねえか」

「そういうものか……」

「本番だけじゃなくて、事前の準備やら思い出話も大事なんだぜ」

「……お前本当に大丈夫なんだろうな」

「おい! 俺はちゃんと節度を持ってるっつうの! 本当に失礼な奴だな!」

さて、運命の朝である。

太陽が昇り始めたばかりの早朝に、山水とブロワは屋敷の人々から見送られつつ、デートに向かおうとしていた。

「それでは、その……坊ちゃま、お構いもできず申し訳ありません」

「前々からの予定だったのだろう、気にすることはないぞブロワ。私もこの後すぐに出る予定だしな」

主君の後継者であるトリッジが邸にいるのに、山水とブロワはデートに向かう。

本来なら失礼なことだが、トリッジも他の誰も気にしていなかった。

その理由を、彼女だけが知らずにいた。

「それでは……ジョンさん、レインのことをお願いします」

「ええ、お任せください」

やや含みのある挨拶をする山水とジョン。そんなやり取りを、カゼインとトリッジはやや羨ましそうにしていた。

しかし、ここで暴れるといろいろシャレにならないので、そこはこらえている。

我慢を覚えて、少年は大人になるのだ。なお、既に大人になっている現当主と前当主が、我慢を覚えているかは微妙である。

「レイン……ファンのことを頼んだぞ」

「うん、ブロワお姉ちゃん!」

山水とブロワの実子、ファン。

まだ眠っている彼女を両手で抱っこしているレインは、やたらといい笑顔でブロワを送ろうとしていた。

「レインもファンも……娘を置いていく私を薄情だと思うかもしれないが……」

後ろめたい気持ちがあるらしく、悲しそうな顔をしているブロワ。

なお、周囲の人たちは全員いい笑顔である。

「私もたまには、ただの女としてふるまいたいんだ……たまには、な……」

そしてどんどん落ち込んでいくブロワ。

「なあサンスイ……たまにはって、どれぐらいの頻度なんだろうな……」

「少なくとも俺の場合は、五百年に一度有るか無いかだな」

「……よし、じゃあ行こうか!」

夫のスケールに圧倒されつつ、ブロワは気を取り直した。

これからデートなのに、落ち込んでいてはたまらない。

とにかく行動あるのみである。

「いってらっしゃ~~い!」

「どうぞごゆっくり~~!」

「お土産話、楽しみにしてま~~す!」

秘境から派遣されてきている巫女道の女性たちも、二人に対して熱い声援を送っていた。

なお、やはりとてもいい笑顔である。

「では……」

山水は腰に差していた無参肆を抜いていた。

「刀身、瞬廊」

虚空に染まった異次元の刀が、山水の眼前に異次元の穴を構築する。

「……えっと」

腰の帯に挟んである大きめのメモを確認した。

「大天狗流修験道、虚空刀法改、刀身 瞬廊(しゅんろう) 。 富嶽(ふがく) 四十六景、 裏不二(うらふじ) 十図、四十番!」

長々と説明をした山水は、ついにその刀を振りぬいていた。

「 尾州(びしゅう) 不二見原(ふじみがはら) !」

秘境の面々にとっては見慣れた虚空法ではあるが、実際に発動するところを見るのは初めてである。

空間が歪み、景色が歪み、光景が歪んでいく。縮地の上位に位置する、空間を自在に操る天狗の御業だった。

「これで しばらく(・・・・) は通路が維持されるはずだ。さあ、ブロワ、行こうか」

「ああ!」

目の前に生じた黒い渦。それに足を踏み入れるのはややためらうが、山水に手を引かれてしまえば彼女も恋する乙女の顔をしてしまう。

母親でも天才剣士でも風の魔法使いでもない彼女は、いつもより強引な夫にうっとりしながら、その身をゆだねていた。

当然ながら、山水は虚空の穴を抜けた先を知っている。

時差の関係もあって真昼の太陽が燦燦と輝く、常夏の島だと知っている。

「ああ……」

だがそれでも、これから自分がここで遊ぶのだと思うと感極まってしまう。

目の前にあるのは、青い空と白い雲、透き通った海とゴミのない砂浜だけだ。

もちろん振り向けば虚空の道があるし、南国に相応しい生命力にあふれた森も存在している。

だがしかし、それ自体は地球でも用意できるものだ。

傍らにいる女性も、魔法が使えるという点を除けばただの『少女』である。

もちろんいろいろな小道具は用意しているが、それでもそれは必要なものではなかった。

「ブロワ、どうだ?」

「すまない、何も見えないんだ……」

あまりのまぶしさに目が慣れていないブロワは、しばらくの間目を閉じて、さらに目の前に掌をかざしていた。

それでもなお、指の合間から漏れる光がまぶしいようだった。

そんな彼女のことを、山水はしばらく待っていた。

彼女の眼がまぶしさに慣れるまでの時間を、彼女がどんな顔をするのかを楽しみにしながら待っていた。

「……だんだん、慣れてきたぞ」

そして、その瞬間は訪れた。

まぶしそうにしながらも前を見たブロワは、茫然としながら涙を流した。

目の前の光景に目を奪われ、言葉を失っていた。

そんな彼女の顔を、山水は独り占めにしていた。

感動している彼女の顔を見ただけで、山水の心は温かくなっていた。

彼女に感動してほしくて、ここに来たのだから。

「綺麗な場所だな、サンスイ……」

「ああ、そうだろう? 俺はこういう海で、デートをしたかったんだ」

まだ日本にいたとき、とても曖昧な記憶の中で、とても大雑把な夢があった。

一種古典的ともいえる、定番すぎるデートがしたかったのだ。

いつか彼女を作って、海でデートをしたい。日本の観光地でもいいけれど、できることなら外国の南の海で。

「夢が一つ叶ったよ」

「私は……夢にも見たことがないな、こんな輝く景色は」

「そうか」

「正直、悪いと思ってしまうな。こんなきれいな景色を独り占めにするのは……レインやファンも、連れてくればよかったよ」

なお、彼女の背後ではこそこそとした集団が、虚空の道を通ってこの島にやってきている。

ブロワに見つからないように、ゆっくりと遠ざかっていた。

その中に、ファンを抱きしめているレインの姿もあった。

(パパ、楽しんでね!)

片手を精いっぱい振っている彼女は、やがて森の中へ消えていった。

「ブロワ」

「サンスイ」

山水は、それを忘れた。

今だけは、忘れることにしたのだ。

「今日は『お母さん』を忘れようって約束だろう?」

「ああ、そうだな……」

涙をぬぐうブロワは、山水に頷いていた。

結局のところ、彼女にとっても満願成就の一日なのだから。

「私にも夢があったんだよ、サンスイ」

「どんな夢だ?」

「素敵な殿方にエスコートしてもらう夢だ……具体的にどこへ連れて行ってほしいというわけじゃなかったんだけど……叶ったよ」

「そうか……」

山水は彼女を抱きしめた。

「それじゃあお嬢さん、お色直しをしてくれないかい?」

「ああ、見とれさせてやるとも!」

この日のために、体を絞ってきた。

ブロワは感激の表情から自信に満ちた顔になり、予め設置されていた着替え用のテントへ走っていった。

「……水着でデートか」

異世界に転生して、チートで俺ツエー。

そんなバカみたいな夢ではなく、もっと現実的な夢だった。

自分に見せるための水着、水着を着るためのダイエット。

そんな彼女の健気さが愛おしかった。

テントに隠れている彼女が残した足跡を見る。砂浜に残っている、靴の後を見る。

常人にはただ靴を履いた誰かが歩いていたとしか思えないが、剣の達人である山水には、とても上機嫌に走っていったと分かる。

自分とデートをしている女性が、とても浮かれているのだ。

自分のデートプランを、本当に喜んでくれているのだ。

「へっへっへ……」

気持ちの悪い笑みを浮かべながら、山水も服を脱ぐ。

腰に差していた『最強の武器』も、脱いで畳んだ服の上にそっと置いた。

今ここにいるのは、水着を着ている一人の男である。

自分のために水着に着替えている女性を待つ、一人の男子である。

「夢みたいだ」

ソペードの切り札である童顔の剣聖でもなく、五百年修行したスイボクの弟子でもなく、神様にチートを授かった転生者でもない。

一人の男は、とても楽しい待ち時間を過ごしていた。