軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

気分

とにかく習得に時間がかかる、というのが仙術の欠点である。

仙人であれ天狗であれ全員が不老長寿であり、初歩の初歩で人間の限界を逸脱しきっている。

しかし逆に言えば、スイボクという世界最高の指導者がいても、その長い寿命を最大限に活用して修行しないとまともに術が使えるようになることはない。

「ふうう……」

若き仙人、ゼン。

カチョウの弟子にしてスイボクの弟子にして山水の弟子という意味の分からない師弟関係に悩む彼は、学園の庭にある池のど真ん中で瞑想をしていた。

もちろん、水面に座っている。沈んでいるわけではないし、やたら浅くて実は尻が池の底についているというわけでもない。

軽身功の修業ということで、自分の体を池に浮かべているのだ。

「ぬぬぬ……」

なお、軽身功を使いながら瞑想をしているわけではない。瞑想をしないと軽身功が使えないだけである。

周囲へ仙気を放出し、それに自分の重量を乗せて、自分の重さを拡散させていく。

内功法の中でも基本中の基本ともいえる術を、彼は必死でこなしていた。

初歩だから簡単ということはない、彼の表情を見れば誰もが彼に余裕がないことが明らかに思えるだろう。

「なあ、ゼンさんって何歳だっけ……」

「たしか百歳かそこらだったような……」

「ということは、八十年は修業をしているはずだよな……」

その彼を観察しているのは、学園の教員や学生である。

仙術の修業、それもスイボクの我流ではなく、大八州伝統のそれということで誰もが記録を取ることに必死だった。

その一方でただ水に浮かぶだけ、という山水が軽々とやっていたことを、ゼンが必死にやっているところを見ると、いろいろと考えるところは出てしまう。

「……八十年修行しても、池に浮かぶのがやっとなのか」

「仙人って大変だな……」

フサビスが四百五十年修行していて、山水が五百年修行していて、スイボクが四千年修行していて、大天狗は一万年修行しているという。

一定の段階に達している面々しか見ていないと麻痺するが、途中経過に位置するゼンを見ると認識が改まる。

八十年修行しても、池に浮かぶのに全神経を集中しなければならない、という未熟な仙人の前途を思うと目頭が熱い。

きっと、自分たちが寿命を迎えるころまで必死になっても、今と大差がないのだろう。あまりにも気が長すぎる修行計画だった。

「ぶは! も、もう無理!」

集中が解けたのか、緊張が限界に達したのか、浮かんでいたゼンは池に沈んだ。

結構な深さがある池なので、足がつかずにもがきながら前に進んでいる。

「ご、ごほ! げほ!」

泳ぎが不得手なのか、それとも疲れているからなのか。

なかなか前に進まず、だんだん沈んでいく。

「なんで! 助けて! くれないんですか!」

「え?!」

「あ、おい! 助けに行くぞ!」

「とりあえずなんか投げろ! 縄あっただろう!」

ゼンがおぼれていることに、助けを求められてようやく気付いた教員や生徒たち。

彼らは大いに慌てて救助活動に入る。当たり前すぎたが、溺れると死ぬのだ。

縄を渡されたゼンは必死でしがみつき、引き揚げられていく。

そして、感謝すべきだった彼は、溺れた恐怖に震えて何も言えなくなっていた。

混乱して飲んでしまった池の水を吐いて、なんとか平静に戻ろうとしている。

そんな彼をみて、やはり他の面々は首をかしげていた。

「あの、ゼンさん。仙人や天狗は水の中でも溺れないし、火の中でも燃えないのでは?」

アルカナ王国の上流階級では、もはや常識となっている仙人の生体。

老いず衰えず若返りさえして、燃えず溺れず病まず。およそ生物とは思えない環境適応能力を持つ仙人が、なぜ池ごときで溺れるのだろうか。

「そりゃあ溺れませんよ! ちゃんと集気法を修めているのなら! 俺はそこまで行ってないんですよ!」

猛烈に抗議するゼン。それはスイボクと同等に語られたがっていない、他の多くの天狗や仙人と同じものだった。

半人前の仙人は、そこまで無理が効く生命体ではないらしい。

「たしかにある程度は集気法を使えますよ! だから老化してないんですし、こうやって内功法の修業だってできるんですから! ですがね、集気法は仙人にとって呼吸みたいなもんですよ!? 貴方達俗人だって、疲れ切ってたり緊張していたら呼吸が乱れるでしょうが!」

ついこの間スイボクが滅ぼしたヤモンドでは、フサビスが酸を浴びせられたり焼けた鉄を押し付けられたり、煮えた油の中に沈められていた。

あれは集気法をきちんと修め、さらにその上位である錬丹法を修めている彼女だからこそである。

仮にゼンがそれをされれば、俗人同様の憂き目を見ていたであろう。

「溺れてるところを見たんですから、助けてくださいよ!」

「す、すみません……」

「失礼しました……」

改めて、山水もはるか昔に通り過ぎた、未熟な仙人を見る。

この国が滅びた後も修行し続けるであろう、過酷な人生を歩む者を見る。

絶対に真似したくない、と。

スイボクや大天狗は長命者の中でも例外的に長寿らしいのだが、常人からすれば比較的若い彼さえ理解の外である。

そんなに努力して、一体何になるつもりだというのか。

「この間だって酷かったんですよ、なにか思いついたみたいにスイボク師匠がやってきて『ゼンよ、たまには派手な修行もよかろう』とか言って! 間欠泉の前で瞑想させられたんですよ!? 生きた心地がしませんでしたよ!」

トリッジを鍛えたときに気分を良くし、山水がそれを羨ましそうにしていたところを見て、スイボクはゼンにもそれなりに派手な修行を課していた。

なお、結果はお察しである。

スイボクはその気になれば、仙気を宿しているものに対して遠隔で補助的に集気を行うことができる。しかし、だからと言って温泉地帯の危険区域へ連行されて、精神の鍛錬を課されれば洒落にもならない。

「『ぬ、これはお主には好まれんか。まあ二人目じゃしな』じゃないですよ! 極端なんですよ、スイボク師匠は! もう絶対、スイボク師匠一人に指導してもらいません!」

「何をほざいておるか。自分の修業不足を棚に上げて、我が弟子ながら情けない」

そう言って降り立ってきたのは、スイボクとフウケイの師匠という、よく考えたらとんでもない仙人であるカチョウだった。

弟子が修行の途中で力尽きたことを察して、空から降りてきたようである。

「別に溶岩の中にもぐっているわけでもあるまいに、池でおぼれるとは何事か。師として恥ずかしいぞ」

「いや、だってその……やっぱりまだ、内功法は早かったみたいです……」

「うむ、それでよい。お主に内功法はまだ早い、集気法の習得に専念するがよかろう」

百年ぐらい生きていても、まだまだ基本をこなさなければならない。

なるほど、仙人とは常人から逸脱している。

「さて……未熟な我が弟子が醜態をさらしたな。であれば師である儂が、大八州の仙人の面目を保たねばなるまい」

改めて、教員たちの前でカチョウは術の準備を始めた。

上空に自分の陣地を浮かべているだけに、通常よりもかなり速やかである。

もとより長くこの周辺に滞在していることもあって、彼の事前準備は済んでいた。

その事前準備が数か月必要、というのが仙術の仕方がない面である。

これを独力で克服しているのは、それこそフウケイだけであった。

「端的に言えば、軽身功と重身功を極限まで極めれば、ああして空に大地を浮かべることができ、天候さえある程度操ることができるようになるわけじゃな」

重力操作の延長として、天候操作が存在する。

おそらく日本人が聞けば、なんでだ、という話になるだろう。

それはアルカナの教員や生徒も同じことだった。

「基本として、内功法は自身や触れている物の重量を操作する。例えば水を汲んだ桶を軽くする程度なら、それこそゼンでもできる」

「ま、まあ一応は……」

「それが修行になるとは言えんがな」

木でできた桶に池の水を汲み、それを指の上に載せて見せるカチョウ。

見た目は幼児と言って差し支えないカチョウなので、軽々と持っている所作を見るだけでも術が発動していると分かる。

「さて、サンスイは投山や崩城を習得しておったな? 外功法に達しておれば、いったん触った物を浮かせ続けることも可能じゃが……」

ふわりと浮かんだ桶が、空中でひっくり返った。

中の水がどうなるのかと言えば、桶に収まったままである。

「外功法に収まっているうちは、ああして器に納めなければ水や空気へ術を巡らせることはできん。こうして実際に水だけを浮かせるには、地動法の習得が必要じゃ」

とても幻想的なことに、桶に入っていた水が大きな水の球となって浮かぶ。

ふにふにと変形しながら、空中で太陽の光を不規則に反射させていた。

「よって、この程度のことでもサンスイには無理じゃな。やらせてみれば、すぐに無理とわかるぞ」

専門的なことなので何とも言えないが、確かに察しはつく。

水を水のまま浮き上がらせることと、器に入れて浮かせるのであれば、後者のほうが簡単そうだった。

「さて、肝心の気象操作じゃが」

あらかじめ準備していたので当然だが、カチョウの術が中規模で速やかに発動する。

つまり、池の水が全部丸々浮かび上がった。

「う、うおお……」

「凄い……いや、今更だけど」

「これが熟練の仙人の業か……」

空に浮かんでいる大八州は、全部カチョウの支配下にある。

最近はずっとアルカナの上空で待機しているので麻痺していたが、カチョウにしてみれば仙気を伝播させた池の水を浮かせるなど簡単どころではないのだろう。

「崩城は物の重さを内側で偏らせることで成立させるのじゃが……それを応用すればこうして、浮かせておる水の中の異物を集中させることも可能なわけじゃな」

当然ながら、池の水と言っても清浄ではない。

水生生物のフンや泥などが混じっており、どう見ても飲料に適さない。

浮かび上がってみるとそれは顕著で、はっきり言って汚らしい。

しかしカチョウが術を使うと、水の中の生物はそのままに、泥汚れなどが中央に集中していく。

水そのものや生物に影響を与えることなく、泥などの『異物』だけに重力を作用させているということだろうか。

「これをとんでもなく広範囲でできるようになれば、雲を自在に動かせるようになるわけじゃ。雨を降らせることも、降らせないことも、雲の中の水分を操作することによって可能になるわけじゃな」

浮かんでいる池の水が、いくつかの塊に分かれていく。その内部で、窮屈そうに魚や虫が泳いでいる。

一点に集中していた異物は、湿り気さえ残っていないひと固まりになって地面に落ちた。

スイボクはともかく、山水には不可能そうな、とても難しい術だと一目でわかる

「俗人にとって天候とはままならぬものであるが、我ら仙人にとって天候というものはそれこそ気分次第じゃ。とはいえ、今それができるのは儂とスイボクだけじゃがな。まったく、スイボクめ……サンスイにも天地法を仕込めばいいものを」

「カチョウ師匠、それってとんでもなく時間がかかりますよね」

「まあ……この国は持つまいな。最初からそのつもりでも、五百かそこらで習得できる術ではないし」

この場の誰も知る筈もないことだが。

グラス王子は他の家の主を集めたときに、国民を仙人にすることに対して消極的だった。

如何に国家存続のためとはいえ、そこまで個人へ負担をかけられないという配慮だったが……。

この場の俗人たちは、全員がそれを共感していたわけで。

「貴女は若いし筋肉量もあるし、十日あればちゃんと痩せられるわよ」

「そ、そうですか……」

一方そのころ、ブロワはフサビスから直接ダイエット計画を授けてもらっていた。

貴人の多くが彼女から直接の指導を受けたいと思っている状況を理解したので、本人はとても恐縮していたが。

「どうしたの、ブロワ」

「あの……無理を言ってすみません」

「気にしなくていいわよ。サンスイから紹介状ももらったし、一人見る分には負担じゃないわ。第一、貴女は元々体を鍛えていたから、簡単な計画でいいしね」

ブロワは少々運動不足だったというだけなので、フサビスにしてみれば楽な仕事である。

これで適正体重を大きく超えていて、むしろ運動ができないほど不健康な女性から頼まれていれば、数年単位の仕事になっただろう。

しかも、相当過酷な。

「大体、サンスイ本人に比べれば大したことじゃないわ」

「さ、サンスイがどうかしたんですか?」

「あら、聞いてないの? スイボク殿に頼んで……」

今更だが、南の島でキャッキャうふふをするには、まず天候という課題がある。

大嵐が来てしまえば、如何に恋人と二人っきりとはいえ、楽しい思い出にはならないだろう。

「貴女と遊びに行く予定の島の天気を、調整してもらっているらしいわよ」

明日天気になあれ、の最上級である。

嫁と逢引をするので、明日天気にしてください、と師匠にねだる五百歳の剣聖。

可愛い弟子の頼みなので、明日天気にしてやろう、と請け負う四千歳の大仙人。

「さ、サンスイがそこまで本気だとは……」

まさに、天の機嫌伺であった。