作品タイトル不明
美術
「どうしてこうなったのか、よくわかりません……」
「君にはわかりにくいことだろう。だが、これも仕方がないことだ」
もうすぐ当主となる祭我は、今回の沙汰に不満があった。
一族郎党、島流し。国家へ反逆を企てたわけでもないのに、些か重罪が過ぎるのではないだろうか。
「娘は君へディスイヤのことを教えたがっていなかっただろうし、何よりも君はディスイヤの歴史を知らない。だからこそ、今回の処置が極端に映るのだろうな」
もうすぐ引退するバトラブの当主は、己の息子へディスイヤの歴史を語り始める。
それは決して明るくないが、それでも確かな人々のつながりだった。
「君はディスイヤのことをどう聞いていた?」
「あの……まず、アルカナ王国の海は全部ディスイヤ領地で……それから、商売が盛んだと。あとは、その……娼館だとか奴隷だとか、とにかく悪い噂ばかりでした」
「そうだな、特色としてはあっている。しかし、それはやや誇張された特色だ。確かに海岸線はすべてディスイヤの物だが、広大なディスイヤ領地はほとんどが内陸だ。大部分がバトラブと変わるものではない」
地理的に言えば、確かに海がある。
しかし沿岸部以外は、海を見たこともないような者が多い。
同じ国の中なのだから、そう極端な差があるわけがない。
「だが、特区とされる場所は別だ。それこそ君が想像するか、それ以上の『悪』がある。刺激と背徳に満ちた、悪法の支配する恐れるべき悪所だ」
「悪法、ですか」
「そう、悪法だよ。ディスイヤの特区は、決して無法ではない。むしろ他の区域よりも厳格な、残酷な刑罰の支配する土地だ。殺人さえ含めて、他の地では違法とされる行為が納税や合法賄賂によって許される。逆に許可もなく殺人を行えば、他の地よりも過酷な私刑が下される」
アルカナ王国で最初に旧世界の軍勢に襲われた、繁栄している悪徳の街。
その土地の悪党が決死の特攻を行い、辛くも撃退したと聞いている。
「わかりやすく言えば、ディスイヤは悪を『観光資源』とした。本物ではあるが、決して有害ではない悪。正規の手続きを踏めば、誰もが間近で見ることができる刺激に満ちた非日常の街だ」
「動物園か水族館みたいな……」
「それはわからないが、何となくわかるだろう? 決して自分の家の近くにあってほしくはないが、遠くにあるのなら行ってみたい施設。いかがわしいことの溢れかえった、金さえあれば安全な街」
「……ちょっと興味があります」
「だろう。賭場を含めて、膨大なカネの動く巨大な娯楽地域というわけだ。アルカナの建国に貢献したディスイヤは、国家公認の悪徳商人としての地位を得たのだよ。貴族としての義務を果たす一方でな」
当主は、少し表情に影を作った。
「とはいえだ、ディスイヤ家も悪徳ではあるが商人ではあるし、貴族でもある。言ってはなんだが、きちんと内政はしていたのだよ。先ほども言ったが、特区以外はバトラブやソペードと大差はない」
「いいことじゃないですか」
「そうだな。問題はディスイヤ家に生まれた全員が、悪徳を肯定できたわけではないということだ」
いっそ、特区だけが領地か、あるいは領地中が特区ならよかったのだ。
いや、何一つよくないが、世代を重ねるごとにディスイヤ家の中から特区へ忌避感を持つ者が出たのだ。
つまり、普通の貴族が出始めたのである。
「はっきり聞くが、君はその特区を治めたいか?」
「嫌ですね」
「私も嫌だし、もちろん王家だって嫌がるだろう。仮にアクリルが王家へ領地を差し出していれば、確実に潰していたな」
犯罪の温床どころか純粋培養施設である。
利益を出し採算が合うとしても、自分が統治したいとは思わないだろう。
かといって、放置すれば何が起きるのかなど考えるまでもない。
であれば、軍を動かしてでも破壊するべきだろう。どうせ、善人など一人もいないのであるし。
「悪徳商人の家と言っても、世代をまたいだ全員が悪徳商人になれるわけがない」
「凄い言葉ですね……」
「ディスイヤ家に生まれ、特区と無縁の領地を治める者の中には、特区やそれを取り仕切る親族を疎む者もでた。それが今回の悲劇の発端だ」
ある意味では、特区なんぞを作ったのが悪いのかもしれない。
後世の子孫へ、有名な肥溜めを残したようなものだろう。
「当事者である彼らは、世間の醜聞が真実だと知っているからな。誤解なら訂正すればいいが、真実なので弁解の余地がない。まともな貴族として育ってしまった彼らは、他の四大貴族や王家に対して劣等感を抱くようになった。そして、それを変えたいと思うようにもなった」
「それはいいことだと思いますが……」
「そうだ、それ自体はよかったし、半分は成功していた。いや、三分の一程度は成功していた。考えてもみたまえ、いくらディスイヤが国家公認の悪所とはいえ、長く経営していれば飽きられる。新しい観光資源として目を付けたのが、世間一般にも普及している芸術関係だ。悪所で稼いだカネで多くの芸術家を雇用し、表向きの見世物も最高のものをそろえようとした」
表と裏の観光名所をそろえる。
家族でも楽しめる施設に加えて、後ろめたくも魅力的な秘密の施設も残す。
それはより多くの客を呼び込めるはずだった。いや、実際に呼び込めていた。
「ディスイヤの特区は醜悪なだけではない、優れた芸術もある街だと認識されるようになっていた。それだけでもよいことだが、一部の者は醜聞を塗り替えるために、さらに芸術面を強化するようにしていった。そうしているうちに、一族の中からも芸術家が排出されるようになった」
「あ、そういう流れなんですか……」
「なにせ多くの芸術家を見定めるのだからな、子供のころから目が肥えるわけだ。指導者も大量にいるわけだし、素質があれば十分大成する。言っては何だが、ディスイヤの中から出た芸術家ということで、よく思われてもいたからな。そうして悪徳商人の家系から、芸術家の家系へ切り替えていこうとしたのだ」
「でも、失敗したと」
「そうだ。そこは弁解の余地なく、ご老体の失態だ。芸術家を輩出する貴族から、芸術家の集団に成り下がってしまった」
成り下がった、と言い切る。
それは金持ちの道楽集団だと言い切るに等しい。
「彼らが各々の芸術を極めつつ、きっちりと貴族としての仕事をしていればよかったのだ。だが若き日のご老体は、彼らへ優秀な代官を派遣してしまった。貴族としての実権、業務を乗っ取ったわけだな」
「でもそれを、危ないと思わなかったんですか? ほら、実際今回みたいなことになったわけで」
権力が武力を放棄すれば、その先には転落しかない。
勘違いしてはいけないのだが、権力とはそもそも武力から 派生(・・) した、外付けの部品でしかない。
武力を効果的に使うために権力が存在するのであって、武力から独立している権力など文字通り無力なのだ。
「相手が外部ではなく、当主だったからな。身内ということで甘えもあったのだろう。それに……」
バトラブの当主は、新米当主を見る。
男子としてのあこがれを成し遂げた、一万年ぶりに出現した竜殺しの勇者を見る。
「惜しみなく偽りもない称賛は、人間を病みつきにしてしまう。他人の役に立つための仕事よりも、他人から称賛される仕事を優先するようになってしまうのだ」
誰だって、称賛されたい。
社会から惜しみのない賛美を受けて、自尊心を満たしたい。
貴方にしかできないとか、世界で最高だとか、感動したと言わせたい。
「こんな言い方はどうかと思うが、他人の役に立つ仕事というのは、必ずしも称賛されるわけではない。例えば君も、傘下である貴族へ惜しみのない喝さいを送ったりはしないだろう」
「それはそうですけど……」
「だが、褒めてもらえずともやらねばならない仕事はある。その最たる例が、今回の戦争からの復興だ。多くの民が苦しんでいる中、ディスイヤ家の 連中(・・) が何をしていたのか知っているだろう」
彼は、冷酷な顔をしていた。
「焼かれた街へ赴き、視察している姿を絵に描かせていたのなら、そこまで問題ではない。だが護衛を連れたうえで、自分でスケッチをしていたら、戦火に焼かれた街を自分で絵に描いていたら、それはもう貴族失格だ。それどころか、国民ですらない」
アクリルが言うところの『本物の芸術家』、ディスイヤの名前を捨てている者であっても、そんなことをしていたら叩かれるだろう。
社会が大きく傷を負ったのだから、貴賤を問わずに各々のやり方で復興に尽力するべきなのだ。
普段の職業が何であれ、瓦礫の撤去や炊き出しなどに参加するべきなのだ。
にもかかわらず、他人事のように絵などかいていたら、殴られても文句は言えまい。
「彼らは自分たちを社会から懸絶した存在だと位置づけていた。俗世の物事とは無縁な、雲の上の人間だとな。よって、海の彼方に追放されたのだ」
「そんなスイボクさんみたいな……」
「その通りだ。スイボク殿のように飲食が不要で社会に参加する必要がなく、なによりも国家そのものよりも強大なら雲の上の人間だと言っていい。ありえない話だが、スイボク殿が絵を描いていても馬鹿笑いをしていても、誰も咎めることができん」
スイボクの場合、国益を語られても一切同調しない。
自分が仙人であり、社会に所属していない自覚があるからだ。
そしてなによりも、嫌がっていることを強要してくる相手が大嫌いである。
「強ければ何をやっても許されるというが誤りだ。『強ければ許される必要がない』が正しい」
国益のために我慢しろと言われれば、国家全体の方が我慢しろという。
たった一人で国家に勝てるものかと言われれば、国家が負けを認めるまで戦い続ける。
なによりも、それを実行するだけの実力を備えている。
そのスイボクは、基本的に許される必要がない。実力的に、誰を敵に回しても絶対に負けないからだ。
むしろ、周囲が折れるか、周囲全体が死ぬしかない。
ディスイヤ家の面々も、強ければあんな目にあわなかったか、あんな目にあっても逆襲できたのだ。
「彼らは弱いにもかかわらず、許されないことをした。だから罰を受けたのだ」
切り札たち五人のような懸絶した力を持つ者でさえ、周囲の都合を考えずに好き勝手やっているわけではない。
にもかかわらず、力を持たない者が許されないことをしたのだ。なるほど、無自覚な自殺であろう。
「でも、その……助けが来るのでは? 別に空に浮かんでいる島というわけでもないんですし」
「ない」
首を左右に振る当主は、それはありえないと言い切る。
「仮にそんなことをすれば、アルカナ王国全体を敵に回すことになる。なにせ、今回の件は王家も許している、国家公認の流刑だ。アクリルは独断で強行したのではなく、他のすべての家に事前の申請をしている。もちろん、罪状も含めて公開されている。それに対して異議を唱えたり、あるいは流刑先へ救助に向かおうものなら、切り札も投入されるだろう」
ちゃんと話を通すのが、政治的なセンスである。
それだけ白黒がはっきりしている状況だということも大きいが、彼女は代官たち全員との連名で王家に許可を求め、他の四大貴族にも説明はしていた。
なので、彼女が裁いただけではなく、国家全体が保証しているということである。
「勘違いしないでほしいが、彼らは確かに超一流の芸術家だ。決して名声をカネで買ったわけではなく、実際に多くの支持者がいる」
芸術家を助けるために、世界最強の大国へケンカを売ることなどない。
もしも売られたら買うだけのことだ。
「芸術は人の心を動かすことができるが、人の命を動かすことはできないのだ」
ディスイヤ家の面々は勘違いをしていた。
確かに芸術は尊いが、本当に尊いのは芸術を楽しめる余裕があることだと。
そして、どんな主義主張を掲げるとしても。
それはただの行動方針でしかないということを。
「保護主義を掲げるバトラブらしからぬことかと思うかね? だが我ら四大貴族は主義を実践するために政治をしているのではない。国益を守るどころか反するのなら、主義も主張もいくらでも取り下げるとも。掲げた主義を守るために国家が損をするなど、本末転倒もいいところだ」
どんな理念を掲げるとしても、まずは国益を考えられる、国民を第一に考えられる政治家になってほしい。
己の後継者に、引退する貴族は安らかに語っていた。
「他人を幸せにしない理念など、ただの独りよがりだ。そんな政治家はいないほうがいい」
保護主義を語るのならば、保護するに足る価値をこそ保護しなければならない。
己を戒めてきた言葉を、彼は義理の息子に託していた。