作品タイトル不明
流刑
取り残されたディスイヤ家の面々、もはやディスイヤを名乗れない面々が最初にやったことは、八つ当たりだった。
なにせこの場には、アクリルの父や母も、兄弟もいる。彼らへ罵倒の限りを尽くし、暴力さえ振るった。
しかし、それも疲れる。如何に咎める側の人数が多いとはいえ、怒鳴って殴って、それで疲れないわけがない。
彼らはようやく、現状を把握することになったのである。
「これから、どうしましょう」
そう言った女性がいた。女優として名を轟かせた、美しい女性だった。
もちろん、この場では何もできない。とはいえ、それは決して咎められまい。
ただ呆然と周囲を見渡しただけでも、その絶望感は著しい。
四方八方が海であり、自分たちの周囲には古びた建物が二軒立っているだけで、しかも一目見てわかるほどに人気が無い。
動物の影はなく、あるとしても海鳥の巣ぐらいしか見つからないだろう。
それを物語る植生は、背の低い雑草が薄い土に生えている程度だった。
その上で、断崖絶壁。
誰がどう考えても、ただ陸地があるというだけの島だった。
救いがあるとすれば、彼らがいる陸地そのものはそこそこ広く、ある程度平らだということだろう。
自殺したいと思わない限り、落ちて死ぬことはあるまい。
逆に言えば、島でありながら海面へ降り立つことさえ、相応の覚悟が必要だった。
こんな状況に放り込まれて『いやあいいところだなあ』と言えるのは山水とスイボクぐらいだろう。彼らなら、この島で特に支障なく生活できそうである。
しかしそれは、飲まず食わずの生活が普通の二人だからであり、帰ろうと思えば何時でも自力で帰れるからだろう。
だが、誰もがそんな精神性を持っているわけがない。仙人でも天狗でも、そうそうは耐えられないだろう。まして、俗人では。
「ねえ、誰か何か言ってよ」
はっきり言って、彼らが無能だとか貧弱だとか、そういう問題ではない。
先ほどの二人以外にとって、ここは安価な地獄だ。仮に衣食住が完備されていたとしても、絶対に天寿は全うできない。
真水を探すとか、魚釣りをするとか、昔人が暮らしていた痕跡を探すとか、カニや貝を探すとか、脱出のための手段を講じるとか、そういう『段階』が一切ない。
見たままの物しかなく、それだけで絶望しかない。
「私たち、このままここで死ぬの?」
普通の人間は、こんなところでどうすればいいのかなどわからないのだ。
「ふざけている!」
そう叫んだ、比較的若い男性。彼はなんとか希望を見つけていた。
「我らディスイヤを、こうも粗雑に扱うなどあり得ない!」
不適切という言葉では足りない、あり得ない処遇。
彼らはこんな場所に押し込まれて、捨てられていい人間ではない。
全員が何かの技能を持ち、しかも全員が世界にその腕を認められているのだ。
賞賛されていた自分たちが、こんな場所にいていいわけがない。
「アクリルめ……おおかた欲深な代官どもに祭り上げられたのだろう! 我らを押しのけて、好き放題やるつもりに違いない!」
「だから、そんなことは今いいでしょう!?」
呪うのはいいが、何の解決にもならない。この場の全員が望んでいるのは、現状の打開策だ。
もちろん、誰も具体的には口にできない。こんな状況に耐える術など、余りにも専門外だ。
「どうすればいいのよ!」
「……我らが、こうも全員いなくなったのだ! 隠そうと思っても、絶対に隠せるものではない!」
一人二人なら、行方不明で処理できるだろう。
だが、この場には百人以上の貴族がいる。四大貴族の一族郎党が、全員ディスイヤ領地から居なくなったのだ。
それを隠すなど、いかにディスイヤの暗部でも不可能に違いない。
「絶対に、騒動になっている!」
「そうだ、俺の店の客は絶対に他では満足できない!」
「俺の演劇を待っている客もだ! こんな風に打ち切られて、納得しているわけがない!」
「私の絵だって、多くの客を待たせていたんだ!」
彼らには、多くの顧客がいる。
それも貧民などではなく、有力で裕福な貴族や王族ばかりだ。
その彼らが、自分たちをこのままにしているわけがない。
「彼らが私たちを求めるはずだ!」
「そうだ、我らにはそれだけの価値がある!」
「多くの人々が、我らを探そうとする! 放っておくわけがない!」
独りよがりではない。
彼らには多くの支持者がおり、熱狂的な客も多かったのだ。
だからこそ、長くディスイヤ家は芸術家を輩出できたのだ。
「ここがディスイヤの領海なら、見つけるのは不可能ではない!」
とはいえ、彼らは海に関してど素人だ。
大海の中にぽつんと浮かんでいる、何の利用価値もない孤島。
それがたまたま発見されるなどあり得ないが、仮に見つけようと思って海に出ても簡単ではない。
そして、それを抜きにしても。
「それは何時来るのよ!」
そう、いくら何でも即日に助けが来ることはない。
たまたま船が通りかかる、という可能性の方がずっと高いだろう。
もちろん、可能性というには余りにも儚いが。
「私たちのお客様が、私たちがいないって知るのにどれだけかかって、そこから私たちを探し始めて、更にここに着くまでどれだけかかるのよ!」
今すぐにでもどうにかして欲しい。
そんな願望は、叶いようがない。
「こんなところで、ベッドもないのに寝ろっていうの?!」
こんな所へ無理やり連れてこられて、一晩寝る。
ただそれだけで、婦人にはつらい。恥も外聞もなく泣き叫ぶほどに、辛くて耐えられない。
「嫌よ! そんなの、絶対に嫌!」
それに同調して、年齢を問わずに女性たちは泣き崩れていった。
それを慰める男たちだが、決して具体的な救済案は出せなかった。
「どうする?」
「……待て、小屋がもう一つあるぞ」
今の今まで、余りの衝撃に頭が働いていなかったが。
それでもよく考えれば、特に隠されているわけでもなく、比較的大きい倉庫が近くにあった。
まさか船がそこにあるわけもないし、あったとしても海面まで下ろせないし、さらに言えば航海術など一切ない。
それでも希望はほのかにあった。そして実際、そこには『希望』があったのだ。
今更だが、この場の面々はディスイヤの貴族である。
その彼ら全員をいきなり処刑するなど、当主代理如きでは不可能だった。
よって流刑になったわけだが、なにも残さずにこんな島へ置き去りにされれば、仙人や天狗でもなければただの殺人である。
倉庫の中には、ぎっちりと食料が詰め込まれていた。
もちろんそれだけではなく、飲料水や野営用の毛布などもそろっていた。
「なんだ、これは……!」
それをみて、無心に喜べるものはいなかった。
そこにある『物資』は彼らが普段触れているものとは程遠く、量はともかく質は最低に近かった。
特に毛布や衣服は、平民のそれである。お世辞にも防寒機能があるようには見えなかった。何よりも、貧乏くさかった。
「これでは、我らはまるで囚人ではないか!」
一応の生活用品もあるが、余りにも粗末。
囚人のようだ、という表現もあながち行き過ぎではない。
「や、やつらは、我らをどこまで貶める気だ!」
しかし、それを見て希望を見出す者もいた。
「なあ、水や食料は何日持つ?」
「なに? 待て……普通に食えば、そうだな……六日か七日か?」
「そうか、七日か……」
料理店を経営していれば、そして人数を把握していれば、水や食料がどれだけ持つのか大まかにはわかる。もちろんあくまでも高級料理の料理人の目測なので曖昧だが、それでも素人よりは信頼性があった。
「ならば、七日後か八日後には補給が来るのではないか?」
ようやく、なるほどと言える希望が見えた。
確かに流刑であって死刑ではないのなら、食料の供給がされて当然である。
七日分の食料しかないのなら、七日目か八日目には何者かが訪れるはずだった。
「……七日か八日、ここで過ごせと?」
「いたしかたあるまい。それともなにか、大海へ体一つで泳ぎ切るのか? あるいは、酒瓶に手紙でも詰めるか」
「そうは言っていない!」
「ここで七日か……」
それなりには、現実的だった。
自分たちを流刑にした輩の善意だとか倫理に縋るのは癪だが、少なくともこのまま何時来るともわからない船を待つよりはマシだった。
「……七日もここにいろと!? 俺の店はどうなる!」
「どのみち、ここから船で進めば、港まで一日では帰れんだろうが!」
泣こうが騒ごうが、泣こうがわめこうが、誰かが『善処いたします』だとか『全力を尽くします』とか言ってくれるわけではない。
少なくとも、この場に目下はいなかった。
「……おい待て、外が騒がしいぞ」
「なにか、焦げ臭くないか?」
そして、性質が悪いことに。
アルカナ王国で魔法は常識であり、それなりの格がある家に生まれれば、指先から火をともす魔法ぐらいは常識である。
「ま、待て! お前の所の嫁が、あの小屋に火を点けているぞ!」
「狼煙にする気か?! 近くに舟がいるとも知れないのに?!」
「おい、止めろ! 早くしろ!」
潮風で湿っているとはいえ、木材を燃やすのは簡単だった。
「なんで止めるんですか! このあばら家を燃やせば、大きな煙が出るでしょう!」
「そうかもしれないが、近くに舟がいなければそれまでだぞ!」
「では私にこの島で夜を明かせと?!」
「このままではどのみち、舟で夜を明かすぞ!」
そうだった。
既に日は暮れており、夜になりつつあった。
空には星が輝いているが、それは別に珍しくもない。
「……ところで」
「なんだ?」
「なぜ料理を作らない?」
船大工も航海士もいない以上、このばで唯一役に立つ技能を持つのは料理人だろう。
分野がだいぶ異なるが、それでも活躍することを求められていた。
「何を言っている?」
この場には数人の料理人がいるが、しかし誰も動こうとしていなかった。
特に、先ほど廟舞に殴られていた男は、なぜそんなことを言われているのかもわからなかった。
「なぜこの俺が、この状況で、あんな材料で料理を作らねばならない? お前たちが作ればいいだろうが!」
「お前たちは本職だろう! とっとと作ればいいだろう!」
「その言い方はなんだ! 頼むなら言い方を考えろ!」
この極限状態である、言い争うのも仕方がない。
いきなり放り出されて、協調性を保つなど不可能に近い。
「……もういい、作ればいいのだろう。だが、手伝ってもらうぞ。さすがにこの人数全員分を、俺たちだけで作るのは無理だ」
「……はあ? お前たちは超一流の料理人だろうが! どうにかしろ!」
「無理を言うな! 仕込みがされているならまだしも、この状況でどうにかできるか! 人数が必要なのだ、人数が!」
しかし、この場合は料理人の方が全面的に正しい。
自分の専門分野なら、現実というものが把握できる。
ほんの五人ほどで、百人以上の料理を下準備もなく用意できるわけがない。
よって、手伝いぐらいはしてもらって当然だった。
だが、それは専門家の理屈である。素人にはそんなことが分からない、というかわかる気が無い。
別に最高級を要求しているわけでもないのだから、超一流の専門家なら自力でどうにかできると信じて疑わない。
というよりも、なぜ自分が『料理なんぞ』をしなければならないのかがわからない。
「ふざけるな! なぜお前たちの下働きなどしなければならない!」
「ではお前たちは、一体何をするつもりだ! この場で笛でも吹くのか?! 絵でも描くのか?!」
「なんだその言い方は!」
超一流の料理人だとは知っているし、その料理を食べたこともある。
だが、自分自身も己の道で生きてきた自負がある。
だからこそ、今更下働きなどしたくもない。
料理人としては『人数がそろわないと無理』なので、『簡単な下ごしらえ』をやって欲しいと思っている。
しかし素人には『自分たちが料理をするなんて無理』なので、『超一流の料理人にぱっぱとどうにかして』欲しいと思っている。
そして、人数が多いのは素人の方だった。
「早く何とかしろ!」
「お前たちは超一流なのだろうが!」
「わかっているのか、子供もいるんだぞ!」
だが、決定権があるのは料理人の方だった。
「……知るか」
「馬鹿馬鹿しい、お前たちが何もしないなら、我らもなにもせん」
「一体何様だ、客でもないのに」
「気乗りせんのは我らも同じだ、ならばお互い好きにしようではないか」
結果的に、双方が放棄することになった。
それはいうまでもなく、全員が何も食べないことを意味していた。
「ま、待て、わかった、多少は手伝うから、せめて子供の分は……」
「一晩ぐらい我慢させろ」
とても面倒なことに、料理人たちは本当にすべてを放棄していた。
そして、もはや誰が何を言っても、仕事をすることはなく……。
全員が飢えたまま、失意のままに、文句を言いながら夜を明かすことになった。
七日後に、救いが来ると信じて。