軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王道

とんでもないことを聞いてしまった。

山水によって秘境へ連れてこられた、悪血を宿す六人。

彼らはディスイヤの当主が倒れたという、国家を揺るがす情報を聞いてしまっていた。

場合によっては自分たちを情報源にして、内戦へ発展しかねない。

それを恐れた彼らは、当然の様に保護を求めた。

「それは災難だったな。だが、軽率な行動に出なかったことには感謝する」

ソペードの当主に接触した彼らは、なんとか落ち着くことができていた。

当然ながら彼はその情報を聞いており、重要性を理解している彼らを快く受け入れていた。

「それにしても、なぜサンスイはお前たちを秘境へ連れて行ったのだ」

「当主様、それは……」

それは山水の恥部であり、同時にソペードの恥部でもあった。

それでも特に隠すべきことでもないので、ボウバイは説明する。

なおアラビとジョンは、当主と親しげに話すボウバイを尊敬のまなざしで見つめていた。

「そうか、スイボク殿から修業をつけてもらった上に、宝貝まで賜ったと」

当主は、まだ息子から報告を受けていない。

だからこそ、ボウバイから初めて話を聞いていた。

その表情には、羨望がある。

アラビがそうであるように彼も一人の武人として、スイボクから火口で修業をつけてもらうという状況に憧れがあった。

自分の息子に対して、嫉妬さえしているようだった。

「皆には、我が子が迷惑をかけてしまったな」

「いえ……そのようなことは」

「ボウバイ、なかなか言いにくいことだっただろう。本当はサンスイから聞くべきだったのだろうが、今しがた別の任務を与えてしまったのでな……なるほど、それでサンスイが大天狗と一緒に」

戦争以降、ソペードの当主は努めて穏やかな雰囲気を保っていた。

当主であるがゆえに威厳が必要であるが、その一方で威圧をしてはならないと戒めている。

その姿勢が、分家の若者たちには尊敬できた。

尊敬できる当主がいる、それはとてもありがたい。

「当主様」

その尊敬できる当主へ、デトランはあえて質問をしようとする。

その表情は、極めて険しい。

「おい、デトラン!」

この状況での質問など、最年少であるカゼインにもわかることだ。

だが、そのカゼインでさえ、それを今聞くことはできなかった。

にもかかわらず、最年長であるデトランが口を開くなど、あってはならないことだった。

「ステンパー、お前が正しい。だが、私は聞きたいのだ」

「聞きたいで聞いていい質問じゃねえ! アラビやジョンのことも考えろ!」

「だが、今この場を除いては、聞くことなどできん!」

「だから、そもそも聞くな!」

自分の非を認めているデトランに対して、激しくうろたえるステンパー。

この状況では誰がどう考えても、非常識なのはデトランの方だった。

「まあ待て」

若き分家の二人を、当主は穏当に止めていた。

「ステンパー」

「はい」

「気持ちは嬉しい。だが報告をしたままというのは、心が収まらないだろう。悪血を宿しその活性化を学んでいるお前たちだ、出来れば不安は削いでおきたい」

「……わかりました」

当主がそう言ってしまえば、ステンパーはすんなり下がるしかない。

「アラビ・アガム、ジョン・マルシだったか」

「はい!」

「はい!」

「分不相応な話を恐縮することはない。ボウバイもそうだが、二人にはソペードでも重要な役割を担う可能性がある。我らの都合で集められ、サンスイの元で過酷な修業をしているのだ。決して口封じなどしない、安心して聞いてほしい」

話題の重要性に反して、ソペードの当主は落ち着いていた。

そんな大したことにはならないと感じているようなので、二人もとりあえず安堵する。

「では、デトラン」

「はい、ありがとうございます」

弱みにつけ込んでしまった羞恥もあるが、それ以上に気が逸っている。

場合によっては、アルカナが滅亡しかねない。

その重要性に、心が震えていたのだ。

「ディスイヤの御家事情は有名です。加えて、王家の王国統一の野心も」

「そうだな」

「戴冠を控えているグラス王子が、後継者不在を理由にディスイヤを潰す可能性はあるでしょうか」

アルカナ王国の根幹、建国以来続く四大貴族と王家の連立政権。

その調和が崩れる、第一歩になりかねない可能性が確かにあった。

「ある」

その可能性を、当主は温かく認めていた。

それはボウバイを含めた全員を困惑させるものだった。

「アクリルという奇人が後継者として指名されているが、彼女がディスイヤをまとめられない場合は、王家がその財産と領地を没収するだろう」

「……没収する、ですか?」

「元々アルカナ王国の領地は、名目上とはいえ王家のものだ。であればソペードやカプト、バトラブではなく王家が得るべきだろう」

仮に王家以外が手を伸ばせば、それこそ内戦に発展する。

であれば、王家が得るのが一番筋が通っている。

「良いのですか、それでは遠からずソペードにも王家の手が伸びます!」

覇気を失っている当主に問いただす若人。

筋道を通して、結果としてソペードが潰されてはたまらない。

「結論から先に言えば、私はそれに反対するつもりはない。王家に対抗できない家が、四大貴族を名乗り続ける方が問題だ」

王家が領地を貴族から没収する。

それは程度こそともかく、どこの国でも起きることだ。

であれば、それに抵抗できない貴族にこそ問題がある。

「四大貴族の当主は、国王と肩を並べて国政を担う義務がある。その一席を無能者に任せるような家なら、潰すべきではないか?」

「……それは」

「形に拘って、実体を失っては意味がない。ディスイヤがご老体を最後に滅ぶのなら、それも仕方がないのだ」

正論だった。

義務に見合う『人間』がいなければ、四大貴族は形骸化する。

それではどのみち、王家を抑えることはできない。

「そもそも、王家が統一を願わないほうが問題だ。一国の君主としての自負や責任があるからこそ、自らで国家全体を動かしたいと願っているだけだ。国政の多くを四大貴族に任せっきりになる方が、よほど意識として問題がある」

「アクリル・ディスイヤ……彼女の奇行は有名です。果たして彼女に、ディスイヤをまとめることはできるのでしょうか」

「わからん。だが、おそらく彼女一人では無理だろう」

彼女は天才だ、それは余りにも有名が過ぎる。

だが、それだけで『権力者』が務まることはない。

能力的な意味ではなく、支持者が集まらないからだ。

「今までほぼ政務を丸投げしていた彼女が、いきなり立ち上がっても誰も従わないだろう。たとえご老体が彼女を後継者に指名していたとしても、ディスイヤの実務を担っていた代官たち全員が受け容れるなどあり得ない」

「では……」

アルカナ王国、四大貴族の体制が破たんする。

それは遠からず、ソペードの落日につながるのだろう。

誰もが、その未来を悲観していた。

「だが、希望はある。ご老体を支えていた、『考える男』とカケジク・ビョウブの二人だ。竜との戦争でも武勲を挙げ、その以前でも多くの実績を持っていた二人なら、周囲からの信頼も厚いだろう」

ディスイヤに仕えて日の浅い二人ではある。

日本人だった二人よりも、よほど長く奉公していた者たちの方が多い。

しかし、それでも二人は側近として認められていたのだ。

「あの二人がアクリルを当主として認めるのなら、可能性は見えてくる」

そしてそれは、決して薄い望みではない。

今三人が何をしているのか知らないが、決して無抵抗で滅ぼされることはないだろう。

あの三人こそが新しいディスイヤとして残した、現当主の最大の遺産なのだから。

「いずれにせよ、ソペードは他の家を心配するだけの余裕はない。やるべきことをやり、ただ時を待つだけだ」

腰を据えた、覚悟を決めている、運命を待つ当主。

その姿は、やはり一国の政治を担うにふさわしい胆力を示していた。

「ウキョウ」

「はい」

グラス・アルカナ王子は、風姿右京皇帝と二人で話をしていた。

その表情は、極めて深刻であり、複雑なものだった。

「……私は、迷っている」

誰でもわかることを、彼は自分で口にしていた。

それだけ、精神的に参っているということだろう。

「戴冠を控えているこの時期に、ディスイヤの老体が倒れた。これによって、私を含めて五人中四人の当主が代替わりをすることになる。唯一残るソペードは前回の戦争に関して責任をとっているし、他の三人は極めて若い……」

「他人の不幸を喜ぶべきではありませんが、王家にとっては良いことではありませんか?」

「良すぎるのだ! これではまるで、私が老体へ何かをしたようではないか!」

確かに、好都合が極まりすぎている。

王子がなにか指示を出したわけではないし、ディスイヤがそれを防げないとも思えない。

ほぼ間違いなく、年齢相応の衰えによるものだろう。

だが、邪推をする輩は確実にいる。余りにも王家に追い風が吹いているからだ。

「風聞が悪すぎる……ここで私が行動を起こせば、それこそ王家は国民から支持を失うだろう」

「それが、言い訳ですか?」

右京には、王子の迷いが分かる。

自分に対して、何を求めているのか察しがついている。

「今すぐディスイヤを滅ぼすのではなく、あえて他の四大貴族を動かしてアクリルへ連絡をさせた言い訳ですか?」

「……そうだ」

王子は自分の中の迷いを、国主としての先輩に語っていた。

「私は甘い。王家がアルカナを統一すると意気込んでおきながら、長く国家に奉仕してきた老体が倒れたと聞いて、好機と思えずにしり込みしている」

理性では、今動くべきだ、と考えている。

感情では、今動きたくない、と思っている。

「仮に老体が目を覚ました時、長く護ってきたディスイヤが滅びていたのなら。その失意はいかほどだろうか、私のような若輩者には想像もできない」

王家の野心が『幼稚』だという自覚もあった。

少なくとも今の四大貴族は、よく領地を治めている。後継者問題のごたごたで、無理矢理奪っていいとは思えなかった。

「貴方は国家の主になるお方だ。これに関しては、マジャンも大八州も文句はつけません。貴方がやるべきことを成せばよいのでは?」

「……背中を押して欲しい」

『考える男』、浮世春。

アルカナ王国の抱える切り札の中でも、特に凶悪な 役割(・・) を持った男である。

恐怖され、抑止力となることを求められた彼は、ディスイヤのみならず国中に悪名を轟かせていた。

その彼が、その凶行を命じていたはずの老体が弱っているときに、本気で心配していた。

それこそ、普通以上に仲がいい祖父と孫のようだった。

「王家の切り札、フウシ・ウキョウ。私に、一国の元首としての覚悟を説いてほしい。私にディスイヤを滅ぼせと言って欲しいんだ」

「……くくく」

さして年齢の変わらない義弟に対して、右京は笑った。

「何を言っている、お前は」

「……」

「そんな甘っちょろいことを、他人に求めるな」

嘲っているようで、しかし本気で怒っていた。

「ディスイヤの老体が倒れ、後継者が立たないのなら。それはディスイヤの老体が守ってきた、ディスイヤの領民が窮地に立たされているということだろうが!」

椅子取りゲームでずるをしているとか、そんなくだらないことで悩んでいる『国王』へ怒鳴りつけていた。

「お前が心配しないといけないのは、世間の風聞か、自分の良心か、老人の心境か? お前の国の国民の現在だろうが!」

圧政暴政に虐げられてきた、多くの旧ドミノの民衆を知っている男は、王族の能天気な悩みを怒鳴りつけていた。

「四大貴族のご当主様は、必要だからいるんだろうが! いなくなったら内政が滞る! 内政が滞れば多くの公共事業が止まって、国家の助けが必要な人々が泣きはらして暮らすんだぞ!」

自分がやったことを思い出している。

自分が国を荒らして、それを皇帝のせいにしたことを思い出している。

「お前は国王だろうが! お前が裁かなくて、他の誰が四大貴族を裁けるんだ!」

「……」

「ディスイヤ家の人間一人と平民一人なら、貴族を選ぶしかない! だがな、ディスイヤ家の全員と、ディスイヤ領の全員ならどっちが大事だと思っているんだ! 何時まで王子様気分でいるつもりだ! 知り合いのお祖父ちゃんが死にかけていることなんざよりも、国益と国民を見ろ! 私情はその後でいい!」

「 義兄(にい) さんの言う通りだ……別の理由で自分が嫌になった」

ディスイヤが後継者を立てられないのなら、その時は迷わずに滅ぼす。その覚悟は固まった。

国益のための判断は済んだが、今度は私情が気になった。

「義兄さんは、ディスイヤが後継者を立てられると思うか?」

「立つ」

にっこりと笑って、一国の皇帝は国王の目論見が潰れることを予見していた。

「俺はアクリル・ディスイヤを知らないが、浮世春と現当主様を良く知っている。掛軸廟舞のことも知っている。その彼らを、多くの代官が知っている。それならきっと上手くいく」

「……王家の望みは、叶わないか」

「叛意の無い配下が有能なら、それは喜ぶべきですよ、国王陛下」

一国の国政を担える上で、広大な領地を治める偉大な貴族が必要だった。

それは十年後ではなく、今すぐ必要なのだ。

もしも十年後と言わず一年後なら、そんな時間を待つわけにはいかない。

「叛意の無い有能な配下か……切り札のようにか?」

その最たる例が、切り札なのだとしたら。

果たして貴族も国王も、有能である必要があるのだろうか。

「グラス国王」

「……皇帝ウキョウ」

「俺たち五人は、あくまでも札です。札が思考を放棄できるのは……主を信じているからです」

自分で考えて動くよりも、きっといい結果が出せる。

そう信じて、誰もが国王や当主の言葉に従ってきた。

誰一人例外なく、申し合わせたこともなく、勝手なことはしたことが無い。

「貴方が筋を通して、国民の為に政策を進めるのなら、みんながそれを信じて支えます。もしも違うと思った時は、今の様にちゃんと話して止めます」

「……話して、か」

「国益と私欲は、決して矛盾しません。双方を両立させるために知恵を絞った結果が、俺という男です。貴方のお父さんは、私と私の国を救ってくれた恩人だ。そのお父さんが貴方を後継者に指名したのなら、私は貴方の味方ですよ」