軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

褒美

「ここが、秘境セル……仙術によって生み出された地下世界」

ジョンは限界まで首を曲げて、空を仰いだ。そこにはやはり、ただ大地がある。

気がおかしくなったのかと思うほどに、そこは地面であり、家があり、田畑があり、人々が営みのなかで生きている。

空間がねじ曲がっている、重力が下ではなく外側に向かって働いている。光源がどこにあるのかわからない、等しく太陽の輝きによって照らされている。

「これを、人間がやっているのか?」

縮地法の上位に位置する、虚空法の奥義。

大地を隔離し、楽園を創造する仙人と天狗の秘儀。

一万年前から存続している、永遠の楽土。

それを仰いで、余りの規模に現実を疑っていた。

「やべえぜ……大八州もおかしいけど、こっちもやばい……」

土産話を語るという実利を求めていたステンパーは、そんなことを忘れて驚愕していた。

見慣れていた空に浮かぶ山脈を忘れてしまうほどに、丸くなっている大地に驚嘆する。

平面だと疑わなかった大地が、しかし明らかに丸みを持っている。

何もかもが規格外、想定外。この状況を認識している脳が悲鳴を上げている。

「世界最高の宝貝職人が、虚空法だかなんだかでこれをやってんだとしたら……やべえな」

地下世界が自然現象でも物語の舞台でもなく、一人の男によって形成されている。

そして、そこに自分がいる。興奮というよりは、思考停止。

目の前の異常事態に、なにも考えることができなくなっていた。

「ここが大八州と並ぶ長命者の集う地……巫女道と迅鉄道の本場か……」

デトランは感動していた。

度々自分へ指導してくれる山水が、初めて強敵と出会い手傷を負った地。

生きる伝説、ロコモ・ロイドの生きている地。

本人は後悔するほどうんざりしているが、それでも武勇伝が気になって仕方なかった。

「カゼイン様! ほら、あそこ! ど真ん中!」

「ああ、あそこに大天狗が!」

アラビとカゼインは、中心へ向かってそびえる霊峰と、その頂上に建つ建物を見ていた。

明らかに特別であろうそこは、修験道を修める天狗たちがいる。

アルカナ王国の城よりも神聖で、特別な雰囲気が漂っていた。

「サンスイさん、もしかして最初に来たときはサンスイさんもあんな感じでしたか?」

「ええ、まあ……」

なんのかんのいって、ボウバイもここに来たことがある。その時も最初はこうだったのだ。

しかし、ここは田舎である。大八州にはそれなりに観光地もあるのだが、人口がそこまで多くない秘境には、特別な施設がほとんどない。

それが証拠に、山水の所で修業の補佐をしている巫女道の少女たちは、全員が帰郷を拒否していた。

山水は他でもない彼女たちには、ちゃんと話を通していたのだ。

だが、彼女たちは休日を楽しむといっていた。田舎から出てきたのに、早々に田舎へ帰りたくないのだろう。

できることなら助威を宿している、若くて背が高くて働き者で優しい男を探して、自慢できる状態に持っていきたいのだろう。

「私も、師匠に最初連れてきていただいたときは、感動しましたよ……」

山水はたまに自虐して、自分は長く生きたが人生経験が乏しいと言っていた。

正しい認識ではあったが、そこまで重く考えてはいなかった。

だが今回の件で、それを重く考えるようになってしまっていた。

「人生には、人間には、こういう感動も必要だと思うんですよ……」

なんだかんだ言って、自分一人ではなく預かっている五人も連れてきたのは、それこそ彼らに自分のような思いをしてほしくないからだろう。

この体験が彼らの心に財産となるのなら、それは良いことだ。

師匠の失敗は引き継がない、それが白黒山水の指導方針である。

「サンスイさん……俺は貴方の生徒でよかったですよ」

「ボウバイさん……私は生徒に恵まれました」

美しきかな、師弟愛。

ボウバイと山水は静かに握手を交わしていた。

そして、それはそれとして一行は中央に向かって伸びる山を登っていく。

それこそ山水画に描かれているような極端に細い、崖だけで形成されているような山を、一行は登っていく。

「段差がきついんで、しんどいかと思ってたけど……そうでもないな……」

ステンパーの言う通りだった。

重力が中心から外側へ働いているため、結果として『 内側(うえがわ) 』へいくほど重力が釣り合うのだ。

結果として、軽身功を使っているのと同様に、体が軽くなっていくのである。

もちろん下に落ちるほど重力が強くなるので、踏み外した場合普通に死ぬ。

「なんかこう……冒険している感じがありますね、カゼイン様!」

「そうだね、アラビ! ワクワクしてくるなぁ……火尖鎗みたいな宝貝がたくさんあるんだろうなあ……」

世界最高の宝貝職人が一万年の間作り続けてきた、膨大な宝貝が保管されているという。

実際にもらえないとしても、手に取って実際に使ってみたい。その欲求や期待が、少なからず存在していた。

「うむむ……今更だが、私用の宝貝を……もちろん、刀でもいいのだが」

はしゃぐ二人を戒める余裕がないほど、デトランも盛り上がっていた。

なお、ジョンはまともに舗装されていない道を歩いているので、戦々恐々としながら登っている。

如何に山水が助けてくれるだろうとわかっていても、安全のための手すりもない道を歩くのは恐ろしいだろう。

「サンスイさん、みんな楽しそうですね」

「ええ、良かったですよ……はあ」

自分も師に連れられて、ここへ来ていた。

そう、師匠は自分が故郷に帰る前に、あいさつ回りとして自分を紹介してくれていたのだ。

それはそれで、とても楽しかったのだ。ただ五百年生きて、楽しかったことが数回しかないわけで。

スイボクは弟子を楽しませ、刺激を与えることができたのに、効率を優先していたわけで。

失敗のない、刺激のない、必要なことだけをしてきた人生の、なんと空虚なことか。

「まあ、迷惑をかければいいというものでもありませんがね……」

「そういうもんですよ」

その一方で。

では、最強を模索したスイボクの人生が、清廉潔白で質実剛健な人生を送っていたのか。

スイボクが繰り返して欲しくないと思っていた行動は、実際に繰り返すべきではないことだった。

本人は繰り返しているが、山水が繰り返していい訳はない。

「悩ましいのは、私の中の幼稚な部分が感情的になっているだけだと、論理的な部分では察することができるということです」

「そういうところが、サンスイさんのいいところですよ」

仮に山水が過ちの多い人生を歩んでいたら、その場合は空虚ではなく羞恥を感じていたはずだ。

羞恥を感じなかったとしても、それは恥知らずに育ったというだけなのだろう。

「スイボクさんみたいに、武者修行してぶっ殺しまくってたら、それこそ目も当てられないですよ」

「お心遣い痛み入ります」

ただそれはそれとして。

修業に刺激が欲しかった、というのは本音だ。

「……でもいいんですか? 奥さんとか、お嬢さんとか……」

「恥ずかしい話ですが、合わせる顔が無いのですよ」

それはつまりは、自分の妻や娘が自分に求めていたものに他ならない。

自分が今までどれだけ枯れていて、どれだけ迷惑をかけていたのか考えてしまうのだ。

「……私は確かに妻や娘を守ってきました。ですがそれは、守っていただけなのかもしれません」

「逆に凄いですよ。あんだけ近くにずっといて、守ってただけって」

「……本当にそうですね」

近くにいない状態で、仕送りだけしていたのならまあわかる。

しかし山水は基本的に、二人のそばにいたのだ。にもかかわらず、守るだけとはこれ如何に。

「無理矢理好意的に考えるのなら、レインを育てるように指示したこと自体が、私の人生を豊かにするための助言だったのでは……」

「そんなこと考えてるような人じゃないですよ」

割とひどいことを言うボウバイ。そして山水も、それを否定することはできなかった。

「それならフウケイさんを倒した後に、サンスイさんへ指導してましたよ」

「そうですね……」

山水は心の整理をつけるというか、自分を慰めるためにここへ来た。

それこそ恥ずかしげもなく、自尊心の為に、虚栄心の為に最強を求めている。

「わかってはいるのですよ。こうしている間にも、妻や娘はもどかしい想いをしている。ファンに対しても、父親としてできることをせずにいる。ただ、私も人間ということです」

「ははは、笑えますね」

「笑えませんよ、当事者としては」

今まで散々五人を物で釣ろうとしてきた山水が、自分で自分にご褒美を渡すなど、質の悪い冗談にしか思えなかった。

しかしその一方で、やはり自分も人間なのだと思いなおす。

そう、それこそスイボクや大天狗のような、正真正銘の人外とは違うのだから。

そうした心中になりながらも、一行は大天狗の住まう家へたどり着いていた。

既に山水が到着した連絡を受けていたようで、そこには難しそうな顔をしている天狗たちが待っていた。

中でも一番の上座にいる大天狗は、とても苦笑いを浮かべている。

山水もボウバイも、既に概ねを悟っていた。

「大天狗、お久しぶりです」

「おう、久しぶりだな。どうだ、うちの娘たちは役に立っているか?」

「はい、ご助力に感謝しております」

「気にすんなって」

ゴホン。

ゴホンゴホン。

世間話をしていると、周囲の天狗たちが露骨に咳払いをし始めた。

おそらく、さっさと要件を済ませろと言うことだろう。

「まあ、そのなんだ、サンスイ」

「はい」

「実はだな、お前にやった刀なんだが、ばれちまった」

「……そうでしたか」

「みんな怒っててなあ……」

これに関しては、五人の方がわからない。

不慣れな正座をしながら、二人の話に耳を傾けていた。

「流石に俺を追放しようって輩はいないんだが、がっかりしたとか言われちまってな……」

「はあ……」

「一言で言って、軽蔑された」

「そうでしょうね」

「その言い方はなんだ! 俺もそう思う!」

無断で人骨を武器に仕立てる、禁忌どうこう以前に気持ちが悪い。

そんなことを隠れてやっているのが、里の最高責任者だという。

なるほど、軽蔑されて当然だろう。

「自分で言うのもどうかと思うが、俺はちゃんと弟子の教育をしているんだ。だから俺の行動にも疑問を持ったり、意見をするわけだな」

「まあそうかもしれませんが、だとしても堂々とし過ぎです」

なにせ一万年間、この隠れ里の最高指導者であり続けていたのだ。

思想を操ろうと思えば、簡単に偏らせることができるだろう。

大天狗は自分の行動はともかく、後進への指導はきっちりやっていたのだ。

「まったくその通りだな。とにかくだ、これをお前が持ち帰ってくれるなら、それはそれでいいことだ。どういう心境の変化か知らんがな」

あんまり説明したくない心境の変化だった。

とはいえ、すんなり渡してもらえるのなら、サンスイとしてもありがたい話だった。

「ほれ、お前の希望を聞いたうえで直したぞ」

山水は封印の布を解いて、一本の日本刀を抜き出した。

前回の双右腕のと明らかに違うのは、柄頭に紐付きの飾りが追加されているということだろう。

加えて実際に抜いてみると、そこには人骨の刀身が存在していた。

「おお」

以前は通常の刀身がなく、ただ虚空が刃の形になっているだけだった。

だが今は違う。山水が刀身を鞘から抜き切ると、刀身が黒く染まっていった。

虚空に染まる、というべきなのだろうか。明らかに尋常ならざる刃を見て、背後に座っている五人も息を呑む。

「お前のみぎ、げふんげふん、とにかくお前の意思が伝わりやすいように細工をしてある。細かいことは紙に書いておくから、よく読んでおけ」

「ありがとうございます」

手に持っている山水にしかわからないことだが、確かに意識が刀身に伝わっている感触があった。

なお、事情を知らない五人は『お前のみぎ』ってなんだろう、と首をかしげていた。

「いいか、覚えておけ。その刀の名前はだな」

要望をすべてかなえた、という自負があるようだった。

山水が気に入るであろう機能を詰め込んでいる、最高の逸品である。それ故にとても鼻高々に説明しはじめた。

「大天狗作、最上大業物、禁式宝貝仙人骨、虚空刀。 天我(てんが) 万年(ばんねん) 不死(ふじ) 越竜(えつりゅう) 、 三面三臂(さんめんさんぴ) 右修羅(みぎしゅら) 無参肆(むさし) だ!」

「ムサシですね、覚えました」

「ちがう、全部覚えろ!」

「あとで暗記しておきますので」

特別な武器を欲しがっていた山水ではあるが、流石に長すぎる名前なので覚えることを諦めていた。

「この俺が、天狗の中の大天狗が作った最高の武器だからこそ、大天狗作、最上大業物! 禁忌を犯した物だから禁式宝貝仙人骨だし、虚空法を攻撃に応用したものだから虚空刀だ! それから、天我万年不死越竜と言うのはだな!」

「あの、大天狗、落ち着いてください!」

山水は既に実用性とか来歴とかはどうでもよく、僕のためのかっこいい刀が欲しいだけなのだ。

だからこそ、正直説明され過ぎると嫌なのだ。

これを腰に下げて姿見の前に立ったり、床の間に飾りたいだけなのだ。

そもそも、使う相手とかいないし。

この刀自体が、ラスボスを倒した後で手に入る、裏ダンジョンのお宝ぐらいの代物であるし。

性能自体は最高でも、必要性は極めて低いのだ。

「ええい! 聞け!」

「お、お客様ですよ!」

調子を取り戻した山水は、こちらへ必死で近づいてくる気配を感知していた。

「大天狗殿!」

血相を変えて飛び込んできたのは、先ほど山水を迎えた秘境を守る拠点の責任者だった。

その彼は、まさに国家を揺るがす一大事を報告していた。

「で、で、ディスイヤのご老体が、お倒れになったのです! どうか、どうかご助力を!」