軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

必要

スイボクとトリッジが去った翌日、山水はボウバイを含めた悪血をやどす者たちを連れて、石舟で移動していた。

山水にしては珍しくどこへ行くとは言わなかったし、六人もあえて聞く気は起きなかった。

山水の心中は察することもできないし、自棄になっているとも考えられなかったからだ。

石舟を動かしている山水は無言で、その背中には切なさが満ちている。

五百年前に自分が求めていた強さ。それを体現してしまったトリッジに対して、気持ちの整理を付けたいのだろう。

仮にこのまま空中散歩をして帰ったとしても、誰も気にしない。付き合わされたことも、特に何とも思わないだろう。

それだけ、山水の心中は傷ついているのだろうし。

「俺が初めてスイボクさんにお会いしたとき、つまりフウケイと戦った時のことだ」

ボウバイは五人へ語り始めた。

それはスイボクが山水へ、火尖鎗と火鼠の衣を渡さなかった理由の説明だった。

「スイボクさんは天蓋ノ刃なる術にて、フウケイ殿をこの国ごと両断した。それを見た俺たちは、『サンスイ殿の師匠であるスイボク殿は、ここまで強いのか』と思ったものだ」

竜をも超える最強の仙人が、真っ向から衝突した最大の戦闘。

それを実際に目にしていたボウバイは、その時のことを惜しみなく語っていた。

「カプトの東端から王家直轄領地を超えて、さらにディスイヤの西端から水平線の彼方まで太刀傷を残した最大の術だった……。皆も見たんじゃないか? あれは本当にヤバかった」

五人とも頷いていた。

あの戦いは、本当に神々の領域だった。広大な国家全体を暗雲が包み、さらにその暗雲が一瞬で晴れ、刃となって大地を切り裂いたのだから。

アルカナがそのまま滅ぶのかと、だれもが本気で危うく思っていたのだ。

「細かいところは俺も覚えてないが、スイボクさん曰く『天蓋ノ刃は準備が必要過ぎる欠陥技』だそうだ」

まず暗雲を作り、それを戦闘中に自分へ『落とし』、さらに刀身としなければならない。

第一段階の時点で時間が必要で、第二段階でも戦闘中では呆れるほどの隙になる。

「今のサンスイさんが、スイボクさんの究極的な理想像であることは本当だ。要するに、あれが好みなんだ、スイボクさんは」

トリッジは強くなったが、それはあくまでも強力な宝貝を得ていて、それの使い方を学んだというだけだ。

火尖鎗は確かに強力だが、その分燃費が悪いという欠点がある。だからこそ、スイボクはそれを愛弟子には授けなかったのだ。

「火尖鎗がどれだけの期間使えるのかわからないが、戦闘中で使い切ったらただの岩の棒になる。おまけに、火鼠の衣はそこまで頑丈でもない。逃げるか殺されるか、どっちかだろうな」

自分の力を使わない道具に強さを頼って、それが尽きれば逃げるしかない。

なるほど、孤剣に生きる覚悟を決めた剣士には、ありえない選択肢だ。

「使う度に、仙気が減るたびに、一々火山へ行って熱を込めなおす。そんな面倒なことをしていたら、いくら仙人でも飽きるだろう」

本来、仙人は頻繁に戦うものではない。

だからこそ、火尖鎗の『仕様』も欠陥とは思われていなかった。

しかし日常的に戦うのなら、定住ではなく旅をするのなら、明らかに欠陥品である。

「まぁ、戦うことが極めてまれなソペードの次期当主様が、鳴り物入りの銀鬼拳の使い手を焼き殺せる宝貝を使いこなせている、というのなら話は別だ。スイボクさんはちゃんと考えて指導しているよ」

そこまで言って、アラビを見た。

この上なく露骨に、火尖鎗を欲しがっているアラビを見た。

「やめとけ」

「ええ?!」

「銀鬼拳の使い手が火尖鎗とは言わずに火鼠の衣を欲しがるだけでも、結構まずいだろう」

出自がほぼ変わらない、あるいはそれなりに付き合って気心が知れているからか、ボウバイはアラビへ率直な言葉遣いをしていた。

「確かに火鼠の衣があれば火尖鎗も使えるが、逆に言えば火鼠の衣を着ているだけで火尖鎗はただの棒になる。銀鬼拳の対抗手段を、銀鬼拳の使い手が無効化したら意味ないだろ」

「そうですか……」

ウンガイキョウを使えばいくらでも数をそろえられるが、それでも政治的な理由というものはある。

いいや、本家の発言力が落ちている現状では、政治的と言うよりは警察的な問題かもしれない。

悪血を持つ者が暴れだしたとき、止める手段は多いほうがいい。

犠牲なく抑える手段があるのなら、あると知られているだけで意味がある。

それを本家の当主だけが持っている、というのはソペード全体の利益になるだろう。

「でも火山のなかで特訓、というのはちょっと体験したいですね……」

「そんな物見遊山の如き気構えで、スイボク殿を煩わせる気か!」

デトランは激怒した。

なんだかんだ言って、デトランはトリッジに対して敬意を抱いていた。

なにせ悪血持ちを相手に接近戦で戦うことにこだわって、過酷な鍛錬による本人の努力によって、その力を得たのだから。

強力な宝貝に頼っているというが、デトランの価値観から言えば悪血による強化も宝貝による仙術も、そう変わるものではない。

本人の素の力ではない、というのは同じだからだ。

だからこそ、ある意味男らしさにこだわったトリッジに嫌悪感はない。

どうかとは思っているが。

「そうだぞ、アラビ。そもそもそれは趣旨に反するだろう」

「趣旨ですか?」

火山の中へ降りてみたい、というのはステンパーも同様だった。

しかし、本来の目的が俗世での人生を豊かにすることである彼は、ことここに至っても試験の成功しか考えていない。

「銀鬼拳の使い手を、だれでもできる範囲で養成するのが目的だ。火山に飛び込んで火山の中でしか使えない術で、秘密の特訓をしましたなんて、なんの参考にもならないだろう?」

デトランもジョンも、とてもまっとうなことを言うステンパーを見て驚いていた。

確かにその通りであるが、二人ともその問題点には至らなかった。

確かに本人が言うだけあって、試験に全力で臨むこと自体は、一切ブレがない。

「いいかアラビ、よく聞け」

試験を順調に進めることに最善を尽くす。

そのためなら惜しみなく頭を下げる一方で、逆に小言も口にする。

その姿に、自分ではうまく説教ができないデトランは、嫉妬の感情を覚えていた。

「個性ってのはな、最低限のことをしている、できている奴に許されるもんだ。デトランと違って、最低限のことができていない俺たちが、欲をかいて分を弁えねえことを言いだすとあとでとんでもないことになるぞ」

「……はい」

「気持ちはわかるが、ダメって言われたことはあきらめろ。だいたい火山なんて、行きたいなら適当な時に行けばいいんだ」

火口に降りることはできないが、遠くから眺める分にはいくらでもできる。

それこそ、物見遊山をすればいい話だ。

「それよりも、行きたいところなんて山ほどあるだろう? 大八州とか、秘境とかな。そっちのほうが、火山なんかよりも一杯……」

「皆さん」

なかなか盛り上がっていた一行に対して、無言だった山水が声をかけた。

いつもよりも固く、気分が沈んでいる声色だった。

「これから高度を下げて、着陸します。揺れることはありませんので、ご安心を」

仙術の飛行は、魔法による飛行よりも遅いが安全だ。

なにせ横風や慣性という『 自然現象(ぶつりほうそく) 』を一切気にしなくていいからだ。

その分、不自然な魔法による攻撃には極端に弱いのだが、当然山水が操る船にそんなことはない。

その一方で、山水の気分が沈んでいるため、一抹の不安もあった。

「サンスイさん、どこに着いたんですか?」

「……言ってませんでしたね」

不安げなボウバイの問いに対して、山水は青ざめていた。

自分が動揺し、動転し、それによって迷惑をかけたことに申し訳なさそうになっていた。

追い詰められていた精神が、さらに追い詰められていた。

「い、いえ! 聞いてなかった俺たちが、俺が悪いんですよ! それよりも、どこに着いたんですか?」

「秘境セルです」

王家は現在、大八州や秘境と密接に交流している。

私的な目的、山水への対抗手段をえることもそうだが、そもそもディスイヤを始めとする『公的ではない』者を締め出すことが第一であった。

他国から機密を守ることもそうなのだが、なんと言っても現地の人々に迷惑だからである。

大八州はまだ広く大きいのでマシだが、そもそも秘境は『中くらいの村』ぐらいの規模しかない。もしもそこへ観光客が大挙して訪れれば、それこそ長命者から不興を買いかねない。せっかくの金を生む鶏が、嫌な顔をして逃げ出してしまうのだ。それだけは、絶対に避けねばならない。

よって、秘境の入り口にはこの上なく露骨な『拠点』が築かれていた。

王家直属の兵士が多く駐留し、近衛兵、粛清隊も十名ほど配置されている。

もはや砦と言っていいのだが、その砦が震えあがることが起きていた。

事前の連絡なく、山水が沈んだ表情で現れたのである。

「任務、ご苦労様です」

「シロクロ・サンスイ殿、事前に連絡をしていただければ……我らもおもてなしができたのですが」

「失礼しました……」

明らかに普通ではない精神状態の剣聖、それはまさに異常事態だった。

なにせ山水は五百年をかけて不動の精神状態をえた男である、その彼が不安定になっているのはありえないことだ。

だが、一応まともではある。会話は成立しているので、なんとか逃げ出さずに済んでいた。

良く暴走する悪血持ちやソペードの当主たちが暴走するのならともかく、普段からおとなしくまともで余裕のある男がいきなり浅慮なことをすると、周囲は混乱してしまうものである。

「それで、ご用件のほどは?」

「秘境に入りたいのです」

「……そうですか」

実力的に、山水が進むのなら止めるすべはない。

加えて、そもそも秘境は山水の縁でここにきている。

法的にも、山水とその同行者は、いつでも入ることが認められている。

ただそれには、山水ならその権利を乱用しないだろうという信頼が存在する。

実際、連れてきている人数はわずか六人。秘境を荒らすこともなさそうな人数だった。

だが、目的が分からない。

「……よろしければ、目的を教えていただいても構いませんか?」

強制力などないが、砦の責任者は一応聞いてみていた。

そして、後悔していた。聞かなければよかったと。

「改修が終わったという、私の刀を取りに来ました」

秘境にある山水の刀と言えば、たった一本しかない。

山水は嫌がっていた、竜をも殺す禁忌の刀だった。

「双右腕を?!」

いったいなぜ、禁式宝貝をとりに来たのか。

切り札たちの中でも、武装に頼らないことで有名な山水が、それを欲する状況。

一体全体、どういうことなのだろうか。

もしや、再び竜と戦争をするのだろうか。それとも、再び大八州で極上の剣士と立ち会うのか。

「……心境の変化でして」

まさか、火尖鎗をもらったトリッジが羨ましくなったので、それよりも凄い武器を持ち帰って自分を満足させようとしているなどとは、流石に説明できなかったわけで。

ただし、それでも山水には『特別な武器』が必要だったのだ。

精神的な意味で。