軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不安

その日の夜、カゼイン・ソペードは中々寝付けなかった。

悪血による興奮作用によるものではなく、もっと厄介な病気によるものだった。

幸いと言っていいのか、彼の中の豊富な悪血によって、睡眠不足による体調不良などまったく問題にならない。

それでも、夢現のままに道場を出た彼は、奇妙にして一般的な多幸感に包まれていた。

とはいえ、他の面々もなかなか楽しそうにしていた。

「いやあ、期待はしてたけど、実際にご褒美を約束してもらえると嬉しいもんだな!」

「そ、そうですね……」

「なあジョン、お前は何をお願いするつもりだ?」

「ま、まだ考え中です」

相変わらず絡んでいくステンパー。

絡まれているジョンは、身分の差を気にしつつも返答していた。

というか、彼の場合は『ここまでしてもらえているのに、自分だけ失敗をしたらどうすればいいんだろう』と考えていたので、ご褒美を決めるどころではない。そもそも、そこまで欲しい物やしてほしいことがあるわけでもなかった。

ある意味幸せで、ある意味不幸である。

「そうかそうか! それじゃあしょうがねえな! それじゃあアラビは?!」

前回と違って露骨に上機嫌だが、それでも少々無神経であった。

嫌がられていることに気づいていないのは、やはり当人も盛り上がっているからだろう。

やはり未確定と確定では、話が全く変わってくる。

「わ、私ですか?」

「そうそう、私私!」

「えっとですね……」

悪血の総量が乏しいことが分かって、正直残念に思っていたアラビ。

しかしそれでも実際に目の前で巫女道の術を見れば、それが問題にならないとわかって安心していた。

その上で、やはり浮かれていた。

「その……耳から出していた、あの伸び縮みする棒が欲しいって……」

「ああ、アレな! 確かにかっこいいよな! あの宝貝、悪血と相性いいしな!」

アラビに限ったことではないが、銀鬼拳と聞いて想像するのはやはり、バトラブの新しい切り札であるランだ。

彼女が百戦目でつかった如意金箍棒は、相手の強さも相まって鮮烈だった。

銀鬼拳と言えば如意金箍棒。その印象をつけただけでも、あの試合には意味があったのだろう。

なお、テンペラの里は自棄酒に走っていた。誰もが栄冠を喜べるわけではない。

「それはきっともらえるぜ。なにせ元々ボウバイさんも含めて、サンスイ殿の弟子は全員宝貝を持たされてるしな」

「そうですか、そうですね! あの服も宝貝でしたね!」

「肝心のサンスイ殿は、ぶっちゃけ殆ど手ぶらだけどな。まあ仙術が使えるなら仙術の道具なんて必要ないんだろうけど」

「噂だと、竜を斬った宝貝があって、修理中だとか」

「それはさすがにもらえないな。ぶっちゃけ欲しくねえ」

「そうですね……」

流石に八種神宝に匹敵する宝貝はねだれない。そこまで行くと、逆に夢がない。

使えるとか使えないとか以前に、使いたいと思えない。

はっきり言って、手に余るというか身の丈に合っていない。

「ステンパー様はどうお考えですか?」

「俺か? ジョンと同じで考え中だ。欲を言えば実物よりも権利が欲しいんだが……」

「権利……商売でもなさるんですか?」

「それもいいけどよ、大八州を行き来する権利とかだな。実物を持って帰る権利とかは交渉次第だが、向こうの話を聞きたがる人は多いだろうしな」

ステンパーは大八州や秘境の物がほしいというか、アルカナ王国内での成功を求めている。

あくまでも話のネタであったりコネクションの形成が目的であり、冒険心やら好奇心やらを満たしたいわけではなかった。

「ふん、俗だな。それに捕らぬ狸の皮算用、というやつだ」

余裕を気取っているデトランだが、彼もかなり浮かれていた。

態度に示していないが、相当上機嫌である。

「私はともかく、お前たちはもう成功したつもりなのか?」

「お、言うねえ」

「言うとも。この中で成功が確実なのは、私だけだからな」

どれだけご褒美を夢に描いても、成功しなければ絵に描いた餅である。

だがそれを言うのは、目の前にぶら下がっている人参を『取れないよ』というぐらい趣旨に反している。

ご褒美目当てにでもいいから頑張って欲しいのに、冷や水を浴びせないで欲しいところであった。

やはり浮かれているのだろう。

「おいおい、もう成功したつもりか、デトラン」

「一番期待されていますからね!」

とはいえ、上機嫌な二人にとっては蛙の面に水であろう。

少々興を削がれても、デトランがニヤニヤ笑っている顔を見ただけで、逆にからかうほどだった。

「ふん、当然だ。私にとって、銀鬼拳を習得するのは通過点だ。そこから更に、サンスイ殿の内弟子として名を残すのだからな」

山水の弟子になり、長期的に指導を受ける。

それは確認をするまでもなく、確実にかなえてもらえる報酬だった。

思った以上に評価が高いこともあって、デトランは実に気分が良かった。

「この場の誰よりも習得するだろうな。そうなれば、ボウバイ殿と一緒にお前たちへ指導をしてもいいぞ」

「おう、それはこっちから頼むぜ」

皮肉のつもりだったが、すんなりとステンパーは受けていた。

それに対して、アラビもジョンも、もちろんデトランも驚いていた。

「昨日も言ったけどよ、俺たちは競争相手じゃねえ。誰が一番先に習得しても恨みっこなしだ。むしろ一人が早く覚えて、そのコツを教えて欲しいもんだ。そっちの方が、全体として評価されるだろうしな」

裏表なく、ステンパーは自分の発言を繰り返していた。

「上の人たちは、全員が早めに成功して欲しいと思っているはずだしな」

自分の息子が、あるいは自分の派閥が成功して欲しい。

そういうくくりのこだわりが、ないわけではないだろう。

だが、全員が早めに成功して、ノウハウが出来上がればそれが一番であろう。

厚遇すれば、条件の違う五人でも成功する。それが最上の結論に違いない。

「……ふん。他人頼みか?」

「他人頼みでもなんでも、成功すればいいんだよ」

「そうですね、お願いします。デトラン様! 私も覚えたいんです!」

「考えておこう」

未来は明るい方が前向きになれる。

少なくとも三人には最高の効果を発揮していた。

なお、カゼイン君十歳。

「レインちゃんか……」

昨日紹介された、かわいらしい少女。

瞼に焼き付いた、もとい美化されたレインのことばかりを考えていた。

「どうした、カゼイン」

「あ、ステンパー様……レインちゃん、可愛かったですねえ」

「……ああ、その手があったな」

レインやファンと結婚して、山水と家族関係になる。

山水の裁量で可能であり、なおかつ最大級の庇護を受けられる上に、早い者勝ちである。

その発想はなかった、と納得していた。

「おい、ステンパー。貴様、サンスイ殿のご息女をそのような目で見るのか?」

「そんなわけないだろう。俺だってあと五年は経たないと好みじゃないさ。それに、サンスイ殿の家族になるなんて畏れ多い。第一俺だっていい歳だぞ、嫁ぐらいいる。そういうデトランはどうなんだ?」

「私だって実家に帰れば妻ぐらいいる! 折を見て帰る約束もしている!」

貴族にとって、あるいはこの国の人間にとって、結婚もまた仕事である。

真っ当な社会人なら、一定の年齢に達すれば結婚するのは普通だ。

むしろ、結婚していないことが問題になる。

その理屈で言えば、デトランもステンパーも、結婚していて当然の年齢だった。

「けっけっけっ結婚?!」

いろいろと一足飛びになったが、カゼインは大いに慌てていた。

そう、結婚である。レイン・シロクロとカゼイン・ソペードが結婚である。

流れから言って、カゼインが山水へお願いすることはそれだろう。

実際、この場の五人からすれば、そこまで無茶な願いでもなさそうだった。

「たしか妹のファンは実子だが、姉であるレインは養子だったよな」

「ああ、元々森で拾ったレイン嬢を育てるために、サンスイ殿は修業の地を出たと聞いている」

「それじゃあ玉の輿ですね。むしろ喜ぶんじゃないですか?」

「たしかに、いくら切り札の娘とは言え、身元がはっきりしていないのなら縁談は決まりにくいか……」

もうすでに縁談が決まっている、という可能性はある。

しかし分家とはいえカゼインはソペードの男子であるし、それよりも条件がいいとは思えない。

今回の試験がソペード全体の総力を挙げたものであることを考えれば、横紙破りも許されそうだった。

「ぼ、ぼくが、レインちゃんと、こう、結婚?!」

大人の理屈を置いておいて、カゼインは悪血を活性化させていないのに頭を湯だたせていた。

「……そんな、話が早すぎますよ~~!」

「まさかいきなり言われるとは思っていませんでした」

気配を察知することに長けている山水は、当然五人の盛り上がりから話題を察していた。

そもそも前日の時点で、カゼインが懸想していることを察していた。

夜眠れなくなっていたことも、自分は寝ながら感じていた。

しかし、周囲がはやし立てたとはいえ、翌日に言われるとは思っていなかった。

「……あの、サンスイさん」

「ええ、少し困りましたね」

レインの出生を知っているボウバイは、その話を聞いて露骨に困っていた。

もちろん、山水も困っている。非常に今更だが、レインの結婚は山水の一存でどうにかできる問題ではないのだ。

「だ、駄目なんですか?!」

山水の反応は、感情的に嫌だとかではなく、政治的に難しいというものだった。

それを察したカゼインは、今にも泣きそうな顔になっている。

軽い調子ではやし立てていた残り四人からすれば、少々意外な展開である。

実子でありウィン家との兼ね合いもあるファンの方ならともかく、養子であるレインの婚姻にそこまで悩む意味が解らない。

「もう好きな人がいるとか、そういうことなんですか!?」

「いえ、そうではなく……レインかその娘の嫁ぎ先は、かなり前に決まっているんです」

機密ではあるのだが、重要性は低い話である。しかも、ここで話さないのは不誠実だろう、とは思っていた。

なので山水は、ソペード分家の三人だけではなく、残りの二人にも話していた。

「レインは確かに私が森で拾った養子なのですが、その出生は旧ドミノ帝国の皇族でして。右京陛下が旧皇帝を含めて多くの人々を粛清したため、最後の生き残りなのです」

そして、アラビとジョンは聞いてしまったことを後悔していた。

はっきり言って、そんな重要な情報を自分たちに教えないで欲しい。

別に知りたくなかったのだ、そんな国家機密は。

「なので、レイン本人かその娘が、右京陛下とステンド殿下の子供と婚姻することになっているのですよ」

想像のはるか上を行く、レイン・シロクロの出自とその将来だった。

皇族の生き残りが正式に皇帝を名乗った右京の血族になるのなら、それこそ将来の皇帝の妻と言っていいだろう。

レインと結婚するということは、ドミノ帝国の皇帝の妻の、その父になるということである。将来的には、皇帝の祖父ということにもなるだろう。

なるほど、山水の一存で決めていい話ではない。

「……凄い子を好きになったな、カゼイン」

ステンパーは、茶化すどころではなく心底からそう言っていた。

実際、それでも結婚できないほどではない。

むしろ、ソペードの分家の娘なら、隣国の皇帝に嫁ぐのはそこまで身分違いでもなかった。

ただ、カゼインがいきなり皇帝の祖父になる覚悟を問われるというだけで。

「俺だったら、絶対に嫌だな」

そうつぶやくジョンだが、おそらくアラビもデトランも、ステンパーも同様だろう。

一国の皇帝、その祖父になるなど、名誉を通り越して畏れ多い。というか、嫌だ。もはや罰と言っていい。

度を越えているにも、限度がある。度を越えている、の度を更に超えている。

「それに……」

なお、山水。

血縁はないのだが、皇帝の曾祖父になることが半分確定している男である。

しかしもとより一国を軽く滅ぼせる武力と、一国よりも長く生きている男だ。

仙人ゆえにどうでもいいことだろう。

「もう一つ問題がありまして」

「……あの、サンスイ殿。失礼ですが、まだ問題があるのですか?」

第一の問題が、既に雄大で壮大だった。

仮に他の問題があったとしても、数えるほどの価値があるとは思えない。

「……実は、その、レインはソペードの本家で育ったのですが」

だが、もう一つの問題があることを、今の山水は聞いていた。

こちらは政治的な問題ではなく、生命の問題である。

山水が一度通った、一種の洗礼である。

「本家の坊ちゃんに、気に入られていまして」

次のソペード当主となる予定の、可哀そうな男の子。

レインと 兄妹(・・) の様に育った、年齢の近い少年である。

問題なのは、その少年の父親と祖父が、どんな性格をしているのかということだ。

「カゼイン様。坊ちゃんに殺されないように、気を付けてくださいね」