軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

報酬

一撃で倒す。なるほど、強くなければできないことだ。

一瞬で倒す。なるほど、強くなければできないことだ。

防御させずに倒す。なるほど、強くなければできないことだ。

攻撃させずに倒す。なるほど、強くなければできないことだ。

問題は、それが『敵を倒すことが目的』なのか『観客を喜ばせるのが目的』なのかということだ。

当然ながら、山水は観客を喜ばせる戦い方がとことん苦手だった。

攻撃力も防御力も再生能力も俊敏性もない。縮地と気功剣、発勁と軽身功しか使えなかった時期、即ち最低限の仙術しか習得していなかったがゆえに『戦術』が極めて限られていた時期は、地味だとよく言われていた。

もちろん地味でも最強ではあったのだが、望まれたことをこなせてはいなかった。

ボウバイは悪血の量こそ乏しいものの、完成された成功例である。

悪血の量が無関係なこの状況で、悪血を覚えたばかりの初心者に負ける道理はどこにもない。

これはあくまでも稽古、だからこそ悪血の『試合』を教え込む。

「安心してください、デトラン様」

たかが最適な動作ができる。

たかが肉体の性能が高い。

たかが怪我が治る。

その程度で最強だと勘違いしてはいけない。

切り札に匹敵するどころか、山水の生徒にさえ遠く及ばない。

「俺は貴方が想うよりずっと強いです」

山水が一定の段階に達していると認めた生徒、今も武芸指南役として認められている男。

ボウバイはまさに、目指すべき完成例として腰を据えていた。

「どうぞ全力で挑んでください」

ただ避けただけ、ただ仕切り直しただけ。

それだけで格の違いを見せつけるボウバイに対して、デトランは歓喜していた。

「こうでなくては……!」

世間から評価されている山水の生徒たち。その彼らが、本当に強い。

悪血の興奮作用に加えて、生来の気質が胸を高鳴らせる。

(どう攻める? 牽制か、それとも虚を狙うか? とにかく、こちらから動く!)

拳に体重を込めれば、威力は上がる。

拳が重くなれば横からの力にも強くなり、そらすことが難しくなる。

その一方で、連続攻撃にはとことん不向きだ。

如何に高速化できているとはいえ、相手も高速ならただの格闘と変わらない。

「おおお!」

避けることが難しい、当てるための軽い攻撃。拳による連続攻撃をデトランは選んでいた。

それにたいして、ボウバイは丁寧に防御していく。拳を腕で受けて、急所への攻撃を避けていく。

当然ながら、その攻防をステンパーたちも見ている。

間近で見る、悪血を発現させている者同士の戦い。

それはまさに、素人である四人にもわかりやすく進んでいた。

デトランの消えるように早い打撃が、全てボウバイにも受けられている。

人体がぶつかり合っているとは思えない音が道場に響き、それが短くない時間で続いている。

その一方で、表情には明確な違いがあった。

明らかにボウバイには余裕があり、デトランの表情には余裕がない。

近距離だからわかることではあるが、明らかにいら立ちが募っている。

「!」

攻防の最中で、ボウバイは膝をやや曲げた。

その上で、顎が露出した。

(しま……!)

この上なく露骨な誘い。にもかかわらず、何時まで経っても崩れないボウバイに苛立っていたデトランは、とっさにそこへ打撃を入れようとしてしまった。

意識に反して、最適な動きで突き進むデトランの拳は、ボウバイの頬に届いていた。

そして、当然ボウバイはそれに対処する。

(な?!)

やったことは単純、首を回すだけ。

ほんのわずかに打点をずらし、綺麗に攻撃を軽減していた。

ほんの一瞬の奇跡、それを目にしたのは山水とデトランだけであった。

だがその次の瞬間の攻撃は、誰の目にも明らかだった。

ボウバイの拳が、デトランの顎を捉える。

まさに、綺麗な攻撃だった。

完全に隙を捉えた、威力が脳天まで突き抜ける一撃。

それは顎を砕くだけではなく、まるで冗談のようにデトランの全身を浮き上がらせていた。

「うわあ!」

「ひぃ!」

「なあ!」

「あああ……!」

一方的に攻撃していたデトランが、ボウバイの反撃で宙を舞う。

四人が分かったことはそれだけだった。実際にどんな駆け引きがあって、デトランが上回られたのかなどわかるわけもない。

だが、そこは重要ではない。確かなことは、デトランが人知を超えた速度で攻撃し、ボウバイがそれを受けきってから反撃し倒したということ。

「巫女道の方々、ご協力ありがとうございました。ボウバイさんの治療が済み次第、供給を終えてくださいね」

山水は試合の終わりを告げていた。

これ以上戦うのは、それこそ巫女道の面々が持たない。

悪血の鍛錬は加減が難しいので、長期的に計画を練る必要があった。

そういう意味でも、練習の環境は難しいのだろう。

そう思いながら、山水は板間で横になっているデトランへ歩み寄り、手を取って立たせた。

「いかがでしたか、銀鬼拳は」

「……凄い」

「そうですか」

デトランが感動している姿を見て、山水は安堵していた。

やはり彼だけは、確実に大丈夫だ。

彼はもう、銀鬼拳を目指すべき最強に位置付けていた。

ならば、なにも不安ではない。

「ボウバイ殿、お見事でした」

「いえいえ、初めて悪血を発現させただけの方には負けられませんよ」

デトランは、ボウバイへ敬意を込めて称える。

高速で最適化された動きをする両者が戦う場合、何が必要なのかを見せつけられていた。

「それに、まあ……ようやく銀鬼拳が披露できて、少しうれしくなりましたし」

「そうなんですか?」

「ええ、銀鬼拳が必要な相手、というのは稀ですからね」

改めて、五人を前に講義を行う。

ランが実力を示したように、ボウバイもまた上級者としての器量を全員に見せていた。

下手をすれば、山水以上に敬意を向けられた状況で、ボウバイが説明をしていく。

「仮に、今の皆さんが近衛兵と一対一で戦うとしましょう。全身を甲冑で固めていないのであれば、一瞬で倒せます」

もちろん、これは少々偏った仮定だ。

相手が防具を着ていないとか、相手が人参果を食べていないとか、なによりも間合いが近いとか、そういう有利過ぎる前提が無ければ成立しない。

「早く動ける、力が強い、達人の動きが無意識にこなせる、感覚が優れている。それらは、それだけ有利ということです」

極端なことを言えば、止まっている相手と戦うようなものだ。

相手が一回動く間に、こちらが五回も六回も動けるのなら、勝負になる要素はどこにもない。

それでも、魔法使いならまだ目はある。広い間合いで戦うのなら、銀鬼拳の使い手が六度動いて間合いを詰める間に、一度で広範囲を焼き払えるからだ。

だが、格闘をするとなると、張り合えるものは極めて少ない。

「近付いて殴る、これだけで勝てる。本当に、それだけで十分です」

早く動けるのなら、それで間に合う。

相手が人間で一人なら、それでも過剰なほどだ。

それに加えて、最適な動作と再生能力があるのだから、集団が相手でもほぼ問題はない。

「そこに、技術は必要ない」

ごくり、と五人は息をのんだ。

神降しが一般的なマジャン周辺ならともかく、このアルカナ王国付近では、人間相手には十分すぎる力を持っている。

もう、十分最強だ。例外ともいえる面々から逃げている限り、誰も五人を一対一では倒せない。一対一で大抵の相手に負けないのなら、それは十分最強だろう。

「ではなぜ銀鬼拳が生まれたのか。それはひとえに、それでは勝てない相手と戦うためです」

五人は、山水を見る。

現時点の自分たちの、完全上位互換。

普通に戦えば、決して悪血が尽きることが無い狂戦士ラン。

その彼女を、公衆の面前で、叩きのめし打ちのめし、あげく泣くまで追いつめた最強の男。

この場の誰がどう暴れても、傷つけることさえなく抑え込める。

誰もがそれを信じて疑わない、最強の剣聖。

「ま、突き詰めれば」

ボウバイは、握りしめた拳を全員に見せた。

「銀鬼拳とは、悪血を燃やしてなお勝てない相手に勝利するために生み出されたものです」

勝てて当然の相手など、最初から見ていない。

弱い者いじめのために、拳法など必要ない。

より強い者に 挑む(・・) ために、拳法は生まれる。

「そういう意味では、戦場に放り込まれて敵を殺すことの方がよほど簡単です。皆さんならもう、今からでもできますよ、悪血の量さえ確保できれば」

弱い敵、この世界のだいたいの人間になら、もうこの時点で勝てる。

しかしそれはあくまでも開始点、ここから先を学ぶということは、当たり前だが強者に挑むということ。

それもまた、武術の根本だろう。

「ですが、それでは火の魔法を周囲へぶちまけている馬鹿と変わることはない。皆さんはあの試合で見せた、今私がみせた『銀鬼拳』を試合で証明しなければならない」

目を輝かせているカゼインとアラビは、思い出していた。

あの試合で、喝采に包まれた最強の切り札のことを。

圧倒的に見えた強敵を、逆に圧倒して倒した姿を自分に重ねていたのだ。

「具体的には、避けられる攻撃を避けずに受ける。一瞬一撃で倒せる相手を、一瞬一撃で倒さない。相手がどれだけ強いのかを示したうえで、自分の方が強いと示す。勝つために最善を尽くすのではなく、比べ合うために最善を尽くす。そういう作法を、苛々せずに実践できるようになってもらうのが、今回の趣旨です」

文章にすると、中々しんどい話である。

ステンパーなどは(それが目標なら、出来るようにならないとな)と前向きであるが、ジョンは(さんざんしんどい想いをして、あげく痛い想いをしないといけないのか?!)という反応であった。

ジョンが常識的なことは言うまでもないが、この場合は逃げ道がないのであきらめるしかなかった。

「……まあ、その当然ですが、嫌な人も多いと思います」

ボウバイはあえて、多いと思います、という表現をする。

実際には嫌な人の方が少数派なのだが、そんなことを言ったら余りにもジョンがかわいそうである。

「言うまでもなく……じゃなかった、さんざん言いましたが、銀鬼拳はとても危険です。扱えるものが悪意をもって広めれば、ろくなことになりません。だからこそ、上の方々は信頼できる人だけを抱えたがっている。だからこそ……」

そのジョンへ、明確な餌を用意する。

「許される範囲でご褒美を出していいことになっています!」

大量に雇用できない、多くの人間へ伝授できない、だからこそ厚遇を約束できる。

少数に施せる範囲でなら、多額の報酬を前提とすることが許される。

「サンスイさん」

「……はい、その通りです。もちろん限度はありますが、空手形を切ることはありません。事前に私へ相談していただければ是非はお答えしますし、最大限希望に沿えるよう努力いたします」

その言葉を、山水が言う。その意味は極めて大きい。

ステンパーにとってもデトランにとっても、正に期待していた言葉そのものだ。

山水はその気になればあらゆる我儘を通せるが、その気になることがまずない。

秘境や大八州との唯一のつながりであり、当然その地の有力者と直接交渉することができる。

加えて大八州と秘境は、テンペラの里やマジャン王国同様にアルカナの頭が上がらない相手である。

アルカナが禁制としている品を流しても、大声で怒鳴りつけることはできない。

だがそれでも、山水は律義にアルカナの法律に従っている。

アルカナがダメと言えばそれまでで、特に無茶をする気が無い。

だからこそ信頼されているのだが、逆に言えば生徒からの要求を聞いてくれない可能性はあった。

それが、今回はその限りではない。

もちろん実質的に負担をするのはソペードの有力者たちなのだが、山水が直接大仙人や大天狗へ頼むのだ、それこそ速やかに解決するだろう。

デトランの方はもっと単純である。山水の弟子になる悲願など、許可されない理由が一切ないのだから。

それを聞いても肝心のジョンはやや不満げだった。むしろ、そこまでして今回の試験を成功させたがっているのだと、深く読んで絶望していた。

これだけの好条件で自分だけ失敗すれば、死ぬことが無いとしても暗い未来しかない。

その表情を見て、山水もボウバイも納得していた。

ある意味、常識的な反応だからである。

(まあそこまで成功したいわけじゃないんでしょうねえ、生まれがいいとガッツかない奴もいますし)

(見るのとやるのは大違いだしなあ……いきなり才能があるから殴り合えとか言われても嫌だろう、普通)

とはいえ、それでも双方が全力を尽くすしかない。

如何に相手が中流か上流の生まれの五人とは言え、たいていの願いは聞くと上の人間が言っているのだ。

これは下の人間が嫌だとか言ってもどうにもならない。

「ごほん。とにかく、本格的な訓練は明日からということで。それでは……」

今更だが、山水は貴族である。

その山水が上流階級の人間を含めた五人を迎えるのだから、ちゃんと挨拶をしなければならない。

この場合のちゃんとした挨拶というのは、一緒に暮らしている家族を紹介するということである。

「二人とも、入ってきてくれ」

「……初めまして、ブロワ・シロクロです」

「どうも初めまして、レイン・シロクロです」

そして、今更ではあるが。

元々レインはやんごとなき生まれであり、栄養状態は良好であり、なおかつ気品というものを躾けられている。

ぶっちゃけ、美少女であった。