作品タイトル不明
始業
デトラン・ソペード 20歳 男性
ステンパー・ソペード 18歳 男性
カゼイン・ソペード 10歳 男性
アラビ・アガム 17歳 男性
ジョン・マルシ 19歳 男性
「これが、俺と貴方が預かることになった、悪血を宿す者たちです」
山水の元から武芸指南役に取り立てられた、悪血を宿し銀鬼拳を習得している男、ボウバイ。
魔力も聖力も宿していない、裕福な家庭の若者から探すことを依頼された彼は、名簿を山水に渡していた。
「五人、ですか」
「ええ、五人です。多いですか?」
「少ないような気もしますが、直接お会いしないことには……」
「少ない、ですか?」
「十人ぐらいいるのなら、色々と理由をつけて選べたのですが……」
今まで、バアスのような乱入者も含めて、多くの生徒へ指導を行ってきた山水である。
しかし今回の生徒たちは、色々と未知の部分が大きい。
今回の彼らは、自主的に集まっているわけではなく素質によってのみ選出されている。
本人たちの意志とは無関係で、社会の都合によって集められているのだ。
「ああ、やる気って大事ですよね。特に、銀鬼拳の習得だと」
「切り捨てるのも問題でしょうし……」
何事も、やる気が大事である。
今回の場合は特に、戦闘能力よりも習得度が求められている。
ランという完成品にどれだけ近づけるかを問われているので、勝てばいいとか強ければいいとか、そんな曖昧さが存在しない。
当人たちが求めている基準ではなく、社会が求めている基準を満たさなければならない。
もちろん山水に限れば、成功しようが失敗しようがそこまでとがめられることではない。そもそも最初から、仙術を使う山水が銀鬼拳の指導をするということに無理がある。
だが成功者と失敗者が半数ぐらい出て、『当人たちのやる気次第です』『やる気があれば習得できますが、やる気が無いと習得できません』という精神論に達した場合、習得できなかった面々の将来は暗いだろう。
そしてなんとも悲しいことに、ボウバイが習得した時にはその結論に達していた。
銀鬼拳の特性上、どうしても精神論に達せざるを得ないのだ。
そして山水は基本的に、強くなりたくて仕方がない猛者か、山水から指導を受けたという履歴を欲している貴族しか相手にしたことが無い。
それ以外の者がいないわけではないのだが、去る者を止めないので残らないのである。
ようするに、やる気を出させる気が最初からない。今まではそれでよかったのだが、今回はその限りではない。
専門外ではあるが、指導を頼まれたのである。当主や分家への義理もあるが、それ以上に指導される生徒たちにも責任感を感じていた。
「貴方の印象を伺いたいですね。やる気のある生徒は、五人中何人ですか?」
「三人です……」
「その中で太鼓判を押せるのは?」
「……確実なのは、一人です」
やる気がある、というのなら日本人の生徒たちだって十分だった。
しかし誰よりも『やる気』があった少年は、ただ走っただけでばてて、しかもそのままあきらめていた。
クローも言っていたが、最初からそんなに体力があるわけがない。体力がないからこそ鍛えるのであり、それには地道な努力しかない。
それをできるかどうか、本当の意味でのやる気というのは難しい。
三人にやる気があるとしても、そのやる気が実体験しただけで鎮火する、というのは本当によくある話だ。
そういう意味では、一人でもやる気があれば十分なのだろう。選考基準からすれば、一人もいないのが普通だ。
「……いざとなれば、俺が責任を」
「私はソペードの武芸指南役総元締め、今回の件はその枠の内側です。であれば銀鬼拳の使い手を養成する責任は、私にこそある。貴方はあくまでも助手であり、責任は私のものです」
今回の指導が政治的な関係を抜きにしても、国益に関係することであることは山水も理解している。
ランがいるバトラブでもうまくやるかもしれないが、ソペードでもうまくいった方がいい。
それに、あくまでも難しいというだけで、無理というわけではない。
それをやる前から諦めるのは依頼してきたソペードの分家に失礼だし、なによりも指導を受ける参加者に失礼だ。
難しい、と認識したうえで臨まねばならない。
「まずは、五人にお会いしましょう」
あってみなければわからない、と言ったのは山水である。
今回の試みに参加する五人の顔を、見に行くことにした。
※
ボウバイから最も見込みがあると思われていたのは、デトラン・ソペード。
彼は他の参加者四人同様に、山水の邸の近くにある来賓用の館の一室で闘気を練っていた。
筋肉で膨れている腕を組み、興奮している己を律しようとしていた。
(好機、幸運、僥倖……期待はしていたが、こうして剣聖から直接の指導を長期にわたって受けられるとは……)
ソペードの分家の出身である彼は、とても模範的なソペードの人間だった。
現役の当主や先代の当主が武人であるように、デトランも鍛錬を積んだ武人である。
その彼からすれば、武によって国家さえねじ伏せる山水は、正に憧れの存在である。
今は本家の発言力が落ちているため、分家の人間でも気軽に直接の指導を受けることができるのだが、その気軽というのが曲者だった。
山水が分家への気遣いとして、老若男女を問わずに、丁重な接待を行っている現状は好ましいものではない。
(弱みにつけ込むようで申し訳ないが、長期的に指導が受けられるのならありがたい)
他の貴族に混じって、お上手ですねと褒めて欲しいわけではない。
もっとがっつりと、徹底して指導を受けたかったのだ。
それが今回叶うかもしれない、ということで彼は気を昂らせていた。
しかし、それに水を差す者もいた。
同じ部屋で待機している生徒の中に、やたら騒がしいのがいたのである。
「よう兄ちゃん、名前は? 俺ステンパー・ソペード!」
「あ、あの……」
「あ、もしかしてソペードだからって固くなってるか? 気にしなくていいって、分家って言っても本当に傍流だからさ。もう家系図も端っていうか隅っていうか?」
同じくソペードの分家であるステンパー・ソペード。
彼は他の生徒へ一方的な親しさを発揮していた。
もちろん、相手はとても迷惑をしている。
「で、ですが……私は商家の生まれでして……」
「へえ、それじゃあ不安だろ? 大丈夫だって、剣聖の指導は優しいって有名なんだぜ」
とても軽薄で、ソペードらしからぬ雰囲気が漂っている。
しかし当然と言えば当然。洗脳をしているわけではないのだし、分家の家長になっているわけでもないのなら、若者らしい軽薄な男がいても不思議ではない。
そして、その眼にはやる気が潜んでいた。
「は、はあ……」
「まあ俺が何を言いたいかって言えばだ、俺たちはもう勝ったも同然ってことさ」
ある一面では、真実ともいえる。
しかしそれは、周囲を少なからず不快にさせるものでもあった。
「なにせうまくいくかなんて、誰にもわかりゃあしないんだ。成功するならそれでいいし、失敗しても俺たちに責任はねえ。むしろ悪いことをしたって、ご苦労さまって言ってもらえるぜ」
確かにそうだろう。
これはあくまでも試みであり、上手くいけばいいと期待されているが失敗も視野に入っている。
そして失敗しても、どこかにいる誰かが死ぬわけでもない。気楽と言えば気楽な話だ。
「仮に上手くいっても、俺たちがいきなり戦場に出されることはないさ。もしもそうなら、それこそ最初から選考に俺たちを入れてねえよ。それこそ悪血を宿している子供を探して、徹底して鍛えるとかして長期的にやるさ」
「そ、そうでしょうか……」
「俺たちに求められているのは、『できるようになる』であって『やってみる』じゃないんだぜ?」
それは少し見込みが甘いのかもしれない。
戦闘部隊に所属させられることはないとしても、試験的に山賊退治ぐらいは任せられるかもしれない。
それは山水やブロワが通った道である。
「だから、だ。俺たちに求められているのは、 きっちり(・・・・) と、『言われたことを全力でやる』。それだけだ」
とても、真面目な声色になる。その言葉には、真剣みがあった。
それは絶対に成功させてみせる、という意気込みを感じさせる。
「お前も商家の生まれなら知っているだろう? あの人は強いが、それだけじゃなくて大八州や秘境と太いつながりのある人だ。お気に入りになれば、他じゃあ手に入らない物でもこっそり分けてもらえるかもしれないだろう?」
欲があった。しかしそれは前向きな欲だった。
真剣に強欲で、大真面目に成功を目指していた。
「かもしれない、と思われただけでしめたもんだ。他の家からも引く手あまたの人気者だ。逆に嫌われたら……わかってるよな?」
「わ、私も、その真剣に……」
「わかってるわかってる、この場に童顔の剣聖を敵に回すバカはいないって」
やる気があるかどうかはともかく、あえて手抜きをする者はいないだろう。
そんなことをすれば、ソペードの有力者全員を敵に回すことになってしまう。
「俺が言いたいのは、だ。足の引っ張り合いだけは止めようって話だ」
ソペードの競争主義を、この場では引っ込めようという提案である。
「誰が上手くいってもうまくいかなくても、恨みっこなしだ。陰湿ないじめとか、そういうくらいのは無しにしようってことだ」
今まさに自分がやっていることが、陰湿な圧力だとは気づいているのかいないのか。
それは他の四人からはわからないことであり、ある意味では不透明な説得をしているということである。
それだけ本人も、切羽詰まっていると思っているのかもしれない。
「本当に、それだけは嫌なんだよ。シャレにならないにもほどがあるだろ、注目されている試みが、内輪もめで台無しとかな」
それは共感できる。言われてみれば、それだけは絶対に避けねばならない、最悪の失敗。どんな共同作業でも生じ得る、不和からの崩壊。
仲良くしたいのか圧して優位に立ちたいのかわからないが、それを避けるための会話であることは明白だった。
「これは優劣を問う競争じゃない。法術使いになるのと一緒で、資質さえあれば十分なのさ。俺たちは仲間で同門で、決して争う間柄じゃない」
「は、はい……」
言っていることは友好的であり合理的なのだが、本人の表情が真剣過ぎて脅迫に感じてしまう。
そしてなによりも、その言葉を不愉快に感じるデトランはそれを口にしていた。
「黙れ」
「……なんだよ、えっと、デトランだったか?」
「足の引っ張り合いは無し、というのならお前が俺の脚を引っ張っている」
同じソペードの分家と言っても、人数が多いため互いのことを深く知るわけもない。
まして、互いの嗜好が著しく異なるのなら。
「気がそがれる、と言った」
「おいおい、デトラン。お前俺が言ってたこと聞いてたか? 仲よくしようって言ってるだろうが」
「慣れ合う気などない」
互い椅子を立っていた。その上で、向き合う。
双方ともに、普段ならもう少し大人の対応をするだろう。
だが意見が違い過ぎる上に、どちらも大いに興奮し期待していた。
だからこそ、自分の意見と違うことを許せない。
「お前な……」
「なんだ」
まだ手は出していない。
しかし、手を出す予兆が少なからずあった。
周囲の三人は、どうしていいのかわからない。
口をはさむことも恐ろしいし、手を出してしまえば止めることはできないだろう。
「わかってるのか? 俺たちはまだ、悪血を宿しているってだけだぞ? まだそれだけ、選ばれただけだぞ? で、ここでケンカか? 馬鹿なのか?」
「ならお前が出ていけ。はっきり言って不愉快だ」
「ああ?」
「この国最強の剣士であるサンスイ殿を煩わせるにも関わらず、そんな低い志の者がいるのは甚だ迷惑だ。俺一人でもやり遂げて見せる」
「真面目なふりしてるけどよ、主旨、わかってる?」
まだ口喧嘩だった。
先に手を出したら、自分の主張が間違っていると認めることになるとでも思っているのかもしれない。
しかし、それが怒りで振り切れるのも近い。
「やる気がないのなら失せろ」
「おいおい、話聞いてるか? 答えろよ」
「お前のように不真面目な男と話すことなどない」
「じゃあ話しかけんなよ。仲良くする気が無いなら、せめて黙ってろよ」
「お前が消えればいい話だ」
「だ~か~ら~……!」
誰でもわかる話だ。
今この場でケンカをすれば、それこそ一生後悔することになるだろう。
誰がどう考えても、双方が拳を治めるべき場面である。
だがしかし、そもそも双方が拳を収めなくていい場面とは何だろうか。
敵意を収めずに争っていい状況とは、この世のどれだけの部分であるのだろうか。
「お前がどんだけ燃えてるのか知らないけどよ、別にお前だけ選ばれてるわけじゃないの。お前がやる気あってもな、そんなのどうでもいいんだよ。みんな重要に考えてないんだよ」
「それはこちらのセリフだ。お前がどれだけ欲深なのか知らんが、俺にとってはどうでもいいことだ。誰もが求めている結果は、俺一人で出して見せるとも」
「じゃあ黙ってろって言ってんだろうが!」
「最初にしゃべりだしたのはお前だ!」
ケンカはしていけないことだと、たいていの人間は知っている。
しかしそうした常識があっても、ケンカは止まらない。
当たり前の話であろう。逆に誰でも知っていることだ、常識で暴力は止まらないと。
「ごほん」
部屋の扉があいて、二人の男が入ってきた。
「失礼、取り込み中でしたか?」
片方は悪血を宿す、直接の指導者だった。
もう一人は、小柄な子供だった。
「……いえ、そんなことはありません」
「なんでもないですよ、お待ちしていました」
憎悪や憤怒を吹き飛ばすほどの、畏敬や恐怖。
争いの根幹が生死にかかわるものではないのなら、それは新しい感情によって吹き消される。
「そうですか、それはよかった」
端的に言えば、先生が来たので生徒は静かになった。
ただ、それだけのことである。