軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

男親

こうして、大会は成功に終わった。

アルカナ王国が立てたランは己の強さを示すことができ、諸国は彼女に対して異論を唱えることはできなくなっていた。

だが、それはアルカナ王国側の理屈であり、特に南側の諸国にとっては最悪の結果と言ってよかっただろう。

「志波さん……すみません、俺が削ることができていれば」

「そんなことを言うな、お前も俺もやれることをやっただけだ」

しばらく休憩をはさんだ後に、祭我からランへ正式にエッケザックスが授与される。

本戦に進んだ選手たちは治療が施され、殺されたイースターを除く全員がそれに参加することになっている。

他でもない選手たち全員がよく知っていることだが、この本戦に限れば八百長など一切なかった。

事前に告知された規定に則って、運営側であるアルカナ王国は公正な試合を行った。

だがそれが何になるのだろうか。たった一人の勝者が生まれるために、数多の敗者が地面に転がったのだから。

「でも……エッケザックスを持ち帰ることができませんでした!」

「……今更だが、お前は本気で勝てると思っていたのか?」

少々呆れた口調で、完全回復している志波は尋ねた。

もちろん全選手の中でもかなりの重傷を負わされたのだが、それでも蟠桃や人参果のおかげでいつも以上に体の調子は良かった。

「もちろん、本気でやってくれたことは嬉しいが、だとしても自信過剰が過ぎるだろう」

「負ける気で戦ってたんですか?!」

「ああ……勝てればそれが一番だとは思っていたが、負けて当然だとも思っていた」

「負けて当然って……」

「当たり前だ、俺たちは大工だぞ? 本職に勝てるわけがないだろう」

もちろん一般の兵士よりは強いだろう、だが流石にすべての兵士が自分たちより強いとは思えない。

だが相手は精鋭中の精鋭、チートな日本人を知っているアルカナ王国が、それでも自信をもって送り出す実力者だ。

「そ、それは……」

「軍人にもそれなりに大工仕事ができる者はいるだろうが、流石に俺たちほどではないだろう。それと同じで、俺たちもある程度は戦えるが、エッケザックスの所有者に選ばれるほどの勇者様に太刀打ちできるわけがない」

何事も、専門家には及ばない。

よく村人だとか農民だとかが、本職の戦闘員よりも強いという小説はあった。

だがそれはあくまでも『そういうお話』であって、戦闘の訓練を職業としている者に及ぶわけがない。

ゲームでは大工や料理人という『 職業(クラス) 』が存在し、戦闘に参加して個性的な技を習得したり使用したりする。

だがこれはゲームでもない。志波も鏡も、どこかの神殿で『明日からお前は大工だ』という許可をもらったわけではなく、普通に大工仕事を請け負って家を建てたりしている普通の大工職人だった。

「もちろん、お前の奇襲が成功する可能性もあったが、それは相手がよほど手抜きをしていた場合の話だ。これだけの規模の大会を催しているんだぞ、本戦に残ったたった百人の中で、二人しかいない日本人のことをちゃんと調べないわけがない」

「それは……」

「彼女も言っていたらしいが、お前は相手が間抜けで手抜きをすることを期待していたのか? 流石にそれは卑しいだろう」

そう、最初から勝ち目などなかった。

もしもランがイースターのように、素質に甘えているようで隙があるのなら、まだ可能性はあっただろう。

だがそんな、負けるかもしれない選手を、アルカナが大会を催してまで推すだろうか。

最初から負けるわけがないと思っていたから、これだけの規模で公平な戦いをしたのである。

「それじゃあ、どうして大会に参加を?」

「……確かに、エッケザックスを持ち帰ることができればそれが最高だ。だが、失敗しました、では済まされない」

「はい」

「お前は勝つつもりだったが、俺は負けるつもりで戦っていた。聞けば大分、俺は試合を盛り上げることができたのだろう?」

「え、ええ……皆満足してましたよ」

おそらくアルカナが一番嫌だったのは、近隣諸国が最初から諦めて不参加を決め込み、アルカナ王国国内の一般人しか参加しなかった場合だ。

もちろん簡単に勝つだろう、もちろんもしもの事態など生じないだろう、だが見ていてまったく盛り上がるまい。

なんだかんだ言って、イースターと志波が参加したことは、アルカナ王国にとっては僥倖だったはずだ。

全員が強いのはありえないし逆に困るが、一人目と百人目が大いに盛り上げたおかげで、ランの強さを各国に見せることができたのだから。

全員が勝負にならないほど弱かった場合、廟舞あたりがエキシビジョンマッチの相手として駆り出されていた可能性もある。

客とは勝手なものなので、公正で公平でも、相手が弱すぎた場合 サクラ(・・・) なのではと邪推してしまうからだ。

「まさか謝礼金目当てだったんですか? 確かに盛り上げましたけど、約束されてない謝礼を目当てにしていたんじゃ……」

「逆にその発想はなかったな……とはいえ、結構な額の金がもらえれば、それでどうにかできたかもしれないが」

それはそれでありだとは思っていた。

少なくとも、交渉の余地は生じるのだろう。

「ただ、そろそろだな……来るとしたらだが」

授与式が始まるまで待ってほしい、と個室に案内された二人であった。

それなりにこぎれいな部屋の中で、期待をしている志波は入り口の方を何度もチラチラ見ていた。

授与式に合わせて発表があるのなら、そろそろだと思っていたのである。

「来るって、誰がですか?」

「誰か、だ」

一瞬の沈黙、近づいてくる靴音。

そして、ノックされた後に扉が開いた。

「失礼するわね」

入ってきたのは、護衛を伴っている少女だった。

「どうも初めまして、ハピネ・バトラブよ。アルカナ王国四大貴族バトラブ家、次期当主の妻と言えばわかるかしら?」

情報がいきわたっているわけでもない社会であり、なによりも他国の貴族のことなど知っている者は少ないだろう。

そういう配慮を含めて、ハピネは名乗っていた。

そして、貴族の令嬢と聞いて大いに二人とも驚く。

誰がどう考えても、この二人に直接会いに来るのは異常だった。

同時に、志波は想像以上の手ごたえに笑みを隠せなかった。

「本戦出場者、アイダ・カガミとイカミ・シバね? どちらもご苦労さま、とくにシバはよくやってくれたわ」

「いえいえ……ご満足いただけたようで何よりです」

「……」

居住まいをただす二人。

もしものことを考えるまでもなく、機嫌を損ねればろくなことにならないことは明白だった。

だからこそ、二人は社会常識に則って背筋を正していた。

「単刀直入に言いましょう。シバ、貴方をバトラブで雇いたいわ」

「光栄です……失礼ですが、条件のほどは?」

「貴方達二人と、その家族……あとはそうね、何人ぐらい知り合いがいるの?」

「一つの町で……二百人ほどです」

「それぐらいなら構わないわ、全員入国させてあげる。少々の労役はしてもらうけど、そのあとは一般の国民として扱うわ」

あらかじめ想定していたかのような、両者の交わす言葉。

それを聞いて、無言のまま志波を見てしまう鏡。

そう、志波は最初からこれを狙っていた。

たとえ神剣エッケザックスを手に入れられなかったとしても、誰に恥じることなく勇敢に戦い実力を示すことができるのなら、それは雇用の声がかかってもおかしくない。

国一番の剣士だとかに勝てないとしても、十分な実力者なら雇い入れたいと思うのが人情だろう。

なによりも、アルカナ王国が実力者を優遇する国だと、周囲に示すこともできる。

もちろん、イースターもその可能性があった。

既にランを更正させているのだ、狂戦士のしつけ方があっても不思議ではない。

だが、彼は公式の場で暴れだした。作法を守るどころか、規定に違反した。

そんな相手を許しては、器量を示すどころか鼎の軽重を問われるだろう。

「ありがとうございます」

これで、志波は報われていた。

どんな形でどう雇われるのかはわからないが、少なくとも家族をあの場所から出すことができる。

違法な入国者としておびえさせることもなく、正しく国家に保護される国民にすることができる。

もしかしたら差別されるかもしれないし、もしかしたら搾取されるかもしれないし、もしかしたら自分は鉄砲玉として扱われるかもしれない。

だが、最悪には程遠い。あの場所がこれからどうなるのかわからないが、あのままでいるよりはずっといい。

最悪ではないのなら、悪くはない。最高を目指して失敗して、最悪になるよりはずっとましだ。

それを、鏡は理解する。

なるほど、これで家族は安心だ。志波の妻も娘も、鏡も志波も大いにマシになった。

それどころか、街の生き残りたちもある程度保証されることになった。

最悪ではない、だが最高でもない。

「……カガミ、いいわよ」

その彼を見て、ハピネは発言を許していた。

何事もため込ませるのはよくない。

今鏡が暴れだしても、確実に志波が抑え込むであろうし、ここは非公式の場だ。

文句は最初に言わせたほうが、きっとすっきりする。ため込んで無駄に憤らせるよりは、ずっといい。

「故郷を、俺たちの町を取り戻してはくれないんですか?」

それが最高の結果だった。

確かに南側諸国のすべてが戻るべきなのだろうが、そんなことは鏡にはわからない。

自分たちが元の町で暮らす。それが想像しうる限りの最高であり、目指していた目標だった。

確かに死んだ人は生き返らないが、それでも思い出の故郷に誰もが帰りたがっているはずだった。

「駄目よ」

それを、彼女ははねのける。

「貴方達が勝っていたのなら、それも可能だったかもしれない。でもね、貴方達は負けた。これに関して交渉の余地はないわ。もしもそれを望むのなら、私たちは貴方達を諦める」

発言を許可された以上、志波は鏡へ口を出すことができない。

だが、ハピネの反応は余りにも正当だった。公正で公平で、弱者と敗者にやさしくなかった。

「そこまでして、旧世界の怪物と対立してまで、貴方達が欲しいわけじゃない。納得できないのなら、交渉は決裂して終わりよ」

強制も強要もしない、交渉も妥協もしない、口約束も空手形もない。

そこまでして、不満を抱えさせてまで、虚偽をしてまで雇いたいわけではない。

だがそれは、どこまでも残酷だった。

「……志波さん」

鏡は、どうして志波が真意を黙っていたのか理解していた。

最初から勝つことを諦めていたこともそうだが、あまりにも愉快痛快からほど遠い。

なぜ被害者である自分たちが、加害者に対して妥協をしなければならないのか。

「志波さんは、これでいいんですか?」

「いい」

完治したとはいえ、小娘に暴行を受けた挙句敗北した男は、全面的に肯定していた。

「俺こそ逆に聞く。お前にとって仕事とは、大工とはなんだ?」

「な、なんでそんなことを……」

「いいから答えろ」

「それは……別に、そこまで嫌じゃないですけど、それなりに慣れてきて、このままでもいいかなって……」

要領を得ない回答だった。

なぜ今そんなことを聞くのかわからないから、戸惑いながらの回答だった。

「俺もそうだ。大工仕事が好きで好きでたまらないとか、俺は大工仕事をするために生まれてきたとか、大工仕事を極めるためなら家庭を犠牲にするとか、そこまで入れ込んでいるわけじゃない」

それなりには愛着がある。

それなりには矜持もある。

それなりには熟練しているし、どこでもやっていける自信がある。

だが仮に大工仕事ができなくなれば、他の仕事をすることにためらいはない。

「俺は自分が食っていくために、家族を食わせていくために、大工仕事をしているだけだ」

負けたとは思えないほど、堂々としていた。

普段通りに、とても頼もしい親方の顔をしていた。

「一番大事なのはそこだ。いいか、男という物はだな、まず自分と家族だ。そこが最低でもやらなきゃいけないことだ。格好をつけるとしても、それができてからだ。自分も家族も食えないのに、故郷を取り戻すとか竜を倒すとか最強の剣を手に入れるとか、そんな最高に恰好がいいことを目指してどうする」

格好よく勝てればそれが最高だ。

泥臭くとも勝てれば次善だ。

だが、最低でも家族だけは食わせていかなければならない。

最高の結果や次善の結果など、最低限のことがこなせなくなってまで求めるものではない。

「お前がどうしてもあの町を取り戻したいというのなら、お前は俺の娘を諦めろ。家族を食わせていくことよりも、そんなどうでもいい夢を追いたいのなら娘は任せられない」

頑としていた。

そこには、確固たる男の顔があった。

「どっかの綺麗なお姫様とでも結婚しろ、どっかの国の王様にもでもなればいい。だが、俺の息子を名乗らせない、お前に娘はやれない」

鏡は消沈する。

彼の言葉が、彼の行動が、彼の意思が、自分に比べて違い過ぎる。

やはりどこまで行っても、志波は本物の男だった。

「夢を追いたいのなら一人になれ、そんな奴の面倒を見る気になれん。だがな……お前は一人じゃないんだ! 大人になれ、男になれ! お前はまだ一番大切なものを失っていないし、失くしちゃいけないんだ!」

志波には、今ならよくわかるのだ。

なぜ、理不尽に反抗する人々が小説の中で活躍していたのか、それが人気を持っていたのか。

それは日本でも、多くの人々が理不尽に屈し、うっぷんをため込んでいたからだ。

支配され搾取され、圧迫されていたからだ。

だが、なぜそれに耐えていたのか。

職業選択の自由があったのに、自分が食うだけでいいのならある程度はどうにかなるのに。

それは、搾取され圧迫されてでも、守りたい大切なものがあったからだ。

辛くても苦しくても、嫌なことがあっても悲しいことがあっても。

それでも、自分や家族を食わせていきたかったからだ。

妻や娘に、寒い思いやひもじい思いをさせないためだ。

人類を救うだとか、世界を救うだとか、国家を救うだとか、民族を救うだとか。

そんなことは、家族を苦しませてまでやることではない。

「……お前が、あの町を好きになってくれたことは嬉しい。あの町を取り戻したい、あの家に帰りたい、そう思ってくれているのは嬉しい」

「志波さん……」

「だがな、別の町の別の家でもいいし、別の仕事でもいい。引っ越して転職したと思えば、大したことでもない。大事なのは 家屋(・・) でも 家業(・・) でもない、 家族(・・) だ!」

鏡の人生に、一つ確実に幸運なことがあるとすれば。

志波と言う男に出会い、今も一緒に生きることができていることだろう。

「……あの、ハピネ様」

「なにかしら」

鏡の心は、既に決まっていた。

もう諦める方向に、心が定まっていた。

だからこそ、諦める材料が一つでも欲しかった。

「南にいる人たちは、これからどうなるんですか? あのままなんですか? もう故郷に帰れないんですか?」

「……そうね、貴方には話してもいいでしょう」

諦める材料を、ハピネは持っていた。

決してやさしくない、面白くもない未来を彼女は知っているのだ。

「彼らには、あそこから出て行ってもらうわ」