軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

上位

かつて、マジャン王国付近で、悪血と王気を膨大に宿す者同士が戦った。

片方は如何なる傷を負っても再生する、傍若無人なる百人力の鬼。

片方は人間の子とも思えぬ、人語を操る巨大な獅子。

共に自らを最強と信じて疑わぬ、生涯不敗の怪物同士。

軍配が上がったのは、人語を操る獅子の側。

堅牢なる神の獣の肉体は、鬼の猛攻を受けてなお砕かれることはなかった。

底なしの不死身に思われた銀色の鬼は、巨大な獅子の爪と牙によって遂には屈した。

鬼の屍を前にした強大なる獣は、生涯でも最大の強敵に勝利したことに歓喜の、そして哀悼の咆哮を大地にとどろかせたという。

そののち、巨大なる獅子は人間の中に自分と同じ気血を宿す者を見出し、その者に自らの力と血を授けたという。

それがマジャン付近の王族の始祖となるのだが、あまりにも遠い昔のことである。

竜と最初の八人が戦ったことが神話になっているのならば、人知を超えた者同士の戦いは伝説となる。

試合会場にいる誰もが、人間と人間が戦っているとも思えない、すさまじい速度と筋力の激突に体を震わせていた。

ほんの少し前まで冷ややかだった各国の貴人も、自分が人間であることを思い出したかのように熱と寒さを感じていた。

檻に閉じ込められているわけでもない、強大にして凶暴なる破壊の戦士たちが衝突していることを、今更理解していたのだ。

「違う力を宿すものならば、優劣を簡単に語ることはできません。ですが、同じ気血を宿したうえで、同じ戦士だというのなら優劣は明白となる」

「……だろうな」

才能だけを語るのであれば、ランよりもイースターが勝るだろう。

ランには希少魔法の才能が有り余っているが、イースターはそれに加えて体格の才能もある。

加えて、無属性魔法という『技』の有利も、あっという間に埋められてしまっていた。

これでは体格相応の差しか残らない。

「ブロワは相手が格上なら、どう戦う?」

「む……意地の悪いことを言うな……」

ブロワにとって格上とは、まさに雷霆の騎士だった。

剣術も魔法も、当然体格も相手が勝っていた。

そんな相手とどう戦ったかと言えば……。

「いいようにあしらわれて終わりだっただろう」

「そういうことじゃなくて……」

「勝たねばならない状況なら、ということか?」

およそ、いかなる能力を持ったものであったとしても。

一番厄介なのは、完全上位互換、自分のすべてを上回る相手であろう。

「おそらく、参考にならないだろう。魔法使い同士の場合、極論すれば相手へ先に当てた側が勝つ。法術使いと違って身を守ることは苦手だし、自分の怪我を治せるわけでもないからな」

それでも、魔法使い同士なら多少は目がある。

ラッキーパンチ、些細な偶然が結果として致命打につながることもあるからだ。

だが狂戦士同士でそれはない。

互いが自己治癒能力をもっているからこそ、攻撃を当て合うことが前提となるからだ。

互いの攻撃が必殺になりえないからこそ、実力の勝負になってしまう。

「そういうお前はどうなんだ、サンスイ。お前はスイボク殿を相手にして、どう戦う?」

「ははは……これは一本取られた。とはいえ、これはこれで武。勝ち目がない相手に対してどう戦うか、それを考えるのも楽しいもの」

「案はないのか……まあ勝てないのだろうとは分かるがな」

バアスは改めて試合している二人を見る。

ある意味では、これはこれで武人の目指すべきもの。

多くの民衆と同様に、貴人たちも生唾を呑んで怖れ慄かせる。

こんな強い武人がいるのか、と驚嘆させる。まさに大舞台での大勝負だ。

「がああああああああ!」

もはや人間が発しているのかも怪しい絶叫だった。

山水が雑兵と戦うことをよく見た面々も、その威風迫力に飲み込まれている。

彼らは思い出していたのだ、強いということがどういうことなのかと。

強いということは、大きく重く、荒々しくも雄々しいということなのだと。

剛腕、怪力、剛毅。

一人の小娘を相手に、強さの具現の如き大男が襲い掛かっている。

本来ならありえざることだが、その小娘もまた強かった。

「おおおおおおおおお!」

大男同様に咆哮しながら、全力で攻撃を行う。

しかし悲しいかな、腕の長さに違いがありすぎる。

身長が高いということは、間合いも広いということ。

もちろん技の種類によっては、それも善しあしがある。

しかし、打撃で打ち合う分には、やはり間合いも頑強さも体格に相応の結果になる。

全力で防御しても、相手の全力の攻撃によって体がきしむ。

鍛えた体を持つランだが、鍛えているのは相手も同じ。

既にわかっていたことではあるが、ランはままならぬ相手に対して口の角を上げていた。

強敵こそ望むところ。

弱い相手に勝っても、切り札の証明にはならない。

「震脚!」

走りながら、足の裏から発勁を打つ。

それによる高速移動によって、ランはイースターを翻弄しようとする。

床を砕きながら消えるように動くランを、観客たちは目を白黒させながら見つけようとする。

しかしただでさえ俊足であるランが、発勁の反発力によって加速する今、影を追うのがやっとだった。

「しんきゃく……こうか?」

だが、その速度にあっさりとイースターは食らいつく。

同じように足の裏から発勁を放ち、ランに追走する。

「おうおう、こうかこうか!」

単純に、歩幅が違う。

イースターはあっさりとランの絶技を模倣し、逃走を許さぬと肘で『小突く』。

「ぐぅあ!」

小突くと言っても、高速移動中であり体重差のある相手からの肘鉄。

背中が地面に着かぬように受け身を取りつつ、速やかに両足で立つ。

それでも、正面から撃ち込まれた、イースターの『前蹴り』を胸で喰らってしまう。

舞台から落ちぬように踏みとどまるが、それでも肋骨の多くが折れていた。

「こりゃあキリがねえな、なあ?!」

とても楽しそうに拳を打ち込んでくる、銀色の鬼。

受ける銀の鬼は、やはり笑うしかない。

「いいぞ! その調子だ!」

「どうだ、ラン! 自分以上の狂戦士と戦う気分は!」

「イースター! お前が新しいエッケザックスの主だ!」

「そのままなぶり殺せ!」

相変わらず、耳障りな声援も耳に届いている。

あとで覚えていろ、という言葉もあるが、ここは黙っておくべきだろう。

アレは理不尽な罵声ではなく、自分への報復だ。

「キリがないということはない。私が負けるとでも思っているのか、でくの坊」

「はっはっは! ぶっ殺す!」

防戦一方になってきたラン。

正しい防御を行っているものの、どうしても力負けしてしまう。

目の前にいる大男こそ、故郷では最強をほしいままにしてきたラン以上の天才である。

どこかの山で賊の頭を張っていたらしいが、それが納得できる力量だった。

「どうしたどうした! こんな小娘一人殺すのに、拳骨一発では足りないか! その図体は見掛け倒しか!」

「ふざけやがって! ええ、よっぽど死にてえんだなあ!」

いいや、これだけの男が山賊に収まっていたことも、ランにとっては不可思議なことだ。

もしかしたら、周囲が美味いことイースターを持ち上げていたのかもしれない。

文字通りの生贄をささげながら、狂戦士を利用する狡い輩が大勢いたのかもしれない。

まあそれはそれで、それなりには苦労したはずだ。

そう察しつつ、ランは攻撃に耐えていた。

まだ、己の中の悪血には余裕がある。

だが、このまま減らしつづければ、確実にイースターより先にランが消耗しつくす。

悪血を最も消費するのは自己治癒であるため、当たり前だが怪我を治しているランの方が消費が激しいのだ。

もちろん事前に蟠桃や人参果を服用してあるが、それでも限度はある。そして、ランはイースター一人を倒せばいいわけではないし、途中で蟠桃などを補給することも許されない。

ランの足元が、どんどん赤く染まっていく。

ランの体からこぼれた血液が、砕けつつある石の舞台に流れているのだ。

「お前みたいな小娘が、俺と対等なつもりか、ええ?!」

「対等なわけがあるまい!」

打ち込んできた拳を回避し、踏み込んできた足へ下段蹴りを打ち込む。

本来なら発勁で受けられた打撃だが、攻撃に集中していたため素で通してしまう。

「ぬう?!」

「お前は所詮狂戦士! 血に飢えた、血に狂った獣でしかないのだ!」

内側から、外側から、交互に下段蹴りを打つ。

それは一時的ながらも、イースターの体から踏ん張りを奪っていた。

もちろんそれは、一時的なものだ。

「銀鬼拳の敵ではない!」

そして、その一時的なものがあれば十分。

ランは足払いによって、イースターに尻もちをつかせていた。

「ぐあ!」

「安心しろ、狂戦士」

もちろん、一瞬で足の怪我は治る。

だが、地べたへ座っている事実は変わらない。

「小娘に転ばされても、背中を付けねば負けではないぞ?」

そして、立っているランが見下ろしていることも、決して覆せない事実だった。

「くそったれがああああああ!」

「こい、狂戦士。お前に持たせる花はもうないと思え!」

激高し、爆発するように襲い掛かるイースター。

当然ながら、悪血による強化は続行であり、冷静さを失ったとはいえランの動きを捕らえられないわけではない。

「死ねええ!」

だが、頭に血が上っているイースターは、ランを殺すことしか考えていない。

ランに『当てる』ための拳ではなく、当たれば『殺せる』拳しか打てない。

とはいえ、狂戦士の一撃。その速度は尋常ではなく、予備動作も極めて少ない。

同種であるランでなければ、回避が難しいことは言うまでもない。

「甘い!」

悪血の強化に欠点があるとすれば、どうしても激高しやすいこと。

普段から興奮状態にあり、なおかつ激怒すれば暴れ続けてしまう。

悪血の量が少ないのなら、力尽きることはできる。だが、狂戦士は膨大な気血を宿すがゆえに、よほどのことがない限り力尽きることがない。

だからこそ、周囲からすれば迷惑千万である。

しかし、それは当人にとっても欠点となる。

同等の速度域で戦う場合、一瞬でも意表を突かれると有効打を浴びてしまう。

「ぐぁ……!」

極めて有名な急所、水月。つまりはみぞおち。

相手を一時的に呼吸困難にする急所であるが、当然狂戦士にとっては即座に回復できる異常である。

「ふん!」

側頭部への、鉤突き。

筋肉に守られていない頭部であり、当然急所。

これも、即座に回復するはずの急所である。

「でぃやああああ!」

反対側への、上段蹴り。これもまた、側頭部への一撃である。

「が……!」

イースターの意識がもうろうとする。

もちろん即座に復帰できる、すぐに回復する異常でしかない。

そもそも、急所に打撃を食らったぐらいで死にかけるのなら、狂戦士はここまで恐れられていない。

しかし、相手は小柄とはいえ、同じ悪血の天才。

同等の強化を施していることによって常人同士と変わらない、という計算式はイースターにも適用される上に、ランは発勁を用いている。

崩れた相手へ発勁での打撃を打ち込むという、最初よりもさらに有効打となっていた。

「おおおおおお!」

悪血を膨大に宿すものが行う、無防備な相手への連続攻撃。

それの最大の特色は、打ち疲れがないということ。

渾身の一撃を、無防備な相手に打ち込み続けることができるということ。

「ああああああああ!」

そして何よりも、イースターにとって悲しいことに。

この試合で、審判が試合を止めるということがない、と言うことだった。

決定打が入っても、相手が倒れないということはある。

その場合勝っている選手は、一方的に打ち込み続けることがある。

それを止めて、敗者が完全に再起不能にならぬようにするのが、格闘技の審判の大事な役割だと言える。

しかしこの試合は、相手を殺しても、決して反則にはならない。

厳正で公平な規定であるがゆえに、どこまでも残酷で、とても危険だった。

「どうした、狂戦士! もうお陀仏か?!」

鼻と喉への打撃。それは呼吸を困難にし、さらに思考能力を奪う。

もちろん、即座に復元する。しかし、即座に新鮮な酸素が脳内を駆け巡るわけではない。

歓声が上がった。

猛攻を加え続けていた狂戦士が、小柄なランから逆襲を受けている。

バトラブの切り札が、強大な戦士を打ちのめしていく。

「負けるな! まだやれるだろ!」

「踏ん張れ、やり返せ!」

「狂戦士なんだろ、すぐに治るんだろ?!」

「もう一度、ランの攻撃を覚えろ! そうすれば、今度こそ……!」

テンペラの里の面々が悲鳴を上げていた。

だが、既に勝利への決定打は撃ち込まれている。

「聞こえないだろうが、覚えておけ狂戦士!」

強化された拳から撃ち込まれる、撃ち込まれ続ける発勁。

それはイースターの巨大な体を、破壊し続けている。

それはつまり、膨大と言えども底なしではない悪血が、回復のために消費され続けているということ。

「戦っている途中で覚えても、それはすでに遅いのだ!」

イースターの人生で、相手を殺そうと思って殺せなかったことはないだろう。

天才中の天才であるランさえ上回る、天才中の天才中の、さらに天才であるイースターは、そういう日々を謳歌していたはずだ。

自分の学習能力と再生能力に自信があるからこそ、自分の限界を感じたことがないからこそ、危機感も克己心も宿ることがなかったのだ。

急所に攻撃を当てる、という発想がない。なぜなら、急所に攻撃をしなくても殺せるから。

急所へ攻撃されると悶絶する、という経験がない。なぜなら急所へ攻撃されても、すぐに治ってしまうのだから。

同種から急所攻撃を受けると、一気に畳みかけられて反撃も防御もできない、という発想に至るための『事前の危機意識』が養われていない。

「弱い者いじめで満足して、山に引きこもっていればいいものを!」

怒ると冷静な判断ができない、冷静な判断ができないと有効打を受けてしまう。

鳩尾にいいのをもらうと呼吸できない、頭を強く殴られ蹴られるともうろうとする。

そんな常識は、試合が始まる前から知っておくべきなのだ。

それを試合が始まってから覚えて、そのうえで勝利を得ようなどとは、不勉強が過ぎるというものだ。

「お前に切り札は任せられん! とっとと失せろ!」

銀色の髪が萎びた大男を、前蹴りで吹き飛ばす銀鬼拳の開祖。

見るからに気絶したイースターは、ひび割れた石の舞台から転がっていき、そのまま落下した。

「勝者、銀鬼拳ラン!」

規定された敗北条件を満たしたイースターだが、仮に試合を続行するとしても戦えないだろう。

エッケザックスの判定に、誰も異論を唱えることはない。

「狂戦士の中での天才よ、あいにくだが私は……」

誰にも聞こえない声で、銀色の髪を収めたランはつぶやいた。

「もうとっくの昔に、お前よりも強い男に負けたことがある」

それは、自分の中で決着していることだった。

「強さゆえに勝ったことしかないお前が、負けて強くなりたいと思った私に勝てる道理はない」

今以上を求めてこそ、強さははぐくまれる。

狂戦士のままであったイースターが、狂戦士の上位互換である銀鬼拳の開祖であるランに勝てるわけがなかったのだ。