軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

怨恨

アルカナ王国は主催者側であり、必然的に北側諸国へ最上級のもてなしをすることになる。

少なからず、北側諸国からの『援助』によるものではあるのだが、それを表に出す者はいなかった。

オセオのことを想うまでもなく、今のアルカナを刺激するのは危険だった。

百年後のアルカナが滅亡するきっかけになる、という可能性はあるが、そんなことと引き換えに国民が来年を失うよりはいい。

アルカナ王国がそうであるように、北側諸国も日和る道を選んだ。

結局人類全体の歴史貢献だとか名誉よりも、明日や来年の方がずっと大事である。

大国に対して服従して搾取されるとしても、南側の様に見放されるよりはずっとましなのだから。

「君には、少々酷な任務だったな」

「私の働きをお疑いになりますか」

「そんなことはない、君は最善を尽くしてくれたとも。それを疑うぐらいなら、最初から君に依頼などしていない」

ある工作員は、任務を終えてアルカナ王都をいったん離れていた。

そして、国王と合流して、再び正式に王都へ入っている。

彼は改めて、国王への最終的な報告をしていた。

「気を悪くさせてしまったのなら、謝らせてもらう。もちろん、口だけではない。君には良い役職を用意してある。裏仕事ではない、表仕事だ」

「なんの成果もあげられなかった男には、過分な厚遇です」

「そう謙遜しなくともよい。もともと望みは薄かったのだ、むしろ各国の裏方と円滑に行動できただけでも、多くの収穫があったとも」

国王はどっしりと、小さくも柔らかい椅子に座っている。

その国王の前で、外国出身の密偵は恐縮していた。

とはいえ、国王の反応はある程度予想できたものなので、彼は内心安堵していた。

なにせ、かつての祖国を滅ぼした国と協力をしろ、と命じられたのである。

能力が評価されているだけではなく、なにかの試験も兼ねていたのだろうと察せないようでは、密偵は務まらない。

自分が私情を仕事に挟むのか、現在の国家への忠誠心を問うものだっただろう。

「聞けば、任務の最後に靴を汚したそうじゃないか。新しい仕事に就いたら、もっと良い靴を用意したまえ」

「……はい」

任務の失敗が確定してからの『うっかり』に関しては、幸い見逃してもらえたらしい。

もしも任務中に『うっかり』していたら、と思うと背筋が凍るものがあった。

「国家には見栄と大義が必要だ。だが権力者はそれらが虚飾であると理解しなくてはならない。最高権力者が無能で時勢を読めないと、悲惨なことになるのは目に見えている。今、正にな」

「はい」

「……結局、政治で大事なのは、百戦百勝しようという意気込みではない。死に至る失敗を避けることなのだろうな……それさえしなければ、いくらでも負けるべきだ」

「今後、南側はどうなると思いますか」

密偵としては、大きく枠を逸脱している問題への質問だった。

しかしそれに応える国王にしても、大きく枠を逸脱していることなので、軽く答える。

もはやエッケザックスを完全に諦めているからこそ、他人事として話し合えるのだ。

「どうもこうもない。今までアルカナは重要な問題を解決していたからこそ、南側を放置していただけだ。国内の問題が解決したのなら、重要性の低い問題にも手を出すだけだろう。そして、南側に選択肢などない」

「……」

「排除するだろうな、どんな形になるかはともかく」

「既に、整理は済んでいると」

「そういうことだ」

ディスイヤの上客だった貴族は、既にディスイヤ内で厚遇するか、あるいは北側の諸国に預からせている。

竜が南を蹂躙する前に早々にアルカナに就職した貴族たちは、もともとの領地で暮らしていた領民を招いている。

ともあれ、現在残っている避難民は、ある意味でどうでもいい人間だ。

「カプトの切り札を切りますか?」

世界最強の魔法使い、興部正蔵。

アルカナの切り札たちの中でも、唯一本人の火力によって竜を殲滅できる男。

山水も崩城によって首を『脱臼』させることは可能だが、複数をせん滅となると時間を要してしまう。

彼は一度、ドミノの将兵を焼き払って、地面ごと耕して済ませていた。

「それはない、とは言えないが……そこまでするような相手ではあるまい」

目の前で大量に、一方的に人が殺される。

それも、敵意をもって攻め込んでくる敵兵ではなく、助けを求めてくる避難民である。

死んで清々する、という兵士もいるだろう。だが、何もそこまでしなくても、と思う兵士もいるはずだ。

そうした面々が穴となって、国内に不満が蔓延する……可能性があった。

それしかないのならともかく、わざわざ汚名を着る気にはならないだろう。

「慈善を売っているカプトだ、あえて自分の切り札にそんなことはさせないだろう。避難民が暴徒となって、国境を集団で乗り越えてこない限りな」

「それを扇動する可能性はあるのでは?」

「それがアルカナの利になるか?」

「なりませんね」

不毛の農夫に、自国を耕させるバカはいないだろう。

そんなことをする為に、扇動をするわけはない。

「第一、放っておけばそのうちそうなるだろう」

「カプトの施しが無ければ、既にそうなっていましたね」

「アルカナにとって、それだけが嫌なはずだ。もちろん、それは南側諸国にとっても最終手段だ。自分たちが全員死ぬ、という意味でな」

アルカナに勝ち目があるのなら、それこそ旧世界の怪物に挑んでいるだろう。

それができないからこそ、ああして逃げ込んできたわけであるし。

「アルカナとしては少々国が荒らされるだけで、殲滅するのにさほどの問題もない」

「となると、どちらも動けませんな」

「ああ、南側が干上がるばかりだ。とはいえ、国境沿いで干上がられても困る。少々嫌だろうな」

他に手があるのなら、わざわざ国の前で大量に干上がって欲しくはない。

問題は、その『他の手』が、南側にとって絶対嬉しいものではないということだ。

「南には、まあいろいろと諦めてもらうのだろう」

「……そうですね」

その密偵は思い出す。

自分が、自分たちが、自国民が。

あの男が言ったようなことを、まさに味わっていた。

別に悪かったわけではなく、弱かった、負けたというだけで。

それを彼らも味わう。

今までも既につらかった彼らが、更なる苦しみの中を歩むのだ。

「とはいえだ、人の世は移ろうものだ。 十年(・・) もすれば昔の話になる、そうだろう?」

「おっしゃる通りかと」

そんな辛く苦しい日々も、十年もすれば昔の話になるのだろう。

艱難辛苦を乗り越えても、大多数がそこから這い上がることができず、それが当たり前になっていく。

誰もが昔はよかったと語り、まずい酒を飲んで自分をごまかす。

そんな未来が、十年後には訪れる。

それまで、どれだけの人間が生き残るのかわからないが。

「十年など、あっという間ですからな」

できれば、出来るだけ多く生き残って。

たくさんの人々が、長い時間を苦しみの中で過ごして欲しい。

実際にそのための手を下すつもりはないが、そう祈る程度には彼も恨みを抱いていた。

人の痛みを共有できる、というのは素晴らしいことである。

それは自分が受けていない、自分が受けるかもしれない、そんな痛みを想像することができるのだから。

もちろんそれは想像ではなく、かつて体験したことがあるが故の共感、というものもある。

しかしそれも、精神的な余裕があってこそだろう。自分が痛い目を受けている時に、そんな想像力や体験からの共有などしている余裕はない。

「くそが!」

ジグソー王国の密偵は、翌日の本戦を前にやけ酒におぼれていた。

よりにもよって、口にも裂傷を負っているにもかかわらず、彼は酒を煽っていたのである。

それが傷に悪影響を与えないわけがない。

しかし、それでも飲まねばならない時もある。

「ああ、くそが!」

彼の愛国心は本物だった。

彼には密偵としての技能があるのだから、バアスのように一人でアルカナや近隣諸国に紛れ込むことはできる。

そういう意味では、彼の技能は人生で最大限に活用される状況である。

ただそれは、バアスのように国家を、国主を、国民を見捨てることを意味している。

それができないのは、彼の愛国心が強かったということだろう。

バアス自身が認めていたが、国民にとっては彼の方がよほど『英雄』であり『勇者』だった。

力は及ばなかったが、それはさげすまれることではない。

「ピースがなんだ! そんなことは知ったことか!」

だか彼には、もはや当たり散らすことしかできない。

自分しかいない部屋の中で、広くなってしまった部屋の中で、ただ酒におぼれることしかできない。

この世界の無常を、嘆くことしかできないのだ。

「それとこれと、何の関係があるっていうんだ!」

彼は正に、自分が言った状況になっている。

どこかの誰かに侵略されて滅亡させられて、今まで自国がやってきたことを味わっていた。

だが少しも、ピースに対して、その国民に対して、自分に暴行を加えた密偵に対して申し訳ないとは思っていなかった。

彼の心中には後悔も反省もない。

あるのは怒り、そんな昔のことを持ち出してきた、自分の正当性を揺るがす『屁理屈』に対して腹を立てるだけだ。

自らの唯一のよりどころ、自らを善であり正義とする立場を脅かす発言や人物を呪うだけだ。

「絶対あいつらだ、ああ、アイツらだとも! 考えてみれば、ああも失敗続きだったのは、おかしい! 内通者がいたからに決まっている!」

非常に、今更の気付きを叫ぶ。

もしかしたら真実かもしれないが、今となっては確認することもできない、後に生かすこともできないことを叫ぶ。

「我が偉大なる祖国を貶めんとする、北側の何処かが妨害したからだ!」

あるいはもう少し違う形で、ピースの生き残りとジグソーの密偵が互いの素性を知る可能性があったかもしれない。

あるいは、ジグソーの密偵が個人と言う形であっても、謝罪し協力を懇願する可能性があったかもしれない。

その許しを求める声に対して、それなりの対応をしていたかもしれない。

だが、そんな奇跡が起こったとしても。ジグソーが首尾よく国家を取り戻したとしても。ピースは決して再建されることはないだろう。

密偵一人が個人としてどう動いても、国家を戻して返すなどできるわけもないし、そんなことを言いだせば際限なくなっていくからだ。

なによりも、失われた人命と時間はどうにもならない。

「おおおおおおお!」

彼は自分の言葉を、全力で否定していた。何時か後悔する日が来る、同じ目に合えば気持ちがわかる、という言葉を否定していた。

彼が自分の意思でピースを滅ぼしたわけではなく、あくまでも彼が所属する国家がそう行動しただけではあるが、ピースを滅ぼしたことを申し訳ないだとか因果応報だとか、そんなことは考えていなかった。

自分たちが勝者だった時にはわからなかった、敗戦国の気持ちなど毛ほども興味はなかった。

そんな余裕がないのだから、当然である。むしろこの状況で『自業自得だ、滅ぶべくして滅びたのだ』と思うようなら、逆に愛国心がないだろう。

愛国心とは、自国の利益を最優先するということに他ならない。

そんな人間が、自国の利益を追求した結果の犠牲など、深刻に受け止めるわけもない。

先日ピースの生き残りに対して言葉が詰まったのも、ただひたすら、説得の言葉が思いつかなくなっただけなのだ。

申し訳ないと かけら(・・・) でも思っているのなら、『昔の話だ』などと言えるわけもない。

「許さん……許さんぞ!」

結局、時間の流れが違うのだ。

加害者にとっては、侵略者にとっては、勝利者にとっては、国を十年前に滅ぼしたのは過去のことだ。

だが被害者にとっては、何時までも現在の苦渋なのである。

過去と受け入れて、初めて過去のこととなる。

昔のことであっても過去と受け入れられないのなら、十年前でも過去にはならない。

もちろん、必ずしも、全員がこうなるというわけではない。

だが一定数は、 こう(・・) なるのだろう。

後悔しないこと、それは必ずしも美徳ではない。

「我らは決してこの恨みを忘れない……!」

同じ目にあっても、自分のことしか考えない。

自分がやったことだけ水に流して、自分がされたことだけは水に流さない。

他人の損失は水に流して、自分の損失は水に流さない。

水に流すかどうかは、自分の損得勘定で選別する。

「我らの祖国を奪った竜も、我らを売ったアルカナも、我らを裏切った北側も……足を引っ張った他の国々も!」

人間には、そういう者もいる。

そして、その数は少なくなどない。

「絶対に、許さん!」