軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

理由

およそあらゆる出来事に言えることだが、準備よりも本番はずっと短い。

膨大な裏工作が試みられていたエッケザックスの所有者を決める戦いも、いざ始まってしまえば三日で終わってしまう。

初日の段階で百人の挑戦者は決まり、事前の取り決め通りに順番も発表された。

中一日の休日を開けて、ランの百人抜きが始まる。

予選とは大きく異なる、なんでもありの戦い。

アルカナ王国が、ランという少女こそがエッケザックスの主にふさわしいのだと、諸外国の貴人へ証明するための戦いである。

と同時に、現在アルカナ王国に集結している、世界中の技術を披露する機会でもあった。

来る武神奉納試合の予習であり、北側諸国へアルカナの優位を示すものである。

さまざまな小細工をろうしてくる南側に対しては、これが最後の機会であると示すものだった。

ある意味当たり前だが、北側の兵士が挑戦する百人のうち、かなりの割合を占めていた。

彼らがランに勝った場合、アルカナ王国からエッケザックスは奪われてしまうだろう。

そうなれば、アルカナ王国も現在の地位を維持できないだろう。

もちろん、その可能性が低いことは、彼ら自身が一番よく知っている。

そんな彼らと同じぐらいの割合で、アルカナ王国内での立身出世を求める者たちもいた。

諸外国の兵士とぶつかることなく、似たような男たちと戦って勝つことで挑戦権を得ている。

彼らは新しくバトラブの切り札になったランに勝つことで、エッケザックスだけではなくバトラブ内での厚遇を求めていた。

ある意味では、お題目に最も誠実な参加者たちと言えるだろう。もちろん、勝つ可能性は極めて低い。

そして、ある意味では異常、ある意味では適正な者たちもいた。

現役の切り札たちと同等水準の才能を持つ、ランに勝利する可能性を持った者たちである。

当然、極端に人数は少なく、片手の指にも届いていない。

彼らは国家に所属しているわけではないが、南側の希望と言える存在だった。

そのうちの二人。 井上(いかみ) 志波(しば) と、 間(あいだ) 鏡(かがみ) 。

共に百戦目と八十戦目で、ランに挑む権利を獲得した日本人である。

彼らは南側で生活を営んでいたが、今回の戦争によってバトラブ近くの国境に追いやられてしまっていた。

お世辞にもまともな営みではなく、二人は状況の解決を測るためアルカナへ入国していた。

「志波さん、やりましたね。これでエッケザックスに一歩近づきましたよ!」

両名は日本人であるが、しかし年齢は父親と子供ほどには離れている。

それだけ志波は長くこの世界で暮らしており、この世界で結婚して娘までいた。

その娘と鏡が結婚をするのもいいか、と思う程度には気を許しあっていたが、この状況では若さゆえの熱意に苦言を呈するしかない。

「鏡」

「……何ですか、そんな不機嫌そうな顔をして。嬉しくないんですか、目標に近づいたんですよ?」

「俺がいらだっているのは、お前の態度だ……まったく」

鏡がこの世界に来てから、既に七年ほどが経過している。

それによって大分血気も収まったかに見えたが、今回の件で大分燃えているようだ。

「鏡、お前の目標はなんだ?」

「そりゃあ、ランって子を倒して、エッケザックスを手に入れて……竜を切って国を取り戻すんですよ!」

「そうだな、それができれば一番だ」

志波がこの世界で根を張った街に、鏡も六年以上暮らしている。

であれば、それこそ思い入れもある。

決して楽しいことばかりではなかったけれども、少なくともあの避難地よりはいい。

あそこには、生活が確かにあったのだ。

「竜が来てから、何もかもがおかしくなった……避難所には時折カプトってのがやってきて、食料を配ってくれる。けど、たまにしか来ないし、やっぱり足りない……」

「この世界、この時代の『慈善』だからな。ましなほうだと思うが……結局は反乱をそらすためのものだ」

既に、避難所では略奪が始まりつつある。

自分の腹を、自分の家族の空腹を満たすために、他の国や他の街から逃げてきたものから搾取を行っている。

通常なら唾棄されるべき行為だが、現状では仕方がないと理解できてしまう。

この窮状では、倫理を守る余裕など誰にもない。

「竜はほとんどアルカナが打ち取った……あと一頭、ただ一頭殺せばいいだけなんだ……なのに!」

「落ち着け」

「アルカナは、自分たち可愛さで南側を売ったんだ!」

「……それを言ってどうする。誰が聞いているとも知れないのだ、声を納めろ」

現在二人は、あてがわれた小さい部屋で話している。

一応酒や酒器はあるが、それに二人は手を伸ばしていない。

「なんですか、志波さん。まさか、ここまで来て怖気づいたんですか?」

「そうじゃない……おかしいとは思わないのか?」

「何がですか」

「アルカナ王国の中枢には、日本人がそれなりにいるらしい。聞けば、八種神宝を持っているのはランを除けば日本人ばかりだという」

「そりゃまあ、きっと俺たちと同じでチートなんじゃ」

「それなら、なんで俺たちのことを警戒していない?」

明らかに顔立ちが違い、区別も容易。にもかかわらず、他の参加者と同じ扱いである。

「そりゃあきっと、油断しているからですよ!」

「そうかもしれないな。だが、そうでなかったらなんだ?」

「……それは」

「第一、だ。お前はランとやらに、狂戦士に勝てるのか?」

「勝ちますよ! 勝って見せますよ!」

「その根拠は何だ」

「俺にはチートがありますし、それに負けられない理由だってある! 昔と違って、薄っぺらい見栄や野心で戦っているわけじゃない!」

鏡の意気は本物だ。

ありえないことだが、よほどの苦痛を受けてもひるまないだろう。

今もアルカナに入れない志波の娘と、恋仲の彼である。戦う理由は十分だった。

「だが、だ。相手はエッケザックスを使わないまでも、たくさん魔法の道具を使うらしいぞ」

「俺には効きませんよ! それに、道具に頼らないと戦えない相手なら、付け入るスキはいくらでもある!」

「審判はアルカナ側だ。微妙な判定になれば、あちらが有利だろう」

「それなら、圧勝すればいいだけだ!」

「そうだな、それができれば一番だ。だが相手は大国が抱える最強の剣士だぞ。お前は圧勝できるつもりか?」

「俺は何も間違っていないし、恥じるところもない! 大国に飼われている最強の剣士なんかに、負けません!」

負けられない理由があり、戦う力があり、守るための機会を得ている。

それならば、一切憂いはない。鏡は正に熱血に浸っていた。

「頭を冷やせ、鏡」

「俺が負けるっていうんですか?」

「絶対に負けないと思うなら、最強の神剣なんぞに頼らず、今から旧世界の怪物たちを蹴散らしてくればいいだろう」

実際、二人は逃走の折に旧世界の怪物を退けている。

それは味方に被害を出すものだったが、しかし二人にとってはそこまでの脅威ではない。

相手が十頭ほどなら、という但し書きはつくのだが。

なによりも、一頭しかいない羽化した竜には勝ち目もない。

「う……」

「正しいほうが勝つのなら、そもそも国を追われることもなかっただろう。頭を冷やせ、戦う理由は大事だが、勝算とは関係ない」

「すみません」

「第一、相手が弱ければいいだとか、相手が油断していればいいだとか、相手が馬鹿で間抜けでどうしようもない腰抜けならいいとか、そんなことを考えるな。そういうのを、油断と言うのだぞ」

自分は油断していない、だから絶対勝つ。

なるほど、油断しているということだ。

「でも、勝たないと……奥さんも娘さんも」

「ああ、このままでは妻も娘も……孫もろくなことにならんだろう」

「ま、まごって……」

「とにかくだ、勝てばそれが一番だが、勝てなかった時のことを考えろ」

「勝ちますよ、岩にかじりついてでも! どんな手を使ってでも! 相手が女の子でも、絶対に容赦しません!」

幸い今回の規定では、一対一で戦うこと以外に一切の反則行為はない。

目をえぐろうが毒を使おうが、規定違反で敗北と言うことにはできないはずだった。

「……それだ」

「え?」

「それを、やめろと言いたいのだ、俺は。負けてもいいが、相手に恥をかかせるなと言っている」

反則ではないが、倫理や風聞に反する行為はいくらでもある。

名誉の勝利とは対極に位置する、汚泥に満ちた勝利では意味がない。

「なんでですか、そこはこう、何が何でも勝てとか……」

「俺たちは勝って殺すために戦うわけじゃないだろう。守るために戦うんだ」

「……血でぬれた手で、子供を抱けるかとか、そういうハナシですか」

「違う。後で報復をしに来るからだ」

それを聞いた時、鏡は体が固くなるのを感じていた。

「……後でって、つまり、その」

「お前がエッケザックスを手に入れても、適当な理由で殺されるかもしれないということだ」

「そんなことを言いだしたら……なにもできないじゃないですか」

固くなった体で、拳をさらに固く握りしめる。

「志波さん……俺は貴方のことを尊敬していますし、恩義もかんじています。ですが、それには従えない。俺は『俺の女』を守るために、何が何でも勝ちます。たとえ『親』がいうことに反してもです」

こわばった体のまま、鏡は部屋を出ていった。

それをあえて見送った志波は、反省の意味を込めて自分の頭を叩いた。

「いかんいかん、火に油だったか」

志波は自分の失言を悟っていた。

もう少し、彼を安心させてから話を進めるべきだった。

「……鏡、俺たちは主人公じゃないんだ。行為行動は、そのまま社会の常識に呑まれるだけだぞ」

主人公補正の最たるものは、行動の正当化にある。

主人公ならば、あるいは主人公の味方陣営なら、基本的にあらゆる行動が結果として最善につながる。

悪し様にふるまっても、善良にふるまっても、何もかもがである。

だが、実際にはそうではない。

他人に好かれようと思った行動が、結果として悪いようにとられることもある。

他人に嫌われそうな行動が露見すれば、そのまま他人から嫌われる。

人間という物は、基本的に他人のあらを探して生きているのだから。

それは通常の場合、不合理ではない。

善人を悪人と勘違いするよりも、悪人を善人と勘違いしたほうが状況は悪い。

基本全員敵と思ったほうが、全員味方と思うよりは賢いのだ。

だが今は、不合理だった。

それは今の鏡も同様。自分にとって不都合な相手は、全員敵であり悪に見えているのだろう。

悪だからこそ都合のいい弱点があり、自分にも勝算があると思うのだろう。

「そんな簡単な話なら、そもそもこんなことにはなっていないというのに……」

何がなんでも勝つ、というのは必ずしも間違いではない。

旧世界の怪物たちが追撃してきたあの日、何が何でも怪物を退けねばならなかったように。

だが混同してはならない。

鏡も志波も、勝つと言うのは手段であって目的ではない。

「俺たちは、何が何でも守らなければならない。父としても夫としても、男の強さは女子供を守るためにある。そのためならば、八百長でも斬られ役でも演じねばならん。それを分かってほしかったんだが」

勝てば神剣が手に入る、神剣があれば故郷を取り戻せる、故郷を取り戻せば家族を幸せにできる。

なるほど、理想的な展開だ。

だが、男というものは、父親というものは、亭主というものは、そうならなかった時の事も考えねばならない。

理想的というのは、けっきょくのところ『こうなったらいいな』でしかないのだから。

とはいえ、それを求めるのが人間であり男でもある。

自分に自信があるのなら、なおのことだった。

相手は狂戦士、不死身の怪物だという。だがだからこそ、鏡には自分が勝つだけの自信があった。

「待っていてくれ、マルーペ。俺は必ず、エッケザックスを持って帰る……」

最強を自負する、あるいは最強を名乗る。

強ければ問題を解決できる状況ならば、自らの中にある力で解決しようと試みる。

それもまた、最強の宿命と言えるのかもしれない。

自分の強さが足りなければ、相手の方が強ければ、と事前に考えることはない。

「俺は、君のためになら最強の敵にだって勝って見せる!」

実際に戦って実力が及ばないと分かっても、思ったような現実ではなかったとしても。

それでも、戦う理由が失われない限り男は戦うことができる。

勝利という結果への渇望、勝利による目標達成への意欲。

それらは、確かに強力な後押しになる。決して虚構ではなく、現実として反映される。