軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雷雲

エッケザックス争奪戦は、ある意味では予定通りに進んでいく。

国家の命運を背負っている、仲間に守られながらも送り出された精鋭。

ただ偶然、競争相手が少なかったというだけで、余裕をもって本戦へ進んだ幸運な男。

そして、圧倒的な武力で薙ぎ払った個人。

アルカナへ訪れていた、多くの外国人たちは彼らへ望みを託していた。

現状では、アルカナが強大過ぎる。仮にオセオや旧世界の怪物が南を滅ぼしたことで満足するとしても、アルカナの気まぐれで北側も大きく損害を負いかねない。

今の為政者たちが比較的善良で、今のアルカナが国内をまとめることに専念しているとしても。

それでも、ほんの数代後のことを考えれば、寒気が走るのは当然だろう。

とはいえ、北側の為政者たちがほとんど諦めていた。

今のところ、大会そのものは滞りなく、極めて公正に行われている。

だがはっきり言えば、予選の段階では誰が誰と戦っても、さほど問題がないからだろう。

本戦への出場者、ランへの挑戦者が決まった段階で、危険だと思われるものを排除していけばいい。

現在アルカナ王国には、人間を相手にするには過剰なほどの戦力がそろっている。

そのうえで、諜報の専門家を手玉に取る傭兵集団までいる。

そして、なによりも、ここはアルカナ王国の王都。選手たちに対してどんな言いがかりをつけても、合法的になってしまうのだろう。

それらによる排除が成されていないということは、アルカナ王国にとって現在の挑戦者は脅威ではないということだろう。

バアスが言うところの、『戦士を信じてまかせる』ことができる範囲の、取るに足らない相手だった。

さて、今更であるが。

アルカナ王国からエッケザックスが移譲された場合、確実に困るのはオセオや竜たちである。

苦難の果て、犠牲の果て、忍耐の果てにようやく『安住の地』を獲得した。

それなのに、和平を結んだはずの人間たちが、大量破壊兵器の所有権を他の同族に譲ろうとしている。

その情報を把握していた怪物たちの指導者、長命者たちやオセオは大いにおののき……。

「やあ、久しぶりだね。大いなる雷雲よ」

「兄者、俺のことをそう呼ぶのやめてくれないか?」

独自の裏ルートを使用して、水面下での交渉を行おうとしていた。

つまりは一万年前から生きている、唯一の生存者。アルカナ王国も無視できない、世界最高の宝貝職人。

秘境の主、大天狗セルへの接触であった。

もとをただせば、大天狗は現在の指導者たちと同門である。

当時の時点でも人面樹の勢力と竜は切り離されており、人間として神宝を手に戦ったセルに怨恨はなかった。

とはいえ、セルの場合は人間的な理由で嫌われている。

はるか 古(いにしえ) の昔から、大天狗は変わっていない。

その彼が、秘境の主としてのふるまいさえしていなかった時代である。それはもう、いろいろとアレだった。

(この御仁が、大天狗より年長な天狗か……)

(なんで私までえ)

よって、セルよりも年上の最年長者が、オセオの護衛を連れてアルカナの王都まで忍び込んでいた。

密談を行うということで、大天狗も迅鉄道のロコモ・ロイドと巫女道のステッキ・ロースを連れている。

小さい建物のとても小さい部屋の中で、人間が五人、旧世界の怪物が 一匹(・・) 、奇妙な緊張感の中で会話をしている。

「そんなに嫌なのかい、大いなる雷雲よ。君の本当の名前じゃないか、誇りたまえよ」

「わざわざ意訳するなって言ってんだよ、兄者。普通にセルって言え」

「ははは、相変わらず変なところを気にするねえ。君は宝貝づくりには真摯で、大まじめだったけど、それ以外は豪胆で図太くて無神経で、自己中心的な男だった。それなのに、自分の名前を口にされると拗ねる」

上には上がいる。

スイボクこそが武力の頂点であるし、そのスイボクの師匠がカチョウであるし、そのカチョウよりもさらに年長者なのが大天狗だ。

その大天狗の、さらに上。もはや生きているものの中では、彼よりも年長者はいないという。

旧世界の長命者、最古の賢者フィルム。机の上で四つん這いになっている彼は、とても流ちょうにしゃべっていた。

「そんな君が、あの二人の子孫をいまだに守っていることには驚かされるよ」

「俺は義理堅いんだよ、それぐらい知っているだろう?」

「わざわざ虚空法まで習得して……縮地だって苦手だったのにねえ」

「うるせえな……一万年以上前の話を蒸し返すなよ」

あの二人の子孫。

その言葉は、ロイドもロースもよく知っている。

流石に、その伝説は語り継がれている。

「君と同様に、当時の人間の中では最も強い感情を持っていた八人のうちの二人。『絶世の美味』ステッキ・ビイフウと『門番』ロコモ・ローラーの末裔だね」

「ああ、ノアの主だったビイフウとヴァジュラの主だったローラーの末裔だよ」

「エッケザックスの主だった『真の勇者』ローラン・ゼロと、パンドラの主だった『不死身の男』サー・シャーク、ダインスレイフの主だった『枯れ木』ロンリー・フランベルジュは死んだけども……」

「ノンライセンスとサティバのほうは知らねえぞ」

「そうかい……君は薄情だねえ」

なにせ当人がいまだに生きているのだ。

もはや八種神宝と彼しか知らなかった、一万年前の真実も正確に残っている。

「サティバは君のことが好きだったのに、君は君でローラーに夢中で……」

「だから、一万年前のことを蒸し返すな!」

「最初にちょっかいをかけたのがビイフウだったから、ローラーには直接声をかけられなかった君が……一万年経っても子孫を守っているとは……気持ち悪いね」

「うるせえ!」

「僕らは正直、そのあたりのことがわからないからなあ。そもそも、体でつながることがないし」

甘酸っぱいような、個人的な話も含めて。

「さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか」

「最初からそうしてくれ、兄者」

「エッケザックスが他の国にわたって、自分たちを殺しに来たらどうしよう。みんなおびえているよ、せっかく勝ち取った繁栄なのにねえ」

とても、白々しい言い方だった。

「自業自得だろ」

「全く持ってその通り。いくら首を長くしていたとはいえ、奪ったものを奪い返しに来るなんてひどい、とはよく言えたもんだ」

フィルムは、薄情に笑っている。

「 けらけら(・・・・) 、と笑ってあげよう。あいにく僕らに首なんてあってないようなものだしねえ」

「まあ安心しろよ、もしものことがあれば兄者とその一族ぐらい、俺がなんとか賄うぜ。どうせ黙っていれば、アンタらは目立たないからな」

「みんなのことを見捨てて、尻尾を巻いて逃げ出せと? 子供(・・) じゃないんだから」

改めて、異常だった。

旧世界の怪物たちは、それこそ口らしい口もないような生物でさえ、宝貝を用いて会話ができる。

だが、机の上にちょこんと座っているその生物は、とても流暢に、自分の口で話していた。

「とにかくまあ、俺の後輩たちを信じろよ。エッケザックスは誰にも譲らねえさ」

「長命者としての弟子という意味かな? それとも八種神宝の後継者?」

「わざわざ聞くなよ、両方だよ」

これは、長命者だからではない。

この生物は、旧世界の怪物の中でも三指に入る頭脳を誇り、それ故にあらゆる生物の言葉を理解している。

そのうえで、あらゆる怪物と会話ができるのだ。どんな発声器官をしているのか、可聴領域はどうなっているのか。はなはだ疑問である。

「そういえば、スイボクと言うのもいたねえ」

「ああ、まさに化物だ。パンドラ以外じゃ殺せねえだろうな」

「神に直接会う日が来るとは思わなかったよ。流石人間、突飛なことをする生物だ」

「アレを人間扱いされてもなあ……まあ、大分近づいたフウケイってのもいたから、それも見当はずれじゃないんだが」

最も知恵ある生物の中でも、最も長く生きた知恵者。

彼は己の後輩たちが求める譲歩を、相手から引き出していた。

「それじゃあ頼みがある。エッケザックスを他のどこの誰が手に入れてもいいけれど、竜を討たせないでくれ」

「無茶苦茶な話だな」

「もともと講和した国にとって、不利益な取引を勝手にしていることが問題じゃないか?」

「一方的に攻撃してきてよく言ったもんだ……いいぜ、配慮してやるよ」

アルカナ王国とは関係のないところで、とんでもないことが決まっていた。

「まあ君に任せれば大丈夫だろうね」

「どうにも、信頼されてるな」

「そりゃあそうさ、君はついに竜だって切れる剣を作れたんだろう?」

「あ、わかった? 流石兄者!」

「気持ち悪かったね、悪趣味にもほどがあるよ。まあ師匠の体を切り刻んで船にした、僕らが言っていいことじゃないけどねえ」

「ああ、例の虚空を越える舟か。俺も作りたかったなあ……」

人面樹、大いなる種族。

仙気、験力、樹精をもっとも宿しやすかった種族。

悠久の時を生きた、大いなる植物。

多くの種族を導いていた、最も崇高な生物。

「……本当に、母なる世界は滅びたのか」

「ああ、不景気な滅びだったよ。万年亀も人面樹も、僕らに後のことを任せて、勝手に衰退していった」

「そうか……兄者たちは、そういうのはガラじゃないだろうに」

「そうだねえ、もともと万年亀たちは指導者というか傍観者だった。人面樹は指導者というか保護者だったし……」

「兄者たちは犯罪者というか詐欺師集団だったからな」

「そうなんだよ……なんで僕らが全ての種族を導くなんて馬鹿なことを……普通なら卒倒ものだよねえ」

フィルムたちは種族全体として詐欺師だと、一万年前を知る男が評した。それを最高指導者も認めている。

それを聞いて、秘境の住人もさることながら、オセオからついてきた護衛も震え上がっている。

しかし考えてみれば、呪術を得意としている種族が、弁舌に長けているのなら詐欺ぐらいするだろう。

むしろ、そのために進化したとも考えられる。

「でもここ最近は、おとなしくしているんだよ? そっちの方では 戯精(ぎせい) を宿している人が裁判官をやっているそうじゃないか。一万年前からこっち、僕らもそんなことばっかりでね……だいたい、僕らはもともと君たち人間と一緒にこの世界へ行くつもりだったんだよ?」

「ああ、そういう話もあったな」

「人面樹も万年亀も、だまして楽しい相手じゃないからね。そこへ行くと、人間は最良のカモだった」

オセオの護衛の顔が、どんどん青ざめていく。

「他の種族と違って頭がそこそこ良くて、その上でこっちを逆にだまそうという気概もあって……さらに言えば、たまに負けることだってあった。僕らの種族にとって最良の人生は、あくどくて頭の回る人間と騙し騙されながら信頼関係を作れるものだった」

「当時の人間にとって最悪なのは、あくどいアンタらに騙されて、人生から自由を失うものだったけどな」

「アレは未熟な若者のすることさ、人生を台無しにするなんて簡単で面白くない。日々に些細な不自由を感じつつも、なんとか工夫して人生を充実させようとする人間の知恵を眺めるのが楽しいのに……」

「兄者ってそういうところばっかりだったよな」

「樹精なんて宿すもんじゃないよねえ……僕も戯精の方がよかったのに」

やたら陰湿な犯罪を、高尚な趣味のように称える最高指導者。

なるほど、ろくな知恵者ではなかったようだ。

「とにかく、まあよろしくね」

しかも、本題はあっさり終わった。

オセオの人からすれば、当に冗談ばっかりの話だった。

なにやら保障らしきものは一切ない、要求を伝えたばかりだった。

「ふ、フィルム様?!」

「元々無茶な要求だったんだし、セルが頷いたのなら問題ないさ。君たちもよく知っているだろう? 人間の長命者が、どれだけ律義で不条理で理不尽なのかは。それこそ、八種神宝さえ敵じゃないさ」

そう言って、フィルムは跳ねた。

護衛であるオセオの者の肩に乗る。

「僕たちは幸運だったよ。仮にセルがアルカナにいる時に戦争になっていたら、それこそ目も当てられないことになっていた。一万年前、竜の僕として戦った猛獣たちをせん滅したのは、他でもないセルの作った宝貝であり、それを複製したウンガイキョウだったからねえ」

旧世界においてさえ、世界最高の宝貝職人。

その彼がエリクサーを所有し、更にウンガイキョウが複製するための『兵器』を生産していた。

まさに、悪夢と言ってよかったのだろう。

「その彼が大丈夫というのなら、それこそ大丈夫さ。なにせ本戦では、君の作った宝貝を装備した狂精の持ち主が戦うんだろう? それこそ、竜でもなかったらどうにもならないさ」

フィルムは、久しぶりに話ができた弟分へ信頼を込めていた。

「人間たちが催す祭、武神奉納試合の方は楽しみにしているよ。大いに盛り上げてくれ。僕たちは人間の祭が大好きだからね。それこそ飛んでいきたくなるほどだった。まあ、翼はないのだけれども」

やや釈然としないが、それでも口約束は交わされた。

それを信じるしかないオセオの護衛は、影の最高指導者を肩にのせて部屋を出ようとする。

「じゃあね、スーパー・セル」

「俺の名前を全部言うんじゃねえ!」