軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変化

カットを始めとする、南側諸国の密偵の残党。彼らの張り巡らせた罠に、バアスは自ら飛び込んできた。

この時点で密偵たちは、バアスを大いに追い込んでいたと言っていい。

一対四という数的優位、逃げ場のない狭い道という地形、クロスボウ三つによる間合いの有利。

些細と言えば些細だが、それらの積み重ねは決して薄くない。バアスが魔法を使えず、宝貝も持っておらず、大剣しかもっていないのなら、これで決定的だろう。

それらの要素がないのなら、バアスは既に詰んでいた。

密偵たちにとって脅威なのは、バアスがアルカナの兵士を連れてきている可能性や、あるいはバアスの跡を誰かが追跡している場合だ。

今までも散々伏兵にしてやられてきた。バアスに監視がついていて、それにバアスが気付いていない可能性もある。

だが、もはやその可能性を考えることは無意味だ。この場でバアスをはさんでいる四人だけが、動かせる最後の戦力だ。

伏兵がいる場合に備える余裕など、一切存在していない。いないと祈って、ただバアスの拉致に全力を賭すしかない。

とはいえ、幸か不幸かバアスには監視などついていない。

もちろん、この王都にスイボクと山水がいる限り、捕捉されていない気配などない。

だが、その二人も就寝しており、一切手を出すつもりはなかった。

およそ、想像しうる限り。

密偵たちにとって、これ以上ない好条件だけが羅列されている。

これで失敗するなどありえない。

残るすべての戦力を投入し、この上なく有利な地形に誘い込み、相手は一人で武器も常識の範疇。

これで負けるようなら、いよいよ何が何だかわからない。

ここでバアスが選べる道は三つ。

前か後ろに突っ込む、大声で助けを呼ぶ、降伏する。

前か後ろへ突っ込めば、この狭い道でクロスボウに射抜かれるだけ。

バアスは大柄であるし、この狭い道では逃げる場所も隠れる場所もない。その上、大きな剣はこの場では満足に振るえない。

とはいえ、それは相手も承知だろう。見た限りバアスは冷静なようで、これを選ぶとは考えにくい。

大声で助けを呼んだときは、やはりクロスボウで射抜くしかないだろう。

この王都にまだテンペラの里の者はいるであろうし、それを抜きにしても人を呼ばれてはたまらないのだ。

最後が一番望ましい。

はっきり言えば、こうして降伏を促しているのは、それが一番ありがたいからだ。

できることなら、抵抗せずにとらえられて欲しい。

四人と言う少人数では、身動きの取れなくなった出血している大男を、王都から連れ出すのが難しいからだ。

背後からクロスボウで前触れなく射抜く、という最適解を拒んでいるのも、ただそれだけのことなのである。

カット達四人は既に勝利だけしか考えていないからこそ、拉致からの脱出の成功率を上げるためにバアスの降伏を待っていた。

「おおおおおお!」

バアスは一番愚かな選択をした。

大剣を上段に構えたまま、工夫もなくカットへ向けて走り出したのだ。

革の防具を着ているだけで、蟠桃や人参果を食べているわけでもないし、宝貝を持っているわけでもないのに、馬鹿正直にカットへ切りかかった。

「ば、バカが!」

カットは路地の壁際へ退避する。自分の背後にいる射手の邪魔をしないためだ。

そして、クロスボウを構えている三人も、バアスへ狙いを定めて矢を放とうとする。

間違っても同志へ当てないように、狙いを定めて、確実に射抜こうとした。

「バカは……おまえだああああああ!」

会話をするためなので仕方がないのだが、バアスとカットは近い場所にいた。

加えて、クロスボウを構えている三人も、降伏してほしいという願望が先にあった。

それだけでは、バアスはカットへ切りかかる前に、クロスボウに射抜かれるだろう。

いいところ、相打ちがやっとだ。

だが、バアスは小細工を弄した。

大人三人が並べば埋まるような、狭い路地。

逆に言えば、バアスは多少でも横に移動する余地があるということだ。

ほんの一歩、斜め右に進む。

ほんの二歩、斜め左に進む。

別に強化されているわけではない男の、ささやかな蛇行走行。

それは数瞬、バアスを狙おうとする射手たちの、クロスボウの発射をためらわせた。

「な……」

「今度は、拳骨じゃねえぞ!」

そして単純に、大剣は間合いが広い。

大柄なバアスが大きく踏み込みながら振るえば、クロスボウほどではないとしても遠くの相手を斬れる。

狭い道と言う不利も、上から振り下ろすだけなら問題にならない。

カットは、とっさに回避を選ぼうとした。

しかし、横に避ければクロスボウに当たるかもしれない、という疑念が体を止めていた。

後ろに避けるとしても壁が邪魔になるし、大柄なバアスが上段から振り下ろしてくる光景を前に足がすくんでいた。

ならば魔法で反撃を、とも思うが、あいにくカットは火の魔法しか使えない。

今まさに死ぬか、という時でもカットは任務を忘れていない。

もしもバアスを焼き殺せば、それはかろうじて可能性を残している任務の失敗を意味している。

焼死体を持ち運ぶわけにはいかないし、人が燃えた跡が残っているのならバアスの生存を山水が絶望視するだろう。

「……死ねええ!」

バアスの一撃は、重装備の相手すらも一刀両断する。

軽装備のカットがどう防ごうとしても、絶命は免れない。

カットはそのことを思い出しながら、バアスの刃で断ち切られていた。

「な、カット?!」

カットの後ろでクロスボウを今放とうとしていた男は、夜の街でもわかるほどに両断された同志を見て驚愕する。

狭い路地で封じたはずの大剣で、詰みの一手を打ったはずのカットが凄惨に殺されていた。

それを目の当たりにした彼は、やはり任務のことが頭をよぎる。

四人しかない戦力が、三人に減ってしまった。

それはますます怪我をしたバアスを運ぶことが困難になったことを意味している。

いやさ、ほぼ不可能になったと言っていい。

「おおおおおお!」

それに加えて、人体をたやすく切断できる大男が迫ってきていた。

その単純に派手でわかりやすい攻撃は、実戦をこなしているとはいえ、防具を着こんでいない人間には恐怖の対象となる。

まして、大声を上げて襲い掛かってくればなおのことだ。

「ぐ……!」

ここで、どうしても惑う。

至近距離で矢を放てば、怪我どころか殺してしまうのではないか。

それらがどうしようもなく、彼に矢を放たせなかった。

「く、くそ!」

「ええい!」

バアスの背後でクロスボウを構える二人は、もはや祈るしかなかった。

どうかこの矢が、バアスの動きを止めてくれますように。

仲間に当たることなく、バアスを殺すこともなく、最良の結果を出してほしい。

そんな祈りを捧げながら、やはり蛇行しているバアスへ放った。

風を切る音を立てることさえなく、二本の矢が高速で放たれる。

それはもう一人の仲間に当たることはなかった。

しかし、バアスに当たることもなかった。

ただ、路地の壁に命中しただけだった。

「……くそ!」

「ちぃ!」

バアスに矢が当たらなかったのは、運がよかっただけだ。

バアス自身、前の相手は声で驚かすことはできても、後ろの相手に関しては祈るしかなかった。

これが山水なら、背後の相手が放つ気配を感じて、機を読んで回避できるだろう。

しかし、それができないとしても、バアスにはある程度の楽観があった。

「逃げろ!」

「退け!」

バアスはクロスボウを使ったことがないし、使いたいと思ったこともない。

だが、クロスボウの弱点は知っている。

革の防具はおろか、場合によっては金属の鎧さえ貫く兵器ではある。

訓練に要する時間も比較的短いという、高額であるという点を除けば優良な点の多い武器だ。

しかし、連射が遅い。一度矢を撃てば、装填するのにどうしても時間がかかってしまう。

元よりバアスは、戦場での場数は踏んでいる。

動いている的へ矢を当てる難しさを、良く知っている。

もちろん運による面が大きいのだが、その運へ命を賭ける度胸も持っている。

「ひぃ!」

「ああああああああ!!!!」

バアスは、目の前に立ちふさがっていた男を上段から切り捨てていた。

そして、そのまま走り去る。

背後の二人がまだ生きているとしても、相手にするつもりはなかった。

窮地を脱する。そのことを念頭に置いたバアスは、正しく突破に成功していた。

当たり前だが、ランのような天才を除けば、人間はそう簡単に技や術を覚えることはできない。

バアスが山水から多くの技を見せてもらったとしても、それを実戦で使うにはそれなりの時間を要する。

人間は簡単に、短時間で強くなることはない。そんなことはできない。

だが、元々強い人間がコツをつかむというのは、それなりに短時間で済む。

バアスは山水に会う前から筋骨隆々の大男で、多くの実戦を経験しており知識も豊富だった。

「ふう……」

他の山水の門下がそうであるように、きっかけと真摯ささえあれば、あっさりと大化けする。

もちろん幸運の助けも必要だが、進退窮して一か八かの手に出た相手から『今から罠にはめます』という手紙を渡されているのなら、不惑に近い戦いは可能だった。

山水のように合理的に、効率的に立ち回る。それは、場合によっては驚くほど単純だ。

「大通りに出れば、もう大丈夫か……いや、一応宿まで行かないとな」

今回バアスは地の利と間合いを、些細な工夫と威勢、そして腕力でねじ伏せた。

しかし頭を使わなかったかと言えばさにあらず、冷静に判断して勝ち目の高い行動を勇敢に実行していた。

バアスが山水から学んだことの一つに、殺す気がない相手への対処は一拍遅れるという物がある。

それは機というほど短いものではなく、虚というほど細工を必要とするものではなく、ある意味では簡単に突ける弱みだ。

身をもって学んだそれを、今回は活かしていた。

バアスは最初、路地に踏み込んだ時死ぬと思っていた。

だが馬鹿正直に挟み込まれた時、つまり一番合理的な不意打ちをされなかった時点で、勝ち目があると理解していた。

たしかにクロスボウではさまれたら普通は死ぬ。だがそこまで遠くから狙っているわけでもないのなら、数瞬の躊躇を重ねさせれば行けると思っていた。

「俺は大剣を使って、そのまま切り抜けた……これがサンスイの戦い方なのだとしたら……俺はもっと強くなれる」

一種の戦術眼と言っていいだろう。

極めて局地的な場面でしか生かせないが、ただの兵士が持たない兵法をバアスは会得していた。

振り返っても、自分は卑怯なことをしていない。

自分の美学を守ったまま、正しく戦えていた。

「……今の俺は、弱い」

とはいえ、それは勝ったから言えること、思えることである。

バアスは本心から、手紙を受け取った時に死ぬ覚悟を決めていた。

山水やスイボクと、ランやトオンと、もっと話をしておけばよかったと後悔するほどだった。

だがそれでもあえて、不意打ちをされやすい路地へ入り込んだのは、裏で工作を行っていた密偵たちに謝りたかったからだ。

バアスはカットを含めた面々に、必死で何度も訴えた。

最強の神剣を賭けた戦いは、厳正で高潔なものであるべきだと説いた。

もちろん難しい言葉を並べたわけではないが、卑怯な小細工はやめろと怒鳴ってさえいた。

しかし、ランや山水を知った今となっては、本当に空虚で無意味な言葉だった。

つい先ほど自分が切り殺した二人がどれだけ愛国心を持っていても、ただの暴力を前にしては無意味だったように。

自分の意気込みも、山水やランにはまるで届かなかった。

むしろ、その二人の方が、自分よりも真摯に剣と向き合っていたのではないか、と思うほどである。

「……俺がこれから先どう頑張っても、サンスイにもランにも勝てない」

結局、国家の命運を背負っていたのは選手になろうとした自分ではなく、裏で卑怯で卑劣な真似をしていたカット達だった。

バアスは自分の名誉や矜持しか守ろうとせず、カットは国民や貴人の幸福や救済のために必死であがいていた。

カットへの協力を拒んだことは後悔していないが、大言壮語を口にしたことは剣士として後悔していた。

「本当に、悪かったな、カット……」

バアスは謝りたかったのだ。

結果として切り殺すことなったが、密偵たちに謝りたくて、命を捨てる覚悟で路地裏へ行ったのだ。

自分が忌避した、卑怯で卑劣な手段で殺されてもいいと、本気で思っていたのだ。

「俺が、悪かった」