軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

玉石

「影気による影降ろしは、分身を生み出す技だ」

今俺は、教室を一つ提供された『トオン臨時教師による影降ろし教室』を見学している。

その教室にいるのは、トオンが見出した影気を宿す生徒たちと、その親御さん。ソペード、バトラブ一行と、学園長先生を含めたこの学校の先生たちである。

俺の仙術もそうなのだが、やはり異国で発達した希少魔法は、学術的に興味深いのだろう。

上手く根付けば、そのままこの国にも影降ろしが定着するのかもしれない。

もちろんそれは、この国の法術が向こうの国にわたることを意味しているのだが。

「着ている服や鎧、加えて持っている剣も再現される。魔法と違い攻撃力が高いわけではないが、非常に戦闘的な……この国で言うところの、希少魔法と言えるだろう」

トオンの説明を聞いている生徒たちはとても真剣そうで、その一方で親御さんたちも変な希少魔法じゃないかと気にしていた。

なまじ呪術というものを知り、それが世間からどう思われているのかを知っているだけに、余りにも異常な術なら教えてもらうのをやめるつもりだろう。

「最初は動かせない、ただそこにいるだけの分身を生み出すところから始まる。とはいっても、これはこれで十分囮になるし、壁にもできる。ある程度の傷を負えば消えるが、それなら新しく出せばいいだけだ」

戦闘的な希少魔法、という表現は的確である。

たとえば室内で火の魔法を使おうものなら、ほぼ確実に自分も被弾する。それは程度にもよるが、そのまま致命傷になりかねない。状況によっては、殺傷能力が高かったり有効範囲が広い魔法は、足かせになりかねないのだ。

そういう意味では、影降ろしは狭い場所でこそ有効に働くのかもしれない。その分、分身の操作が難しいだろうが。

「とはいえ、やはりもっとも有効な使い方は斥候になるだろう。この遠隔操作の分身を使用した場合、影気と術者の体力の続く限り、感覚のつながった分身を遠くへ動かすことができる。偵察や暗殺には持ってこいと言えるだろう。失敗しても、ほぼ問題はないからな」

話を聞いている親たちの感情は、残念さと安堵の入り混じったものだった。

欲を言えば、法術の様に戦闘でも医療でも大きく価値を持つ希少魔法が良かったのだろう。しかし、呪術の様に排斥される術でもなさそうだと思っているようだった。

一種の盗賊、或いは忍者のような術ではあるが、そこまで嫌われる要素はない。悪用はできるだろうが、それは今更だ。

「では実際に分身を出すところを見せる。私の影気の動きを良く注意してみることだ」

俺は仙人なので、彼の中のエネルギーの動きも良く見える。

とはいえ、影気を宿す生徒たちも何とかそれを感じようとしていた。

ある意味、仙人に近い体得方法だな。

「いい男よねえ……」

お嬢様、分身を見て他に感想はないんですか。

「ねえブロワ、貴女もそう思わない?」

「ええ、美男子だと思いますが……サンスイ、もちろんこれは顔立ちの話であってだな、男女の好意とは切り離してほしいぞ」

気にしてないから、そんなに気にしなくていいって。

そもそもお嬢様だって、お前に共感を求めてるだけだし。

「……貴女と戦ったら、どっちがどうなるかしらね?」

「勝ちに徹すれば、私が勝ちます」

その言葉には、風で空を飛べば、という前置きがある。

魔法の強みは射程距離であり、空を飛べばそれを常に維持できる。

俺の仙術も一応浮くことはできるが、遠距離攻撃ができないので片手落ちだ。

その最たる例が、カプトの切り札である絨毯爆撃なのだろう。

「あら、流石は私の剣ね。嬉しいわ」

剣では勝てません、という言葉を察したのか、お嬢様は嬉しそうである。

実際、ブロワなら学園長先生を相手にしてもほぼ確実に勝てるだろう。

粛清隊や護衛隊がこの国の最高水準なら、ブロワはその水準を楽に超えているのだ。

そのブロワに、飛ばないと勝てないと言わせるトオンは、やはり雷霆の騎士にやや劣る程度の実力者なのだろう。

「流石兄上、この国でも指導する立場に立つとは」

「確かにカッコいいとは思うけど、サイガの方がいい男よねえ」

「いいなあ、私も呪術以外の魔法だったらよかったのに……」

祭我の取り巻きの面々も中々愉快なことを考えているようだった。

とはいえ、俺が気にしているのはエッケザックスなのだが。

「影降ろしの使い手がスイボクの孫弟子になるとはな、世の中わからんものだ」

「……エッケザックス、影降ろしを昔見たことがあるのか?」

「うむ、スイボクに使われていた時、三百年間諸国を漫遊していた時期があってな。その時に各地の強者と戦ったのだ。あれは楽しかった」

千五百年以上昔の話であるが、やはり師匠も旅をしていたらしい。

そもそも、仙術はこの地方の物ではないとトオンも言っていたしな。

流れ流れて、あの森で暮していたのだろう。

「お前も習っておけ、影降ろしを」

「でも……」

「影降ろしは便利だ、憶えておいて損はない。スイボクの弟子は軽くあしらったと言っていたが、昔のスイボクは大分苦戦させられたのだ」

エッケザックスを持っている師匠が苦戦、というのは正直想像できない。

それは俺が知っているあの森で千年の研鑽を積んだ師匠と、エッケザックスが知っている森に至るまでの師匠の違いなのだろう。

というかそもそも、仙人がエッケザックスを使ってどうするというのだろうか。気功剣を強化して戦っていたのだろうか。

「スイボクやその弟子と違い、お前の人生は短い。今の時間も無駄にせず、良く習っておくことだ」

「……ああ、わかってる」

生徒たちが一人一人、自分の分身を生み出していく。

それは彼らにとって、初めての一歩であり、これからへの一歩だった。

それを見守るトオンの眼は、何時かの師匠を思い出させるものだった。

「あらあら、こんなにたくさんの方がいらっしゃるなんてねえ」

学園長先生は、とてもぽわぽわしながら、そんなことをおっしゃった。

今俺達の目の前には、ずらりと荒くれ者が揃っている。というのも、『この学園ではソペードが誇る最強の剣聖が指導を行っています』というのを、ある程度宣伝したらしい。

その結果、この国最強の剣士である俺を倒して、名を上げようという輩が揃っていたのである。

もちろん、ドミノ共和国との戦争に参加するにあたって、ソペードのお姫様に自分の顔を売っておこうという者も多い。

というか、俺を倒してお嬢様の護衛になり替わろうという者も見えた。

「貴方って、弱そうだものね」

その弱そうな男に、弱そうな格好をさせ続けているのはどなたですか。

キャラを立てるために、未だに着流し草履である。楽だけど。

「お嬢様、数名ですが近衛兵らしき人物もいます」

「……本当?」

「ええ、有名な顔がちらほらと」

ブロワの言葉は真実だった。

凄い敵意を俺に向けている男たちが、わざと汚らしい格好をして並んでいた。

仙人ではないブロワも察したように、姿勢というか立ち姿からして他から浮いている。

多分、潜入任務とかには向いてないな。

「なんで近衛兵が身分を偽って、貴女の護衛に突っかかってるのよ」

と、能天気なことを聞くハピネ。

そうか、彼女は俺が近衛兵と戦ったことを知らないのだな。

知ってたら祭我を態々戦わせないしな、普通に。

「私知っている! パパが昔、王様の騎士をみんなやっつけちゃったんだって」

「……それ、本当?」

「うん、内緒なの」

レイン、内緒話は聞こえないようにしなさい。近衛兵の殺気が増しているから。

当時の時点でもそう思ったが、今にしてもどう考えてもやりすぎだった。

果たしてあそこまで露骨にケンカを吹っかけて、得るものはあったのだろうかと思ってしまう。

「道理で皆さんがこの国最強の剣士だっていうわけです……」

ツガーが嘆いていた。

そうなのだ、あの一件以降この国最強の剣士という名が広まって、定着してしまったのである。

未熟だったころならそれを喜んでいたとは思うし、今でもそれなりには嬉しいのだが、それで恨みを買っては元も子もないだろうに。

もちろん名を売るということは、敵を増やすことだとは理解しているけども。

「はっはっは! 流石は我が師匠、少し名を出しただけでこれだけの戦士を呼び寄せるとは。とはいえ、玉石混淆。ここは不肖の弟子であるこのトオンが選別いたしましょう」

「いいや、全員俺が相手をします。トオン、祭我。二人ともまずは敵の戦いを良く見る様に」

俺は腰から木刀を抜き、そのまま前に出た。そんな俺を見て、お嬢様が笑っている。

実際、俺よりもトオンの方が怪我したら困るわけで。

「さて、こうしてこの学園に現れたということは、この学園で学びの機会を得たいという事か」

「ふざけてやがるな、これが本当に剣聖か? この国最強の剣士ってか?」

「とぼけるなよ、剣聖さんよお……お前だってソペードに実力を示して雇われたんだろ」

「お前を倒せばソペードだけじゃなく、どこの領主も大喜びで雇ってくれるってもんさ!」

口で吹聴するのではなく、実際に俺に挑もうというだけ誠実である。

全員が全員同じ考えを持っている、というわけでもなさそうだったが、それでもこちらも誠意を尽くすとしよう。

「では、私に勝ちたいという者がいれば、全員でかかってきてください。あそこにいらっしゃる我が主、ソペード・ドゥーウェが勝者に対して厚遇を約束してくださるでしょう」

「ええ、もちろんよ。私の護衛を倒したなら、何人が立っていたとしても、或いは地面に倒れていた者がいても、全員を厚遇するわ」

お嬢様が太っ腹なことをおっしゃる。

そしてそれは、ソペード全体で行っている競争主義の物だ。

この場にお兄様やお父様がいらしても、同じことをおっしゃったに違いない。

「とはいえもちろん、そこの男を倒せれば、の話よ」

その挑発と保証を聞いて、荒くれ者たちは二手に分かれた。

つまり、俺に勝ちたい者たちは俺を囲み、俺と戦いたい者は大きく距離を取って、俺の戦いを見ようとしていた。

いいや、観戦者は結構多い。

学園のすぐ前ということで、校舎の窓には人がぎっしりいるし、中には飛んで上空にいる魔法使いもいた。

「さて、誰からでも、どこからでもどうぞ」

玉石混淆も、これで大分別れていた。

殆どの玉は俺を観察しようとし、ほとんどの石は俺に剣を向けている。

ほとんど全員が皮の防具であり、安く薄いとはいえるが、それでも身軽で動きを制限されていなかった。

その有利を活かせるほど、彼らに技量が備わっているようには見えなかったが。

「---!」

一番単純で簡単で、効果的な奇襲。

囲んでいる状態で太陽の向きを確認し、影が俺に見えないように、死角から無言で襲い掛かる。

勇敢な石の中の一人が、我先に剣を振り下ろしてきた。

適切な行動だが、肝心な部分が雑だった。

「殺気が消せていない」

「がっ?!」

前を向いたまま、後ろに下がりながら背後を突く。

鳩尾を突いたので、しばらくは呼吸がままなるまい。

「全員一斉に、どうぞ」

よろめく彼から離れながら、俺は周囲にそう伝える。

とはいえ、その一斉に襲い掛かるということが如何に難しいのか、俺はそれなりに知っているのだが。

「おおおおおお!」

「だあああああ!」

「があああああ!」

俺の正面に立っていた男たちが、奇声を発しながら斬りかかってくる。

通常、肉食獣でも草食獣でも大きな声で叫ぶのは、逃げて欲しい時である。

先ほどの様に、相手の背後を捕えて身を潜めているのなら、一々声を出さないし出す意味がない。

逃げられると困る時、獣は声を出さない。

目の前の彼らは、俺に逃げて欲しい、背中を見せて欲しいのだろう。

それも間違いではないし、簡単でもない。戦場で大きな声を出す、それはそれで難しいのだ。

「振りかぶるのが早い、勢いに頼りすぎている」

一度攻撃を始めてしまえば、その軌道を変更することは難しい。加えて、相手の位置が変わったことを確認することも難しい。

自分の持っている剣と、自分の腕で視界が狭くなるからだ。

俺は大きく前に踏み込み、攻撃の軌道から回避する。そして、右側の一人の腹をすれ違いざまに切っていた。とはいえ、木刀で抜き胴をしただけなので切創はない。ただ悶絶しただけだ。

「な!」

「おい、邪魔だ!」

斬りかかってきた男たちは横に並んでいたため、俺が脇に立つと一緒に切りかかった男によって動きが封じられる。

人体を貫きながらその先を攻撃できる、という手段があるわけもなし、彼はそこから動かなければ俺を攻撃できない。

つまり、俺を攻撃できる男は『今』は一人だ。

その今が終わる前に、俺は木刀で目の前の相手が構え直す前に頭を叩いてよろめかせる。

剣で相手を切るということは大きく踏み込むという事。そして、相手を切るということは体重が前に偏るということだ。

そこから復帰しても、中々方向転換は難しい。

「て、てめえ……!」

「気が逃げた、か。下がって立て直してもいいし、諦めてもいい」

斬りかかったうち、まだ立っている一人は怖気づいていた。

気が逃げている、気が抜けている、つまり勇気がなくなっていた。

同時に切りかかって自分以外の二人があっさりと倒れている。それを見て、俺に恐怖していた。

「意地だけで戦っても、いいことはない」

「う、うるせえ!」

勇気がないまま、保身に気が向いている状態で斬りかかってくる。

腰が引けており、持っている剣の長さや自分の腕の長さ、つまり間合いの広さを意識して切ってくる。

へっぴり腰で、踏み込みが甘い。少し身を下げるだけで、それは空振りに終わった。

「げっ」

「だから言ったのに」

もちろん、ちゃんと叩いてから『だから言ったのに』という。

頭が割れて、血が噴き出していた。頭は切れると出血が多い。戦場ならまだ斬りかかってくるかもしれないが、既に気が逃げている彼にはできないだろう。

「この囲みから逃げて大人しくしていれば、簡単な治療をしてくれるはずだ。一旦下がるといい」

「ち、ちくしょう……!」

ブロワよりも背が低い俺は、当然この場の男たちよりも背が低い。

その俺に、木刀で叩き伏せられて、それでいい気分にはなれないだろう。

屈辱と恐怖に歪みながら、彼は這う這うの体で逃げていく。

とはいえ、倒れている三人に比べればまだマシだが。

「さて、次は」

血を浴びてしまった木刀を見て、周囲の誰もがおののいていた。

もしかしたら、運が良ければ、自分がこの国最強の剣士を倒せるかもしれない。そう思っていただけの輩は、『この国最強の剣士』の戦いを前にして腰が引けていた。

「これが……ソペードの我儘姫の護衛……童顔の剣聖……!」

囲んでいた面々が、俺を前に闘志を失っていた。

そして、それでも、いやいや、こんなところまできて……。迷い、惑い、自分の中の理性や感情がせめぎ合っている。

そして……。

「散れ、雑魚どもが」

下がっていた玉たちに押しのけられていた。

「な、なんだとぉ?! こんな『ガキ』に俺が下がるってのかよ?!」

「見ればわかるだろう、この『男』は数でかかっても意味がない。少なくともお前達が何十人と束になってもな」

それなりに実力者であろう面々が、彼らに逃げ場を作る。

そう、俺の様な子供を相手に逃げるとなると嫌だが、見るからに強そうな奴らに下がれと言われれば、この場は下がってもいい。そう思ったのだろう。

一人が下がれば全員が下がっていく。こうして、無傷の石たちは全員逃げていった。

「あははははは!」

お嬢様は、隣にトオンがいることも忘れて大笑いしている。

そして、学園の面々も口笛を吹いて挑発していたりしていた。

こういうのを、虎の威を借りる狐とか言うのだろうか。

俺の皮では、虎ほど強そうには見えないだろうが。

「雑魚は散った……この国最強の剣士殿、一手指南願いたい」

「かまいません。一人一人、順番にどうぞ」

できれば、あのまま対集団戦闘をしたかった。

四人倒して、血を流させてしまったのが良くなかったのかもしれない。

もちろん、あのまま戦いが続けば、俺が殺さずとも負傷者同士がもつれ合って死者が出たかもしれない。

娘の前で人殺しは勘弁である。

「では……」

残った十人ほどの男たち。

当然、その中には近衛兵らしき男たちも含まれている。

さっきも石たちに交じって機をうかがっていたが、思っていた以上にあっけなく瓦解したので、一対一に切り替えたようだ。

この状況で俺の背を切ろうとしたら、他の面々に妨害されるだろうしな。

「魔法を使ってもよろしいですか?」

「使う暇があると、そう判断されたのならどうぞ」

極力縮地は使いたくない。

できれば仙術そのものを控えたい。

背後の二人の弟子に気を配りながら、俺は木刀を中段に構えていた。

「……!」

目の前の彼の武器は、ブロワと同じレイピア、刺突専用の剣だった。

俺の目の前で揺らめく切っ先が、胴をめがけて突きこんでくる。

それの切っ先が、俺の胸に当たっていた。いいや、触れていた。

それを見て、突いた本人が一番驚いていた。

「な……!」

「お見事」

例えば、野球のバットを振るうとする。そのバットがボールを打ったとする。当然、ボールは飛んでいく。

しかし、それはバットが最も早く動き、最も運動エネルギーを持っている状態の時だからこそである。

仮にバットが空振りをして、振りぬいたその先で何かの間違いでボールがぶつかったとしても、そのボールはただバットにぶつかって転がるだけだろう。

今彼のレイピアは、完全に伸びきっている状態だった。

言ってしまえば、伸びきって止まっている状態のレイピアだった。

静止している剣の切っ先に触れているだけでは、当然傷など負うわけもない。

「……なぜ追撃をしなかったのですか?」

「見事な技なので、弟子に見せようかと」

彼の魔法の腕はともかく、レイピアの腕はブロワともそん色ない。

そんな彼の全力の突きを、是非彼らに見て欲しかった。

俺が反撃したら、彼らは何も見ることはできなかっただろう。

「……お見それしました。今の突きは全力の突き、これをこうも測られては、他に見せるものなどありません」

「それは残念です」

心臓を突き刺すか、という刺突だった。

肋骨の隙間を縫って、そのまま心臓を穿つかという技だった。

こういう対処をしたのは、彼の心を傷つけていたようだ。

やはり、驕っているのかもしれない。しかし、俺が先の先を取ったら突きが出せないし、後の先を取ったらただ殴り倒されただけだし、見せる稽古ってのも難しいな。

「では次の方どうぞ」

「おうっ!」

比較的、ではあるが背が低い男だった。俺よりも少し高い程度だった。

その彼は、比較的軽いであろう剣を高く振り上げて、そのままじりじりと間合いを詰めていた。

その表情は、緊張したまま笑っている。

「ふむ」

「時に剣聖殿」

「なんでしょうか」

「貴方は……」

その言葉を最後まで言う前に、彼は高く振り上げていた剣から両手を離し、背後へ落していた。

加えて、右手に隠し持っていたであろう短剣をこちらに投擲していた。

その投擲の技術たるや見事の一言。ほぼ踏み込みなしの奇襲で放つ投擲用の短い短剣は、確実に俺の顔に向かっていた。

「そういう技は……」

俺は木刀の切っ先で短剣を弾くと、手首を使って軽く木刀を動かし、姿勢を低くしながら襲い掛かってきた彼の頭を軽くたたいていた。

もちろん、軽くではあっても木刀の一撃ではあったのだが。

「こういう場所では使うべきではないかと」

「~~なっ?!」

大上段から斬りこむ、と見せかけて片手に隠し持っていた短剣を投擲。それが命中するのを確認する前に、もう一つ持っていた短剣を手に姿勢を低くしたままタックル気味に突きこむ。

そういう技であることは分かったのだが、この場では使ってほしくない技だった。

「……私の技を、初見で?!」

「不意を突いて相手の顔に向かって短剣を投擲する。雑魚なら顔のどこかに命中し、そのまま殺せばいい。相手が手練れなら短剣を弾いて回避するので、姿勢を低くしたまま相手を突き刺す。投擲の腕前も含めて見事な攻撃ですが、それでもこうした場にはふさわしくないかと」

「なぜ……破れないと思っていたのに!」

人間の目は、動くものを優先して見てしまう。加えて、近いものと遠いものを同時に見ることはできない。目の焦点が合わないからだ。

なので、一度短剣を投げればそこに集中してしまう。その短剣が届く前に姿勢を低くしてタックル気味に相手に接近すれば、短剣を避けても敵は彼を見失うのだ。

確かに回避できない技だとは思う。

「貴方が笑っていたからですよ。何かして見せよう、何かしてやろうというのが顔に出ていました」

「そんなことで?!」

「それに間合いを測っていた割に、両手剣の間合いでもありませんでしたからね。飛び道具は案の定でした。加えて奇襲で飛び道具を使うとしても、私の戦いを見た後にそれだけで倒せる、とは思っていないと察しも付きます」

彼には自信があった。今ので俺を倒せる自信が、顔に満ちていた。

それは俺に策を感じさせるものであり、悪く言えば卑しさがにじんでいた。

「重ねて言いますが、こうした多くの方の前で使う技ではありませんね。奇襲ではあると知りながら、しかし周囲から賞賛を集めたいという葛藤。それは察するに余りある。ですが、それでも、だからこそ、貴方はこの場ではそれを使うべきではなかった。技には使いどころがあり、どんな時でも練習の時の様に平常心であるべきです」

初見で破るのは難しいが、鎧や鎖帷子を着ている相手に効きはが悪そうだし、使いどころが難しい技だとは思う。

しかし、きっと自分で一生懸命考えて、練習して、誰かで試したんだろう。その苦難を想うと、馬鹿にすることはできない。

「加えて言うなら、アレは体格が上回る相手にこそ真価を発揮する技と見ました。貴方より背が低い私には不向きでしたね」

「参りました……」

さて、今の俺はどんな顔をしているだろうか。

相手を観察するとき、相手も自分を観察しているものである。

表情を取り繕うことはなく、感情がそのまま顔に出るのが『自然』というものだ。

果たして俺は、彼の笑みをどういう顔で見ていたのだろうか。

「次の方、どうぞ」