軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

逗留

剣で相手を斬る、というのはとても難しい。

例えば包丁でまな板の上の食材を斬るとして、包丁を正しい持ち方をせずに変な角度をつけて押し当てた場合、想像するだけでも切れないとわかるだろう。

もちろん料理と違って真っ二つにする必要はなく、致命傷になればいいのでそこまで問題ではない。

だがやはり、革でもなんでも、防具を着ている相手を斬るのは簡単ではない。

逆に言えば、金属の武器を持っていても、あえて防具越しに攻撃すれば斬り殺さずに済むということだった。

それは当然、痛くないわけではない。

金属の塊を棒状にして、大の大人が体重を込めてフルスイングする。

それを革の防具で受けたところで、痛くないわけがない。

手に持つ盾ならまだしも、体に身に着けている鎧である。それでは受けきれるわけもない。

「……く」

頑丈さも才能ではある。

バアスは体に赤いあざを作りながらも、なんとか持ちこたえていた。

正しく言えば、彼は体が屈強なので打ち込んでも大丈夫だろう、という考えによって気絶しない程度に打ちのめされていた。

「……」

山水は、無傷でそこにいる。

バアスはここでようやく、山水を観察し始めた。

それを全体が把握する。

山水から指導を受けた者達は、決闘の楽しみ方を深く学んでいる。

良くも悪くも、生徒たちは相手の思考を察していた。

(こちらの動きを読んでくる、それがこいつの希少魔法だったとして……どうすれば勝てる)

山水が殺しにかかれば、思考などできるわけもない。

だが山水と戦うのであれば、今までとの勝手の違いを埋めながら戦うしかない。

「まあ、魔法は使わせないだろう」

「そうだな、新築の木造家屋だしな」

「だがそのそぶりはないぞ」

「ということはだ、魔法の才能はないのか」

「魔力は感じるが、それだけだな。おそらく乏しいのだろう」

その一方で、山水の門下たちも山水の思考についていこうとする。

相手の動きから思考を読み、思考を読むことによって相手の能力を読む。

それは必ずしも正解ではないが、だましすかしも決闘のだいご味ではある。

そして、当事者であるバアスは頭を回していた。

何度突撃をしても、当たる気配が全くない。

だとすれば、単純な攻撃だけでは意味がないと考える。

少ない手札を脳内で巡らせ、少しずつ腰を据えてくる。

「……何がおかしい」

それを見ている山水は微笑んでいた。

「失礼、侮辱しているつもりはないのです」

山水と初めて戦う相手は、山水が笑っていることに不気味さを感じる。

なにせ殺し合いの最中に、相手が穏やかな笑いを浮かべるのだ。それが怖くないわけがない。

しかし山水は、怖がらせるために笑うのではない。

飾り気なく、嬉しくて笑うのだ。

「続けましょう」

そう言って、山水は初めて前に出る。

自分から仕掛け、打ち込む。

それにバアスは戸惑い、受けに回った。

思考に没頭しすぎて、行動が後手に回る。

山水の打ち込みを、彼は身を硬くして受けていた。

仮に山水がここで小技に走れば、そのまま深い傷を負っていただろう。

「……俺なら、ここで手や腿を軽く突くな」

そうつぶやいたのは誰だろうか。

山水は嬉しそうに普通の打ち込みをして、そのまま鍔迫り合いに近い状態に持ち込んでいるが、これが尋常の立ち合いなら、相手がガリュウなら、そういう技も選択肢に入るだろう。

だが、そうしない。山水はあくまでも相手と戦っていた。

「ぐ……!」

体格こそ、才能である。

筋肉は鍛えることができるが、身長を伸ばすことはできない。

大きいということは、体重が重くできるということ。

もちろん、体が大きくても首を斬られれば死ぬのではあるが、力比べをできる状況ではその意味合いは大きい。

バアスが武装した相手を斬れるのも、恵まれた体格があればこそ。己の体重を剣に載せることができるがゆえに、深く深く斬りこめるのだ。

もちろん、それだけの重さを込めた剣を固定できる握力や、重い鉄の剣を高速で動かす腕力も無関係ではないが。

ともあれ、バアスは反射的に相手を押し飛ばそうとする。

経験とはそういうもの。相手を転ばせればそのまま詰みであるし、そうでなくとも相手の体勢を乱すことができる。

戦場の剣とはそういうものである。決して簡単ではない、強者の世界。

「う……!」

鍔迫り合いからの、押し飛ばし。

それは恵まれた体格を活かした、立派な戦術である。

だからこそ、山水はそれを笑って対応する。

例えるなら綱引き。

相手が綱を全体重を後方にのけぞらせながら、綱を引こうとしたその刹那、綱から手を放してしまう

そうなれば、当然相手は後ろに倒れる。

体格に恵まれていればいるほど、その転倒は起き上がるまでの時間を必要とする。

バアスが腰を入れて、つまり腕力だけではなく全体重を込めて、一歩踏み込みながら山水を押そうとした。

それを、山水は待っていた。悠々と下がり、空を押させる。

自分の体重があればこそ、それを使って相手を押すことができる。

だが、同じ人間であり同じ成人男性。

相手が女子供ならともかく、同じ剣士。

ならば、体重を、重心を、大きく前に動かさなければならない。

それは、『取り返すのが遅くなる』動作に他ならない。

相手にぶつかるつもりで体を動かしたのに、相手にぶつかることができなかった。

それは体重を込めていない、牽制の打撃が外れた場合と比べて、余りにも隙が大きい。

「ぐぅ!」

山水は一瞬引いて躱して押し込みをいなすと、そこから素早く前に出ながら左手を大八州刀から離した。

右手だけでつかんだ刀の柄頭で、バアスの額を強くたたく。

当然、血が流れる。邪道な技であるが、戦場の技でもあった。

脳を揺さぶられ、隙は更に広がる。

だが、山水は大きく下がっていた。

まだ終わりではないと、『なぶる』ことをやめなかった。

体格が大きい者は、基本的には力比べできる状況が好ましい。

であれば、近くの間合いの方がいい。相互に刃物を持ってさえいなければ、だが。

つまり、山水が完全な素人だとしても、刃物を持った状態で悶絶している大男の懐に入り込んでいる、という時点で勝ったも同然である。

まさに詰みの一手。

絶対に勝てない、戦場で目指すべき戦闘的状況。

試合だとしても、寸止めで一本となる。

殺し合いなら、そのまま決着。

しかしそうならないのだとしたら……。

これは、稽古なのだろう。

「……強い」

「ええ」

彼我の実力差をわからせるためですらない。

あくまでも一方的に、相手の至らない部分を指摘しているだけだ。

今回の場合、バアスが決定的に不足しているものは……。

「貴方も強いですよ、まさに戦場の技ですね」

「それじゃあ、お前の技はなんなんだ……!」

「決まっています、この国最強の剣士の技ですよ」

議論の余地さえ生じない、絶対的な実力。

それは腕力や魔法とは別の次元にある。

物理法則や生理学を逸脱しない、普通の剣術を極めている。

誰もが目指せる、最強の剣士だった。

「どうですか」

「何がだ」

「貴方も少しの間、ここで暮らすというのは」

夜襲を仕掛けてきた、真剣をもって挑んできた相手。

それを一方的にボコボコにした男が、しばらくの滞在を勧める。

普通ならあり得ないことだが、バアスは納得してしまう。

「……参りました」

夜襲を仕掛けた時、不可解だった。

この国最強の剣士、超大国の大貴族公認の剣士、値千金の武名を誇る男の邸。

にもかかわらず、極めて無防備だった。

その首を求めて、多くの不心得者が襲い掛かってくるだろうに。

なぜ護衛の兵士がいないのか。

簡単な話だ。

この屋敷にいるのが、本当に最強の剣士だからだ。

応急処置を受けてから、邸の布団で寝たバアス。

彼が目を覚ました時は遅い朝頃で、枕元に治療型の法術使いが現われた時だ。

流石は大貴族のお抱え剣士、その道場には法術使いが常駐していた。

速やかに治療は済み、簡単な朝食を食べた後に稽古を受けている門下生たちの元へ案内される。

「ようこそ、私の道場へ。とはいっても、ここは庭ですが」

昨晩立ち会った砂利の敷き詰められた敷地で、門下生たちが掛け声とともに剣を振るっている。

既に一定の段階に達している、山水の生徒として認められていた面々が他への指導も行っていた。

そこから出てきた山水が、バアスのことを迎えていた。

「あ、ああ……」

「昼に来ていただければ、こうして案内できたのですが……次は日のあるうちに訪れてくださいね」

「ああ……」

相変わらず腰の低い山水。

それに少々、違和感を感じる。

いや、戸惑いと言っていいのかもしれない。

「バアス殿は体格もよろしいですし、場数も十分。後は小技を少々覚えるだけで一気に強くなれますよ」

「……頼む」

既に強い者が、その戦い方を他人からの指摘で 崩す(かえる) のは難しい。

まず前提として、戦士として戦える時間は人生の中で短い。負ければ死ぬし、そうでなくても再起不能になってしまう。

それなら、自分を今日まで勝たせてきた形で固定する。

例外があるとすれば、更なる強者に頭を押さえつけられて『俺に従え』と言われること。

山水がやったことも、結果として同じである。

山水と戦っている時バアスが感じたのは、窮した時に打てる手が無いこと。

大上段から振り下ろして、断ち切れない相手などいままで存在しなかった。

だからこそ、バアスはそこから先の『技』がない。恵まれた体格から放つ技が通じない相手と、戦ったことが無かったので『先』を考えたこともなかった。

その先に、山水は達している。そこで平然と過ごしている。

「それを憶えれば」

彼は、聞いてしまった。

少し危うい、山水の立場からは答えにくいことを。

「俺は、エッケザックスの使い手になれるか」

彼の周囲には、多くの門下生がいた。

その誰もがソペードに属する者であり、この国に属する者だった。

その彼らの前で、話していいことではなかった。

だが全員が、聞こえなかったかのように黙っていた。

「……それは私の口からは何とも。ただ言えることがあるとすれば」

「……」

「剣は口で示すものではないはず」

「……そうだな」

全面的に、バアスは同意していた。

弱気か期待か、山水に保証を求めたことを恥じる。

「私は少々用事がありますので、この場はこの者にしたがって下さい」

「……わかった」

山水は自分の生徒にバアスを任せると、そのままそそくさと本堂ともいうべき場所へ歩いて行った。

その中でも稽古が行われているのだろうか、やや高い音程の声が聞こえてくる。

「……それじゃあ始めようか」

バアスの前には、バアスとさほど変わらない体格の大男がいた。

偉丈夫と益荒男が対峙すると、妙な空気が流れる。

お互い自分と同じ体格の相手となかなか会わないので、逆に相手に対して負けてなるかという対抗心が湧くのだ。

「ああ」

山水としては、体格が同じ方が技を覚えやすいという配慮だった。

実際、体格で勝っている相手には『技』を覚えようという気になれない。

覚えたいと理性で考えても、負けたくないという感情の方が強くなる。

だが体格が互角なら、技を覚えている方が強いに決まっている。少なくとも、体格任せで押し切ることはできない。

心技体で体も心も互角なら、技を覚えざるを得ないからだ。

「言っておくが……俺も結構やるぜ?」

「楽しみだ」

悪くない。

強い相手と戦えるのは、悪くない話だった。

山水はさんざん言っていたが、スイボクから授かった剣術は『決闘用が長じて軍隊にも通用するようになった』という代物である。

個人戦ならかなり有用なのだが、そもそも武装している個人と武装して戦うなど稀有な状況である。

少なくとも、決闘は強いが戦争はそこまで強くないという剣士よりは、逆に戦争に強い剣士の方が好まれるだろう。

とはいえ、例外的に『お貴族様』が習う場合はその限りではない。

バアスもそうだが、体が大きい、筋肉ムキムキ、声がでかい、などなど。そんなものを一般の貴族ができるわけもない。

才能を他人に教えることはできないからだ。

「どうだ、結構剣術も面白いだろう」

バアスに剣術を教え始めた山水の門下は、体格では互角だった。

それだけに、技術の差は歴然としていた。

木刀で打ちあった両者なのだが、一方的に打ち込まれているのはバアスの方だった。

「……サンスイの門下は、お前と同じぐらい強いのか?」

「当たり前だ、と言いたいがな……。だが皆、大真面目に頑張っているぞ」

同じ技を使えるのなら、体が大きい方が強い。

それに、どうしても個人で技術の習得差はあるのだ。

「……ところで」

「ん?」

「サンスイは今どこに?」

どこに、というのは場所を指す言葉だ。

だが、この場合は場所を聞いているわけではないだろう。

「ああ、サンスイさんなら、あそこで貴族の子息に指導をしているぞ」

「……強いのか?」

「そんなわけないだろう。ただ、相手は貴族様だ。俺たちとは一緒に稽古をしたくないだろうし、サンスイさんから直接習いたいんだろうぜ」

特に拒否感なく、山水の門下は『特別扱い』を受け入れていた。

だが、だからこそ、バアスの表情に気づいていた。

昔懐かしい、羨望と憤怒を。カネがある、生まれがいいというだけで厚遇される人々への、どうしようもない憤りを。

「……サンスイは、この国で一番強い剣士なんだろう」

「ああ、もちろんだ。その点に関しては、国王様だって認めるところだぜ」

「それなのに……貴族に気を使うのか」

世の無常を呪う、若さを。