軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

老友

この世界には体を治す三つの術がある。

仙術、法術、銀鬼拳。

鍼灸術という無属性魔法に分類される術もあるが、これは体調を整えることを主としている。

巫女道も同様で、基本的には相手の体調を調べる、あるいは気血を供給できるだけで、決して肉体の損傷は治せない。

他者の傷を癒す、というのであれば法術が一番適切である。

なにせ仙術の治療は、基本的には長期間の準備を要する上に、使用方法を誤ると死の危険が付きまとう。

ある意味当たり前すぎるのだが、強い薬を使うには専門的な知識と技術を持った医者が必要ということだ。

法術の治療は、肉体を完全に復元できるほどではない。

しかしそれでも、一般的な骨折などには効果は高い。

「はじめ!」

大八州では、剣術の道場が盛んである。

スイボクが暮らしていた時代(つまり四千年前から三千年前にかけて)から剣術は盛んだったのだが、フウケイが武術を修めていた関係で更に発展していた。

また、山水とガリュウの立ち合いを見た道場主たちがやる気を出したこともあって、交流試合も頻繁に行われていた。

熱が入れば、怪我人が出るのは当然のこと。

大八州にある竹を用いた竹刀による稽古だったが、それでも防具を付けずに打ち合っているのなら、骨折も当然であろう。

「そこまで!」

「さあ、こちらへ」

「すぐに処置いたします」

アルカナ王国の真上に存在する大八州は、戦災からの復興に尽力してくれた『国家』である。

それに対する返礼、ということでカプトの法術使いが派遣され、怪我人へ迅速な治療を行っていた。

彼らは大八州で『スゴイ、仙術みたいだ』と絶賛され、(まるで魔法みたいだ、の意)歓迎を受けつつ治療を行っていた。

確かな医療技術は、どこに行っても重宝されるものである。

とはいえ、大八州に戦闘能力のない法術使いばかりを送るわけにもいかない。

戦闘が可能な法術使い、聖騎士たちも護衛として派遣されていた。

「くっくっく……」

「何がおかしい」

「いやなに、同じ年の男が、そうも若作りをしていれば笑いたくなるだろうさ」

近衛兵の元統括隊長と、聖騎士隊長は休憩の合間に話をしていた。

年相応の姿をしている聖騎士隊長は、見た目の年齢とは程遠い表情をしている元統括隊長を笑っている。

「お前はいつから、そんなに見栄えを気にするようになった」

「知っているくせに、それはないだろう。相変わらずお前は、性根が腐っている。お前を雇っているカプトは、さぞ心労が絶えないのだろう」

「安心しろ、こんなことを言うのはお前ぐらいだ。もう他には、誰も残っていない」

お互いいい歳である。

国家に仕えて長く経ち、兵士として相応に先輩や同期、後輩さえも見送ってきた。

であるからこそ、お互いしか知らない顔を見せ合うのである。

「つくづくお前は、王家に属する者らしい気質だ。どうにも見栄を張りたがるくせに、一応の筋を通そうとする。童顔の剣聖は、知っての通りの性格だ。勝てと言われたからお前に勝ったのであって、お前の顔を立てろと言われれば適当に負けてやるだろうに」

「穏健なバトラブならともかく、勝気なソペードがやったとは思えんがな。第一、王家が見栄をはらんでどうする」

「見栄もなにも……くくく、お前を若返らせてまで、通す見栄か?」

山水が近衛兵を壊滅させたことで、山水の名声が轟くのと対照的に近衛兵の名声は地に落ちた。

それを一番手っ取り早く解決するには、公衆の面前で山水を倒すことだった。

王家がかなり強気になれば、ソペードに茶番を飲ませることはできただろう。そもそも、一応新当主の任命式だったのに、王家へ全面的に恥をかかせたことは問題であるし。

そのあたりを突っつけば、八百長をさせることもできなくはなかった。

にも関わらず、王家はわざわざ『山水を実力で倒す』ことに執心していた。

できるかできないかを考察して、できないと判断してもなおどうにかしようと迷走したのである。

その迷走の果てに、王家が自腹を切ってまでドミノごと右京を引き入れたのだから、世の中わからないことだらけである。

「それも、今更だ。ああ、今更な……恥ずかしい奴だ」

「仕方あるまい……あんなものを見せられればな……」

「例の戦いか? それがどれだけ素晴らしかったとしてもだ、別にお前が若返ってまで参戦する理由はないだろう。それこそ、部下を信じるべきではなかったか?」

「……以前の部下を信じていないわけではないが、私は自分で戦いたかったんだ」

聖騎士隊長は、呆れてしまう。

あまりにも男子過ぎる、年齢の深みを感じさせない浅はかな考えだった。

「お前……頭の中まで子供になったのか?」

「それはない……心までは若返らせられないそうだ。仙人が解脱するように、賢人の水銀による延命も、精神的な限界があるらしい」

「その理屈なら、お前は当分大丈夫そうだな……未だに最強にこだわるとは、本当に恥ずかしい奴だ」

後進に道を譲る気は一切ないらしい。

その理屈で言えば、他でもない山水自身がそうなのだが、それは当人も自覚しているところであろう。

そもそも本人にしてみれば、ただ娘を養うために必要な労働をしたかっただけだ。国一番の騎士と戦うことになったのは、本人としては相当不本意だっただろう。

「お前も、あの時既に引退を考えていたはずだろう? いくら最強と呼ばれていても、長く戦うだけの体力なぞ枯れていたはずだ」

「ああ、だからこそ、出会うのが遅いと思ったのだ……もっと早く会っていれば、鍛え直して再戦できたのに、と……」

「お前は変わらんな……」

近衛兵は、才能と環境と努力が無ければ入れない精鋭中の精鋭である。

その中で抜きんでた実力をみにつけ、更にそれを維持するとなれば、当然『近衛兵の中でも一番でありたい』という目的意識が必要であろう。

つまりは、雷霆の騎士は国で一番の騎士になりたいと思い、それを達成するために努力して、達成した後は維持するために努力していたのだ。

「部下のことが信頼できないわけではないが、やはり、引退するまでは最強であり続けたかった」

「立派なのか迷惑なのかわからんな……」

「彼に負けて……極めたと思っていた『強さ』に先があると知った。知って、もう遅いと嘆いていた……」

そうつぶやいてから、首を左右に振った。

「いや、それだけじゃないな」

「ああ、やっぱりあんな『子供』相手に負けたのが悔しかったか?」

「そうだ」

苛立たしさを隠さずに、ある意味では年相応の表情をする雷霆の騎士。

「そりゃあ腹が立つ。当たり前だろう、何もおかしくない」

「……まあそうかもしれんが」

「それにだ、負けるにしても負け方がある! ガリュウ殿のように、死力を尽くした先の結果ならよかった! だが、先の先をとられて、そのまま一撃だぞ?! 恥ずかしくて、表に出られん!」

「……他の誰かに言ったのか? 俺以外には言っていないんだろうな?」

「カチョウ様とセル様には話した……本音を言って欲しいと言われたのでな」

『うむ、己の中の醜さを口にできるとは! 若いのによく悟っておる、感心感心。フウケイが聞けばどう思ったであろうなあ』

『無念を抱えて墓までもっていくよりはずっといい、無念を燃やして前に進んでこそ人生だ。いいぜ、納得できるまで頑張りな!』

「二人とも、援助を惜しまないと約束してくれた」

「……そうか」

改めて、この大地を想う。

巨大な大地を浮かべる、雄大な術の力を想う。

仙人や天狗の操る、強大な術を想う。

その彼らの中で、戦闘を極めた者と、その弟子を想う。

「お前はずいぶん必死になっているが、本気でサンスイ殿に勝つつもりか?」

「当たり前だ」

気負いなく、雷霆の騎士は答えていた。

「……相手は五百年もの間鍛え続けた剣士だぞ、それこそアルカナ王国が成立する以前から、剣を振り続けた男だ」

「知っている。だが……まだ、あきらめたくない」

雷霆の騎士は、若返った体で大八州に飛び込んだ。

熟練の技と若い体、それが合わさっているのだから、相応の早さで剣を学べると思っていた。

実際には、まだまだである。

「お前、ずいぶんボロボロなようだが」

「ああ、流石に若い衆には負けないが……師範や師範代にはかなわない。違うことが多すぎて、慣れで体を動かす癖を直すところから始めているよ」

「……ずいぶん楽しそうだな」

「まさか、楽しいわけがない。自分の子供と同じような年齢の若造に負けているんだぞ? しかも、仙人でもなんでもない普通の剣士だ」

「所帯を持ったこともないくせに、何を偉そうに……」

「今まで指導する側だったのだが、指導される側に回ると本当につらいぞ」

「その割には、笑っているな」

そもそも実力が足りないからこそ、こうして剣を学び直しているわけで。

であれば、道場で師範や師範代に敵わない、というのはむしろいいことだろう。

仮に元統括隊長に敵う者がいなければ、その場合道場を変えるしかないわけで。

「……強くなっているとわかるし、近づけているとわかるからな」

「サンスイ殿か、ガリュウ殿か、それともまさか、スイボク殿か?」

「全員だ。全員、同じ道を歩いている。俺も、その道を歩いているのだとわかる」

何が何でも、山水に勝ちたい。

言葉にすることなく、雷霆の騎士は学び直していた。

「……しかし、間に合うのか? お前の才能は知っているが、それでも来年か再来年には武神奉納試合は始まるぞ。いくら何でも、それまでに十分な実力が身につくとは思えん」

どれだけ過酷な鍛錬を重ねても、それは間違いなくガリュウと同じ水準であろう。

幼少のころからそればかりをしていたガリュウと違い、雷霆の騎士はいったん別の道を究めてからの学び直しである。

であれば、相応の時間が必要であろう。

「構わない。仮に明日奉納試合があっても、私は参加する。頂点で待つサンスイ殿に届かなかったとしても、それでも参加する」

その、相応の時間は確保されている。

だからこそ全力で己を鍛えつつ、焦ってはいなかった。

「サンスイ殿に挑むことができたとしても、返り討ちにあうような実力しかなかったとしても。それでも、参加する」

とても当たり前のことを、彼は知っている。

どれだけ長い年月を要する目標であったとしても、今この時間をおろそかにしてはならないと。

国家の頂点に立ち、それを長く守り続けていた彼は、ごく当たり前のことを理解していた。

「武神奉納試合が来年でも、再来年でも構わない。一度負けても、二度負けても、何度でも参加する。武神奉納試合が中止されても自分で納得できる実力を得れば、その時にサンスイ殿へ勝負をしかける」

正しい技術を習得できる環境にいても、日々の鍛錬を怠っていれば何も覚えられない。

どれだけ時間をかけても、諦めさえしなければ、必ず目標に近づける。

「私はサンスイ殿を殺したいわけではない。もしもそうなら縮地を封じる宝貝を部下全員に持たせて、そのまま襲撃させている。そうでなければ、シュンとやらの出動要請を出している」

「……まあそうだろうな。あの方は、お前たちからすれば憎い相手だろうが……決して敵ではない。むしろ、心強い味方だ」

「私も陛下も姫様も、納得したいのだ。あの無様な敗戦で膝を折り、屈服したままでいたくない。先になした者がいるからこそ……その彼らに続き、一矢報いたいのだ」

山水に負けてもあきらめない。

山水以外の誰かに負けてもあきらめない。

機会があれば何度でも挑むし、自信がつけばその都度挑む。

心が疲れきるまで、魂が老いるまで、志が弱るまで、自分を鍛え続けて挑戦していく。

それが、本当の意味で『何が何でも、どんな手段を使ってでも、目的を達成する』ということ。

「一つ救いがあるとすれば……サンスイ殿が弱くなることはない、ということだ。どれだけ時間を費やしたとしても、彼は必ず今よりも強くなっている。決して……あの時より弱くなっていることはない」

「それのどこが救いだ?」

「あの時戦っていれば、と後悔することが無い。それに、逃げ出すこともない。人生最後の目標となった相手だ、もしも別の誰かに殺されたり、あるいは戦うことを放棄してしまったら、それこそ燃え尽きてしまうだろう」

皮肉にも、相手は不老長寿の仙人。

決して老いることも衰えることもなく、強敵のまま待ってくれている。

そして、自分が何時勝負を挑んでも、喜んで受け入れてくれるのだ。

挑戦する側としては、こんなありがたい話はない。

「それにだ」

想うのは、あの剣士のこと。

山水をして、スイボクをして、己たちの境地に達していると賞賛されたガリュウのこと。

あるいは、その彼の同志や先人たちのこと。

「四千五百年も生きていたフウケイ殿を、この地に生きる剣士たちは追い続けてきた。それに比べれば、大したことではないだろう?」

汗をぬぐって、水を飲んで、門弟と共に稽古へ戻る雷霆の騎士。

彼はつらく苦しい環境に身を置き、終わりの見えない鍛錬を続けていた。

「邪道だとは思うが……こうして機会を得られたのだ。もう二度と、試みる前から諦めたくない」

「応援はできないが……いつか、納得できるといいな」

「ああ、そう願っている」