軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

学級

自宅、王家にあるソペードの屋敷に戻った山水は、ファンと戯れながら娘と妻に報告していた。

同じ日本人である彼らは、当然の反応をしていた、という報告である。

「こう言っては何だが、家族に未練はないのか?」

「知らん……俺の場合は昔過ぎて思い出せないが……」

家族のため、という一般的な理由で仕官していたブロワには、山水の話に出てきた面々の反応が信じられなかったらしい。

確かに、帰れないですよと遠回しに言われたとしても、まずはそのことを入念に確認すべきであろう。

実際には、まあそんなものであったわけであるが。

「……そういえば、パパは私を育てるために森を出たんだよね」

今更ながら、子供の養育に必要な金額を想像して青ざめているレイン。

確かに子供へ金をかけようと思えば、いくらあっても足りないだろう。

そして、学のない、躾けの行き届いていない子供、というのは本当に質が悪い。

そのあたりを山水もブロワも、レインさえも知ってしまっている。

「こんなことを言いたくないが、むりやりあの森で育てていたら、レインは……」

「聞きたくないなあ……」

「まあとにかく、俺はレインの養育のために命を張っていた。拾った子供を育てるんだ、それぐらいしないとな……」

教育の重要性は、教育の格差があって初めて理解できる。

いくつかの例外を除いて、教育の差が『人間』を決定づける。

山水もスイボクも、ある意味では既に学びを終えていたからこそ、レインを己たちの力だけで育てようとは思わなかったのだ。

自分たちに、しつけは、無理である。正しい判断だった。

「俺自身、いろいろと教えてもらったが……護衛と言えども学がないのは問題だったしな」

「お前の場合、露骨に怪しすぎて誰も疑わなかったからな」

「……ねえパパ、パパはどうしてその人たちに本当のことを教えてあげなかったの?」

努力をすれば、神から祝福を受けた者さえ超えられる。

それは決して誇張ではなく、この世界における真理だ。スイボクだけではなく、フウケイさえもそれを達成している。

不断の努力と試行錯誤。その果てに、神の宝を持つ神の戦士さえはるかに超えた強さがある。

山水もその域に達しつつあり、長い時の果てにはそれへ至るだろう。己なりの境地に降り立って。もちろん、自然に帰らなければ、であるが。

「混乱させたくなかった……一度に沢山のことを教えすぎても、わけがわからなくなるだけだしな」

この世界の仕組みは、単純だが分かりにくい。

なにせこの世界の住人でさえ、ここ一年かそこらで大分常識が変わっている。

おそらく、すべてを説明するには、まず一万年前のことから話さねばならないだろう。

そうしないと、八種神宝のことを説明できないからだ。

とはいえ、きっと聞いたら嫌な気分になるだろう。

伝説の武器は八つあり、そのすべてをアルカナとドミノで占有していると。

戦争中にここへこなかった、という点はたしかにうれしいだろうが、世界を揺るがすような大事件は既に終わっているのだ。

いや、やっぱり喜ぶべきだろう。山水はそう思いなおす。

戦争とは楽しいものではない。必要な楽しくないことならまだしも、個人としては不必要な体験で楽しくない思いをするべきではないだろう。

「それにだ、いきなり同じ日本人が五百年生きているとか、長く修行をしていると言っても信じないさ」

「そうだな……私も子供のころからお前と付き合いがなかったら、言われても信じなかっただろう」

「童顔の剣聖、だもんね……」

信じてもらうにしても労力が大きすぎるし、仮に信じてもらっても何の意味もない。

山水ももとは日本人、彼ら、あるいは彼の気持ちがよくわかる。

「そして、信じたとしても、『なんとも』思ってくれないだろう」

五百年間、世界最強の男の下で修業した男。

そういう設定のキャラクター、あるいはそういうチート、そんな程度の認識しかしてくれない。

祭我と山水に、大した違いを見出してくれないだろう。

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫だと思う。確かに全員は納得してくれなかったが、ほとんどの人は『危機感』をもってくれたからな」

危機感、現実感。

それらは、自分の行動を戒めることができる思考である。

行動を消極的にさせる、防衛的な考えだった。

「生徒だけじゃなくて、教師もいる。分かりやすく騒いでくれたし、今頃対処しているさ」

潜在的な脅威こそが、もっとも恐ろしい。

こんな非常事態である、誰もが自分のことで精いっぱいであろう。

しかし、目の前で明らかに、大いに騒げば話は別だ。

誰もが彼を咎めることで、自分の行動や想像を否定してくれるだろう。

共通の敵は、集団を団結させる。それが共通のお荷物でも、大体同じである。ようは感情を共有できるかどうか、それに尽きる。

今、未曽有の危機に陥っている〇×高校の二年△組は、一人の生徒を締上げることによって団結していた。

「それでは、学級会を始めます」

切り札二人の要望による緊急的な特別措置、ということでアルカナ王国王都の城の大部屋を借り受けた彼ら。

心を一つにして行うのは、異世界で初めての学級会であった。

「議題は 克土(かつど) 、 写(うつす) 君の暴言です。克土君、先ほど貴方は瑞祭我さんや白黒山水さんへ、とてもひどいことを言いましたね?」

「……」

「なぜ、あんなことを言ったのですか?」

教師が進行を行っているが、一種の裁判である。

なにせ、床に正座させられている克土を、クラスメイト全員で囲んでいる状態である。

心理的な孤立は半端ではなく、一種のいじめと言えるのかもしれない。

しかし、誰も彼の味方をしない。それは彼の普段からの行動によるものであり、先ほどの行動によるものだった。

「だって……あいつらが、俺たちに農民になれっていうから……」

「確かにそれはつらいことですね。ですが、その理由も彼らは誠心誠意説明してくれました。そんな二人に、貴方は……いえ、全員で心無いことを言ってしまいましたね。それに関しては明日謝罪しましょう」

混乱の極みに達していたとはいえ、教師がいる状況で動物園のような喧噪だった。

相手がこちらの心情を察して許してくれていたが、怒ってこちらを放り出しても無理のない話である。

「皆が止めても騒ぐのをやめなかった。それはどうしてですか?」

「だって……」

「貴方の気持ちはわかります。ですが、全員の迷惑は考えなかったのですか」

「俺は、みんなのために……あのままだと、その、農民になるしかなくなると思って……」

「相手へ叫んで怒鳴ってバカにして、それで何かが変わるのですか?」

前提が狂っているから、行動のすべてが狂っている。

主人公である自分が正しくて、そんな自分が活躍するための世界にたどり着いて、それを邪魔するものを悪だと思うから無理がある。

山水も祭我も、意図してクラスを召喚したわけではない。ただ、流れ着いた同胞を善意から保護しただけである。

なにがしかの恩恵を得たわけではないし、そもそも倒すべき敵とは決着がついている。

よってはっきり言えば、この場の面々は邪魔なのだ。

彼らが示した強制的な就職は、彼らにできる最大限の努力であり、世間と折り合える唯一の道だ。

それを断られても、彼らは心を痛めるだけで困りはしない。

「私も貴方達とそこまで年齢が違うわけではありませんし、 そういう(・・・・) 作品を読むこともあります。ですが、現実と虚構をごっちゃにしてはいけません」

程度はともかく、困っている異世界人が日本人を呼んで助けを乞うことはある。

それ自体は、それこそ『その手』とされる作品が氾濫するずっと前からありふれているのだ。

もちろん、その中には日本人を利用しようとする権力者や、騙そうとしてくる悪党も多い。

だがそれは、究極的には騙す価値があるから騙してくるのだ。

「私たちを農民にして、彼らになんの得があるのですか」

「それは、俺たちを奴隷としてこき使うためで!」

「私たちである必要はないでしょう。逆に聞きますが、貴方に農業の経験はあるのですか? 開墾ができるのですか?」

確かに農業は、多くの国と地域で行われてきた、ありふれた行為だ。

ドラゴン退治だの天下統一だのとちがって、選ばれし勇者や伝説の英雄にしかできないことではない。

だがそれでも、それなりの専門知識と実習が必要である。

つまり、農業を侮ってはいけない。

「彼らも言っていましたが、それこそ普通の農家の方を別の国から誘致すれば十分でしょう。そっちのほうがずっと簡単です」

日本人三十人を騙して奴隷にして、やらせることが普通の農業。

はっきり言って、コストパフォーマンスが悪すぎる。

「チートも専門知識もない私たちは、この世界ではなんの価値もないのです。それを彼らが気を使って、できるだけ何とかしてくれようとしているだけなのに……」

「そんなことはないです! 確かに字は読めないですけど、それを何とかすれば、きっと現代知識を使って一獲千金を……」

「無理です」

俗に、あるいは悪意を込めて。

教師は社会人としての経験がないので世間を知らない、という悪口がある。

まあそうかもしれない。しかし、少なくとも教員になるために、それなりの試験を乗り越えている。

はっきり言えば、高校生よりは社会を知っている。特に、克土よりは。

「貴方の半端な知識に価値を見出す者はいません」

「なんでそんなことがわかるんですか! 高校生だからって、バカにしないでください!」

「貴方は中学校と小学校を卒業していますね?」

「当たり前じゃないですか!」

「今すぐ中学校と小学校の教師になり、生徒へ指導ができるのですか?」

周囲の生徒全員が頷いていた。

確かに、克土には無理である。他の生徒たちも、自分でも無理だと共感できた。

「習うのと活用するのは全く別です。そもそも、既に権力者になっている日本人がいるのですよ? 彼らが新しく必要とすると思いますか」

「……」

「第一、貴方がまともに字を覚えられると思えません」

周辺の生徒たちは、一言もしゃべらない。

しかし、彼らに包囲されているというだけで、彼らからの冷たい視線だけで、克土は追い詰められていった。

そう、それが異世界への集団転移の弊害。

この遠い世界に来てもなお、日本で自分がどう過ごしていたのか知っている人間ばかりなのである。

「どういう意味ですか!」

「貴方、英語の成績を覚えていますか?」

「え、英語と異世界の言葉は違います!」

「他の科目の成績も、良くなかったはずです。それは貴方が一番よく知っているのでは?」

日本ではパッとしなかった生徒が、異世界では大活躍をする。それはそれでよく聞く話だ。

しかし、日本から同行した生徒や教師からすれば、パッとしていなかった生徒はそのままである。

「そ、それは……」

「そもそも、提出物もろくに出していなかった……そんな貴方が、今更勉強したいといっても信用できません」

周囲から失笑が漏れる。

それを聞いて、屈辱で顔が赤くなってしまう。

「まさか貴方は、高校生にもなって『学校に通いさえすれば勝手に頭がよくなる』とでも思っているのですか?」

「違う、違います! 俺は、今まではやる気を出していなかっただけです! 魔法の勉強とかなら、全力で頑張れます!」

「説得力がないですね」

教師にあるまじきことだが、生徒の向学心を全面否定していた。

しかし、それを誰も否定しない。むしろ、無言で肯定していた。

「好きなことをするためには、嫌いなこともしなければなりません。好きなことしか頑張れない人間よりも、嫌いなことや苦手なことでも頑張れる人間の方が、よほど評価されて当然です」

女教師は落ち着いて考えられるようになって、気持ちや情報の整理ができていた。

そう、ここは異世界というだけで、人間が暮らす現実の世界だ。

別にゲームの中に迷い込んだ、と言うわけではない。それなら、ある程度常識的に考えればわかる話だ。

「人が評価をするのは、いざという時だけ発揮される底力ではありません。普段から発揮している、誠実さとまじめさです」

異世界に来ても、地球での行動がリセットされていない。

王国の城の中で、クラスメイトにバカにされ、教師から説教をもらう。

しかし、克土はそれへ反論ができず……。

「クラスのみんなが、私が、貴方の今までを良く知っています。何も頑張ってこなかった、最低限のこともさぼってきた駄目な生徒であることを、貴方自身が忘れてどうするのですか」

「こ、これからは……これからは、頑張ります」

「それを、私は何度も聞きました。貴方も何度も言ったはずです」

「だって、異世界ですよ?! あの浮かんでいる島を見たじゃないですか!」

世界が変われば、自分も変われる、新しい何かになれる気がする。

そういうことも、本当にあるかもしれない。

しかしそれは、本人の頑張りとはあまり関係がないと、切り札たちは知っている。

活躍できるかどうかは、世界側の都合だ。世界の需要とかみ合ったうえで、本人の努力があって、初めて成功の可能性が出てくる。

環境とは、世界とは、社会とは、個人の思惑を簡単に裏切ってしまうのだ。

それを覆せるのは、最強と呼ばれるバランスブレイカーだけであろう。

「ここなら、俺だって何かできるかもしれないじゃないですか!」

「それなら、まず労役を頑張りなさい」

基本的に、社会のルールは守るべきである。

先ほども言われたが、社会のルールを無理やり破っていると、周辺からの反発を生むのだ。

それは、理不尽な暴力として、違反者を襲う。

「労役をこなして、農業をして、納税をして、そのうえでお金をためなさい。そのお金で学校に通ってもいいし、新しい商売でも始めればいい」

「そんなことしてたら、何年かかるか、何十年かかるかわからないじゃないですか!」

「自分の力で頑張る、とはそういうことです」