軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嫉妬

うつらうつらと目を覚ました祭我。

戦いの傷を癒していた彼が、最初に話をしたのは皮肉にも神だった。

状況を理解しようとして興奮した祭我は、そのまま気絶して眠りについた。

じぶんがどれだけ無茶をしたのか知っている、よく理解している祭我が神と出会ったのだ。

そりゃあ自分が死んだと勘違いしても不思議はないし、死んでいないとわかったら混乱するだろう。

極めて普通のことである。

それからしばらく経過して、祭我はなんとか普通に目を覚まして、自分のハーレムを安心させていた。

「サイガ……よかったよぅ」

「よく生還した、私は誇らしいぞ!」

「こうしてお話しできるなんて、夢のようです!」

「ああ、うん……」

ハピネ、スナエ、ツガー。

三人が桶を覗き込んで感動していた。

なお、祭我は埋まったままである。

せめてベッドの上だったらよかったのに、と思わないでもないが、贅沢は言いっこなしである。

適切な治療である、というのは結果が示している。

生きているのだから、治療中ぐらいおとなしくしているべきであろう。

「あのさ、で、なんで俺埋められてるの?」

まあ、とうの祭我はそんなことを知っているわけもないのだが。

なぜ自分は桶のなかで埋められているのだろう。

普通は桶ごと埋めるか、そのまま埋めるかのいずれかであって、桶の中に土を詰めるなんて聞いたこともない。

「蟠桃の食べ過ぎとかで体を駄目にしたんだとは思うけど……」

寝起きで埋められていたら、そりゃあ混乱するだろう。

はっきり言って、このまま海に沈められそうな勢いである。

「実はね、サイガ……」

蟠桃の過剰摂取による高熱への対処法を知っている人間として、たまたま訪れていた大天狗へ協力を要請したこと。

その治療として、鍼灸法のあとに賢人の水銀で寿命を延長し、さらに特別な桶の中で埋められたこと。

それらを、ハピネはかいつまんで説明していた。

「とにかく、もう大丈夫よ。サイガは死なないわ」

「そうか、それはよかった……」

殆ど身動きができない状況で、正直素直に喜べない祭我。

三人が嬉しそうに泣いていることを見ると、それを口にはできないのだが、しかし心中はなかなかつらいものがあった。

「あの……出してくれない?」

「駄目です! サイガ様は、まだちゃんと治ってないんです! 巫女道の人がいいというまで、埋まっていてください!」

文字通り、指一本動かせないのである。

意識がない間はよかったのだが、意識を取り戻すととんでもなく不快だった。

しかし自力で脱出できるわけもないし、頼んでも出してくれなかった。

「う、うん……」

「とにかく、だ。サイガ、本当によくやったぞ。アルカナ王国の受けた傷は軽くはないが、お前が奮戦したことで多くの民が救われた。バトラブの誰もが、お前を称えているぞ」

自らも奮戦したスナエは、強者の王国で育ったがゆえに夫を称賛していた。

「勇者って……埋まってるけど」

「なに、大したことではない! お前はなすべきことを成したのだ、まずはそれを誇れ! 流石は私が見込んだ男だ、父上も褒めてくださっている!」

「……俺は、そんな大した男じゃないさ」

埋められてはいるが、身動きできないのでイライラしてはいるが、それでもとにかく祭我は感謝していた。

他でもない、この世界での人生についてである。

「楽しいことばっかりじゃなかったし、面白いことばかりでもなかった。俺一人だったら、きっと嫌になって逃げだして投げ出していたよ」

山水に三回も負けたり、フウケイに負けたり、スイボクに負けたり。

たいして面白くない相手と戦ってばかりだったと思えば、強敵を相手に防衛線である。

戦績だけで言えば、確実に面白くはなかった。

愉快痛快爽快な連戦連勝、とは程遠い日々だった。

それに、日々の鍛錬だけしていればいいというものではなく、重責を背負う貴族の当主としての勉強も怠れなかった。

それでもやってこれたのは、やはりマジャン=ハーンの言うように、泣き言を吐き出せる『女』がいたからこそ。

自分を支えてくれる、自分から離れずにいてくれた彼女たちがいたからこそ。

「俺を強くしてくれたのは山水だったりスイボクさんだったり、術を教えてくれた人たちのおかげだけど……俺が強くなることを続けられたのは、やっぱりハピネやツガー、スナエがいたからなんだ」

頑張っている限り、彼女たちは自分から離れずにいてくれる。

そう知っていたからこそ、そう信じていたからこそ、今日まで腐らずにやってこれたのだ。

「こんなになっても、みんな俺のことを好きでいてくれるんだろう?」

「当たり前じゃない! バトラブを守るために頑張った貴方を、私が放り出すなんてありえないわ!」

「そうですよ、こんなになるまで頑張ってくれたのに!」

「お前は自慢の夫だ! 馬鹿にするものがいれば、私の爪と牙で黙らせてやるとも!」

それは、三人にとっても同じことである。

自分たちの期待、信頼に答えて、都市を守るために戦いきってくれた。

その結果、どんな姿になっても失望するなどありえない。

祭我よりも強い男がいると知っているとしても、そんなことは関係ない。

バトラブの切り札として、自分たちの男として、自分たちを守ってくれたのは祭我なのだ。

実力よりも、順位よりも、発言よりも、目標よりも、はるかに大事な結果はすでに出ている。

「いやあ、頑張った甲斐があったよ」

女の子に囲まれて、もてはやされて、称賛されて、愛を囁かれる。

それを夢見て、この世界に来た。

それに至るまで、ずいぶんと長かった気もする。

三人という人数は少ないのかもしれない。

しかし、それでも祭我は満足していた。

「俺も、頑張ればやれるもんなんだな」

確かにチート能力を授かっているし、ハーレムを作っているし、伝説の武器を手に入れてもいた。

それでも、自分はテンプレ主人公ではないのだと、自信をもつことができていた。

「治療の際にい、また寿命が縮んでいますう。埋葬、じゃああなかった、掘り起こしたらあ、もう一回賢人の水銀を処方しますねえ」

「なにごともう、一気になんとかしようとするのは危険ですう。じっくりじわじわ、なぶり、じゃなかった、治しましょう」

「まだ当分、埋めておきますねえ。だいじょうぶぅ、体も頭もよくなっていますよう。もちろん、頭がよくなるっていうのは、頭脳明晰になるとかそういういみじゃありませえん」

巫女道は法術と違って、直接的な治療はできない。

しかし、極めて正確かつ持続して、相手の体調を把握し続けることができる。

その強みは医療の専門家にとっては心強くあるし、元は日本人である切り札たちにはさらによくわかることだった。

その使い手が保障するのだから、誰もが祭我を埋め続けることに同意していた。

その間祭我が暇を持て余すことは確実であり、会話はむしろ薬であると保証されたこともあって、神も含めて多くの客が祭我へ連日見舞いに来ていた。

もちろん、バトラブ傘下の貴族もあいさつに来たがっていたが、それは数が多くなりすぎるということもあって断っていた。

というか、祭我が嫌がっていた。勇者ともてはやされているからこそ、体面は大事なのである。

「よう、久しぶりだなあサイガ」

「お久しぶりです、マジャン=ハーン様」

「そうかしこまることもねえだろう、お前は俺の息子なんだからなあ」

マジャン=ハーン。

彼もまた、祭我を驚かせた客の一人だった。

自分を見舞いに来るのはわかるが、来るとすればかなり遅いはずだったのだ。

まさか、スイボクの師とともに来るとは思っていなかった。

「いやあ、空の上を天界が通り過ぎていくときもびっくりしたがなあ、竜の死体を見たときはもっと驚いたぜ。特に、バトラブ周辺のすげえ量のはなあ」

しかし、マジャン=ハーンも大いに驚いていた。

特に、自分の娘をくれてやった遠い国の男が、数百もの竜を葬ったという戦果には。

「ええ、全くです。あの奮戦を父上にもお見せしたかった」

「俺もこの国に来てりゃあ良かったぜ。スナエもお前も、この国じゃあ語り草らしいじゃねえか」

トオンもハーンと一緒に見舞いに来ていた。

一国の元王とその息子が並んで、桶の中の『生首』へ話しかける図は一種滑稽だった。

しかし、二人の男は敬意を祭我へ向けていた。

「まあもちろん、スナエの夫であるお前を一番褒めていたがな」

「それを聞けないのが残念で……」

「なに、その桶から出てから聞けばいいさ。この国の連中は、戦士に敬意を忘れない。そんなになるまで戦って、竜から守ったお前をバカにしたりしねえさ」

「その通りだぞ、サイガ。その桶を出てもしばらくは歩けないそうだが、それでも生還した英雄の顔を見せてやれば誰もが感謝を示すだろう」

最強の剣を手に最強の怪物へ挑み、奮戦の末倒れるも数多の屍を積み上げる。

愛する女に看護され、民衆からは惜しみない称賛を。

男子の本懐、ここに極まれり。

一人の男として、一人の戦士として、理想の体現者へ嫉妬さえ抱いていた。

もちろん、ねっとりとした嫉妬ではない。とてもさっぱりとした、さわやかな嫉妬であったのだが。

「竜の死体の処理だが、牙を一本ずつオセオへ持ち帰るらしい。そのあとはショウゾウってのが火葬にするらしいんだが、いくつかは保管されるらしいな。そのうち一つを持ち帰って、マジャンでもお前のことを伝説にしてやるよ」

「それはいい、私も兄として誇らしいですね」

「て、照れるなあ……」

羽化した竜は、死体になっても巨大なままらしい。

それ故に切り札たちの戦果は誰の目にも明らかだったのだが、やはり汚臭もするし衛生の問題があった。

オセオに死体を全部引き取ってもらう、というのは無理があったので、遺髪のように『遺牙』だけを持ち帰って葬儀を行うらしい。

竜の遺体はアルカナの『戦利品』であるとオセオは認めており、その牙以外は好きにしていいということになっていた。

まあ、過度に辱めれば、それこそ戦争になるかもしれないのだが。

「まあ、そのなんだ。本当に、よく頑張った」

祭我の頭を、ハーンは父のようになでた。

「俺の前で戦った時、お前が強いのはわかった。だがな、ここまで踏ん張れるとは思ってなかった」

「ハーン様」

「親父、とでも呼べ。お前は本当に、自慢の息子だ」

以前に試合をした時とは偉い違いだ。しかしこれを、掌返しと思うのは阿呆だろう。そもそもマジャン王国では、褒めてもらえるようなことは何一つしていない。

少なくとも、祭我は埋まったまま泣いていた。頑張ったから褒めてもらえた、それは充実が自己満足ではない証だった。

未練はないとか満足したとか言っていても、やっぱり頑張りを褒めてもらえるのは嬉しい。

「お義父さん……」

「まあそれでいい。とにかく今は、時間をつぶせ。武勲は一生分見せてもらったし、次は孫の顔が見たいところだしな」

「父上、そこまでに。ヘキが先に見せてくれているでしょう?」

「何人いてもいいもんさ」

「意識を取り戻してくれてよかった。正直、この治療が間違っていたら、と思ってしまってねえ……」

「全くだ。天狗がやっているのでなければ、怪しい詐欺師のいかさまと決めてかかるところだぞ」

ディスイヤの廟舞、テンペラの傀儡拳、山水やスイボク。

巫女道の真似ができる面々は、口をそろえて『快方に向かっている』と言っていた。

しかしそれは実際に観測できる面々だから言えることで、他の者からすれば心配でしょうがなかった。

なにせ、熱病でうかされている患者を、桶の中に詰めて土をかぶせているのである。

そんな状況で『なんて適切な治療なんだ!』と思うのは純粋すぎるだろう。

少なくとも、バトラブとソペードの両当主は、この状況になるまで一切安心できなかった。

なにせほぼ飲み食いせず、半月以上も眠っていたのである。

脈や呼吸を確認することはできたのだが、意識を取り戻すまでは半信半疑だったのだ。

「で、ですよねえ……俺も正直、自分がこんなんで治っているのが信じられないぐらいで……」

回復魔法っぽい法術や、回復アイテムである蟠桃、自己再生能力である銀鬼拳。それらによる治療に慣れていた祭我は、この逆に懐かしいような治療に困惑していた。

確かに日本昔話っぽいが、それで治る自分の適当さ加減が少し嫌だった。

「笑いごとではないぞ、たまたま大天狗どのが来てくれたからいいものを……」

「で、ですね……ちょうどスイボクさんも留守でしたし」

「総じて、良かったのか悪かったのか……間が悪かったことは事実だな。それにしても……君は本当によくやってくれたよ」

ハーンよりもよほど身近な父親は、改めて息子の快復を喜んでいた。

まだ万全に程遠いが、意識を取り戻して会話ができるので、だいぶ良くなっているだろう。

「そんな……俺は、恩を返したかっただけで……」

祭我は思い出していた、山水の生徒のことを。

ソペードの当主が就職を約束していた彼らのことを。

祭我も同じなのだ。既にバトラブの当主が将来を約束してくれていたからこそ、甲斐のない努力だと嘆くことがなかったのだ。

将来を約束されていたからこそ、まじめに努力を続けることができたのだ。

今、その彼らがどうなったのかはまだ聞いていないが、少なくとも無残な死ではないだろう。

「いやいや、次期当主を約束されていたとはいえ、頑張れる人間もいればそうではない人間もいる。君の頑張りは、なかなかできることではない」

「まったくだ……本当に、お前には感謝している」

「ソペードの当主様まで……」

ハーンもそうだが、以前に厳しい言葉をもらった人から褒めてもらえると、頑張った分だけ成長できたのだと実感できる。

体が動かない分、心に染み入るものがあった。

「こうなると、最初にサイガを息子にした貴殿の慧眼に恐れ入る。もちろん、サイガを育てた功績も含めてな」

「最初は才能に目がくらんだだけですよ……ですが、良き息子になってくれました。安心して、後を任せることができますよ」

祭我が悟ったように、嫌なことでも頑張れる人間は尊敬に値する。

文字通り命を賭して領地を守った祭我である、経営に対しても全力を賭してくれると信じることができた。

どうせ基本的な政務は周囲がこなしてくれるので、暴政さえしなければ問題ないのだ。

「でも、その……被害は大きかったと聞きました。大丈夫なんでしょうか……」

「問題ない。約定通りに、竜が周辺の国を襲っているからな。おかげで貢物が止まらんし、自主的な奴隷も大量に選別できているからな」

「そ、それにだ……今回スイボク殿が帰還なさる際に旧交を温めた、大天狗殿や大仙人殿が助力してくださっている。マジャンからも多くの兵士がいらしているし、問題はないさ」

流石に長生きしているだけあって、スイボクは人脈も強かった。

おそらくスイボクとしては、その人脈を弟子である山水に引き継ぎたいとも思っていたのだろう。

スイボクが死んだ後に山水が『スイボクの弟子です』と言って回るのと、スイボクが山水を連れて『儂の弟子である』と言って回るのでは全然違うのだ。

「スイボク殿の弟子であるサンスイがこの国に属している、ということで二つも長命者の集団が動いてくれた。そうしてみると、確かに間は悪かったが無駄ではなかったな」

「聞きましたよ。俺を助けてくれたのも、山水に剣を作った天狗の人だって」

「神までお連れしたからな……底も天井も知れぬ人だとは思っていたが……改めて凄まじい」

「神様がいきなり来たときは、死んでたのかと思いました……」

神さえ知己というのが、スイボクの恐ろしいところである。

その神を引きずり出してくるのが、もっと恐ろしいところであるが。

「そのスイボク殿に、頼りきりにならず国を守れたのが武門としての矜持だな。うむ、ひとまずは体面が保てた」

「違いない……君たちの、君のおかげだよ。息子よ、どうか休んでほしい」

「はい……ですが、忙しい時の合間を縫ってでいいので、どうかまた来てください。何分、暇なもんで」

フウケイの時のように、スイボクが出てきて全部解決してくれました、では国家の主権も何もない。

もちろん、その場合は被害が大幅に減っていただろうが、それでも一線を超えているだろう。

その矜持のために失われてしまった命には申し訳ないが、ある意味では仕方がないのだ。

「ああ、もちろん来るとも」

「国を守った英雄殿の為だ、時間を作るのは当然だ」

スイボクが言うように、縄張りを守るのは常に命がけなのだから。

命をかけた甲斐があった、と国民に思わせるのが祭我の次の仕事だった。