軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三六

ウィンク王国国王、キラー王。

若く精力的で、改革を訴えてきた国王はインチ将軍とその側近が抜けた穴を埋めるべく人事を行っていた。

「最悪、私が直接指揮をとる、というのもありかもしれないな」

「陛下、それは……」

「わかっている、冗談だ」

側近には冗談に聞こえなかった。

戦争軍事には、男子を狂わせる何かがある。

それは男子なら理解できるものだ、特に生まれながら高位にあるものは。

「しかし……インチ将軍に関して、よろしいのですか?」

「彼は確かに優秀で有能だった、私も子供の頃は慕っていたよ。だが、意見を違えた以上仕方がない。それに、彼ももう御年だ。隠居したと思えば、大したことではないだろう」

「いえ、そうではなく……」

インチ将軍は、あらかじめ準備をしていたかのようにこの国を去っていった。

自分の側近と、その親族を連れて、早々にアルカナへ向かっている。

その数は決して少なくないが、国家が揺らぐほどではない。

むしろ、国内で意見が割れる可能性を排除できている、ともいえるだろう。

国王に意見してはいけない、という法はこの国にはない。

少なくとも、インチ将軍には国王へ進言する権利があったし、会議の場ではむしろ発言しない方が問題だった。

しかし、国王が吟味し決定したことを、他の誰かが遮ることなど許されない。

「その……インチ将軍のおっしゃっていたことが、そこまで見当はずれだとは思えないのですが」

とはいえ、インチ将軍がやたら強硬だったことを除けば、言っていることは極めてまっとうだった。

なにせ攻め込んだ国が、いきなり超大国になったのである。

貢物を送ってご機嫌をうかがう、というのは弱小国としては比較的普通の反応であろう。

「ケダモノと手を組んだオセオ如きに、頭を下げて自分から貢物を送れと?」

とはいえ、自分よりも下に観ていた国が、いきなりでかい顔をし始めれば話は変わってくる。

キラー国王の言いたいことも、側近にはわかる。

小さい国が大きい国に何かを送るのは普通ではあるが、余り面白い話ではない。

それが小さい国が、より小さい国へ送るのだから、更に面白くないだろう。

それこそ、国民感情が認めるとは思えない。

「し、しかし……」

「ああ、もちろんわかっているとも。戦えば負けるのは我らだ、そんなことはわかっている」

流石に、戦争して身の程を教えてやろう、というほどに愚かではない。

そもそも、一度ちょっかいをかけて、そのままあっさり負けたのである。

力の優劣は歴然だった。

それこそ、竜が出てくるまでもなく、旧世界の怪物は人間よりも強いのだ。

「しかし、我らには知恵がある。人間の人間たる知恵をもってすれば、この劣勢を塗り替えるなどたやすいことだ」

そう言って、国王は懐から一冊の本を出した。

「これはな、神の戦士同様に、旧世界とも違う世界から来た人間の書き記した本だ」

「……兵法書ですか」

「その通り、重要性も知らずにこの本を書いて持ち込んだその男は、生涯幽閉され続け、似たような本を書かされ続けたという」

本人としては、こんなすごい本が書けるお前は才能があるな! 取り立ててやろう! という反応を期待していたのかもしれない。

しかし実際には、こんなすごい本を書ける奴が他所に言っては困るので、監禁してずっと書かせよう、という状況だったらしい。

「この本には、知恵が詰まっている。お世辞にも正道とは言い難い悪辣な、卑劣ともいえる知恵もな」

「では、その本には、この状況に対する策もあるのですね……」

「無論だ……この本には全部で三十六もの策が書かれており、それらは六つの組に分かれている」

この国の王、あるいは将軍と言った、極めて高い地位の人間だけがその本をはじめとした、多くの兵法書を読むことが許されている。

それだけ、兵法という知恵が危険視されている証拠だった。

「その中に、相手が自分よりもはるかに強く、戦争をすれば確実に負ける場合、どうすればいいのかを書いたものがある」

「そ、そんな、勝てない相手へ立ち回る術があるのですか?!」

「あるのだよ……それが知恵というものだ」

敗戦計、自国と比べて強大な国と戦うための策略。

美人計、空城計、反間計、苦肉計、連環計、走為上の六つがあり、それらを用いればオセオやアルカナを落とすことなど簡単だった。

「普通なら、無理だとも。流石に試す気にもならない、失敗した場合のことを考えればあり得ないからな」

少なくとも、オセオと戦争をする前のアルカナに、この本に書かれている計略を試みる気はなかった。

ドミノを併合したアルカナはそれだけ強大であり、隙が見当たらなかったのだ。

しかし、今は違う。国土が傷を負い、都市が荒らされた。

国民は傷つき、流言に流されやすくなっている。

「オセオなど、更に簡単だ。我ら人間ですら、民族が違えば激しく争う。ましてや、多くの怪物が人間の国で生活できるわけがない。一時は手を結ぶことが出来ても、長く持つわけがない」

オセオなど更に簡単だ。

なにせ放置しても自壊しそうな国である、おそらく各国も歩調を合わせるであろうし、簡単に崩壊させることができるだろう。

「兵法、離間計。これより我が国は、アルカナとオセオの双方に諜報員を送り込む。そして和平を結んだ首脳を糾弾させ、国同士を対立させて、再度戦争を起こさせるのだ」

「おお……」

側近は感動を覚えていた。確かにそれは現状に即している、成功する可能性は十分にあるだろう。

なにせ、放っておいても再戦が近い国同士である。それを更に加速させるだけなのだから、枯草へ火種を放り込む程度の話である。

「なるほど、妙案ですな」

「であろう?」

本に書かれている策略など、所詮は机上の空論である。

それを正しく運用できるかどうかは、その本の読み手の才覚に関わっている。

そういう意味では、キラー国王は正しく本の内容を理解していたといえる。

三十六の計略の中で、どの策を選ぶか、どう使うか。

それが彼にはちゃんとわかっていたのだ。

「確かに、ウィンク王国は弱小国だ。だが、弱小なりに尊厳もある。決して、強い国へこびへつらうだけの国ではない」

キラー国王はその眼に野心を燃やしていた。

必ず、この苦境難局を乗り越えて見せる。

「こ、国王陛下!」

そんな彼の前に、急報を抱えた兵士が現われていた。

「も、申し訳ございません! 実は、その……!」

「なんだ、どうしたのだ。無礼であろう」

「いや、よい。で、私に何の用かな?」

血相を変えた兵士は、若き王へ報告する。

「オセオが……我が国へ宣戦布告をしました!」

一瞬、脳が理解を拒んでいた。

キラー国王は、自分の策略がすべて崩れていくのを感じていた。

「そんな、バカな?!」

「そうだ、何かの間違いではないか?!」

そう、そんなことはあり得ない。

なぜなら、ウィンクへオセオが攻めてこない、という前提がインチ将軍以外の全員の認識だったからだ。

「なぜ、わざわざ我が国へ宣戦布告するのだ! 確かに一度は攻め込んだが、それは我が国だけではあるまい!」

「……恐れながら、その、周辺諸国、全てに対して宣戦布告したそうです!」

「オセオに隣接する、全ての国ということか?」

「いいえ! アルカナやドミノを隔てたあらゆる国へ、宣戦布告です!」

文字通り、実質的に近隣の全てへ宣戦布告していた。

マジャンのような遠すぎる国は違うとしても、付近一帯全てへ宣戦布告するなど、それこそ正気ではない。

正気ではないが、正気なのだ。いいや、勝機なのだ。

「そして……すでに! 既に! オセオとの国境沿いの都市から、国民が中心部へ避難を行いつつあります!」

「どういうことだ?!」

側近が悲鳴を上げる。

そんな現実を、受け入れいるわけにはいかなかったからだ。

どこかに不備があり、不自然な点がある、そのはずなのだ。

「竜です! 数頭いるのか、それとも一頭が複数の場所を回っているのかわかりませんが、国境沿いの都市を片っ端から陥落させるか、灰にしています! 我が国だけではなく、周辺諸国へも同様の攻撃を行っていると思われます!」

一つ。

アルカナ王国とオセオ王国は戦争をした。

一つ。

両国は戦う力をまだ残している。

一つ。

両国は懸絶した力を持っている。

それらを知って、理解して、把握して、キラー国王は両者を潰し合わせる策を練っていた。

しかし、そんなことは彼らこそが一番よく知っていることなのだ。

「そ、そんなバカな……」

そう、両国は消耗してなお、戦力に限れば周辺の全てを合わせても及ばないのだ。

最強の生物である竜は、五百頭が使いつぶしたとしても。

一頭(・・) 生きているだけで、世界を敵に回して、なお余りあるのだ。

神宝を持つ神の戦士を例外としているだけで、成体になった竜にとって人間など虫と変わらない。

その気になれば、神宝の妨害さえなければ、焼き尽くして滅ぼすだけでいいのなら、竜一頭で小国など一日で陥落する。

「そんな、バカなぁあああああ!」

あり得ない、そんなことは、起きるわけがない。

確かにそうすれば、オセオは滅ばないだろう。旧世界の怪物とも、衝突が起こらないだろう。

だが、だとしても、だからこそ分からない。

「なんで、今更、そんなことをするんだ……!」

己の手を汚さず、己の力を知らず、相手を見くびったキラー国王にはわからない。

血を流すことを恐れなかった、強者の覚悟と戦略を理解できないのだ。

それが事前に、忠臣から進言されていたとしても。

時間は、少々遡る。

アルカナ王国と国境を接するポーカー王国。

その国では、若き文官たちが上司へ抗議をしていた。

「なぜ、救援を求めているアルカナへ、援助をしないのですか!」

男女を問わず、十人以上の文官が叫んでいた。

お世辞にもこの状況を冷静に把握していない上司は、そんな彼らをなだめることしか考えていなかった。

面倒な部下を黙らせることだけが重要で、更なる上へ報告することなど考えてもいない。

「そうは言うがねえ……一度援助をするということはだ、今後も継続して援助をするということだろう? それは軽々には決められないだろうに……」

「そんなことは、アルカナも承知です!」

「なぜわからないのですか! これは試金石なのですよ?!」

「ここで我らがアルカナへ援助するかどうかで、このポーカー王国の未来が決まるのです!」

勝手なことを言うものだ。

上司は憎々し気に、若いだけの、賢しいだけの部下を疎んだ。

予算は有限であり、それに対して必要な仕事は無限に等しい。

そんな状況で、更なる負担を強いるなど正気ではない。

なにか、重臣や国民を納得させる理由を見せなければならない。

「そんなにアルカナへ媚を売ってどうするのだ、オセオとの戦争で疲弊した落ち目の国だぞ? 放っておけば、分裂するなり衰退するなりだなあ……」

その言葉を聞いて、若い部下たちは更に怒っていた。

なにせ、その理由もさんざん説明したからだ。

「貴方は! 私たちの話を! 本当に聞いていたのですか?!」

「オセオが、旧世界の怪物が! 何よりも竜が! 周辺各国へ宣戦布告し、侵略を開始するまで時間が無いのですよ!?」

そう、まず間違いなくそうする。

そうしない理由がないし、そうしない場合、オセオはいよいよ滅亡するからだ。

そうするしかない状況に、オセオはなっている。

「よく考えてください! アルカナとドミノ以外の国なんて、竜が一頭いれば簡単に滅ぼせるんですよ?!」

「その上で、他の怪物だって人間よりも屈強なんです! どうあがいても、どうにもなりません!」

「アルカナかオセオを選ぶ段階なのです!」

誰がどう考えたって、竜殺しが結集している国へ竜が攻め込むのはおかしい。

竜は神宝をもつ神の戦士以外には絶対無敵なのだ、消耗した現在でも十分に殲滅できる。

「……そうは言うがねえ」

そんなことは、年配の上司にだってわかっている。

しかし『そうならなかった』からこそ、彼は否定していた。

というよりも、周辺諸国がそう思っていたのだ。

「じゃあなんで最初からそうしなかったんだ? その点に関してどう思っているのだね」

そう、少なくとも旧世界の怪物は、最初からそうすることができたはずなのだ。

オセオと手を組んだことは、まあわからなくもない。

よくわからないが、旧世界からこの世界への港として、それなりに良い扱いをしただけなのだろう。

いくら強いとはいえ、港を攻め滅ぼしては今後に差し支えるだろう。

「それも! 何度も申し上げている!」

「竜たちは先制攻撃をした上で、被害をアルカナへ押し付けて、その上で和平を結びたがっていたのです!」

「アルカナと不戦条約さえ結べば、一切脅かされることはないのですから!」

旧世界の怪物にとって、唯一の脅威がアルカナである。

そのアルカナを真っ先に叩き、可能なら滅亡させ、神宝を掌中に収める。

それができなかったとしても、不戦協定を結ぶ。それができるのなら、あとは憂いなく世界を蹂躙すればいいのだから。

「しかしだ……それなら、最初からアルカナと交渉をすればよかったのではないか?」

旧世界の怪物たちにとって、竜とは絶対的な指導者のはず。

そんなことは、群を抜いた強さを見れば人間でもわかる。

その竜を使いつぶしてまで、引き分けで妥協するなどあり得ない。

普通なら、勝つまで戦うのではないだろうか?

上司の考えもそこまで間違ってはいない。

「話し合いで解決できるかどうかなど、旧世界の怪物にはわかりませんよ」

「アルカナの首脳陣がどう思っているのかわかりませんが……代替わりをすれば周囲から圧力をかけられて、襲撃を受けかねない」

竜と戦うために生み出された八種神宝、それを独占したことを自慢していたアルカナである。

その彼らへ竜と戦え、というのは正当な要求である。

実際、周辺諸国は今もそのつもりだった。アルカナとオセオを対立させ、共倒れさせようとしていたのである。

「先制攻撃によって、自分たちがどれだけ被害を受けたとしても、相手にも被害を与える」

「それによって、実質的にアルカナから戦う力を奪ったのです」

「周囲の国がどう動いても、国民感情がどうなっても、絶対にオセオと戦争ができないように!」

よって、先に共倒れ寸前まで追い込んだのだ。

竜を一頭でも温存すれば、どれだけ戦力を消耗しても脅威ではないのだから。

「……前も言ったがねえ、オセオがそんなことを考えてもだ、アルカナが引き分けを受け入れる保証はないだろう? 共倒れを承知で戦争を継続するかもしれないじゃないか」

人間はそんなに賢くない。

死なばもろとも、と考えることだってあるだろう。

人間の愚かさを知る上司は、そう話す。

「だからこそ、竜以外の怪物も侵入させたのです!」

「竜で全部焼き払っても、引き分けをした場合にアルカナが失わずに済むものが無い」

「竜である程度街を焼いてから占領すれば、それは交渉材料になるのです!」

「交渉のための占領でないのなら、なぜ旧世界の怪物が攻め込んだのですか!」

「占領するなら、竜だけでいいでしょう!」

竜とそれ以外の生物には、あり得ないほどの差がある。

であれば、戦争に竜以外が参戦する意味がない。

それでも参戦したのは、交渉の余地を残すためだった。

「だ、だがねえ……」

「何度も言っていますが! 勝つつもりなら、最初から国を焼きませんよ!」

「竜は灰を食うわけではないでしょう! 神宝をもつ戦士さえ倒せばいいのですから、わざわざ戦力を分散させてまで国を焼く意味がない!」

「勝って神宝を確保して、それから一つずつ攻め落とせばいいのですから!」

「焼くのは戦う力を奪うため、占領したのは交渉するため、先に攻撃したのは後で先制攻撃されることを防ぐため!」

「なぜわからないのですか、現在の状況の全てが、オセオの思うが儘だということに!」

「……だが」

煮え切らない上司。

言っていることはわかるのだが、わかりたくなかった。

そんな『妄想』が現実だとは、考えたくなかったのだ。

「では、貴方は旧世界の怪物やオセオの行動に対して、今言ったこと以外の説明ができるのですか?!」

「……旧世界の怪物が何を考えているかなんぞ、わかりはしないよ」

だからこそ、思考を放棄するのだ。

自分にとって、自国にとって都合のいい風潮に合わせるのだ。

「君たちも仕事に戻りたまえ、君たちの推測や妄想で国は動かんよ」

「では、私たちが動きます」

すべてを諦めて、若い文官たちは上司の前から去ろうとした。

「な、ちょっと待ちたまえ!?」

「待ちませんよ」

兵法三十六計。

それは六組三十六からなる計略を記した、古代中国の兵法書である。

その最後、三十六番目の計略は『走為上』。

絶対に勝てないほど戦力差がある相手が攻めてきた場合、何をすればいいのかを記している。

そう、ほかの三十五計のどれを知らないとしても、その三十六番目だけは誰もが知っていることである。

勝てない相手とは戦うな、全軍全力で撤退あるのみ。

「竜が攻めてくる前に、この国から脱出します」

即ち--ー。

三十六計、逃げるにしかず。