軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

血集

当たり前の話であろう。

上空で爆撃機を都市圏に入れまいと、戦闘機は獅子奮迅の働きをしているとしても、地上は地上で命を賭した戦いが起きている。

これは防衛戦。相手は上か下か、どちらかを攻め落とせばいい。しかしアルカナ側は両方を守らなければならなかった。

「スクロール部隊、配置完了しました!」

「よし、攻撃を開始しろ!」

それでも、アルカナ側の優位は変わらない。

竜の攻撃を祭我が防いでいる以上、事前の準備がものをいう。

ウンガイキョウによって大量に増やしてあった、魔法の巻物、スクロール。

強化されたそれは、当然通常の魔法よりも強力である。

ましてそれが、百人以上の兵士が並んで使用すれば、それこそ怪物だろうと耐えきれるものではない。

「放火開始!」

弧を描いて、曲射が開始された。

粛清隊の列を超える形で、大量の炎が発射されていく。

当然、粛清隊のすぐ前の敵に当たることはない。

しかし、そのはるか後方にいる敵にはどんどん命中していく。

一発を一人に撃つのと、百発を百人に撃つのは全然話が違う。

前方上空から降り注ぐ炎を前に、旧世界の怪物たちは壊乱していた。

【ぐぁあああ!】

【おのれ、炎の魔法か!】

【まずい、突破に手間取って、隊列を組まれたぞ!】

【これでは、ここを抜けられん!】

【城壁の上からもこちらを狙っているぞ!】

三人の女傑に阻まれて、都市の内部へ侵入できなかった。

城壁を倒壊させ、その混乱に乗じるはずだったのだが、逆に出鼻をくじかれてしまっていた。

これではせっかく突破口を作った意味がない。

【どうする?! 他の穴を作るか?!】

「それで戦力が足りるのか?! もうこの穴は塞がれている、こっちの戦力が足りん!」

【……違いない。他を襲っても、また塞がれるだけか】

「ここを抜けるぞ。そのためにかなりの犠牲を出したのだ、これ以上は無理だ、何もできずに削り切られるぞ!」

精兵だけの壁なら、沢山穴を開ければそれでいいだろう。

だが、今はスクロールを持った一般兵が布陣されている。おそらく、他に突破口を開けようとした場合、精兵はそちらへ向かうだけだろう。

確かにこの穴は塞がれた、ハゲネズミが破壊した城壁は、精鋭部隊によって塞がれてしまった。

しかし、それでも他よりは守りが薄い。高い城壁の上から、一方的に攻撃してくるよりはマシだ。

倒れた壁の上を走るのは、普通の壁を上るよりよほど簡単だ。

「行くぞ! バケモノども!」

【ほざけ、ニンゲンが!】

怒声をあげて、猛獣たちが攻勢に出る。

弾幕を前にどう動くのか決めかねていたオセオ側の将兵は、しかし陣を組んで前進をはじめた友軍を見て、己を奮い立たせる。

【牛ども! やれぇ!】

【応とも!】

「レッドカーペット!」

大量の牛たちが、己の分身を生み出して敵陣へ特攻させた。

それを見て、粛清隊は地面を燃え盛らせる魔法を使用した。

魔力の消費が大きい魔法ではあるが、普通に火の玉を打つよりは密集している相手に強い。

実際、足元から焼かれていく分身は、一瞬にしてその姿を消していった。

それは、かれらの気血を消耗させるだけか、と思われた。

【届いたぞ!】

【我らに続け!】

自陣を隠すために気血を消費していた二足猫たち。

彼らは残り少ない力で自分の姿を隠し、牛の分身たちを踏み台にして粛清隊の列へ強襲していた。

さらにそのまま、その背後の一般兵たちにも攻撃を仕掛ける。

「ぎゃああああ!」

「か、怪物だあああ!」

牛や犀に比べれば、お世辞にも屈強とは言い難い二足猫たち。

それでも、猫科肉食獣同様に俊敏で狂暴な彼らは、武装しているアルカナ兵士たちへ身軽な姿のまま襲い掛かっていく。

それは相手の動きをいったん止めるに十分な物であり、それを逃すほど旧世界の怪物たちは愚かではない。

【ゆくぞ! 命を燃やせ!】

【穴を穿つのだ!】

ここが勝負時と判断した、二足歩行の狼たち。彼らは狂暴化し、猫たちに続いた。

如何に俊敏で再生能力があるとしても、炎の絨毯と弾幕の前には無力だった。

しかし、それが一旦でも停止すれば、それは彼らの独壇場である。

【うううううおおおおお!】

元が、人間よりも強力な生物。

その上で、全員が自己強化、自己再生できる猛獣たち。

その彼らが戦列へ食い込んだ時点で、精鋭ぞろいの粛清隊も倒されるしかない。

「なんの!」

スクロールを持った、トオンの分身が現れ列をなす。

トオンは自分自身も使い捨ての巻物を拡げ、狂暴な狼たちに向けていた。

巨大な火球が発射され、猛獣たちを呑み込んでいく。

流石に全員を返り討ちとはいかなかったが、それでも半数近い狼を焼くことができた上に、その勢いを大きくそいでいた。

「魔法とは……楽しいものだな。サイガの気持ちが少しわかるというものだ」

ウンガイキョウで強化された瞬身帯を身に着け、さらに大量のスクロールを装備しているトオン。

彼は自分が複数の魔法を使っている気分を味わいながら、更にスクロールを使用して弾幕を作っていた。

もちろん、それでも狼たちを完全に食い止めることはできない。

【がああああああ!】

恐れを忘れた狂獣たちが、粛清隊に襲い掛かる。

疲労していた猫たちをなんとか倒した彼らへ、更に追撃を仕掛けていた。

「ぐぅうう!」

「なんの、この程度!」

乱戦になれば、魔法の優位性は薄い。

燃え盛る剣を振るうとしても、当たらなければ意味がないし、腕を掴まれてしまえば振ることもできない。

粛清隊は全員が人間の最高峰ではあるが、やはり強化された猛獣と接近戦ができるほどではない。

もちろん、着ている鎧はただでさえ最上級であり、それがウンガイキョウで強化されたものなので頑丈なのだが、それでも限度はあった。

「おい、トオン」

「な、なんだ?!」

「風火綸はもっているな? いったん飛行しろ」

獣化を解いた廟舞は、援護に走ろうとしたトオンを静止していた。

彼女は己の中の気血を切り替えて、酔血に切り替えていた。

「味方ごと全員術にかけて転がす。それが終わったら、分身で始末してくれ」

「……わかった!」

トオンは全速力で廟舞から離れた。

それを確認すると、廟舞は酒曲拳を最大濃度で広範囲に発揮した。

それは有効範囲内にいる生物の感覚を一時的に狂わせる、だけの力である。

敵味方を識別するわけではないし、感覚機能も強化されている狼たちには些か利きが悪い。

それでも、頑丈な鎧に守られた粛清隊を叩くことに熱中していた狼たちは、廟舞を叩くことができずに動きを鈍らせていき、ついには停止した。

その術の影響を受けない、トオンの分身たちが狼の首を落として潰し、瞬く間に全滅させていた。

それを確認すると、廟舞は己の術を解除する。

なんのことはない、身動きが取れない相手を殺すなど、それこそまな板の上の鯉を調理するようなものだった。

「か、感謝する、トオン王子、ディスイヤの戦士よ……」

「鎧は剥がされかけたが、なんとか生きている……」

「人参果の効果を使い切った……」

「感謝は私にしなくていいぞ。そちらの女性にしてくれれば十分だ」

「やれやれ、色男に感謝されるのは悪くないが……」

狼たちは、既に役割を終えていた。

死に物狂いの猛獣たちは、既に魔法の優位が活かせない距離まで接近していた。

その上、粛清隊の後ろにいた一般兵たちも殆どが狼に殺されていた。

「毛むくじゃらの大男は、ちょっと趣味じゃないかな?」

「仕事ができる上に、洒落が分かる女性だな。後で私の妻と会わないか? きっと話が合うと思うぞ」

武器を構えて、迎撃の構えを見せる二人。

最初から一切前提は変わっていない、この都市の防衛である。

たとえこちらの状況が、どれだけ悪かったとしても。

「貴方の奥方となれば、ソペードの我儘姫かな? たしかに趣味が合うと思っていたんだ。生還した時が楽しみになったよ」

「妻はいつも退屈しているんだ、出来れば友人になってくれ」

笑う美男子に、男装の麗人。

二人は体勢を整えようとする友軍を背に、大量の分身を生み出しながら迎撃せんとする。

そんな二人の周辺から、赤い何かが吹き上がった。

それを見て、二人は一瞬動きを止めてしまう。

いや二人だけではない、周辺の粛清隊も、旧世界の怪物たちも、誰もが動きを止めてしまう。

地面に倒れて動かない、多くの兵士たち。

その彼らから、多くの血が流れ浮かんでいく。

それらが、上空で戦う祭我の、更に上で集まっていく。

【復讐の、妖刀。伝説通りだ……】

怨恨、憎悪、憤怒。

それらをないまぜにして、復讐の妖刀は力を増す。

失いたくない、失われてはいけない、多くの人命。

それが失われれば失われるほどに、その武器は力を増す。

それを先祖から伝え聞いていた旧世界の怪物たち。

それをダインスレイフそのものから聞かされていた、アルカナ王国の面々。

誰もが、余りにも凄絶な光景に、戦最中で見惚れてしまう。

今この場での血戦が、児戯に思える戦い。それに向かって、犠牲者たちの血は飛翔していくのだ。

【パンドラと、ダインスレイフ……!】

【おお……竜よ……!】

伝説に語られる、八種神宝の中でも醜悪とされる二つ。

それを押しとどめている、決死隊の竜たちへ。

旧世界の怪物たちは、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「 」

およそ、十頭ほど。

地面に墜落している竜がいる。

その彼らは、明らかに尋常とは異なる死にざまをさらしていた。

苦悶、絶叫、それらが死者の顔に張り付いていた。

もちろん、その顔面が崩れている竜も多いのだが。

「 」

「ガタガタ言ってんな、春! いや、お前はそれでいいんだったか。いいぞ、どんどん自己嫌悪して自滅願望を抱け! そうすればするほどに、竜が死ぬ!」

今のところ、ダインスレイフは竜を殺せずにいた。

十頭の竜は、全てがパンドラの『玉』が 命中(・・) したことによる、不可避の死によるものだった。

それは、エッケザックスを使う祭我と比べて、余りにも少なすぎる戦果でしかない。

それだけ、パンドラ対策が有効に働いている、ということだろう。

実際、パンドラの玉避けは、確実にその役割を果たしていた。

彼らは、竜の代わりに変死を遂げていた。

その彼らを救おうなどとは、それこそ誰も考えていない。

いいや、最初から彼らは死んでいる。

パンドラと対峙した時点で、どうしようもないのだから。

「 」

「ん、ああ。そうみたいだな、ようやくというか……ついにというか」

竜たちが、戦慄していた。

なんとか春を殺そうとしていた彼らは、自分たちが更なる苦境に立たされたことを理解していた。

「……ダインスレイフ」

『ああ、わかっているとも。我の真価だ……躊躇いはないさ。だが、悲しいだけだ』

「お前は相変わらず、いい女だよ」

泣きそうな妖刀を、己の頬に当てる。

彼女の心境を汲んだ右京は、彼女に一言を送った。

『我は?! いい女じゃないのか?! いや、女扱いされたいわけじゃないけれども!』

『はっはっは! ヴァジュラ、野暮天は嫌われるぞ!』

『おのれええええ!』

アルカナ王国全体から、大量の血液が集まってくる。

それこそ、この空域を埋め尽くす勢いで、何万人、何十万人か、という血が集まってくる。

即ち、旧世界の怪物たちの戦果が、逆に最大戦力である竜に牙をむくのだ。

「---さあ、復讐だ」

この地で流れた血が、力。

この地で失われた命が、力。

右京がかつて脅かし、しかし今は守らなければならなかった国民たち。

その命が、右京のダインスレイフへ結集する。

「竜に殺された奴ら、竜の下僕に殺された奴ら! 普通に生きていた、竜なんぞ知らないお前ら! さあ、ぶち殺そうぜ!」

呪ってやる、復讐してやる、ぶち殺してやる。

絶対に許さない、死んでも許さない、死んでも殺してやる。

復讐したいという想いがあればあるほどに、力を増すダインスレイフ。

その刀身に、数多の絶望が集まっていく。

「やられたら、やり返さないとな!」

『行くぞ、死者たちよ! 我が機能の元に、応報を成すがいい!』

ダインスレイフは本来、ノア同様に複数の人間の心を増幅することができる。

ノアは乗っている人間がもつ、死への恐怖を防御力へと変換する。

しかしダインスレイフは、旧世界の怪物たちに殺された犠牲者の復讐心を攻撃力に変換する。

それを、復讐の妖刀そのものが喜んでいるかどうか。

それを、風姿右京が喜んでいるかどうか。

それは、今ではどうでもいいことだ。

少なくとも、双方がそれに意味を見出していなかった。

そもそも、この状況を喜ぶ者が、復讐者であるわけがない。

「しねやああああああ!」

ダインスレイフを一閃する。

それによって、右京の周辺に浮かんでいた膨大な血液が、勢いと質量を増しながら、竜の内一頭に襲い掛かっていく。

自分が標的である、と悟った竜は回避しながら炎のブレスを吐いた。

真っ先に自分が死ぬのはわかったが、それでもそれを可能な限り遅らせたかったのだ。

【ぬううああああああ!】

『無駄だ……死者は救えないように、死者は救わない』

膨大な血液に触れると同時に、一瞬で炎が沈火していく。

それはまるで永久凍土のごとく、一切の熱量を許さずに消していった。

そして、その血液は高速で飛行する竜さえ捉え、その中へもぐりこんでいく。

【-----!】

窒息させる、などという生易しいものではない。

体内に侵入していく血液は、まるで猛毒の様に肉体を破壊していく。

さながら海水へ角砂糖を投じたように、巨大な竜は内側と外側から急速に分解されていく。

それは断末魔さえ残させず、何もかも呑み込んで消していく。

恨みを残して死んでいった人間たちは、復讐の対象を残さずに殺していった。

「さあさあ、まだまだ来るぞ! どんどん行ってみようぜ!」

今なおも、国中から血液が集まってくる。

それを見て、決死の覚悟を固めたはずの竜たちはひるんだ。

自分たちの軍勢が行ったことだとはわかっていても、こうなると知っていても、それでも恐怖が心をよぎる。

パンドラに死なされるか、ダインスレイフに殺されるか。

少なくとも、エッケザックスに斬られるよりは、どちらも凄惨だった。