軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

開戦

ここに、一つのリンゴがある。

それを分け合うか、殺し合って勝った方が独占するのか。

分け合う、という選択が許される世界は幸福である。

実際には、殺し合って独占しなければ双方共倒れである。

この世界に、資源が無尽蔵である、という誤解から生じる害悪である。

自然の恵みは無限であり、それを永遠に享受できるという愚昧さである。

土地を半分よこせということは、人口の半分を殺せと言っていることを気づかねばならない。

食べきれないほどの、肥え太ってもなお余るほどの、捨てるほどの食料が世界中にあるのだと、そんな馬鹿馬鹿しくもおぞましい妄想は切り捨てなければならない。

パンが無いならケーキを食べろ、という言葉を自らにも当てはめなければならない。

世界の争いが、どこかにいる誰かの思惑通りによるものだ、と思ってはいけない。

金銭だとか贅沢だとか、悪意だとか征服だとか、野心だとか怨恨だとか。

それが無いとは言わないが、それが消滅したとしてもこの世界から争いは無くならない。

お前が食べているパンをよこせ。

お前が耕している畑をよこせ。

お前の豊かな生活をよこせ。

この戦争に、誤解も悪もない。

ただひとえに、未来を奪い合うだけの生存競争である。

侵略者、開拓者、簒奪者。

彼らは、ただ未来の為に戦うのだ。

奪わなければ、飢えて死ぬ。奪われれば、殺されて死ぬ。

これは、生物として普通の出来事である。

この戦争の厄介なところは、どっかにいる王様をやっつけて終わり、ではないということである。

右京が察したように、未然に防ぐという段階も、首謀者を暗殺して防止するという段階も既に通り過ぎている。

敵は既にこちらの体内に侵入しているし、既に食い荒らしながら奥へ進んでいる。

その上で更に、最大戦力が投入されようとしている。

だからこそ、アルカナ王国の首脳陣は引き分けを狙っている。

それはつまり、今更ながら。

無傷で勝利し上から目線で講和させるという、ドミノやオセオへやったような非現実的な戦争ではないということだった。

「なあ、今回の敵は旧世界の怪物だそうだ」

「八種神宝があるから、まあそいつらもいるんだろうが……」

バトラブ領地の中都市では、周辺から避難した民衆も含めて多くの人間が集まっていた。

それを防衛するために、一日中兵士が城壁の上で待機している。

彼らは全員が強化された蟠桃や人参果を食べており、更に効果の増強された魔法のスクロールや国宝級の武具を身に着けている。

気力体力、装備。

それらが一般の兵士からすればあり得ない状態になっていた。

それでも不安が募るのは、結局旧世界で人類が敗走したという事実によるものだろう。

「……まあ、大丈夫だよな。こっちには切り札もいるんだし」

「ああ、そうだ。そうに決まってる」

切り札がいる。

この国には、最強の男たちがいる。

竜さえ恐れるであろう、神の戦士たちがいる。

彼らは、それを信じて奮い立とうとしていた。

そう、結局のところ。わかり切っていることではあるのだが。

五人しかいない、というのが問題だった。

誰がどう考えても、広い国土を五人で守れるわけがない。

それでも、それでも、実際の所他に何かが思いつくわけがないのだ。

「ん?」

「なんだ、アレは……」

城壁の上で構えている兵士たちは、遠い空の彼方を見た。

そこには何も見えない、見えないのだが何かが来ていた。

そこにあったはずの雲を切り裂いて、成人式を迎えたばかりの怪物たちが空を楽しんでいた。

その生物の影は見えずとも、その威風は見える。

空の彼方から音を置き去りにするように、大量の怪物が散っていった。

「あれは、竜だ!」

二足歩行の猫たちは、友軍を隠すために幻影を広範囲に展開していた。

それは同じ気血を宿すものや長命者以外にはわからない、最高の偽装だった。

しかし、それを維持するのは並大抵の労力では足りない。

それでも、約束された日時に合わせるために布陣した友軍を、全力で隠し続けていた。

堅牢なる人類の城塞。

それは大都市ほどではなくとも、鉄壁とは程遠くとも。

それでも、ただ石の壁の上に、魔法が使える人間が待機しているというだけで高い壁だ。

遠距離攻撃こそ人間の土俵である。多くの種族で構成されている軍隊は、相対的に魔法が使える『人間』が少ない。

そもそも、仮に同数の魔法使いがいたとしても、相手が城に立てこもっているのだから優劣は語るまでもない。

なぜわざわざ人間が城を建てるのかといえば、それが拠点防衛でとても有用だからに他ならない。

対人戦闘では過剰なほどの火力をもつ魔法でも、堅牢な城塞を壊すのは容易ではない。

端的に言って、城を攻め落とすには相応の準備が必要である。それを強行軍で敵国を突っ切ってきたオセオの軍に、城攻めの準備などあるわけもない。

道中で村々を襲って食料を調達していたが、それほどに量があったわけもない。

普通の城攻めが数日かかることを考えれば、食料が持つわけがない。

もちろん種族によっては、容易に侵入できるだろう。

しかし食料を持ち帰るとなると、不可能と言っていいだろう。

それでも、彼らは待っていた。

彼らの信じる、最強の生物が流星のごとく現れることを。

「……おお」

遠く、オセオの方角を見ていた人間の兵士たち。

彼らは見た、空を悠々と浮かんでいた雲が、吹き飛んで形を変えていく光景を。

その雄姿を見て、オセオの兵士たちは歓喜していた。

この世界の人間の中で、唯一オセオの人間だけがそれに頼もしさを感じていた。

【おおおおおおおお!】

【おおおおおおおお!】

【おおおおおおおお!】

まして、旧世界の怪物たちにとって、それは待望の瞬間だった。

一万年間、待ちに待った勝利の時だった。

【おおおおおおおお!】

【おおおおおおおお!】

【おおおおおおおお!】

この新世界を、羽化を終えたばかりの竜が飛翔する。

はるか上空に巨体を隠して、それでもなお隠せぬ威厳が大空を書き換えていく。

【おおおおおおおお!】

【おおおおおおおお!】

【おおおおおおおお!】

もはや姿を隠す意味もない。

誰もが涙を流しながら喝采した。

上空で分散していく、流星のごとき最強生物たち。

その中の流星が、数条この地へ向かって降り注いでくる。

高速で空を飛ぶ彼らの耳に、その眼に、地上の軍勢の喝采や歓喜が届くだろうか。

幻影で隠れていることを抜きにしても、決して多くない兵士たち。

その彼らの何が、竜へ届くのだろう。

だが、成人したばかりの竜たちは知っている。

己たちの威容と、その性能を自覚している。

なによりも、己の双翼に載せられた期待を知っている。

おおおおおおおおおおお!

咆哮し、大きく息を吸う。

狙うは『小さい』都市。

薄い土と石の『板』で囲われただけの心もとない『人間の巣』。

それへ向けて、三頭のドラゴンが口を開いていた。

羽化したばかりの彼らは、その行為を知ってはいても実行するのは初めてだった。

しかし、蛹から羽化した蝶が迷うことなく飛べるように。孵化した雛が、親を慕うように。

その生物は、自分に何が出来るのかを知っている。

竜の目に、城壁の人間が映った。

恐怖でひきつった、抵抗する気力も示せない、死を認識した人間が見えた。

一万年経過しても、決して忘れられなかった、遺伝子に刻まれた恐怖がよみがえっていた。

生物にあるまじきことに、咥内で高温の熱が蓄積されていく。

それが、燃焼しながら前方へ放たれる。

高速で飛行している竜、その口から放たれた『炎』は、空気の壁を突き破りながら都市へ突き進む。

そして……城壁を障子紙のように突き破り、内部の街を焼き払い、更にその反対側の壁まで焼ききっていた。

それが、三発。

三頭の竜が放った一撃は、ほんの一瞬で都市を粉砕していた。

内部では火事が起こり、人間の絶叫が聞こえる。

【おおおおおおおお!】

【おおおおおおおお!】

【おおおおおおおお!】

旧世界の怪物たちが、異なる種族たちが、互いに抱き着く。

先祖から伝え聞いていた最強の生物が、己たちの主が、こうして自分たちのために戦っている。

その事実が、彼らの心を震わせて、昂らせるのだ。

「……進軍だ! 今のうちに、攻め込んで奪えるだけ奪って帰るのだ!」

自分たちが敵に回さずに済んだ『もの』の力を目の当たりにして、オセオの将兵はしばしあっけにとられた。

しかし、それを即座に拭い去る。

そう、そもそも竜だけで力押しができるなら、最初から作戦など練らないのだ。

【竜は、ここにあり!】

【竜はここにあり!】

【我らは竜と共にあり!】

旧世界の怪物たちは、この上なく上がった士気のままに前進する。

既に壁は打ち破られており、アルカナ王国の軍勢は半壊している。

竜が開いてくれた突破口、けっして無駄にすることはできない。

【竜に、つづけえええええええ!】

巨大なイノシシが絶叫する。

屈強な下半身の筋肉が隆起し、その力を開放する。

その背に『白妖精』と呼ばれる、釣り目でとがった耳の怪物を乗せて、弾丸のように突き進んでいく。

【竜よ、我らに力をぉおおおお!】

土煙を巻き上げて、人間をはるかに超えた生物が猛進してくる。

それを見て、かろうじて無事だった城壁の上の兵士たちが反応する。

「ぐ……くう!」

何が何だかわからない、そうとしか言いようがない竜の攻撃。

それに対しては何もできずとも、向かってくる怪物にはあらがわねばならない。

あるものは手にしたスクロールで、あるものは強化された己の魔法で、それを阻もうとする。

【イノシシどもに遅れるな!】

【今こそ駆けるのだ! 走れ! 走れ! 走れ!】

【魔法を使わせるな!】

空を疾走するのは、ダチョウに似た巨大な鳥だった。

背中に大きな羽をもつ蝶に似た怪物を背負う彼らは、眼下のイノシシを置き去りにする速さで空中を踏みしめて走っていく。

【尽きるまで、鱗精を撒け!】

【奴らに狙いを定めさせるな!】

【ここが勝負時だ!】

燃え盛る街、その上空を高速で横切りながら、大量の光る粉を撒いていく。

それは粘性をもち、人間に浴びせればこびりついて体を拘束していく。

「ま、前が見えない……!」

「ええい! 下に向かって撃て!」

「とにかく撃て!」

輝く粘液、ともいうべきものを浴びせられた兵士たちは、それでも何とか攻撃しようとする。

放たれる、散発的な火の魔法。

そんなものが高速で向かってくるイノシシへ当たるわけもなく、更にその背に乗った『白妖精』達が法術と同じ障壁を展開して防御していく。

【散発など!】

【我らの『祝精』の前には無意味だ!】

先ほど焼き切られた壁の『隙間』を走り抜けて、人間よりもはるかに屈強な猛獣たちが侵入した。

それはまさに落城であり、都市の末期を示していた。

燃え上がる城郭の中へ侵入していく旧世界の怪物たち。

城壁に残っていた兵士たちも、連携を封じられそのまま蹂躙されていく。

足の遅い猛獣たちも、それに続いて入城していく。

それはまさに鎧袖一触、一方的な蹂躙に他ならない。

それを見届けた三頭の竜は、数回上空を旋回した後に、また別の城郭を目指して飛翔していく。

独力だけでの羽化が、いったいどれだけ維持できるのかわからない。

しかし、命尽きるまで暴れ続けなければならない。

それこそが、己たちの使命だと信じて。

【次だ!】

【うむ!】

【行こう!】

己の力を最大に開放する喜び。

それを同胞と共に分かち合い、配下たちに示す。

なんという喜びだろう、例え命尽きる前の一瞬だとしても。

若き竜たちはうなずき合って、再び加速しようとする。

「間に合わなかったか……」

その三頭の竜を、突如出現した膨大な水の塊が包み込んでいた。

「……その、わかっていると思いますが」

「うん、わかってる。倒すのは竜だけで、他のは無視しないといけないんだよね」

その水の塊が、膨大な質量が、炎上する都市の、そのすぐ近くへ落下していく。

内部の竜を地面へたたきつけた水は、そのまままき散らされていた。

まさに濁流という量の水は、都市の炎を一瞬で静めていき、更に鱗粉を洗い流していた。

「でもさ、まあこれぐらいはね」

地に落ちた竜たちは、そして水浸しになった怪物たちは、それを見上げて歯ぎしりする。

旧世界から人類を乗せて、新世界へ導いた箱舟の威容を見上げる。

【アレが、箱舟か!】

障壁によって守られた船体。

それを見て、都市を守るアルカナ兵士たちは喝采をあげた。

士気が回復し、混乱していた指揮系統が急速に戻っていく。

「来たのか! 来てくれたのか!」

「おおお! アレが『天罰』だ!」

「世界最強の魔法使いだ!」

「カプトの切り札だ!」

大地に横たわった三頭の竜。

彼らは大きく息を吸い込み、口から炎を吐き出していた。

それをノアは真っ向から受け止める。

虚空さえ超える、制限の解除されたノア。

その防御壁は、竜が三頭揃った程度では突破されない。

それどころか、船の障壁の外側から放たれた『炎』によって逆に押し返していく。

それこそ、じりじりと、三頭の竜の息吹を力任せに押しつぶしていく。

このままでは負ける、と判断した竜たちは息吹を吐き続けながら飛翔し、回避した。

その彼らが座り込んでいた、へこんだ地面。濡れて沼になりかけていた大地。

それを『蒸発』させて大穴を穿つ。

「避けたか~~そうか、避けるか~~」

ノアを包囲して飛翔する三頭の竜、それを前に一人の魔法使いが『料理』の仕方を考えていた。

「傷だらけの愚者だ!」

ドミノとの戦争を、たった一人で終わらせた魔法使い。

その彼が、竜を討つためにだけ、この地へ転移していた。

【神の戦士か……!】

【神宝の所有者か!】

【そうそう楽に殺せると思うなよ!】

一万年前には存在しなかった、神から恩寵を受けた人間。

その規格外を前に、旧世界の頂点は咆哮した。

「次で、ぶち殺さないとな~~……!」

しかし、怖いもの知らずは、動じることはない。

命じられたことを愚直にこなすべく、人知を超えた魔力を発動させようとしていた。